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第11部
第七章 真なる《悪竜》③
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猛々しい炎が、上がった。
まさに天を衝く業火だ。
それは、悪竜の騎士の全身から溢れて出ていた。
紅い炎は鎧装以外の部位を覆い、頭部においては角以外を包み込む。
その姿は、まるで鎧を纏う炎の魔人である。
(へえ。やっぱその姿になれんのか)
アッシュは双眸を細めた。
あの夜に出会った、炎の魔竜の姿がそこにあった。
《万天図》を起動させると、敵機の恒力値は七万二千ジン。
この値も、あの夜と変わらなかった。
(あのジジイが持ってた相界陣も侮れねえな)
ここまで忠実に再現するとは――。
別大陸の技術に舌を巻きつつも、アッシュは、ちらりとオトハの方に目をやった。
一見だけならば、これは事故でも起きたようにしか見えない。
事実、アリシア達は驚いて騒いでいるようだった。反面、シャルロットやミランシャ、エリーズ国から来た少年少女達は冷静だ。
それは、これが敵機の能力である証明でもあった。
しかし、そんなことはオトハが知る由もない――のだが、
(流石はオトだな)
立会人は炎の魔竜に動揺することもなく、状況を見据えていた。
戦士としての彼女は、本当に頼りになる。昨晩の、すぐにテンパって涙ぐむ彼女もとても愛らしかったが、惚れ直してしまいそうな凜々しさだ。
閑話休題。いずれにせよ、オトハがこの仕合を止めることはないようだ。
『準備は出来たか?』
アッシュは、冷静な声で尋ねる。
『はい』
炎を纏う悪竜の騎士は応える。
『それでは――行きます!』
そして、処刑刀を流れるような太刀筋で、すっと薙いだ。
反射的に《朱天》は手刀を落とした。
途端、腕に強い衝撃が走る。やはり不可視の刃――《飛刃》だったか。
(重いな。オトのとそんな遜色がねえぞ)
――《九妖星》と対峙したことがある。
どうやら、それは伊達ではないようだ。
『――ふッ!』
続けて、小さな呼気と共に、悪竜の騎士が間合いを詰めてきた。
(――速え!)
全く音のしない高速移動。
恒力による不可視のレールを敷き、その上を滑るように移動する。
これもまた、オトハの得意とする闘技だ。
彼女の二つ名の由来ともなった《天架》である。
『――チッ!』
アッシュは《朱天》に身構えさせた。
瞬時に間合いに入った悪竜の騎士の斬撃を、右の手甲で受け止める。
直接受けた斬撃は、さらに重い。
対し、《朱天》は剛力を以て処刑刀を弾いた。
大きく仰け反る悪竜の騎士だったが、身に纏う炎を撒き散らしながら反転。横薙ぎの一撃を繰り出した。
(――マジで速え!)
再び手甲で凌ぐ《朱天》。
荒々しい姿の機体に反して、流水のように洗練された剣技。
これまでアッシュが対峙した敵の中でも、間違いなく最強クラスの実力だ。
これが、あの幼かった弟とは――。
(ここまで……)
ここまで強くなるのに、一体どれだけの修練を積んできたのか。
ここまで鋭く、速くなるのに、どれほどの修羅場を越えてきたのか。
一太刀一太刀に、弟の想いが込められていた。
(本当に強くなったな)
いつしか、斬撃を両腕だけでは凌げなくなっていた。
《朱天》は後方に大きく跳躍。
追撃しようとする悪竜の騎士を、《朱天》は反転し、竜尾の一撃で牽制するが、
『――ッ!』
それを読んでいたのか、悪竜の騎士は、処刑刀で竜尾を迎え撃とうとしていた。
アッシュは双眸を鋭くした。
竜尾は人工筋肉の塊だ。勢いの乗った時の威力は四肢の比ではない。
斬撃程度で迎撃できるものではなかった。
それでもなお、ここで剣を振るうのは……。
――ドンッ!
