クライン工房へようこそ!【第15部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第8部

第八章 偽りの《悪竜》⑤

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(……ふむ。ここらが頃合いか)


 大通りに軒を連ねる建造物の一つ。
 その屋上から眼下の戦況を見据え、ウォルターが双眸を細める。
 大通りの街並みは、無残なまでに破壊されていた。
 石畳の多くは砕かれてその下の岩土が見え、建造物の幾つかは瓦礫と化している。偽りの世界ゆえに火災こそ起きてはいないが、その様相はまさに戦場だ。
 そうして、その戦場で対峙するのは異形の鎧機兵達。
 《煉獄の鬼》と、偽りの《悪竜》の二機である。


(最初の頃は互角に近かったのだがな)


 ウォルターは皮肉気に口角を崩した。
 互角のように見えた戦況も、今や完全に傾いている。
 特にあの《煉獄の鬼》の角が輝き始めてからは、まさに一方的だ。偽りの《悪竜》は鬼の力の前に圧倒されていた。


「……ボーガンめ」


 ウォルターは忌々しげに仇敵の名を呟く。


「あれほどの怪物を配下に置くか。相も変わらず喰えん男だな」


 今回もあの男にしてやられるのか。
 そう思うと、流石に苛立ちが隠せないが……。


「まあ、よい。所詮今回は余興のようなものだしな」


 そんな風に割り切り、ウォルターは手に持ったキューブを天に掲げた。
 いずれにせよここまでだ。そろそろ撤退すべきだろう。


「さて、と」


 ウォルターは再び眼下の鬼を一瞥した。


「私はそろそろお暇するよ。名も知らぬ青年よ」


 そこでふっと笑う。


「だが安心したまえ。この相界陣は主人わたしがいなくともしばらくは持つ。多少不安定にはなるが、君の遊び相手がすぐに消えることはないよ」


 相手に聞こえる訳がないことを理解しつつ――。


「ではさらばだ青年。そして王女よ。縁があればまた会おう」


 親愛の感情さえ込めてそう告げた。
 そして光輝く黒いキューブ。夜の世界の一角が眩い輝きに包まれる。
 数秒後、光が収まった屋上には誰もいなかった。
 こうして『悪魔』と呼ばれることを望む男は、偽りの世界から人知れず消えた。



       ◆



 ――ズズウゥン……。

 放たれた不可視の斬撃に、大通りの一角が崩れ落ちる。
 だが、それだけで終わりでない。偽りの《悪竜》は世界そのものを切り刻むような数え切れない数の《飛刃》を繰り出した。
 並みの鎧機兵ならば、微塵と化す刃の大群だ。


『ふん。甘いな』


 しかし、アッシュは一切動揺しない。
 相棒の右腕に恒力を収束。ただ、その腕を振り下ろさせるだけで、脆いガラス細工でもを打ち砕くように《飛刃》の群れを一掃した。
 必殺のはずの刃を迎撃された竜装の鎧機兵だったが、無人ゆえに動じることはなく、次なる戦術に移行した。
 足元に不可視のレール――《天架》を構築しようとするが、


『それも甘えェよ』


 アッシュは不敵な笑みと共に、そう呟く。
 そして《天架》が構築される前に、《朱天》が地に左足を打ちつけた!
 まるで落雷のような轟音が鳴り響く。さらには大地が大きく波打ち、《悪竜》が築こうとしていた《天架》はあっさりと崩れ落ちた。
 続けて《朱天》は右足で大地を踏み抜いた。
 轟く雷音。《雷歩》を以て《朱天》は《悪竜》の眼前に迫る。


『――おらよ!』


 そして繰り出される右の剛拳。
 咄嗟に《悪竜》は横に跳躍して回避するが、完全には避け切れず肩当ての一部が漆黒の拳に粉砕された。破壊の振動は機体を大きくぐらつかせ、《悪竜》は体勢を崩す。
 そこですかさず《朱天》は反転。唸りを上げる太い尾が竜装の鎧機兵へと迫る!

 ――ズドンッ!

