クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第15部

第五章 我ら、愛の六戦士!⑥

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 闘技場は静かだった。
 本大会には、様々な観客たちがいた。
 純粋な闘技場のファンたちが多いのも事実だが、本大会は女神の闘宴。
 そこには、出場選手を目当てにした男性客も多かった。
 当然、そんな彼らには推しもいる。

 救国の聖女の忘れ形見。サーシャ=フラム。
 凛々しき侯爵令嬢。アリシア=エイシス。
 愛くるしいお姫さま。ルカ=アティス。
 空飛ぶ看板娘。ミランシャ=ハウル。
 異国からきた美貌の傭兵。レナ。

 さらには選手とは関係なく、綺麗すぎる女性教官で知られるオトハ=タチバナのファンや、クライン工房の看板娘であるユーリィ=エマリアのファンもいた。
 その他にも、第一戦で奮闘したシャルロット=スコラのファンもいる。彼女がクライン工房の住み込みメイドさんであることを、知る者は知っていた。

 いずれも劣らぬ美貌と魅力を持つ女性たち。
 彼女たちに、本気の想いを抱く者たちは少なくない。

 だが、彼女たちには噂があった。
 なんと、全員が一人の男の嫁だというのだ。

 ――いや、彼女たちだけではない。
 最近では、長い黒髪の少女が、彼と仲睦まじそうな様子で歩いていた姿を、何人もの人間が目撃している。そう。この大会でも彼の傍らにいる少女だ。
 彼女もまた、もの凄いレベルの美少女だった。

 今回、彼らは期待していた。
 なにせ、六対一だ。いかにあの青年が最強といっても一矢報いるのではないか。
 そう密かに期待していたのだ。

 しかし、結果はこれだ。
 彼らの失意、絶望はとても深く、重く……。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!』

 その時、雄たけびが上がった。
 六戦士の一人、ライザー=チェンバーの咆哮だ。
 観客たちはハッとする。

 ――何を勝手に絶望しているのか。
 仲間を失おうとも、まだ戦士たちは戦っているのだ。

 観客――男たちは立ち上がった。

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ」」」

 会場に咆哮が轟く。
 それはもはや応援などではなく、共に戦場に挑む鬨の声だった。
 男性客たちは互いの肩を組み、ガガッ、ガガッ、ガガッと強く足踏みをし始めた。
 なお挑む戦士たちに、渾身のエールを贈っているのだ。
 一方、女性客はドン引きだった。

「「「行っけええええええええええええええええ―――ッッ!」」」

 同志たちの魂の応援を背に、ライザーの愛機・《クイック》が駆け出した。
 その名が示す通り、《クイック》は速度重視の軽装型だ。
 騎士団でも屈指の速さで間合いを詰める!
 しかし、振り下ろした剣は、あっさりと《朱天》の左拳でへし折られてしまった。

『――まだだ!』

 ライザーの心は、それでも折れない。
 《クイック》はその場で踏み込み、左手の盾を振りかぶった。
 盾殴りシールドバッシュだ。だが、それさえも《朱天》は右の拳で迎え撃った。
 ――ズドンッッ!
 早さ重視の軽い拳撃のはずなのだが、その威力は砲弾だ。鋼の拳は盾を陥没させた。
 その瞬間だった。

 ――バシュウウゥゥ!

『――なにッ!』

 アッシュは目を剥いた。
 突如、盾から大量の煙幕が噴き出したのだ。
 闘技が使えないのをギミックで補う。
 そう考えていたのは、ザインだけではなかったのである。
 このままでは視界を煙幕で覆われてしまう。《朱天》は後方に退避しようとした――が、
 ――ガッ!
 右腕を拘束された。
 ライザーの《クイック》が、両腕で《朱天》の右腕にしがみついてきたのだ。
 同時に《クイック》の背中から、赤い光が溢れ出す。

『ダイ――――ンッ!』

 ライザーは叫ぶ!

