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19 好きって言いたいっ!
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いよいよ文化祭開幕。
ダンス部や有志によるカラオケ、漫才などでワイワイ盛り上がりしばらくして、私はそっと、座席を離れて舞台裏へ向かう。
ちらっと紗菜を見ると、抱っこしていたハートちゃんを顔の辺りまで持ち上げて、振ってくれた。私も手を振り返した。
少しリラックスできたかな、と思ったけれど、右手と右足が同時に出てしまう程度には、まだまだ緊張している。
裏には生徒会の面々が待っていて、企画参加者の点呼を取っていた。ほとんどは最初から自分で手を挙げたわけじゃない、私と立場は同じ人たちだろうに、なぜかやる気に輝いた目をしています。
「二年二組、小坂茉由さん」
「は、はい」
会長は、私としっかり目を合わせると、「うまくいきますように」と微笑んだ。ほとんど知らない相手の恋の成就を祈ることができる彼は、やっぱり会長に選ばれるべくして選ばれたのだと確信した。
先生たちのバンド演奏が終わって、いよいよ「山中生の主張」のコーナーへ。
ひとりずつ、ステージへ。センターに置かれたスタンドマイクに向かって、自分の思いの丈を述べる。
学校の給食への要望。先生への感謝の気持ち。将来の夢……。
舞台袖から、客席をそっと覗く。もっとしらけるかと思っていたが、あたたかく迎えられて、拍手や合いの手、笑い声がタイミングタイミングで差し込まれる。
私の告白も、客席の人たちが応援してくれるにちがいない。
深呼吸を繰り返して、司会の進行を聞く。
「それでは続いてが最後の主張です。二年二組、小坂茉由さんです。あたたかい拍手でお迎えください!」
割れんばかりの拍手とともに迎えられる。ステージのライトは眩しくて、ずっと頭頂部に当たっていると、熱さを覚える。
マイクの前に立って、礼をする。ひときわ大きくなる拍手は、たぶんうちのクラスからだろう。
顔を上げる。私はすぐ、紗菜を探した。目が合うと、彼女はハートちゃんを小さく掲げる。
自分の背の高さにスタンドを直す。大丈夫。手は震えていない。
「二年二組、小坂茉由です」
ワンテンポ置いて、唇を湿らせる。
「私には、す、すす、好きな人が、います!」
きゃーっ、という女の子の黄色い声。みんな恋バナが好きなのだ。男子は男子で、「俺のことかも?」と、お調子者の男子が自分を指さして、周りにアピールしている。私は彼の、名前すら知らない。いや、ほんと誰?
二組男子の列、背がそこそこ高い彼は、後ろの方にいる。表情はよく見えない。
「同じクラスの……」
雄叫びが混じる。うちのクラスかな……?
「あああああ、綾瀬、俊くん!」
呼んだ。呼んでしまった。さあ、あとは「好き」と言うだけ。
言うだけ、なのに。
俊くんがこちらを見ている。どんな顔をしているの?
ぱくぱくと口が動く。声が出ない。相手の名前を呼んで、注目は最高潮。さっきまで平気だったのに、心臓が耳元にあるみたいに、大きな音を立てて速いリズムを刻む。
さっきまで盛り上がっていた生徒たちが、別の意味でざわつき始める。
「早くしろよー!」
なんて、ヤジを飛ばされて、私は一層身体を小さくする。
ここで泣いたら、みんな興ざめ。楽しみにしてきた文化祭が、初日からダメになる。
そんなプレッシャーで、ますます私は何も言えなくなる。言わなきゃ、と思えば思うほど、声に涙が載ってしまいそうになる。ざわざわは応援じゃなくて、ブーイングにしかならない。
もう、ダメだ。謝って、逃げてしまおう。
そう思って、顔を上げかけた瞬間だった。
「もう、いいよ。大丈夫だから」
ふわりと頭にかぶせられたのは、制服のブレザー。
「俊……くん?」
ブレザーの上から、彼は私の頭を撫でてくれた。顔を見れば、優しいまなざしと目が合う。よく頑張ったね、と囁いてから、俊くんはマイクをスタンドから外して、手に持った。
最初から、こうしていればよかったな。
そんな風に微笑んで、俊くんは、「俺の方から言わせてほしい」と、客席に向けて宣言する。マイクを持っていない方の手で、彼は私の肩をぎゅっと抱き寄せた。
「二年二組、綾瀬俊。俺は、同じクラスの小坂茉由さんのことが、好きです!」
マイクを通した声と、通さない肉声。ふたつの彼の声が聞こえるのは、至近距離にいる私だけの特権だ。見上げる横顔、不意に彼は私の方を見た。
「俺と、付き合ってください」
答えは当然、「はい」しかなかった。小さく頷いた私を、舞台袖から確認した生徒会役員がまず拍手をし、そこからうまくいったことを感じ取った前方列の生徒から、一気に祝福ムードが広がっていく。
すっかり力が抜けてしまった私は、俊くんに支えられながら、ステージを去る。その間際に紗菜の方を見ると、ハートちゃんを振っている。 もうそこには、態度の大きい妖精はいないのだろう。
