77 / 499
第3部
第三章 初めての……。③
しおりを挟む
アリシア=エイシスは才色兼備で知られる少女だった。
容姿は端麗であり、騎士学校においては実技・座学ともにトップクラス。学年ごとの上位十名のみに授与される「十傑」の称号も持っている。
さらに言えば家柄もよく、彼女の家・エイシス家は侯爵の位を持つ二百年以上の歴史を持つこの国最古の大貴族であり、現在、第三騎士団・団長を務める彼女の父を始め、優秀な騎士を多く輩出してきた家系だ。
誰もがうらやむほど恵まれた少女。しかしそんな彼女にも二つほど悩みはある。
まずは性格だ。アリシアの性格は気風がよく、やや男勝り。凛とした顔立ちも相まってオトハ以上に「麗人」という言葉が似合う少女だった。
そんな自分の性格も以前までは大して気にもしていなかったのだが、最近になってもう少し女らしくなれないものか、と悩み始めていた。
今着ているお嬢様に似合いそうなワンピースも、その悩みから購入したものだった。急ぎ着替えた、今回の旅行のために持ってきていた予備の一着である。
そしてもう一つの悩みは――スタイルだ。
明らかに平均以下の胸。親友のそれとは比ぶべくもない。
これも以前は気にしていなかった。むしろ、実技においては邪魔だとさえ思っていた。
しかし、あの青い湖で聞いた事実は、彼女の小さな胸に今も突き刺さっていた。
(……ふう。彼は大きい方が好み、か……)
せめて親友の半分もあれば、と常々思う。
つい自分に対する失望感から吐息がもれてしまった――その時だった。
「どうした? 退屈か? アリシア嬢ちゃん」
不意に声をかけられ、アリシアはドキッとした。
そして、慌てて隣を歩く紅いベストを着た青年に笑みを浮かべて、
「そ、そんなことありませんよ。考えてみたら、アッシュさんと二人きりで行動するのって初めてだな~って思っちゃって……」
と言われ、青年――アッシュは首を傾げた。
「ん? ああ、そういやそうかもな。どうしてか嬢ちゃんの親父さんの方とは何かと話す機会が多いんだが……」
「え? う、うちの父親とですか?」
アリシアがキョトンと目を丸くする。それは初めて聞く話だった。
「ああ。ジラール事件の時にも世話になったし、オトのバイト先を斡旋してくれたのも親父さんだ。その他にも、まあ、たまに街で会うとそのままお茶してんな」
「は、はあ……」
それも初耳だ。まさか自分の父親と彼がそんな親しい間柄だったとは。
と、その時、アリシアはふと思い出す。
(あっ、そう言えば……)
今回の旅行。出立の時、父は実に複雑そうな顔でアリシアに話しかけてきた。
『なあ、アリシア。少しいいか?』
『? 何よ父さん? そろそろ出かけるんだけど?』
『手間はとらせん。少し話があるだけだ』
そして、父――ガハルドは、う~むとあごに手を当て、
『父親としてはいささか複雑な気分なんだが……まあ、父さんは反対ではないと言っておこう。しかしな、それでもお前はまだ子供なんだ』
父の意味不明な台詞に、アリシアは眉根を寄せた。
『……何よそれ? どういう意味なの?』
そう素直に返すと、ガハルドはわずかに顔をしかめて、
『いや、私としてはな。今はできるだけ清く正しい付き合いを……そう。せめてお前が二十歳ぐらいになるまでは自重してな……』
『……? 全然意味が分かんないんだけど?』
ますます眉をひそめる娘に、ガハルドは、はあっと嘆息した。
『……まあ、いいさ。彼は生真面目な常識人だし、無用な心配か。とりあえず今回は楽しい思い出を作ってきなさい』
そう言って、ガハルドはアリシアを見送ったのだった。
あの時は父が何を言っているのか理解できなかったのだが……。
(え? ええっ!? そ、そう言うこと!? わ、私って父親公認なの!?)
カアアァと頬が赤くなる。
どうして父が自分の恋心に気付いていたのかまでは分からないが、要するに父は「交際は認めるが、最後の一線だけは自重しろ」と言っていたのだ。
(あ、あの馬鹿親父は――ッ!)
