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第8部
第六章 夜に迷う③
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「……ふむ」
アロス王が呟く。
「最近、すこぶる体調がよさそうだな。ルカよ」
「……え?」
父にそんなことを指摘され、フォークを持つ手を止めるルカ。
そこは王城ラスセーヌの一室。
最上階にある王族専用の私室であり、親族のみで使用する食堂だった。
その内装は豪華ではあるが、そもそも会合用ではないため、全体的にこじんまりとしている。七、八名ほどしか使用できない小さな部屋だ。特徴としては長方形のテーブルが置かれているぐらいか。そんな王族としては質素な部屋で現在、アロスとサリア、そしてルカの三人は家族水入らずの朝食をとっていた。
サリアとルカが並んで座り、向かい側にアロスが座る状況だ。
「数日前までは部屋に籠りがちで、流石に外出禁止は少しばかり罰が厳しすぎたかと思っていたのだが」
食事を終えたアロスが、自分の口元を白いフキンで拭きつつ、
「ここ数日はかなり元気がよいな。何かよいことでもあったのか?」
と、娘に尋ねる。
父のいきなりの問いかけにルカはわずかに緊張したが、
「そ、そんなことはないよ」
と、答える。少しだけ心が痛む。この台詞は大ウソだ。彼女がご機嫌なのは毎晩のように部屋を抜け出して『彼』に会いに行っているからだ。
彼の話は実に多彩で面白く、逢瀬を重ねるほどにルカの心は弾んでいた。
知らず知らずの内に、その感情が面に出てしまうほどに。
「ふむ、そうか?」
対し、アロスはあご鬚を撫でながら愛娘を見やった。
はて。ただの勘違いだったのか。首を捻る。すると、ルカの隣に座るサリアが羊肉を切っていたナイフの手を止め、クスクスと笑いだした。
「そうねアロス。もし変わったとしたら、きっとルカも帰国してようやくこの国の空気を思い出して来たのよ」
と、ここ数日の娘の動きを知っている上でフォローを入れるサリア。ちなみに今の彼女は王妃モードではなく、アロスの妻モードである。
「う、む。そうか」
アロスは少し腑に落ちないのか、眉間にしわを寄せる。が、
「まぁよいか。ルカが元気なのはよいことだしな」
言って、娘を溺愛していることがよく分かる満面の笑みを見せた。
それからおもむろに顎鬚へと手をやり、
「ふむ。では、明日ぐらいから外出禁止も解こうか」
「ホ、ホント! お父さん!」
ルカが目を見開いた。明らかに喜ぶ娘にアロスは苦笑する。
「うむ。お主も折角帰国したのに、いつまでもラスセーヌに閉じ込められるのは億劫であろう。それにお主はサリアによく似ている。あまり閉じ込めると逆にとんでもないことをしでかしそうであるからな」
と、妻を一瞥してアロスが告げる。
ルカの突拍子もない行動力は間違いなく母親譲りだ。
それを自覚してか、サリアは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
アロスは愛しげな眼差しで妻を見つめる。
ともあれ、ルカにとってはこの話は吉報だった。
明日からは夜だけではなく、昼にもあの青年に会いに行けるのだ。
「あ、ありがとう。お父さん」
と、ルカは頭をぺこりと下げて父に感謝の言葉を告げた。
「ふふ。ただし、あまりはしゃぎすぎるでないぞ。ふむ。出来ればアリシア嬢やサーシャ嬢に付き添ってもらう方がよいな」
と、アロスは言う。
ルカは「う、ん。分かった」と首肯する。と、その時だった。
コンコンと食堂のドアがノックされる。そして間を開けず「陛下。お食事中失礼いたします」と壮年の男性の声が聞こえてきた。
アロスはドアの方へ目をやり、
「ふむ。入るがよい」
「――はっ。失礼いたします」
と返して、大きなドアが開かれた。