ダンス部や有志によるカラオケ、漫才などでワイワイ盛り上がりしばらくして、私はそっと、座席を離れて舞台裏へ向かう。
ちらっと紗菜を見ると、抱っこしていたハートちゃんを顔の辺りまで持ち上げて、振ってくれた。私も手を振り返した。
少しリラックスできたかな、と思ったけれど、右手と右足が同時に出てしまう程度には、まだまだ緊張している。
裏には生徒会の面々が待っていて、企画参加者の点呼を取っていた。ほとんどは最初から自分で手を挙げたわけじゃない、私と立場は同じ人たちだろうに、なぜかやる気に輝いた目をしています。
「二年二組、小坂茉由さん」
「は、はい」
会長は、私としっかり目を合わせると、「うまくいきますように」と微笑んだ。ほとんど知らない相手の恋の成就を祈ることができる彼は、やっぱり会長に選ばれるべくして選ばれたのだと確信した。
先生たちのバンド演奏が終わって、いよいよ「山中生の主張」のコーナーへ。
ひとりずつ、ステージへ。センターに置かれたスタンドマイクに向かって、自分の思いの丈を述べる。
学校の給食への要望。先生への感謝の気持ち。将来の夢……。
舞台袖から、客席をそっと覗く。もっとしらけるかと思っていたが、あたたかく迎えられて、拍手や合いの手、笑い声がタイミングタイミングで差し込まれる。
私の告白も、客席の人たちが応援してくれるにちがいない。
深呼吸を繰り返して、司会の進行を聞く。
「それでは続いてが最後の主張です。二年二組、小坂茉由さんです。あたたかい拍手でお迎えください!」
割れんばかりの拍手とともに迎えられる。ステージのライトは眩しくて、ずっと頭頂部に当たっていると、熱さを覚える。
マイクの前に立って、礼をする。ひときわ大きくなる拍手は、たぶんうちのクラスからだろう。
顔を上げる。私はすぐ、紗菜を探した。目が合うと、彼女はハートちゃんを小さく掲げる。
自分の背の高さにスタンドを直す。大丈夫。手は震えていない。
「二年二組、小坂茉由です」
ワンテンポ置いて、唇を湿らせる。
「私には、す、すす、好きな人が、います!」
きゃーっ、という女の子の黄色い声。みんな恋バナが好きなのだ。男子は男子で、「俺のことかも?」と、お調子者の男子が自分を指さして、周りにアピールしている。私は彼の、名前すら知らない。いや、ほんと誰?
二組男子の列、背がそこそこ高い彼は、後ろの方にいる。表情はよく見えない。
「同じクラスの……」
雄叫びが混じる。うちのクラスかな……?
「あああああ、綾瀬、俊くん!」
呼んだ。呼んでしまった。さあ、あとは「好き」と言うだけ。
言うだけ、なのに。
俊くんがこちらを見ている。どんな顔をしているの?
ぱくぱくと口が動く。声が出ない。相手の名前を呼んで、注目は最高潮。さっきまで平気だったのに、心臓が耳元にあるみたいに、大きな音を立てて速いリズムを刻む。
さっきまで盛り上がっていた生徒たちが、別の意味でざわつき始める。
「早くしろよー!」
なんて、ヤジを飛ばされて、私は一層身体を小さくする。
ここで泣いたら、みんな興ざめ。楽しみにしてきた文化祭が、初日からダメになる。
そんなプレッシャーで、ますます私は何も言えなくなる。言わなきゃ、と思えば思うほど、声に涙が載ってしまいそうになる。ざわざわは応援じゃなくて、ブーイングにしかならない。
もう、ダメだ。謝って、逃げてしまおう。
そう思って、顔を上げかけた瞬間だった。
「もう、いいよ。大丈夫だから」
ふわりと頭にかぶせられたのは、制服のブレザー。
「俊……くん?」
ブレザーの上から、彼は私の頭を撫でてくれた。顔を見れば、優しいまなざしと目が合う。よく頑張ったね、と囁いてから、俊くんはマイクをスタンドから外して、手に持った。
最初から、こうしていればよかったな。
そんな風に微笑んで、俊くんは、「俺の方から言わせてほしい」と、客席に向けて宣言する。マイクを持っていない方の手で、彼は私の肩をぎゅっと抱き寄せた。
「二年二組、綾瀬俊。俺は、同じクラスの小坂茉由さんのことが、好きです!」
マイクを通した声と、通さない肉声。ふたつの彼の声が聞こえるのは、至近距離にいる私だけの特権だ。見上げる横顔、不意に彼は私の方を見た。
「俺と、付き合ってください」
答えは当然、「はい」しかなかった。小さく頷いた私を、舞台袖から確認した生徒会役員がまず拍手をし、そこからうまくいったことを感じ取った前方列の生徒から、一気に祝福ムードが広がっていく。
すっかり力が抜けてしまった私は、俊くんに支えられながら、ステージを去る。その間際に紗菜の方を見ると、ハートちゃんを振っている。 もうそこには、態度の大きい妖精はいないのだろう。
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