思わず心の中で絶叫するが、何の意味もなかった。
それにしてもまさか自分の方の外堀がいつの間にか埋められていたとは……。
(さ、流石はアッシュさんね……)
変なところで感心するアリシアだった。
「ん。どうかしたかアリシア嬢ちゃん。いきなり黙り込んで」
「い、いえ、それでアッシュさん。これからどうしますか」
二人は今、多くの人が行きかう大通りの歩道を並んで歩いていた。両脇に喫茶店や工芸店などが軒を連ねる一角だ。
「まあ、そうだな。嬢ちゃんはどこか行きたいとこはねえのか?」
「そうですね。とりあえず母への土産でも物色したいと思いますけど」
そう言って、アリシアは隣にある工芸店に目をやった。
アッシュもつられて店に目を向ける。
そこは、露天商などではなく、れっきとした店舗だった。大きなウインドウには色とりどりの宝石をあつらえたペンダントや指輪が展示されている。
「へえ~。アリシア嬢ちゃんのお袋さんは工芸が好きなのか?」
「ふふっ、工芸が嫌いな女の子もいませんよ。母も例外ではありません」
いたずらっぽく微笑むアリシア。
それを聞き、アッシュはふむふむと頷き、
「なら、アリシア嬢ちゃんにも何か一つ買ってやろうか?」
「……え?」
アリシアが硬直する。
「親父さんに世話になってんのもそうだが、アリシア嬢ちゃんにも色々助けてもらってるからな。特にこないだの《業蛇》の一件じゃあユーリィが迷惑かけたし」
「え? いや、けど、いいんですか……?」
困惑するアリシア。彼女は上目づかいでアッシュを見つめていた。
「ああ、別に構わねえよ。まあ、流石に高いのは難しいけど……」
苦笑を浮かべてアッシュはそう答える。アリシアはまだ困惑顔だった。
「け、けど……」
なお戸惑うアリシアに、アッシュは、
「ダメか? 出来れば受け取って欲しいんだが……」
と、少し困ったような表情を浮かべる。
それを見た途端、アリシアの鼓動は跳ね上がり、気付いた時には返答していた。
「わ、分かりました! 受け取らせて頂きます! そ、そのありがとう、ございます」
「おっ、そっか。んじゃあ、店ん中に入ろうぜ」
アッシュは嬉しそうに笑った。アリシアはただ真っ赤になるだけだった。
そうして二人は店の中に入っていった。
(……へえ)
アッシュは店内に入るなり感嘆の息をもらした。意外と雑多した雰囲気の店だ。
王都にあるような敷居の高い宝石店などと違い、土産物として工芸を置いてあるのだろう。いくつかの大きな台座に置かれた指輪やペンダント。あちこちにある飾り木には果実のように無数のブレスレットをつるしてある。イメージは宝石の森か。
「あっ、いっらっしゃい。お客さん」
ラフな格好をした女性店員が親しげに迎えてくる。
アッシュは笑みを浮かべて店員に尋ねた。
「なあ、この子に似合う工芸ってあるかい?」
「うちには何でも揃ってますよ。それにしても可愛い子ですねぇ。恋人さんですか?」
「わ、私は……っ」
いきなりの店員の言葉に、アリシアは動揺する――が、
「ははっ、だったら光栄なんだが、まあ、知り合いの子さ」
アッシュの返答にがっくりと肩を落とす。
しかし、続くアッシュの言葉に、アリシアは顔を上げた。
「けど、大切な子なんだよ。だから何かプレゼントを贈りたくてな」
