クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第6部

第七章 求めるモノは……。②

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 地下室は、静寂に包まれていた。
 ダイモンは壁に張り付いたまま痙攣し、石段には男が倒れ伏している。
 ハンとクラークは言葉もなく、ただ愕然と立ち尽くしていた。


「な、何故だ……」


 ハンはどうにか声を絞り出す。


「どうしてここがバレた! 我々の作戦は完璧だったはずだ! お前に嗅ぎつかれる要素などなかったはずだッ!」


 対するアッシュは少し困ったような顔をして、ボリボリと頭をかいた。


「いや、その前に俺の質問に答えてくれよ。あんたら一体誰なんだ?」

「……だ、誰、だと?」


 ハンは困惑した表情を浮かべた。隣にいるクラークも同様である。
 すると、鎖に吊らされたままのオトハが、代わりに答えた。


「クライン。そいつらは《ディノ=バロウス教団》の人間だ」

「………はあ?」


 アッシュはオトハの方に視線を向け、目を丸くした。


「おいおい、なんでそこで《教団》の名前が出てくんだよ? こいつらってジラールの共犯者じゃねえのか? もしかしてこれってジラールとは別件だったのか?」


 そんなことを聞いてくるアッシュに、オトハのみならず全員が困惑した。
 どうも話がかみ合っていない。
 そして一瞬の沈黙後、オトハが眉根を寄せてアッシュに尋ねた。


「……クライン。こいつらは確かにジラールの共犯者でもある。しかし、お前はどこまで知っているんだ? どうやってここを探り当てたんだ?」

「――そ、そうだッ!」


 その時、クラークが一歩前に出てアッシュに向かって叫んだ。


「どうしてこの場所が分かった! 痕跡など何も残さなかったと言うのに!」

「いや、痕跡も何も……」


 アッシュは、小太刀を握る片手を上げた。


「単純に、オトのこの召喚器こだちの在り処を逆探したんだよ。転移陣は相互の座標があって起動すっからな」

「ぎゃ、逆探だと……」


 そう反芻し、クラークは息を呑んだ。
 と、そこへ横にいるハンが動揺する部下に尋ねる。


「クラーク。そんなことが可能なのか?」

「ああ、隊長。確かに可能だが解析には普通半日以上はかかるはずなんだが……」

「……そうか」


 ハンは神妙な声で呟く。


「時間から逆算すると、この男は我々が《天架麗人》を拉致した直後から動いていたということか。察するにあの状況を誰かに見られていたのか」


 その誰かから《天架麗人》の危機を聞き、《双金葬守》が動いた。
 ハンはそう推測した――のだが、


「いや、多分誰にも見られてねえよ」


 アッシュ自身がその推測を否定した。


「つうか、今でも誰ひとりオトの失踪に気付いてねえと思うぞ」

「……なんだと?」


 ハンが眉をしかめた。


「ならば、何故ここにお前が現れるのだ。目撃者も痕跡もなく、どうしてオトハ=タチバナの拉致に気付いたというのだ」


 その問いに、囚われたオトハ本人も含めて、アッシュに視線が集まった。
 すると、アッシュはやれやれと嘆息し、


「……なんで気付いた、か。結構簡単な話だぞ」


 一拍置いて、白髪の青年は言う。


「ジラールは捕えた。だが、その共犯者は未だ不明。まだ危機は去ってねえ。そんな状況でオトが護衛対象サーシャを置いて消えるなんてあり得ねえよ」


 そこでオトハを一瞥する。
 彼女は、紫紺色の瞳をぱちくりとさせていた。


「俺はオトがどんな人間なのかよく知っている。責任感が人一倍強えェオトが、いきなりいなくなるなんて、それこそ異常事態だ。オトは任務を放棄せざるえないほどの事件に遭遇している。そう考えて俺はすぐさま行動したよ」