そうして入室してきたのは、赤い騎士服を纏った上級騎士だった。王族の警護を担う親衛隊とも呼べる騎士の一人だ。
壮年の騎士は主君と王妃、王女に対し深々と頭を下げた。
「おはようございます。陛下。王妃さまと姫さまも」
対し、アロスは「うむ」と満足げに首肯し、ルカとサリアは「おはようございます」と軽く頭を垂れる。
「どうしたのだ?」アロスは臣下に問う。
「今日の予定は午後からだったはずだが?」
「はい。実は……」そう切り出して騎士は主君を見つめた。
「先程ガロンワーズ殿がいらっしゃいまして、どうしても陛下にお会いしたいと」
「……なに? ザインが、か?」
アロスは自分にとって甥に当たる青年の顔を思い浮かべる。
すると、騎士は「はい」と首肯し、
「なんでもベスニア殿が推奨する兵器輸出の件についてご進言があると……」
と告げる臣下に、アロスは少し目を剥いた。
「兵器輸出の件だと?」アロスは苦笑する。「耳が早いな。ザインの奴は」
「え? へ、兵器の輸出って?」
一方、いきなり出てきた殺伐とした言葉に、ルカは大きく目を瞠った。
「そ、そんな話が、いま挙がっているの?」
怯えの混じった声でそう呟く。
まさか、この平和な祖国でそんな議題が挙がっていようとは……。
サリアの方は、すでに知っていたようで神妙な顔つきをしている。
「……この国から兵器を売るの?」
ルカは不安げに父に尋ねた。オルタナを筆頭に、モノ造りが大好きなルカではあるが、兵器と聞くと流石に落ち着かない。あまりにも物騒な話だった。
すると、アロスは娘に視線を向けて。
「うむ。まあ、心配になる議題ではあるな。だが大丈夫だ」
平和の国を統べる王はふっと笑う。
「この国の平和は余が守る。お主が気に病むことではない」
そう宣言してから、アロスはおもむろに立ち上がった。
続けて騎士を伴って、ドアに向かうが、
「ああ、そうそう」
ふと振り返り、今度は父としての顔を見せる。
「街に出るのならば後で話を聞かせておくれ。余の可愛いルカよ」
それだけを告げると、アティス王は食堂を後にした。
◆
「……武器や兵器についてだって?」
「……はい」
その日の夜。誰もいない公園にて。
ルカは早速、信頼する青年に気になる事柄を聞いてみた。
ただし、まだ彼には自分の素性を語っていないし、国策にも関わることなので「武器や兵器を造ることについてどう思うか」という問いかけではあるが。
「仮面さんはどう、思いますか?」
それでも聞いてみたかった。
恐らくは自分と同じ職人であるはずのこの青年に。
「……ふ~ん。そうだな」
アッシュは腕と足を組んで考え込む。
「まあ、そもそも兵器や武器を使うのは人間だしな」
そう前置きしてからアッシュはルカを見つめた。
「ありきたりな言葉だけどよ。よく『道具が人を殺す訳じゃない。殺すのは使い手の意志だ』とか言われるよな。個人的には、あれは真理だと思うぜ」
「……そう、ですか」
ルカは少し肩を落として呟く。確かに真っ当な答えだが、彼女としては兵器運用を否定するような言葉を聞きたかったのだ。
するとアッシュはルカを見やり「お嬢ちゃんはどう思うんだ?」と尋ね返す。
「私は……」ルカは少し躊躇うが、言葉を続けた。
「兵器を造るは嫌、です。私も、騎士学校の生徒、だから戦うのは仕方がない、けど、自分の鎧機兵が人を殺すなんて、考えたく、ないです」
一拍置いて。
「その、私は……私の造る鎧機兵は兵器じゃなくて、闘技場みたいな対戦スポーツや、農作業とかのお仕事に、使って欲しい、です」
と、たどたどしい口調だが、自分の意見を告げた。
「……ん。そっか」
アッシュは目を細めてルカの肩に乗るオルタナに手を向けた。
オルタナは「……ウム?」と小首を傾げてアッシュの腕の上に乗る。
「まあ、オルタナは鎧機兵でも兵器には全然見えねえしな」
そう言ってアッシュは笑った。
それから真剣な顔つきでルカを見据えて――。