「アッシュさん……」
アリシアは、キュッとアッシュの袖を掴んでいた。
そんな客人達の様子を、若い女性店員はまじまじと見つめ、
「ふふ~ん。さては、年上の上司の部下と、お嬢様の密会ってとこですね」
勝手にストーリーを組み上げたらしい。
続けて店員は肘に手を当て、うんうんと頷くと、
「そうですね。それなら指輪やペンダントよりこっちの方がいいでしょう」
そう言って店員は飾り木の一つに近寄ると、目を細めて物色。そして銀色に輝く一つのブレスレットに手を伸ばして取り外した。
「お客さん。このブレスレットはどうでしょう?」
店員はアッシュ達の元に戻ると、そのブレスレットを手渡してきた。
アッシュはブレスレットを天にかざした。
「ほう。これは中々凝ってんな」
一見すると、ただの細い銀の輪にしか見えないそのブレスレットは、実際には細かい花の意匠をこさえた一品だった。かなりの出来栄えだ。
アリシアもアッシュの傍に寄って、ブレスレットを見つめた。
「へえ~。確かに綺麗なブレスレットですね」
感嘆の声を上げるアリシア。どうやら気に入ったようだ。
アッシュは値札を見る。少しばかり値は張るが、充分想定内の金額だ。
「なあ、アリシア嬢ちゃん。これ気に入ったかい?」
「え? あ、はい。けど、これ少し高いんじゃ……」
「ははっ、そんなの気にすんなって。じゃあ、これを贈らせてもらうよ」
そう言って、アッシュは店員に声をかけ、銀貨一枚を支払った。
店員は「お買い上げありがとうございます~」と言って値札を切り取る。
と、そこで、ふとアッシュに尋ねてきた。
「ところでお客さん。これは袋に詰めた方がいいですか?」
「ん? そりゃあ袋に入れた方が……って、ああ、なるほど。そう言うことか。う~ん。それなら袋はいいか。そのままくれ」
「分かりました。それではどうぞ」
言って、店員は銀のブレスレットを手渡してきた。
アッシュはそれを受け取ると、
「おう。サンキュ。じゃあ、アリシア嬢ちゃん、行こうか」
「え、あ、そうですね」
そうして二人は店から出て行った。
店員はにこやかに「またのお越しを~」と手を振っていた。
「さて、と」
アッシュはそう呟くと、近くの空いているベンチを探す。
(おっ、あったあった)
すんなりと空席は見つかった。アッシュはアリシアを連れてそのベンチに向かうと、そこに彼女を座らせた。
「あの、アッシュさん……?」
アリシアは困惑していた。そんな少女にアッシュはニカッと笑い、
「アリシア嬢ちゃん。右手を貸してくれ」
「右手、ですか?」
言われ、アリシアは右手を差し出した。
すると、アッシュはその白い手を優しく掴んできた。
アリシアは言葉もなくドキッとする。
しかし、そんな少女の様子にもお構いなく、アッシュは購入したばかりのブレスレットの金具を器用に片手で外すと、アリシアの細い手首にカチッとはめた。
「うん。よく似合うぞ。アリシア嬢ちゃん」
「ア、アッシュさん……。ありがとうございます」
アリシアは幸せそうに微笑む。
が、実はそれは仮面だ。その淑女のような笑みの裏側では、彼女は跳びはねんばかりに大喜びしていた。なにせ、好きな人からの初めてのプレゼントだ。
(やったッ! やった――ッ!)