『行けえェ! これが最後の勝機チャンスだッ!』

 そう告げると、煙幕が完全に《クイック》と《朱天》を覆った。
 だが、《クイック》の放つ赤い光のおかげで、二機の居場所だけは分かる。

『分かったっすよ! ライザーッ!』

 ダインは、戦友の決死の覚悟を汲み取った。
 愛機・《ダッカル》を加速させる。しかし、正面からは行かない。弧を描いて疾走。車輪で砂煙を巻き上げて急旋回、背後から《朱天》へと突進する!

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!」」」

 会場も《ダッカル》の背中を押した。
 そして突撃槍が煙幕の中に特攻しようと、その時だった。
 煙幕内の《朱天》のシルエットが、微かに動く。
 わずかに片足が浮かせて、地面を踏み抜いたのである。
 途端、
 ――ズズンッと。
 闘技場全体が揺れた。

『え? う、うわっ!?』

 動揺するダイン。
 唐突な振動に、《ダッカル》はバランスを崩した。

『な、な、なッ!?』

 動揺はまだ収まらない。
 ――と、
 ズオォっ、と。
 漆黒の鬼が煙幕を突き破って現れた。
 ダインが目を瞠ると、鬼は『うわっ!? うわっ!?』と動揺する《クイック》を右腕一本で持ち上げて《ダッカル》に投げつけてきた。

『うわあああッ!?』『うおッ!?』

 ――ドガンッ!
 避けることも出来ず、二機は重なるようにぶつかった。
 そして次の瞬間、
 ――バキンッ、ゴキンッ!
 二機の頭部は《朱天》によってもぎ取られていた。 
 視界が一瞬で暗転したライザーとダインは言葉もない。

「「「うわあああああああああああああああああああああああああ――ッッ」」」

 観客たちの嘆きの声だけが耳に届く。

『これで終わりだな』

 アッシュの声も聞こえてきた。
 その声に、ライザーはグッと拳を固めた。
 そして胸部装甲を開く。

「まだだ! 師匠!」

 ライザーは、機体から飛び出した。

「まだ決着はついていない! 俺にはまだこの拳がある!」

「――そうっす!」

 ダインも、機体から飛び出して叫んだ。

「オイラたちの心は、まだ折れていないっす!」

 ダインもまた拳を固めた。
 それに呼応するかのように、

「そう言えば、お前と拳を交えたことはないな」

 筋肉紳士・ザインも、拳を鳴らして現れた。

「俺たちもだ!」

 エドワード、ロック、ジェイクも、いつの間にか機体から降りていた。

「……師匠。胸をお借りします」

 ロックが、静かに頭を下げた。

「……無茶だって、コウタからは忠告されているんすけど」

 ジェイクは、ボリボリと頭をかいて笑う。

「それでも、オレっちも退けないんで」

 今なお戦意を見せる六人に、

『……お前らな』

 アッシュは、深々と嘆息する。

「なんすか? 拳だと怖いんすか?」

 ダインが挑発する。アッシュはますます嘆息した。

『やれやれだな。まあ、今日ぐらいはとことんお前らに付き合うのも悪くないか』

 言って、アッシュも《朱天》の胸部装甲を開けた。
「「「おおッ!」」」と観客席から声が上がる。

「けどな」

 アッシュは、ボキボキと拳を鳴らした。

「拳を使う以上、ガチで痛い目にあうのは覚悟しとけよな」

「見くびるなよ。お前こそ覚悟しろ!」

 ザインが吠える。
 その声に観客たちは一斉に動いた。
 次々と会場の出口に向かう。舞台へと行くつもりなのだ。

「行くぞ! 俺らもだ!」「ああ! 師匠の顔に一撃を!」「おうよ! あいつらだけを死なせねえ! 死ぬ時はみんな一緒だ!」

 そんな声が上がっていた。

『お、お客さま!? お客さま! 席から立たないでください!』

 司会者やスタッフ、警護を担当していた騎士たちが止めようとするが、熱を帯びた男たちは止まらない。
 そうこうしている内に、第一陣が舞台せんじょうに辿り着いた。

「サーシャちゃんは渡さねえ!」「ユーリィちゃんをオレにください!」「ルカたんに頭を撫でて欲しいよお!」「おい、師匠! こないだ、ふらふらのオトハさんと一緒に宿から出てくんのを見たぞ! てめえ、オトハさんにはもう絶対手ェ出してんだろ!」