「さっきの真理な。ありゃあ確かだと思うが、あくまで使い手側の真理なんだよ」
「………え?」ルカは顔を上げて青年を見やる。
「それって、どういう、ことですか?」
と尋ねるルカに、アッシュは皮肉気に口角を崩して語る。
「まあ、要するに道具の真理って奴には二つの側面があんだよ。一つは使い手側。そしてもう一つは造り手側だな」
「……造り手側、ですか?」
ルカはアッシュの言葉を反芻した。
仮面の青年は無言で頷く。
「すべての道具には『本懐』がある」
そしてアッシュは淡々と持論を語り始めた。
「道具は意味もなく生み出されることはねえ。絶対に造り手の目的が反映されんだよ。その結果、形が決まり、機能が決まり、道具と成す」
アッシュは腕を動かして、オルタナを肩に乗せた。
「例えば剣。使い手によっては誰かを守る武器だ。けどよ、剣の道具としての本懐は『生き物を斬ること』なんだよ。そのために鋭利な刃の形をしているのさ」
「生き物を斬ることが剣の……本懐?」
ルカの反芻に、アッシュはこくんと首肯する。
「他にも道具にはそれぞれ本懐がある。どう使用されるかは使い手によって変わるが、その道具の本来の用途――存在意義自体がブレることはねえ」
そこで一呼吸入れて、アッシュは言う。
「結局のところ、武器は武器。兵器は兵器なんだよ。だから、造り手側は自分の造る物が何を目的にしているのか、それを自覚して造らなきゃあいけねえと思う。一人の職人としては本懐が『人殺し』の武器を造っておいて、相手を殺した責任は使い手にある……ってのはどうかと思うんでな」
「…………」
ルカは無言だった。
青年の意見はとても興味深かった。そして心の中で少し反省する。モノ造りが楽しすぎて道具の本懐など考えたこともなかったからだ。
「生み出す側の……責任、ですね」
「まあ、大層に言ったらそういうことになるな」
言ってアッシュは苦笑を浮かべた。
続けて少し落ち込むルカの頭をくしゃりと撫でる。
「まあ、小難しいことを言ったが、そう気にすんなって。大丈夫だ。お嬢ちゃんは意識せずとも造り手の責任と道具の本懐をきちんと理解しているよ。だからオルタナはこんなにも呑気な性格をしてるんだと思うぜ」
「……ウム? オレ、ノンキカ?」
と、首を傾げるオルタナ。アッシュは「ははっ」と笑う。
そんなやり取りに、ルカもまたクスクスと笑った。
やはりこの青年に相談したのは正解だった。それにこうやって頭を撫でられる度に、どこか心の奥で淀んでいた気持ちが晴れていくのが分かる。
まるで父であるアロスに「心配などない」と撫でられているようだった。
「……ありがとう。仮面さん」
ルカは素直に礼を言った。対し、アッシュは「はは、役に立ったみたいでよかったよ」と言ってオルタナのあごを指先で撫でた。
それから公園の一角にある柱に設置された丸い時計を見やり、
「まあ、それより今日は少し長く話しこんじまったな。あんまり遅いと乗合馬車の最終に乗り遅れるぞ」
と、忠告する。ルカはハッとした。
「は、はい」
彼女は慌てて立ち上がる。続けて「そ、それじゃあ、また明日」と言って、アッシュの前でぺこりと頭を下げると、オルタナを肩に乗せて走り出した。
アッシュはそんな少女の後ろ姿に「おう。また明日な」と言って手を振る。
ルカは公園の出口で一旦立ち止まって振り返ると「おやすみなさい。仮面さん」とだけ告げて再び走り出した。
アッシュは優しげな眼差しで少女を見送った。
その数瞬後、繁みから二人の女性が現れ、ルカの後を追う。
アッシュはいつものように背もたれに寄りかかり、瞳を閉じて様子を窺った。
そして普段なら十数秒後には目を開くのだが……。
「……おいおい」
一分ほどしてから、アッシュはすっと目を開けた。
「こいつは……いよいよってことか」
そう呟き、険しい表情を浮かべて立ち上がる。
どうやら懸念していた事態に陥ったようだ。
「さて、と」
アッシュはパシンと拳を鳴らした。