歓喜で今にも綻びそうな口元を抑えるのに必死だった。
だがしかし、これはただの嬉しいハプニングにすぎない。彼女はまだ本来の目的を果たしていなかった。
(そうよ。私の今日の目的は……)
アリシアはじいっとアッシュを見つめる。
「ん? 何だ? どうかしたのかアリシア嬢ちゃん」
「……あの、アッシュさん。実は一つだけお願いがあるんです」
唐突なアリシアの言葉に、アッシュは首を傾げた。
お願いとは一体何なのだろうか。
と、疑問符を頭に浮かべている内に、
「あ、あの実は……」
アリシアは躊躇いがちに告げる。
「その、アリシア『嬢ちゃん』ってやめてもらえませんか」
「……へ?」
それは意外なお願いだった。
「あ、もしかして嫌だったのか?」
アッシュの素朴な問いに、アリシアはおずおずと答える。
「まあ、嫌ってほどじゃないんですけど、私って一応、家の中では使用人に『お嬢さん』とか『お嬢さま』とか呼ばれているんですよ。なんかアッシュさんにまで似たような語感で呼ばれるのは違和感を覚えて……」
「ああ、なるほど。使用人を相手にしている時みたいな感じになるか」
アッシュは勝手にそう納得した。アリシアはこくんと頷く。
「はい。だから出来ればやめて欲しいな~って」
「ふ~ん。まあ、それはいいけど、なんて呼べばいいんだ?」
アッシュがそう尋ねてくる。
アリシアの瞳がキランと光った。その台詞を待っていたのだ。
彼女は平然を装いながら小首を傾げて告げる。
「う~ん、そうですねえ。普通に『アリシア』でいいと思います」
「何だ、それでいいのか?」
アッシュが尋ねると、アリシアは「はい」と頷く。
「ふ~ん。そっか。まあ、別に構わねえが」
アッシュはあっさりと了承した。
そして内心ではドギマギしているアリシアを見据えて、
「そんじゃあ、これからもよろしくな。アリシア」
「え、ええ、これからもよろしくお願いします。アッシュさん」
そう返して、アリシアは笑った。
……ああ、今日はまさに最高だ。
初めてプレゼントを貰い、しかも名前まで呼んでもらえた。
アッシュの傍でなければ小躍りしたい気分だった。
そして、青い空を見上げ、
(やった――ッ! 私、やったわ――ッ!)
多大な戦果に、心の中で絶叫するアリシアであった。
容姿は端麗であり、騎士学校においては実技・座学ともにトップクラス。学年ごとの上位十名のみに授与される「十傑」の称号も持っている。
さらに言えば家柄もよく、彼女の家・エイシス家は侯爵の位を持つ二百年以上の歴史を持つこの国最古の大貴族であり、現在、第三騎士団・団長を務める彼女の父を始め、優秀な騎士を多く輩出してきた家系だ。
誰もがうらやむほど恵まれた少女。しかしそんな彼女にも二つほど悩みはある。
まずは性格だ。アリシアの性格は気風がよく、やや男勝り。凛とした顔立ちも相まってオトハ以上に「麗人」という言葉が似合う少女だった。
そんな自分の性格も以前までは大して気にもしていなかったのだが、最近になってもう少し女らしくなれないものか、と悩み始めていた。
今着ているお嬢様に似合いそうなワンピースも、その悩みから購入したものだった。急ぎ着替えた、今回の旅行のために持ってきていた予備の一着である。
そしてもう一つの悩みは――スタイルだ。
明らかに平均以下の胸。親友のそれとは比ぶべくもない。
これも以前は気にしていなかった。むしろ、実技においては邪魔だとさえ思っていた。
しかし、あの青い湖で聞いた事実は、彼女の小さな胸に今も突き刺さっていた。
(……ふう。彼は大きい方が好み、か……)
せめて親友の半分もあれば、と常々思う。
つい自分に対する失望感から吐息がもれてしまった――その時だった。
「どうした? 退屈か? アリシア嬢ちゃん」
不意に声をかけられ、アリシアはドキッとした。
そして、慌てて隣を歩く紅いベストを着た青年に笑みを浮かべて、
「そ、そんなことありませんよ。考えてみたら、アッシュさんと二人きりで行動するのって初めてだな~って思っちゃって……」
と言われ、青年――アッシュは首を傾げた。
「ん? ああ、そういやそうかもな。どうしてか嬢ちゃんの親父さんの方とは何かと話す機会が多いんだが……」
「え? う、うちの父親とですか?」
アリシアがキョトンと目を丸くする。それは初めて聞く話だった。
「ああ。ジラール事件の時にも世話になったし、オトのバイト先を斡旋してくれたのも親父さんだ。その他にも、まあ、たまに街で会うとそのままお茶してんな」
「は、はあ……」
それも初耳だ。まさか自分の父親と彼がそんな親しい間柄だったとは。
と、その時、アリシアはふと思い出す。
(あっ、そう言えば……)
今回の旅行。出立の時、父は実に複雑そうな顔でアリシアに話しかけてきた。
『なあ、アリシア。少しいいか?』
『? 何よ父さん? そろそろ出かけるんだけど?』
『手間はとらせん。少し話があるだけだ』
そして、父――ガハルドは、う~むとあごに手を当て、
『父親としてはいささか複雑な気分なんだが……まあ、父さんは反対ではないと言っておこう。しかしな、それでもお前はまだ子供なんだ』
父の意味不明な台詞に、アリシアは眉根を寄せた。
『……何よそれ? どういう意味なの?』
そう素直に返すと、ガハルドはわずかに顔をしかめて、
『いや、私としてはな。今はできるだけ清く正しい付き合いを……そう。せめてお前が二十歳ぐらいになるまでは自重してな……』
『……? 全然意味が分かんないんだけど?』
ますます眉をひそめる娘に、ガハルドは、はあっと嘆息した。
『……まあ、いいさ。彼は生真面目な常識人だし、無用な心配か。とりあえず今回は楽しい思い出を作ってきなさい』
そう言って、ガハルドはアリシアを見送ったのだった。
あの時は父が何を言っているのか理解できなかったのだが……。
(え? ええっ!? そ、そう言うこと!? わ、私って父親公認なの!?)