 まあ、その判断は大正解だったようだな。
 そんな言葉で締めて、アッシュは微かに苦笑した。
 ハン達は歯をギリと軋ませ、オトハの方は少し頬を赤らめていた。


「さて」


 アッシュはハン達を睨みつけた。


「まさかお前ら《教団》がジラールを操っていたとはな。本気で予想外だったが、まぁそれはいいさ。で、お前らの目的は一体何なんだよ? なんでオトを狙う?」


 そうアッシュが問うが、ハン達は無言だ。
 すると、再びオトハが代わって問いに答えた。


「クライン。こいつらの目的は、私が持つ『屠竜』だ。あの《悪竜の尾》を私から奪う事が目的らしい」

「……………………はあ?」


 アッシュはオトハの方へ目をやり、呆気にとられた。
 それに対し、オトハはガチャリと鎖を鳴らしてどこか自慢げに語る。


「どうやら『屠竜』は本物らしいぞ。ふふん。どうだクライン」


 言って、大きな胸を反らすオトハに、アッシュは渋面を浮かべた。


「いや、自慢されてもな。つうか、そう言うことかよ。考えてみれば《悪竜》の形見みたいなもんだし、《教団》が欲しがるのもおかしくねえか。しかしよ……」


 アッシュは視線を身構えるハン達に向けた。


「確かいま王城には《悪竜の牙》ってのもあったよな。そっちも奪う気なのか?」


 《尾》が目的なら《牙》もその対象かもしれない。
 そう思い、アッシュは尋ねたが、対するハンは皮肉気な笑みを見せて否定する。


「ふん。あの《牙》は偽物だ。骨董品として価値はあるかも知れんが、所詮はただのレプリカだ。その女が持つ《悪竜の尾》とは違う」

「……へえ」


 その返答に、アッシュもまた皮肉気な笑みを見せた。
 それからオトハの方を見やり、


「良かったじゃねえか。オト。専門家から改めて本物のお墨付きをもらったぞ」

「………むう。あまり嬉しくないぞ」


 言って、少し頬を膨らませるオトハ。
 アッシュはそんな相棒に笑みを見せつつ、改めてハン達を見据えた。


「まあ、大体事情は読めたよ。結局ジラールは完全な捨て駒。オトを油断させるための陽動だったってことか。手の込んだことをしてくれるぜ」


 そして、オトハを守れる位置で一歩進み出る。
 いつでも戦闘に入れる構えだ。
 ハンはわずかに顔つきを強張らせた後、状況を見極める。
 相手は《七星》の中でも最強と目される男。正直なところ、二人がかりでも勝てる相手ではない。オトハ=タチバナを人質に取れない以上、出来ることは――。


(仕方あるまい)


 ハンは即断した。わずかに手を動かしてクラークにも合図する。
 そして懐から黒い球体を取り出し、即座に握り潰す。
 突如、膨大な光に包まれる地下室。
 光に紛れて襲って来るか。
 そう警戒しアッシュは瞬時に瞳を閉じて、気配のみを頼りにオトハを守る。
 ――が、結局、襲撃はなかった。
 光が消えた数秒後、地下室にはハン達の姿はなかった。
 ハン達は倒れていた仲間を連れ、地下室から逃亡したのだ。


「……逃げたのか? いや、違うか」


 と、状況を察して呟くオトハに、


「ああ。あいつら、とことんしつけえェしな。対人戦だと勝ち目がねえと考えて、きっと外で待ち構えてんだろうな」


 アッシュが相槌を打った。《ディノ=バロウス教団》は基本的に撤退をしない。最後の一兵が死ぬまで目的を遂行しようとする厄介な集団だ。
 恐らく外では、アッシュ達を迎撃するために鎧機兵を召喚していることだろう。


「まあ、ぶちのめすことに変更はねえけどな」


 そう嘯いてアッシュは床から鍵の束を拾い上げた。ダイモンが残した物だ。恐らくこの鍵の一つがオトハの手枷の鍵に違いない。
 アッシュは鍵を一つずつ試していき、四つ目でオトハの手枷が外れた。
 オトハはその場でペタンと腰を落とした。
 麻痺がまだ残っており、身体に上手く力が入らないが、これでようやく自由になった。オトハはホッと安堵の息をもらした。