そして仮面の青年はとても職人には見えない獰猛な笑みを浮かべて嘯く。
「そんじゃあ、俺もそろそろ行くとすっか」
アロス王が呟く。
「最近、すこぶる体調がよさそうだな。ルカよ」
「……え?」
父にそんなことを指摘され、フォークを持つ手を止めるルカ。
そこは王城ラスセーヌの一室。
最上階にある王族専用の私室であり、親族のみで使用する食堂だった。
その内装は豪華ではあるが、そもそも会合用ではないため、全体的にこじんまりとしている。七、八名ほどしか使用できない小さな部屋だ。特徴としては長方形のテーブルが置かれているぐらいか。そんな王族としては質素な部屋で現在、アロスとサリア、そしてルカの三人は家族水入らずの朝食をとっていた。
サリアとルカが並んで座り、向かい側にアロスが座る状況だ。
「数日前までは部屋に籠りがちで、流石に外出禁止は少しばかり罰が厳しすぎたかと思っていたのだが」
食事を終えたアロスが、自分の口元を白いフキンで拭きつつ、
「ここ数日はかなり元気がよいな。何かよいことでもあったのか?」
と、娘に尋ねる。
父のいきなりの問いかけにルカはわずかに緊張したが、
「そ、そんなことはないよ」
と、答える。少しだけ心が痛む。この台詞は大ウソだ。彼女がご機嫌なのは毎晩のように部屋を抜け出して『彼』に会いに行っているからだ。
彼の話は実に多彩で面白く、逢瀬を重ねるほどにルカの心は弾んでいた。
知らず知らずの内に、その感情が面に出てしまうほどに。
「ふむ、そうか?」
対し、アロスはあご鬚を撫でながら愛娘を見やった。
はて。ただの勘違いだったのか。首を捻る。すると、ルカの隣に座るサリアが羊肉を切っていたナイフの手を止め、クスクスと笑いだした。
「そうねアロス。もし変わったとしたら、きっとルカも帰国してようやくこの国の空気を思い出して来たのよ」
と、ここ数日の娘の動きを知っている上でフォローを入れるサリア。ちなみに今の彼女は王妃モードではなく、アロスの妻モードである。
「う、む。そうか」
アロスは少し腑に落ちないのか、眉間にしわを寄せる。が、
「まぁよいか。ルカが元気なのはよいことだしな」
言って、娘を溺愛していることがよく分かる満面の笑みを見せた。
それからおもむろに顎鬚へと手をやり、
「ふむ。では、明日ぐらいから外出禁止も解こうか」
「ホ、ホント! お父さん!」
ルカが目を見開いた。明らかに喜ぶ娘にアロスは苦笑する。
「うむ。お主も折角帰国したのに、いつまでもラスセーヌに閉じ込められるのは億劫であろう。それにお主はサリアによく似ている。あまり閉じ込めると逆にとんでもないことをしでかしそうであるからな」
と、妻を一瞥してアロスが告げる。
ルカの突拍子もない行動力は間違いなく母親譲りだ。
それを自覚してか、サリアは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
アロスは愛しげな眼差しで妻を見つめる。
ともあれ、ルカにとってはこの話は吉報だった。
明日からは夜だけではなく、昼にもあの青年に会いに行けるのだ。
「あ、ありがとう。お父さん」
と、ルカは頭をぺこりと下げて父に感謝の言葉を告げた。
「ふふ。ただし、あまりはしゃぎすぎるでないぞ。ふむ。出来ればアリシア嬢やサーシャ嬢に付き添ってもらう方がよいな」
と、アロスは言う。
ルカは「う、ん。分かった」と首肯する。と、その時だった。
コンコンと食堂のドアがノックされる。そして間を開けず「陛下。お食事中失礼いたします」と壮年の男性の声が聞こえてきた。
アロスはドアの方へ目をやり、
「ふむ。入るがよい」
「――はっ。失礼いたします」
と返して、大きなドアが開かれた。
そうして入室してきたのは、赤い騎士服を纏った上級騎士だった。王族の警護を担う親衛隊とも呼べる騎士の一人だ。
壮年の騎士は主君と王妃、王女に対し深々と頭を下げた。
「おはようございます。陛下。王妃さまと姫さまも」