カアアァと頬が赤くなる。
どうして父が自分の恋心に気付いていたのかまでは分からないが、要するに父は「交際は認めるが、最後の一線だけは自重しろ」と言っていたのだ。
(あ、あの馬鹿親父は――ッ!)
思わず心の中で絶叫するが、何の意味もなかった。
それにしてもまさか自分の方の外堀がいつの間にか埋められていたとは……。
(さ、流石はアッシュさんね……)
変なところで感心するアリシアだった。
「ん。どうかしたかアリシア嬢ちゃん。いきなり黙り込んで」
「い、いえ、それでアッシュさん。これからどうしますか」
二人は今、多くの人が行きかう大通りの歩道を並んで歩いていた。両脇に喫茶店や工芸店などが軒を連ねる一角だ。
「まあ、そうだな。嬢ちゃんはどこか行きたいとこはねえのか?」
「そうですね。とりあえず母への土産でも物色したいと思いますけど」
そう言って、アリシアは隣にある工芸店に目をやった。
アッシュもつられて店に目を向ける。
そこは、露天商などではなく、れっきとした店舗だった。大きなウインドウには色とりどりの宝石をあつらえたペンダントや指輪が展示されている。
「へえ~。アリシア嬢ちゃんのお袋さんは工芸が好きなのか?」
「ふふっ、工芸が嫌いな女の子もいませんよ。母も例外ではありません」
いたずらっぽく微笑むアリシア。
それを聞き、アッシュはふむふむと頷き、
「なら、アリシア嬢ちゃんにも何か一つ買ってやろうか?」
「……え?」
アリシアが硬直する。
「親父さんに世話になってんのもそうだが、アリシア嬢ちゃんにも色々助けてもらってるからな。特にこないだの《業蛇》の一件じゃあユーリィが迷惑かけたし」
「え? いや、けど、いいんですか……?」
困惑するアリシア。彼女は上目づかいでアッシュを見つめていた。
「ああ、別に構わねえよ。まあ、流石に高いのは難しいけど……」
苦笑を浮かべてアッシュはそう答える。アリシアはまだ困惑顔だった。
「け、けど……」
なお戸惑うアリシアに、アッシュは、
「ダメか? 出来れば受け取って欲しいんだが……」
と、少し困ったような表情を浮かべる。
それを見た途端、アリシアの鼓動は跳ね上がり、気付いた時には返答していた。
「わ、分かりました! 受け取らせて頂きます! そ、そのありがとう、ございます」
「おっ、そっか。んじゃあ、店ん中に入ろうぜ」
アッシュは嬉しそうに笑った。アリシアはただ真っ赤になるだけだった。
そうして二人は店の中に入っていった。
(……へえ)
アッシュは店内に入るなり感嘆の息をもらした。意外と雑多した雰囲気の店だ。
王都にあるような敷居の高い宝石店などと違い、土産物として工芸を置いてあるのだろう。いくつかの大きな台座に置かれた指輪やペンダント。あちこちにある飾り木には果実のように無数のブレスレットをつるしてある。イメージは宝石の森か。
「あっ、いっらっしゃい。お客さん」
ラフな格好をした女性店員が親しげに迎えてくる。
アッシュは笑みを浮かべて店員に尋ねた。
「なあ、この子に似合う工芸ってあるかい?」
「うちには何でも揃ってますよ。それにしても可愛い子ですねぇ。恋人さんですか?」
「わ、私は……っ」
いきなりの店員の言葉に、アリシアは動揺する――が、
「ははっ、だったら光栄なんだが、まあ、知り合いの子さ」
アッシュの返答にがっくりと肩を落とす。