 胸部装甲を打ちつけられ、《悪竜》は後方に吹き飛んだ。さらに、そのまま大通りの建物の一つに直撃し、半ば埋まるようにして竜装の鎧機兵は立っていた。


『本当に頑丈な機体だな』


 アッシュは本気で感嘆した。
 この敵機の恒力値は七千ジンにも至らない。
 だというのに、《朱焔》を二本も解放し、五万六千ジンの恒力を得た《朱天》の攻撃を受け続けて未だ五体満足とは……。


(この機体、一体どんな野郎が造ったんだ?)


 正直なところ、かなり興味が引かれる。
 一度、この《悪竜》の制作者と会ってみたいと本気で思い始めていた。


(……っと、やべえな)


 思わず職人の顔が面に出そうになって、アッシュは面持ちを引き締め直した。
 実力差は明白だ。流石にもう敗北はないだろう。しかし、決着がつくその瞬間まで油断していい相手ではない。


「そんじゃあ、いよいよ決着をつけるか」


 と、アッシュが呟く。
 すると、不意にギュウッと腰が強く掴まれた。
 柔らかな感触が背中から伝わる。アッシュは眉根を寄せた。


「どうした? お嬢ちゃん」

「え、あ、ご、ごめんなさい」


 ルカがポツリと呟く。


「偽物とは分かっているけど、先輩の機体が……」

「……ああ、なるほどな」


 アッシュは苦笑を零す。
 たとえ偽物でも、慕っている先輩の愛機が破壊されるのは忍びない。
 きっと、そんな複雑な感情をルカは抱いているのだろう。
 その気持ちは分からなくもない。
 しかし、それでもこの偽物は敵なのだ。倒さないと先には進めない。


「その、まあ、出来るだけ綺麗に破壊するよ」


 少し困ったアッシュが、そんな気休めにもならない言葉をルカに告げた。
 ルカもまた少し困ったような笑みを見せた、その時だった。
 ――ぐにゃり、と。
 いきなり景色が歪み始めたのだ。


「――なに!」「……え?」「……ヒャア!」


 アッシュ、ルカ、オルタナ。
 三者三様の声が《朱天》の操縦席の中で響く。
 《朱天》の目を通して見える景観は、《悪竜》の姿だけを残して大きく変化していた。まるで飴細工のようにどろりと解け、地面に少しずつ沈んでいくのである。


「……こいつは一体」


 アッシュは操縦棍を強く握りしめ、表情を険しくする。
 眼前に立つ竜装の鎧機兵が何かした……とは考えにくい。
 恐らくこの現象は、相界陣の主人であるあの老人の仕業だ。
 決着の近い戦況を見て、何かを仕掛けるつもりか。
 アッシュは老紳士がいたはずの屋上に目をやった――が、そこにはすでに誰もいない。
 どこかに隠れたのか、とアッシュは考えたが、


(おいおい、あのジジイ)


 すぐにかぶりを振った。そして歯を強く軋ませる。
 ギル=ボーガンの忠告と、ウォルターが言い放っていた台詞を思い出す。
 きっと、あの老人はすでに撤退しているのだ。この世界の歪みは主人を失くした相界陣がバランスを崩し始めた現象なのだろう。


(マジで宣言通り、とんずらしやがったのか)


 全くもって忌々しい。
 しかし、世界は歪んでも《悪竜》に変化はない。
 察するに、あの鎧機兵は老人の置き土産ということか。


(まあ、いいさ。決着をさっさとつけてあのジジイを追えば……)


 と、アッシュが考えていた時だった。


「……え?」


 ルカの唖然として声が響く。
 突然、崩れていた世界が再構築され始めたのである。
 だが、もと通りではない。
 ドロドロに溶けていた大通りの建築物は緑豊かな木々に変わり、ほぼ地面が剥き出しになりつつあった石畳は、本物の土に変わる。
 さらに、その土からは木造の家屋が次々と生まれ始めた。
 森の中にある多くの家屋。
 その景観は一言で言うのならば……。


(……あの、クソジジイがッ!)


