上 下
19 / 20

19 好きって言いたいっ!

しおりを挟む
 いよいよ文化祭開幕。

 ダンス部や有志によるカラオケ、漫才などでワイワイ盛り上がりしばらくして、私はそっと、座席を離れて舞台裏へ向かう。

 ちらっと紗菜を見ると、抱っこしていたハートちゃんを顔の辺りまで持ち上げて、振ってくれた。私も手を振り返した。

 少しリラックスできたかな、と思ったけれど、右手と右足が同時に出てしまう程度には、まだまだ緊張している。

 裏には生徒会の面々が待っていて、企画参加者の点呼を取っていた。ほとんどは最初から自分で手を挙げたわけじゃない、私と立場は同じ人たちだろうに、なぜかやる気に輝いた目をしています。

「二年二組、小坂茉由さん」
「は、はい」

 会長は、私としっかり目を合わせると、「うまくいきますように」と微笑んだ。ほとんど知らない相手の恋の成就を祈ることができる彼は、やっぱり会長に選ばれるべくして選ばれたのだと確信した。

 先生たちのバンド演奏が終わって、いよいよ「山中生の主張」のコーナーへ。

 ひとりずつ、ステージへ。センターに置かれたスタンドマイクに向かって、自分の思いの丈を述べる。

 学校の給食への要望。先生への感謝の気持ち。将来の夢……。

 舞台袖から、客席をそっと覗く。もっとしらけるかと思っていたが、あたたかく迎えられて、拍手や合いの手、笑い声がタイミングタイミングで差し込まれる。

 私の告白も、客席の人たちが応援してくれるにちがいない。

 深呼吸を繰り返して、司会の進行を聞く。

「それでは続いてが最後の主張です。二年二組、小坂茉由さんです。あたたかい拍手でお迎えください!」

 割れんばかりの拍手とともに迎えられる。ステージのライトは眩しくて、ずっと頭頂部に当たっていると、熱さを覚える。

 マイクの前に立って、礼をする。ひときわ大きくなる拍手は、たぶんうちのクラスからだろう。

 顔を上げる。私はすぐ、紗菜を探した。目が合うと、彼女はハートちゃんを小さく掲げる。

 自分の背の高さにスタンドを直す。大丈夫。手は震えていない。

「二年二組、小坂茉由です」

 ワンテンポ置いて、唇を湿らせる。

「私には、す、すす、好きな人が、います!」

 きゃーっ、という女の子の黄色い声。みんな恋バナが好きなのだ。男子は男子で、「俺のことかも?」と、お調子者の男子が自分を指さして、周りにアピールしている。私は彼の、名前すら知らない。いや、ほんと誰?

 二組男子の列、背がそこそこ高い彼は、後ろの方にいる。表情はよく見えない。

「同じクラスの……」

 雄叫びが混じる。うちのクラスかな……?

「あああああ、綾瀬、俊くん!」

 呼んだ。呼んでしまった。さあ、あとは「好き」と言うだけ。

 言うだけ、なのに。

 俊くんがこちらを見ている。どんな顔をしているの?

 ぱくぱくと口が動く。声が出ない。相手の名前を呼んで、注目は最高潮。さっきまで平気だったのに、心臓が耳元にあるみたいに、大きな音を立てて速いリズムを刻む。

 さっきまで盛り上がっていた生徒たちが、別の意味でざわつき始める。

「早くしろよー!」

 なんて、ヤジを飛ばされて、私は一層身体を小さくする。

 ここで泣いたら、みんな興ざめ。楽しみにしてきた文化祭が、初日からダメになる。

 そんなプレッシャーで、ますます私は何も言えなくなる。言わなきゃ、と思えば思うほど、声に涙が載ってしまいそうになる。ざわざわは応援じゃなくて、ブーイングにしかならない。

 もう、ダメだ。謝って、逃げてしまおう。

 そう思って、顔を上げかけた瞬間だった。

「もう、いいよ。大丈夫だから」

 ふわりと頭にかぶせられたのは、制服のブレザー。

「俊……くん?」

 ブレザーの上から、彼は私の頭を撫でてくれた。顔を見れば、優しいまなざしと目が合う。よく頑張ったね、と囁いてから、俊くんはマイクをスタンドから外して、手に持った。

 最初から、こうしていればよかったな。

 そんな風に微笑んで、俊くんは、「俺の方から言わせてほしい」と、客席に向けて宣言する。マイクを持っていない方の手で、彼は私の肩をぎゅっと抱き寄せた。

「二年二組、綾瀬俊。俺は、同じクラスの小坂茉由さんのことが、好きです!」

 マイクを通した声と、通さない肉声。ふたつの彼の声が聞こえるのは、至近距離にいる私だけの特権だ。見上げる横顔、不意に彼は私の方を見た。

「俺と、付き合ってください」

 答えは当然、「はい」しかなかった。小さく頷いた私を、舞台袖から確認した生徒会役員がまず拍手をし、そこからうまくいったことを感じ取った前方列の生徒から、一気に祝福ムードが広がっていく。

 すっかり力が抜けてしまった私は、俊くんに支えられながら、ステージを去る。その間際に紗菜の方を見ると、ハートちゃんを振っている。 もうそこには、態度の大きい妖精はいないのだろう。
しおりを挟む

処理中です...