しかし、続くアッシュの言葉に、アリシアは顔を上げた。
「けど、大切な子なんだよ。だから何かプレゼントを贈りたくてな」
「アッシュさん……」
アリシアは、キュッとアッシュの袖を掴んでいた。
そんな客人達の様子を、若い女性店員はまじまじと見つめ、
「ふふ~ん。さては、年上の上司の部下と、お嬢様の密会ってとこですね」
勝手にストーリーを組み上げたらしい。
続けて店員は肘に手を当て、うんうんと頷くと、
「そうですね。それなら指輪やペンダントよりこっちの方がいいでしょう」
そう言って店員は飾り木の一つに近寄ると、目を細めて物色。そして銀色に輝く一つのブレスレットに手を伸ばして取り外した。
「お客さん。このブレスレットはどうでしょう?」
店員はアッシュ達の元に戻ると、そのブレスレットを手渡してきた。
アッシュはブレスレットを天にかざした。
「ほう。これは中々凝ってんな」
一見すると、ただの細い銀の輪にしか見えないそのブレスレットは、実際には細かい花の意匠をこさえた一品だった。かなりの出来栄えだ。
アリシアもアッシュの傍に寄って、ブレスレットを見つめた。
「へえ~。確かに綺麗なブレスレットですね」
感嘆の声を上げるアリシア。どうやら気に入ったようだ。
アッシュは値札を見る。少しばかり値は張るが、充分想定内の金額だ。
「なあ、アリシア嬢ちゃん。これ気に入ったかい?」
「え? あ、はい。けど、これ少し高いんじゃ……」
「ははっ、そんなの気にすんなって。じゃあ、これを贈らせてもらうよ」
そう言って、アッシュは店員に声をかけ、銀貨一枚を支払った。
店員は「お買い上げありがとうございます~」と言って値札を切り取る。
と、そこで、ふとアッシュに尋ねてきた。
「ところでお客さん。これは袋に詰めた方がいいですか?」
「ん? そりゃあ袋に入れた方が……って、ああ、なるほど。そう言うことか。う~ん。それなら袋はいいか。そのままくれ」
「分かりました。それではどうぞ」
言って、店員は銀のブレスレットを手渡してきた。
アッシュはそれを受け取ると、
「おう。サンキュ。じゃあ、アリシア嬢ちゃん、行こうか」
「え、あ、そうですね」
そうして二人は店から出て行った。
店員はにこやかに「またのお越しを~」と手を振っていた。
「さて、と」
アッシュはそう呟くと、近くの空いているベンチを探す。
(おっ、あったあった)
すんなりと空席は見つかった。アッシュはアリシアを連れてそのベンチに向かうと、そこに彼女を座らせた。
「あの、アッシュさん……?」
アリシアは困惑していた。そんな少女にアッシュはニカッと笑い、
「アリシア嬢ちゃん。右手を貸してくれ」
「右手、ですか?」
言われ、アリシアは右手を差し出した。
すると、アッシュはその白い手を優しく掴んできた。
アリシアは言葉もなくドキッとする。
しかし、そんな少女の様子にもお構いなく、アッシュは購入したばかりのブレスレットの金具を器用に片手で外すと、アリシアの細い手首にカチッとはめた。
「うん。よく似合うぞ。アリシア嬢ちゃん」
「ア、アッシュさん……。ありがとうございます」
アリシアは幸せそうに微笑む。
が、実はそれは仮面だ。その淑女のような笑みの裏側では、彼女は跳びはねんばかりに大喜びしていた。なにせ、好きな人からの初めてのプレゼントだ。
(やったッ! やった――ッ!)