 身も蓋もない願望から、何気に事実まで。
 様々な声を上げながら、男たちはアッシュに襲い掛かった。
 アッシュとしては流石にうんざりしてくるが、

「ああ! ったく! もう誰でもいいから掛かってこい!」

 拳で迎え撃った。
 かくして、たった一人相手に、百人越えで挑む大乱闘が勃発した。
 結果としては、死屍累々の山が築かれるだけとなったのだが。
 この日、男たちは身を以て思い知ったのだ。
 ――師匠の嫁たちに手を出すとただでは済まないと。


 一方、場所は変わり。
 闘技場内にある選手用の控室にて。

 サーシャたちは、混沌と化した舞台の様子に、ただただ頬を引きつらせていた。
 全員揃って、モニターを前に口を開けている。
 目の前では、人間がギュルルルルッと飛んでいた。

「あ、あの、ミランシャさん」

 サーシャは、引きつった顔でミランシャに尋ねる。

「その、告白されたみたいですけど、どうするんですか?」

「どうするも何も……」

 ミランシャは、困った顔を見せた。

「無理よ。分かるでしょう。ライザー君は良い人だとは思うけど」

「……そうですよね」

 アリシアも呟く。次いで、視線をレナの方に向けた。

「レナさんもですね。レナさんの仲間の人だけど」

「おう。無理だな。だって、オレはアッシュの女だし」

 二パッとレナは笑った。

「まあ、ダインは良い奴だからすぐに女は出来るよ。けど」

 そこで、レナはモニターに視線を戻した。
 その眼差しは、拳を振るうアッシュに釘付けだった。

「アッシュが、あそこまで強かったのは想定外だったな。ちょっと信じられねえレベルだぞ。オレでも勝てねえかもしんねえ。どうしよう。それに――」

 レナはそこで自分の腹部辺りを両手で押さえて、もじもじし始めた。

「アッシュを見てると、ここら辺がキュンキュンする」

「――レナさん!?」

 サーシャが顔を真っ赤にして、レナの方に振り返った。
 サーシャだけではない。この場にいる女性選手全員が顔を真っ赤にしていた。
 特に、

「そ、それは……」「な、何考えているのよ」「そ、それは言っちゃダメです……」

 アリシア、ミランシャ、ルカは真っ赤な顔に加えて、もじもじしていた。

「ダ、ダメです。それは口にしちゃダメな台詞です」

 もちろん、サーシャもだ。
 控室は、そのまま静寂に包まれた。

『うぎゃああああ!』『怯むな! 相手はたった一人だ!』

 乱闘の声だけが、モニターから届く。
 全員がモニターに視線を向けた。
 その光景は、まさに最強の王者による殲滅だった。

「……アッシュさん、相変わらずよね」

 ポツリ、と呟くアリシアに、

「……うん。そだね」

 そう頷きつつ、知らず知らずの内に、自分の指先がゆっくりと腹部に向かっていることに気付き、サーシャはハッとした。

「だ、だけど!」

 サーシャは、声を張り上げた。
 次いで、ブンブンと頭を振ってから、三人の女性に目をやった。
 ミランシャとレナ。
 そして、シェーラの三人だ。
 彼女たちはサーシャの眼差しから、彼女の言いたいことを察した。

「……確かにね」

 ミランシャが頬をかく。

「まあ、流石にこれはなあ……」

 レナも珍しく嘆息した。
 最後にシェーラが、

「……やりにくいのであります」

 ポツリとそう呟いた。
 明日の準決勝と、決勝。
 このテンションの後で試合をやれというのか。
 どうにも気まずい雰囲気だった。

『――ぎゃああああッ!?』

 モニターでは、また人が飛んでいった。
 それでも男たちは怯まない。
 何度吹き飛ばされても互いに肩を貸し、果敢に最強の王に挑んでいる。
 もう、主役は誰なのかといった趣だった。
 重い沈黙が降りる。
 そして、

「ま、まあ、明日も頑張りましょう!」

 とりあえず、そう告げるサーシャであった。
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