《朱天》は脇に手を差し込むように《穿風》を放ち、処刑刀を打ち払った。
『――クッ』
小さく呻き、体勢を崩す悪竜の騎士。処刑刀の切っ先は竜尾の軌道から大きく外れ、代わりに地面に触れた。
途端、すうっと。
扇形で先端が丸い処刑刀の切っ先。
刃がないはずの鉄塊は、恐ろしく静かに地面を切り裂いた。
『――クッ!』
再び呻き、悪竜の騎士は間合いを取り直した。
地面には両断された後だけが残っている。
『やっぱ、そういう闘技か』
何らかの方法で、切断力を大幅に上げた斬撃。
危うく、竜尾を両断されるところだった。
『初めて見る闘技だな。なんて言うんだ?』
『……《断罪刀》。ボクはそう名付けました。微細な恒力の刃を刀身上に走らせて、切断力を上げる構築系の闘技です』
『……名付けた?』
アッシュは、目を丸くする。
『それって自分で創った闘技ってことか?』
『……はい。一応』
少年の声は、少し気恥ずかしそうだった。
(……ははッ、そこまで)
思わず破顔してしまう。
本当に。
本当に強くなった。
あの泣いてばかりの幼かった少年が。
(けどよ)
アッシュは優しい笑顔から一転。獰猛な笑みを見せた。
だからといって、手を抜く気はない。
主人の意志に従い、《朱天》が、再び両の拳を叩きつけた。
号砲のような音が轟く。
悪竜の騎士は警戒し、さらに間合いを外した。
『本当に大したもんだよ。だがな』
そしてアッシュは、万感の想いを込めて、告げる。
『こっから先は、本気で行くぜ』
まさに天を衝く業火だ。
それは、悪竜の騎士の全身から溢れて出ていた。
紅い炎は鎧装以外の部位を覆い、頭部においては角以外を包み込む。
その姿は、まるで鎧を纏う炎の魔人である。
(へえ。やっぱその姿になれんのか)
アッシュは双眸を細めた。
あの夜に出会った、炎の魔竜の姿がそこにあった。
《万天図》を起動させると、敵機の恒力値は七万二千ジン。
この値も、あの夜と変わらなかった。
(あのジジイが持ってた相界陣も侮れねえな)
ここまで忠実に再現するとは――。
別大陸の技術に舌を巻きつつも、アッシュは、ちらりとオトハの方に目をやった。
一見だけならば、これは事故でも起きたようにしか見えない。
事実、アリシア達は驚いて騒いでいるようだった。反面、シャルロットやミランシャ、エリーズ国から来た少年少女達は冷静だ。
それは、これが敵機の能力である証明でもあった。
しかし、そんなことはオトハが知る由もない――のだが、
(流石はオトだな)
立会人は炎の魔竜に動揺することもなく、状況を見据えていた。
戦士としての彼女は、本当に頼りになる。昨晩の、すぐにテンパって涙ぐむ彼女もとても愛らしかったが、惚れ直してしまいそうな凜々しさだ。
閑話休題。いずれにせよ、オトハがこの仕合を止めることはないようだ。
『準備は出来たか?』
アッシュは、冷静な声で尋ねる。
『はい』
炎を纏う悪竜の騎士は応える。
『それでは――行きます!』
そして、処刑刀を流れるような太刀筋で、すっと薙いだ。
反射的に《朱天》は手刀を落とした。
途端、腕に強い衝撃が走る。やはり不可視の刃――《飛刃》だったか。
(重いな。オトのとそんな遜色がねえぞ)
――《九妖星》と対峙したことがある。
どうやら、それは伊達ではないようだ。
『――ふッ!』
続けて、小さな呼気と共に、悪竜の騎士が間合いを詰めてきた。
(――速え!)
全く音のしない高速移動。
恒力による不可視のレールを敷き、その上を滑るように移動する。
これもまた、オトハの得意とする闘技だ。
彼女の二つ名の由来ともなった《天架》である。
『――チッ!』
アッシュは《朱天》に身構えさせた。
瞬時に間合いに入った悪竜の騎士の斬撃を、右の手甲で受け止める。
直接受けた斬撃は、さらに重い。
対し、《朱天》は剛力を以て処刑刀を弾いた。
大きく仰け反る悪竜の騎士だったが、身に纏う炎を撒き散らしながら反転。横薙ぎの一撃を繰り出した。
(――マジで速え!)
再び手甲で凌ぐ《朱天》。
荒々しい姿の機体に反して、流水のように洗練された剣技。
これまでアッシュが対峙した敵の中でも、間違いなく最強クラスの実力だ。
これが、あの幼かった弟とは――。
(ここまで……)
ここまで強くなるのに、一体どれだけの修練を積んできたのか。
ここまで鋭く、速くなるのに、どれほどの修羅場を越えてきたのか。
一太刀一太刀に、弟の想いが込められていた。
(本当に強くなったな)
いつしか、斬撃を両腕だけでは凌げなくなっていた。
《朱天》は後方に大きく跳躍。
追撃しようとする悪竜の騎士を、《朱天》は反転し、竜尾の一撃で牽制するが、
『――ッ!』
それを読んでいたのか、悪竜の騎士は、処刑刀で竜尾を迎え撃とうとしていた。
アッシュは双眸を鋭くした。
竜尾は人工筋肉の塊だ。勢いの乗った時の威力は四肢の比ではない。
斬撃程度で迎撃できるものではなかった。
それでもなお、ここで剣を振るうのは……。
――ドンッ!
《朱天》は脇に手を差し込むように《穿風》を放ち、処刑刀を打ち払った。
『――クッ』
小さく呻き、体勢を崩す悪竜の騎士。処刑刀の切っ先は竜尾の軌道から大きく外れ、代わりに地面に触れた。
途端、すうっと。
扇形で先端が丸い処刑刀の切っ先。
刃がないはずの鉄塊は、恐ろしく静かに地面を切り裂いた。
『――クッ!』
再び呻き、悪竜の騎士は間合いを取り直した。
地面には両断された後だけが残っている。
『やっぱ、そういう闘技か』
何らかの方法で、切断力を大幅に上げた斬撃。
危うく、竜尾を両断されるところだった。
『初めて見る闘技だな。なんて言うんだ?』
『……《断罪刀》。ボクはそう名付けました。微細な恒力の刃を刀身上に走らせて、切断力を上げる構築系の闘技です』
『……名付けた?』
アッシュは、目を丸くする。
『それって自分で創った闘技ってことか?』
『……はい。一応』
少年の声は、少し気恥ずかしそうだった。
(……ははッ、そこまで)
思わず破顔してしまう。
本当に。
本当に強くなった。
あの泣いてばかりの幼かった少年が。
(けどよ)
アッシュは優しい笑顔から一転。獰猛な笑みを見せた。
だからといって、手を抜く気はない。
主人の意志に従い、《朱天》が、再び両の拳を叩きつけた。
号砲のような音が轟く。
悪竜の騎士は警戒し、さらに間合いを外した。
『本当に大したもんだよ。だがな』
そしてアッシュは、万感の想いを込めて、告げる。
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