対し、アロスは「うむ」と満足げに首肯し、ルカとサリアは「おはようございます」と軽く頭を垂れる。
「どうしたのだ?」アロスは臣下に問う。
「今日の予定は午後からだったはずだが?」
「はい。実は……」そう切り出して騎士は主君を見つめた。
「先程ガロンワーズ殿がいらっしゃいまして、どうしても陛下にお会いしたいと」
「……なに? ザインが、か?」
アロスは自分にとって甥に当たる青年の顔を思い浮かべる。
すると、騎士は「はい」と首肯し、
「なんでもベスニア殿が推奨する兵器輸出の件についてご進言があると……」
と告げる臣下に、アロスは少し目を剥いた。
「兵器輸出の件だと?」アロスは苦笑する。「耳が早いな。ザインの奴は」
「え? へ、兵器の輸出って?」
一方、いきなり出てきた殺伐とした言葉に、ルカは大きく目を瞠った。
「そ、そんな話が、いま挙がっているの?」
怯えの混じった声でそう呟く。
まさか、この平和な祖国でそんな議題が挙がっていようとは……。
サリアの方は、すでに知っていたようで神妙な顔つきをしている。
「……この国から兵器を売るの?」
ルカは不安げに父に尋ねた。オルタナを筆頭に、モノ造りが大好きなルカではあるが、兵器と聞くと流石に落ち着かない。あまりにも物騒な話だった。
すると、アロスは娘に視線を向けて。
「うむ。まあ、心配になる議題ではあるな。だが大丈夫だ」
平和の国を統べる王はふっと笑う。
「この国の平和は余が守る。お主が気に病むことではない」
そう宣言してから、アロスはおもむろに立ち上がった。
続けて騎士を伴って、ドアに向かうが、
「ああ、そうそう」
ふと振り返り、今度は父としての顔を見せる。
「街に出るのならば後で話を聞かせておくれ。余の可愛いルカよ」
それだけを告げると、アティス王は食堂を後にした。
◆
「……武器や兵器についてだって?」
「……はい」
その日の夜。誰もいない公園にて。
ルカは早速、信頼する青年に気になる事柄を聞いてみた。
ただし、まだ彼には自分の素性を語っていないし、国策にも関わることなので「武器や兵器を造ることについてどう思うか」という問いかけではあるが。
「仮面さんはどう、思いますか?」
それでも聞いてみたかった。
恐らくは自分と同じ職人であるはずのこの青年に。
「……ふ~ん。そうだな」
アッシュは腕と足を組んで考え込む。
「まあ、そもそも兵器や武器を使うのは人間だしな」
そう前置きしてからアッシュはルカを見つめた。
「ありきたりな言葉だけどよ。よく『道具が人を殺す訳じゃない。殺すのは使い手の意志だ』とか言われるよな。個人的には、あれは真理だと思うぜ」
「……そう、ですか」
ルカは少し肩を落として呟く。確かに真っ当な答えだが、彼女としては兵器運用を否定するような言葉を聞きたかったのだ。
するとアッシュはルカを見やり「お嬢ちゃんはどう思うんだ?」と尋ね返す。
「私は……」ルカは少し躊躇うが、言葉を続けた。
「兵器を造るは嫌、です。私も、騎士学校の生徒、だから戦うのは仕方がない、けど、自分の鎧機兵が人を殺すなんて、考えたく、ないです」
一拍置いて。
「その、私は……私の造る鎧機兵は兵器じゃなくて、闘技場みたいな対戦スポーツや、農作業とかのお仕事に、使って欲しい、です」
と、たどたどしい口調だが、自分の意見を告げた。
「……ん。そっか」
アッシュは目を細めてルカの肩に乗るオルタナに手を向けた。
オルタナは「……ウム?」と小首を傾げてアッシュの腕の上に乗る。
「まあ、オルタナは鎧機兵でも兵器には全然見えねえしな」
そう言ってアッシュは笑った。
それから真剣な顔つきでルカを見据えて――。
「さっきの真理な。ありゃあ確かだと思うが、あくまで使い手側の真理なんだよ」
「………え?」ルカは顔を上げて青年を見やる。
「それって、どういう、ことですか?」
と尋ねるルカに、アッシュは皮肉気に口角を崩して語る。