「オト。大丈夫か? 立てるか?」


 そう言って、オトハに手を差し伸べるアッシュ。


「ありがとう。助かったぞクライン」


 オトハはその手を取るが、そこで少し皮肉気に笑った。


「しかし、昔のあの件といい、お前は本当にタイミングがいいな。いつもここぞというタイミングで助けに来る。まるで登場を合わせているみたいだ」


 と、安心感から冗談をこぼす。
 しかし、そんな些細な冗談に対し、アッシュは何故か渋面を浮かべた。
 何と言うか、とても苛立った表情である。


「……クライン?」


 どうもアッシュの様子がおかしい。
 手を引かれて立ち上がったオトハが、訝しげに眉をしかめる。
 すると、アッシュは疲れ果てたように息を吐いて、ポツリと告げた。


「……なあ、オト。悪りいが、少しするぞ」

「………えっ?」


 キョトンとした声を上げるオトハ。
 が、その直後、彼女はアッシュに力強く抱きしめられていた。
 腰と肩を抑えられ、鼓動さえ聞こえそうな密着度だ。
 オトハは唐突な抱擁に、ただ唖然としていたが、すぐに顔を真っ赤にさせた。


(なっ!? なななっ!?)


 これこそ、彼女にとって念願の初『ギュッと』であった。
 しかし、あまりにもいきなりすぎて、オトハは完全に混乱していた。
 ――どうして今、こんなタイミングで!?
 そんな考えが、ぐるぐると頭の中で渦巻く……と。


「この馬鹿が。何が『タイミングがいい』だ。ふざけんな」


 オトハを抱きしめたまま、アッシュがぼそりと呟いた。
 その声は静かであるが、かなり苛立っている。


「ク、クライン……?」

「あのな。今回、俺がどんだけ焦ったと思ってんだよ」


 そう言って、オトハを抱きしめる腕に、アッシュはグッと力を込める。
 痛みを感じたのか、オトハが小さく呻いたが、今回だけはあえて無視する。
 アッシュは静かに歯を軋ませた。
 敵の前だったからこそ、先程までは平静さを装っていた。
 しかし、実際のところ、今回の件においてアッシュは怖ろしく焦っていたのだ。
 オトハの小太刀を逆探して居場所を調べる。
 一見冷静な手段のように思えるが、事実はもっと単純で、ただアッシュには、それ以外にオトハの居場所を見つける方法がなかっただけだった。
 この広大な王都を闇雲に探しても、絶対に見つかるはずがない。


 もしも、この方法で見つけられなければ……。


 そんな強い焦燥を抱きながら、行動していたのだ。
 そしてようやくこの地下室で囚われているオトハを見つけた時、内心では深く安堵するのと同時に、背筋が凍るほどゾッとした。
 怪しい男が注射器を片手に、拘束されたオトハの傍にいる。
 確認するまでもなく、危険な状況なのは明らかだった。
 もし、あと三十分――いや十分でも遅れていれば、少なくともオトハの心と身体に決して癒えない傷を刻まれていたことは疑いようもなかった。
 本当にギリギリだったのだ。
 こんなものが『タイミングがいい』はずがない。


「……オト。お前さ」


 アッシュは、オトハの耳元で呟く。
 ビクッ、と彼女は細い身体を震わせた。


「今回は本気でヤバかったんだぞ。それ自覚してんのか?」

「そ、それは……」


 オトハは言葉を詰まらせた。
 アッシュが本気で心配してくれていたことが彼の体温と共に伝わって来る。
 オトハの心臓が、激しく早鐘を打った。
 そのことは途轍もなく嬉しい。しかし同時にとても申し訳ない気分になった。
 感謝すればいいのか。それとも謝罪すべきなのか。
 オトハは何も言えずにいた。が、しばらくそうしていると、