 アッシュは、ギシリと歯を軋ませた。
 ――よりにもよって。
 この光景を、自分に再び見せるのか。
 あの老人の意図した仕業ではないと察しつつも、流石に殺意を抱く。
 それほどまでに、この光景はアッシュにとって特別だった。


「ひ、ひゥ……」


 アッシュの腰を掴むルカが、小さく息を呑んだ。
 何故なら、新たに生み出された光景――恐らくは、どこかの山間にあるらしい村が、いきなり激しく燃え盛る炎に包まれたからだ。
 炎は火の粉を上げながら次々と家屋へと燃え移り、夜空を焦がした。
 アッシュは、無言でその光景を見据えていた。
 胸を切り裂くような懐かしさと、深い憎悪が掻き立てられる光景。

 ここは、アッシュの失われた故郷。
 クライン村の――最期の光景であった。


「……相界陣は記憶から創られるか」


 アッシュは激しく燃える炎を双眸に映して呟いた。
 推測ではあるが、この世界を制御していた主人と核であるキューブを失った事で相界陣が暴走し、捕縛対象がルカからアッシュに移行したといったところか。

 要するに相界陣はアッシュの記憶を読み、再現したのだ。
 この悪夢の世界を。


(くそったれが!)


 アッシュは鬼の形相で世界を睨みつけた。
 こればかりは絶対に許せない。
 とっとと邪魔な敵を排除し、あの老人に相応の報いを受けさせる!
 そう心に決めたアッシュは早速敵を始末するため、《悪竜》を見据えて――。


『………な、に?』


 思わず訝しげに眉根を寄せた。
 呆然としていたのは、アッシュだけではなかったのだ。
 何故か竜装の鎧機兵は処刑刀を力なく下ろして炎の村を静かに見据えていた。
 今までは感情など一切見せず、ただ機械的に攻撃していた敵が、すべての動きを停止させて炎に見入っていたのである。


『おい、一体どうした? 悪竜の騎士さんよ』


 無駄と知りつつも、思わず問いかけるアッシュ。
 すると、《悪竜》はわずかに肩を震わせ、《朱天》に目をやった。
 そして数瞬の沈黙後、

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッッ!

 星の輝く空を見上げて《悪竜》は壮絶な雄たけびを上げた。
 アッシュは大きく双眸を瞠った。
 ……いや、これは雄たけびなどではない。
 これは、理不尽で無情なこの世界を嘆く、哀しいまでの慟哭だった。
 燃え盛る炎を前にして、《悪竜》はただただ慟哭していた。

 こんな光景を見たくなくて。
 こんな光景を生み出したくなくて。
 そのために、自分は造られたのだ、と。
 それこそが、自分の『本懐』なのだ、と。

 まるでそう訴えかけるかのように、滅びの魔竜を象った鎧機兵は哭いた。
 アッシュは、ただ呆然と《悪竜》を見据えていた。
 それは、ルカや普段は騒がしいオルタナも同様だった。
 あまりにも哀しそうで――。
 魔竜の慟哭を、アッシュ達は見届けることしか出来なかった。
 だが、いつまでも唖然としている訳にもいかなかった。
 唐突に。
 悪竜の騎士が、慟哭をやめたのだ。
 そしてその後の現象に、アッシュ達は息を呑む。

 ――ゴオオオオオッ、と。

 村の炎に呼応でもするかのように《悪竜》の鎧の隙間から炎が噴き出したのだ。
 その炎は籠手や胸部装甲、具足などの鎧以外を覆い尽くした。頭部まで黒い二本角以外は炎に包まれており、その姿はさながら鎧を纏った炎の魔人のようである。

 炎の魔人と化した《悪竜》は、静かに処刑刀を横に薙いだ。


『……おいおい。随分と景気のいい姿に変わったな』


 と、アッシュは皮肉気に呟くが、その表情に緊張は隠せなかった。
 ズズンと尾を地に打ちつけ、大地を踏みしめる《悪竜》。
 こうして、真紅に染まった小さな世界にて。
 劫火を纏う悪竜の騎士が、哀しみに満ちた慟哭と共に顕現した。
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