「まあ、要するに道具の真理って奴には二つの側面があんだよ。一つは使い手側。そしてもう一つは造り手側だな」
「……造り手側、ですか?」
ルカはアッシュの言葉を反芻した。
仮面の青年は無言で頷く。
「すべての道具には『本懐』がある」
そしてアッシュは淡々と持論を語り始めた。
「道具は意味もなく生み出されることはねえ。絶対に造り手の目的が反映されんだよ。その結果、形が決まり、機能が決まり、道具と成す」
アッシュは腕を動かして、オルタナを肩に乗せた。
「例えば剣。使い手によっては誰かを守る武器だ。けどよ、剣の道具としての本懐は『生き物を斬ること』なんだよ。そのために鋭利な刃の形をしているのさ」
「生き物を斬ることが剣の……本懐?」
ルカの反芻に、アッシュはこくんと首肯する。
「他にも道具にはそれぞれ本懐がある。どう使用されるかは使い手によって変わるが、その道具の本来の用途――存在意義自体がブレることはねえ」
そこで一呼吸入れて、アッシュは言う。
「結局のところ、武器は武器。兵器は兵器なんだよ。だから、造り手側は自分の造る物が何を目的にしているのか、それを自覚して造らなきゃあいけねえと思う。一人の職人としては本懐が『人殺し』の武器を造っておいて、相手を殺した責任は使い手にある……ってのはどうかと思うんでな」
「…………」
ルカは無言だった。
青年の意見はとても興味深かった。そして心の中で少し反省する。モノ造りが楽しすぎて道具の本懐など考えたこともなかったからだ。
「生み出す側の……責任、ですね」
「まあ、大層に言ったらそういうことになるな」
言ってアッシュは苦笑を浮かべた。
続けて少し落ち込むルカの頭をくしゃりと撫でる。
「まあ、小難しいことを言ったが、そう気にすんなって。大丈夫だ。お嬢ちゃんは意識せずとも造り手の責任と道具の本懐をきちんと理解しているよ。だからオルタナはこんなにも呑気な性格をしてるんだと思うぜ」
「……ウム? オレ、ノンキカ?」
と、首を傾げるオルタナ。アッシュは「ははっ」と笑う。
そんなやり取りに、ルカもまたクスクスと笑った。
やはりこの青年に相談したのは正解だった。それにこうやって頭を撫でられる度に、どこか心の奥で淀んでいた気持ちが晴れていくのが分かる。
まるで父であるアロスに「心配などない」と撫でられているようだった。
「……ありがとう。仮面さん」
ルカは素直に礼を言った。対し、アッシュは「はは、役に立ったみたいでよかったよ」と言ってオルタナのあごを指先で撫でた。
それから公園の一角にある柱に設置された丸い時計を見やり、
「まあ、それより今日は少し長く話しこんじまったな。あんまり遅いと乗合馬車の最終に乗り遅れるぞ」
と、忠告する。ルカはハッとした。
「は、はい」
彼女は慌てて立ち上がる。続けて「そ、それじゃあ、また明日」と言って、アッシュの前でぺこりと頭を下げると、オルタナを肩に乗せて走り出した。
アッシュはそんな少女の後ろ姿に「おう。また明日な」と言って手を振る。
ルカは公園の出口で一旦立ち止まって振り返ると「おやすみなさい。仮面さん」とだけ告げて再び走り出した。
アッシュは優しげな眼差しで少女を見送った。
その数瞬後、繁みから二人の女性が現れ、ルカの後を追う。
アッシュはいつものように背もたれに寄りかかり、瞳を閉じて様子を窺った。
そして普段なら十数秒後には目を開くのだが……。
「……おいおい」
一分ほどしてから、アッシュはすっと目を開けた。
「こいつは……いよいよってことか」
そう呟き、険しい表情を浮かべて立ち上がる。
どうやら懸念していた事態に陥ったようだ。
「さて、と」
アッシュはパシンと拳を鳴らした。
そして仮面の青年はとても職人には見えない獰猛な笑みを浮かべて嘯く。
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