「……悪りい。オト。ちょい感情的になりすぎたか」


 ふうっと嘆息し、アッシュがオトハをすっと離した。
 それから脱力するように肩を少し落として、


「別に攫われたのはお前のせいじゃねえのにな。すまん。俺も結構動揺してたんだ」

「い、いや、その、私こそすまない。本当に心配をかけた……」


 嬉しくて。恥ずかしくて。申し訳なくて。
 そんな複雑な感情から、オトハは思わず視線を逸らしつつ、そう答える。
 彼女の頬は完全に火照っていた。
 が、すぐに大きく息を吐いて呼気を整えると、


「ま、まあ、ともあれ。今は奴らのことだな。クライン」


 アッシュの名を呼んで、オトハは真剣な眼差しで告げる。


「奴らは全員私が片付ける。だからお前は手を出すなよ。ここまで虚仮にされたんだ。流石に黙ってはいられない」


 そして「私の小太刀を渡せ」と、アッシュに手を伸ばしてくる。
 しかし、対するアッシュの方は深々と溜息をつき、


「いや、あのなオト」


 言って、ゴスッとオトハの頭を手刀で叩いた。


「お前、まだ本調子じゃねえだろ。ふらふらじゃねえか。足も怪我してるし。ピンピンしている俺が引っ込んで、なんでお前が前に出るんだよ」

「………むう」


 オトハは叩かれた頭を片手で抑えつつ、アッシュを睨みつけた。


「しかし、それでも奴らは私の敵だ。私が始末するのが筋だろう。それに鎧機兵は思考による兵器だ。ある程度なら体調不良もカバーできる」


 たとえ本調子でなくとも、鎧機兵戦ならば負けない。
 それは間違いなく事実ではある。しかし、アッシュは認めなかった。


「却下だ」

「……クライン」

「それでも万が一はある。今日は大人しくしろ」


 そう言って腕を組み、アッシュは全く妥協しない態度を示した。
 だが、オトハは納得いかない。彼女は渋面を浮かべた。


「しかしなクライン。私にもメンツが……」

「俺にとっては、お前のメンツよりお前の命の方が大事だ」


 アッシュはそう切り捨てた。
 そしていきなり少ししゃがみ込むと、オトハの身体を担ぎあげた。肩に彼女の腹部を乗せて荷を運ぶような体勢だ。オトハの顔が真っ赤になる。


「な、何をするクラインッ!?」

「ほら、抵抗する力もねえじゃねえか。今回はもう休めよ」


 そう言ってアッシュは、懐から自分の小太刀を出して《朱天》の名を呟いた。
 すると、地下室に転移陣が刻まれ、ゆっくりと漆黒の鎧機兵が姿を見せる。
 胸部装甲ハッチが開いた状態の愛機に、アッシュはオトハを担いだまま乗り込んだ。
 そして操縦シートの後方に、オトハをトスンと座らせる。


「ク、クライン、待て! 私は――」


 と、なお納得いかないオトハに対し、


「今日はもう誰にもお前を傷付けさせねえ。お前は俺が守る。これは決定事項だ」


 そんな殺し文句を平然と言う。
 オトハの心臓は高鳴り、何も言えなくなった。
 それを了承したと判断したアッシュは、オトハに彼女の小太刀を手渡す。


「ほら。もう大人しくしろよ。いいなオト」


 そう言われ、オトハは渋面を浮かべるが、遂には「むう、分かった」と頷いた。
 アッシュはふっと笑い、自身も《朱天》の操縦シートに跨った。
 同時に胸部装甲ハッチがゆっくりと閉まる。
 そして、アッシュは不敵な笑みを見せて告げる。


「そんじゃあ、行くか《朱天》」


 広く薄暗い地下室にて。
 主人の意志に、《朱天》は両眼を光らせて応えるのだった。
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