歓喜で今にも綻びそうな口元を抑えるのに必死だった。
だがしかし、これはただの嬉しいハプニングにすぎない。彼女はまだ本来の目的を果たしていなかった。
(そうよ。私の今日の目的は……)
アリシアはじいっとアッシュを見つめる。
「ん? 何だ? どうかしたのかアリシア嬢ちゃん」
「……あの、アッシュさん。実は一つだけお願いがあるんです」
唐突なアリシアの言葉に、アッシュは首を傾げた。
お願いとは一体何なのだろうか。
と、疑問符を頭に浮かべている内に、
「あ、あの実は……」
アリシアは躊躇いがちに告げる。
「その、アリシア『嬢ちゃん』ってやめてもらえませんか」
「……へ?」
それは意外なお願いだった。
「あ、もしかして嫌だったのか?」
アッシュの素朴な問いに、アリシアはおずおずと答える。
「まあ、嫌ってほどじゃないんですけど、私って一応、家の中では使用人に『お嬢さん』とか『お嬢さま』とか呼ばれているんですよ。なんかアッシュさんにまで似たような語感で呼ばれるのは違和感を覚えて……」
「ああ、なるほど。使用人を相手にしている時みたいな感じになるか」
アッシュは勝手にそう納得した。アリシアはこくんと頷く。
「はい。だから出来ればやめて欲しいな~って」
「ふ~ん。まあ、それはいいけど、なんて呼べばいいんだ?」
アッシュがそう尋ねてくる。
アリシアの瞳がキランと光った。その台詞を待っていたのだ。
彼女は平然を装いながら小首を傾げて告げる。
「う~ん、そうですねえ。普通に『アリシア』でいいと思います」
「何だ、それでいいのか?」
アッシュが尋ねると、アリシアは「はい」と頷く。
「ふ~ん。そっか。まあ、別に構わねえが」
アッシュはあっさりと了承した。
そして内心ではドギマギしているアリシアを見据えて、
「そんじゃあ、これからもよろしくな。アリシア」
「え、ええ、これからもよろしくお願いします。アッシュさん」
そう返して、アリシアは笑った。
……ああ、今日はまさに最高だ。
初めてプレゼントを貰い、しかも名前まで呼んでもらえた。
アッシュの傍でなければ小躍りしたい気分だった。
そして、青い空を見上げ、
(やった――ッ! 私、やったわ――ッ!)
多大な戦果に、心の中で絶叫するアリシアであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鬼死回生~酒呑童子の異世界転生冒険記~
今田勝手
ファンタジー
平安時代の日本で魑魅魍魎を束ねた最強の鬼「酒呑童子」。
大江山で討伐されたその鬼は、死の間際「人に生まれ変わりたい」と願った。
目が覚めた彼が見たのは、平安京とは全く異なる世界で……。
これは、鬼が人間を目指す更生の物語である、のかもしれない。
※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ネオページ」でも同時連載中です。
~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる
僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。
スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。
だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。
それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。
色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。
しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。
ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。
一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。
土曜日以外は毎日投稿してます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
魔道具は歌う~パーティ追放後に最高ランクになった俺を幼馴染は信じない。後で気づいてももう遅い、今まで支えてくれた人達がいるから~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界転生者シナグルのスキルは傾聴。
音が良く聞こえるだけの取り柄のないものだった、
幼馴染と加入したパーティを追放され、魔道具に出会うまでは。
魔道具の秘密を解き明かしたシナグルは、魔道具職人と冒険者でSSSランクに登り詰めるのだった。
そして再び出会う幼馴染。
彼女は俺がSSSランクだとは信じなかった。
もういい。
密かにやってた支援も打ち切る。
俺以外にも魔道具職人はいるさ。
落ちぶれて行く追放したパーティ。
俺は客とほのぼのとした良い関係を築きながら、成長していくのだった。
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。
ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。
そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。
問題は一つ。
兄様との関係が、どうしようもなく悪い。
僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。
このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない!
追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。
それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!!
それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります!
5/9から小説になろうでも掲載中
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる