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第12部
第八章 小鳥は羽ばたく①
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(静かな森ですね)
愛機の中で、ボルドは瞑想していた。
そこは、『ラフィルの森』の深奥。
大きな木々と、繁みに覆われた場所だった。
そして、その森で佇むのは、異形の鎧機兵だ。
全長はおよそ四セージル。全身を覆うのは藍色の鎧。胸部装甲には黒い太陽と逆十字の紋章が刻まれている。右手に柄の長い銀色の戦鎚を持ち、下半身は虎を彷彿させる四足獣という半人半獣の姿である。
恒力値・三万七千五百ジンを誇る《九妖星》の一角。《地妖星》だ。
(さて)
ボルドは瞑想を止めて、口角を緩めた。
(クラインさんと死合うのも、これで何度目でしょうか?)
ボルドは、《九妖星》の中でも最も多く、アッシュ=クラインと対峙してきた。
ある時は、《商品》確保の任務中。
ある時は、騎士団との遭遇戦で。
ある時は、お得意さまと商談中にも。
(ああ、そういえば)
ボルドは、周辺の景色に目をやった。
胸部装甲の画面に映るのは、静かな森の景観。
(森の中での撤退戦というものありましたね)
確か、カテリーナが配属される一か月前のことだ。
思えば、彼女は配属された時から言葉が辛辣だった気がする。
「だからこそ」
ボルドは呟く。
「私は彼女が気に入っていたのでしょうね」
彼女が、赤い眼鏡を上げる仕草を思い浮かべる。
実に知性に溢れた部下だった。
そんな部下から、知性と貞操を奪ったのは自分だった。
「……やれやれ」
ボルドは、指を組んで深々と嘆息した。
「私もヤキが回りましたかね」
戦闘の前に、女のことばかり考えるとは。
それだけ彼女を気に入っていたということか。
【――グフフ。そんなにお気に入りなら、もっぺん抱いとくか?】
若き日の声が聞こえる。
【――あれを一晩で捨てんのは勿体ねえだろ。いっそ調教でもするか?】
まるで、悪魔のように。
若き日のボルド。《外道狸》が囁きかけてくる。
――が、
「お黙りなさい」
今のボルドは、揺らがない。
「確かに私は彼女を自分の都合だけで抱きました。まさに犯罪者です。ですが、彼女を犠牲にしたのは、すべて今日の日のためなのです」
ボルドは、自分の裡に語りかける。
「そして今日を万全の体調で迎えた今、二度と彼女に負担をかけるつもりはありません。あなたの出番はもう終わりだ」
そして、一拍おいてボルドは宣告する。
「失せなさい」
意志が込められた言葉。
沈黙が、訪れる。
そして、
【――グフフ。そうかよ】
《外道狸》が、そう呟いた。
【――まあ、いいさ。じゃあまたな】
続けて、そう告げてくると、それ以降、声は聞こえなくなった。
ボルドは嘆息した。
「二度と出てこないで下さないね」
まあ、仮に出てきても、その時はすでに自分の傍にカテリーナの姿はないだろうが。
「彼女を失ったのは痛恨です。なればこそ」
ボルドは、細い目をわずかに開いた。
「この戦いは、彼女に恥じぬものにしなければなりませんね」
言って、操縦棍を握りしめる。
ザワザワ、と。
森が、ざわつき始める。近くの獣も、魔獣も逃げ出し、鳥たちは一斉に羽ばたいて空へと退避していく。
ボルドは《万天図》に目をやった。
ただ一つ、輝く光点。
――恒力値・三万八千ジン。
強大な力が、凄まじい速度で接近してきていた。
「ふふ、クラインさん」
ボルドは、楽しそうに嗤った。
「小細工はなしですか。一気に押し潰すつもりですね」
――それでこそ最強。
自分の宿敵に、相応しい相手である。
すでに光点は、百セージルにも迫ってきている。
接敵もすぐにだろう。
戦闘に備えて《地妖星》が戦鎚を身構えた――その瞬間だった。
(――ッ!)
ボルドが、目を見開く。
突如、前方の木々が大きく歪み、根っこごと浮き上がったのだ。
さらには突風が吹き、大地まで震動し始める。
(これはッ!)
《地妖星》が戦鎚を自分に突き立て、防御の姿勢を取った。
突風は、再び吹き荒れた。
何度も、何度も。
そうして、遂には――。
――バキバキバキッ!
周囲の木々は吹き飛ばされ、大地には亀裂が奔る。
唯一、《地妖星》のみ残した状態で、世界は一変した。
深い森の風景は、いつしか荒地に変わった。
ぽっかり、と。
空からみて、そこだけ空点のように、森が平地にされてしまった。
そして、ズシン、ズシンと近づいてくるのは《朱天》だ。
『これはまた……』
ボルドは、思わず苦笑を浮かべてしまった。
『無茶苦茶しますね。クラインさん』
『しゃあねえだろ』
その感想に対し、《朱天》は肩を竦めた。
『どうも俺は狭苦しいところでの戦闘は苦手でな。広いところが好きなのさ』
そう告げて――。
《朱天》と《地妖星》。
無理やり生み出された荒地にて、異形の二機は対峙するのであった。
愛機の中で、ボルドは瞑想していた。
そこは、『ラフィルの森』の深奥。
大きな木々と、繁みに覆われた場所だった。
そして、その森で佇むのは、異形の鎧機兵だ。
全長はおよそ四セージル。全身を覆うのは藍色の鎧。胸部装甲には黒い太陽と逆十字の紋章が刻まれている。右手に柄の長い銀色の戦鎚を持ち、下半身は虎を彷彿させる四足獣という半人半獣の姿である。
恒力値・三万七千五百ジンを誇る《九妖星》の一角。《地妖星》だ。
(さて)
ボルドは瞑想を止めて、口角を緩めた。
(クラインさんと死合うのも、これで何度目でしょうか?)
ボルドは、《九妖星》の中でも最も多く、アッシュ=クラインと対峙してきた。
ある時は、《商品》確保の任務中。
ある時は、騎士団との遭遇戦で。
ある時は、お得意さまと商談中にも。
(ああ、そういえば)
ボルドは、周辺の景色に目をやった。
胸部装甲の画面に映るのは、静かな森の景観。
(森の中での撤退戦というものありましたね)
確か、カテリーナが配属される一か月前のことだ。
思えば、彼女は配属された時から言葉が辛辣だった気がする。
「だからこそ」
ボルドは呟く。
「私は彼女が気に入っていたのでしょうね」
彼女が、赤い眼鏡を上げる仕草を思い浮かべる。
実に知性に溢れた部下だった。
そんな部下から、知性と貞操を奪ったのは自分だった。
「……やれやれ」
ボルドは、指を組んで深々と嘆息した。
「私もヤキが回りましたかね」
戦闘の前に、女のことばかり考えるとは。
それだけ彼女を気に入っていたということか。
【――グフフ。そんなにお気に入りなら、もっぺん抱いとくか?】
若き日の声が聞こえる。
【――あれを一晩で捨てんのは勿体ねえだろ。いっそ調教でもするか?】
まるで、悪魔のように。
若き日のボルド。《外道狸》が囁きかけてくる。
――が、
「お黙りなさい」
今のボルドは、揺らがない。
「確かに私は彼女を自分の都合だけで抱きました。まさに犯罪者です。ですが、彼女を犠牲にしたのは、すべて今日の日のためなのです」
ボルドは、自分の裡に語りかける。
「そして今日を万全の体調で迎えた今、二度と彼女に負担をかけるつもりはありません。あなたの出番はもう終わりだ」
そして、一拍おいてボルドは宣告する。
「失せなさい」
意志が込められた言葉。
沈黙が、訪れる。
そして、
【――グフフ。そうかよ】
《外道狸》が、そう呟いた。
【――まあ、いいさ。じゃあまたな】
続けて、そう告げてくると、それ以降、声は聞こえなくなった。
ボルドは嘆息した。
「二度と出てこないで下さないね」
まあ、仮に出てきても、その時はすでに自分の傍にカテリーナの姿はないだろうが。
「彼女を失ったのは痛恨です。なればこそ」
ボルドは、細い目をわずかに開いた。
「この戦いは、彼女に恥じぬものにしなければなりませんね」
言って、操縦棍を握りしめる。
ザワザワ、と。
森が、ざわつき始める。近くの獣も、魔獣も逃げ出し、鳥たちは一斉に羽ばたいて空へと退避していく。
ボルドは《万天図》に目をやった。
ただ一つ、輝く光点。
――恒力値・三万八千ジン。
強大な力が、凄まじい速度で接近してきていた。
「ふふ、クラインさん」
ボルドは、楽しそうに嗤った。
「小細工はなしですか。一気に押し潰すつもりですね」
――それでこそ最強。
自分の宿敵に、相応しい相手である。
すでに光点は、百セージルにも迫ってきている。
接敵もすぐにだろう。
戦闘に備えて《地妖星》が戦鎚を身構えた――その瞬間だった。
(――ッ!)
ボルドが、目を見開く。
突如、前方の木々が大きく歪み、根っこごと浮き上がったのだ。
さらには突風が吹き、大地まで震動し始める。
(これはッ!)
《地妖星》が戦鎚を自分に突き立て、防御の姿勢を取った。
突風は、再び吹き荒れた。
何度も、何度も。
そうして、遂には――。
――バキバキバキッ!
周囲の木々は吹き飛ばされ、大地には亀裂が奔る。
唯一、《地妖星》のみ残した状態で、世界は一変した。
深い森の風景は、いつしか荒地に変わった。
ぽっかり、と。
空からみて、そこだけ空点のように、森が平地にされてしまった。
そして、ズシン、ズシンと近づいてくるのは《朱天》だ。
『これはまた……』
ボルドは、思わず苦笑を浮かべてしまった。
『無茶苦茶しますね。クラインさん』
『しゃあねえだろ』
その感想に対し、《朱天》は肩を竦めた。
『どうも俺は狭苦しいところでの戦闘は苦手でな。広いところが好きなのさ』
そう告げて――。
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