骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第1部

第六章 夜の迷宮⑤

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(同じような状況でも、あの時とは大違いだわ)

 エルナは、内心で深く嘆息した。
 ――呉越同舟とは、このことだろうか。
 エルナと猿忌。そしてゴーシュは、一緒に渡り廊下を進んでいた。
 本来は競争相手だが、それぞれのパートナーとはぐれた以上、お互いに合流するまでは共闘した方がよいという判断だ。その判断は間違っていないだろう。
 しかし、だ。

「お兄さま」

 エルナは、異母兄を睨み付けた。

「少しは、お兄さまも戦ってくれませんか?」

 今回の同行者は、全く戦ってくれない。
 あの日の真刃とは大違いだ。

(最悪だわ)

 エルナは眉をひそめた。
 異母兄がここにいる以上、かなたは一人で行動している可能性が高いということだ。
 その事実が、エルナの心を焦らせていた。

(……かなた)

 焦燥感を抱きつつも、エルナは屍鬼の一体を薄紫色の羽衣で捕らえて、拘束した。
 羽衣を握る手を覆った龍鱗が、微かに輝く。
 エルナの服装は今、レオタードにも似た龍鱗の衣スケイル・ドレスに変わっていた。
 光沢を持つ紫を基調にした装束だ。臀部には小さな尻尾。頭部には後天に伸びた金色の小さな二本角の冠を被っている。これが彼女の戦闘装束なのである。
 しかし、全身を覆うゴーシュに比べ、彼女のものは肩と背中と太ももの付け根、そして菱形状に胸元と腹部を露出している艶めかしい姿だ。

 鎧に見えても、これはゴーシュ同様に衣服を変化させたものだ。
 ただし、この露出具合は、別に彼女の趣味ではない。
 単純に魂力と修練不足で覆われていない部位が多いだけだ。
 だが、たとえ未完成でも、この龍鱗の衣スケイル・ドレスは現時点のエルナの最強のスタイルだった。
 奇しくも、かなた戦で使おうとしたこの術を、今は弐妃かなたの身を案じて披露したのである。
 真刃以外では誰にも見せたことのないこの姿を。
 だというのに、異母兄は横着な態度で、雑魚の相手は一切しようとしないのだ。

(まったくもう!)

 エルナは、増強した筋力で捕らえた屍鬼を振り回した。
 多少、床や壁にぶつかろうがお構いなしだ。
 ――ドンッ!
 捕らえた屍鬼を、鉄球のごとく別の一体にぶつけて、複数体を同時に吹き飛ばす。
 やはり兄妹と言うべきか。華奢で可憐な容姿には似つかわず、案外、ゴーシュによく似たパワーファイターであるエルナだった。

「拘束と武器化。そして身体強化こそが《天衣骸布ヴェール》の真髄ではあるんだが……」

 白いスーツ姿に戻ったゴーシュが、あごに手をやった。

「露出が多すぎる。まだまだだな。精進が足りないぞ。エルナ」

 そこで、グッと上腕二頭筋を固めてみせる。
 スーツの上からとは思えないほどに、筋肉のエッジが浮き出る。

「まあ、露出の多さはむしろニーズが高いのでいいが、筋肉が足りないな。何だ、その華奢な体は。もっと筋トレをしろ。筋肉を愛せ。筋肉に尽くせ。筋肉の声に耳を傾けるのだ。さすれば筋肉は応えてくれるはずだ」

「何ですかその筋肉賛歌は! 嫌ですよ! ダリアお姉さまじゃあるまいし!」

 エルナは苛立ちと共に、龍鱗を纏う拳を勢いよく突き出した。
 それだけで屍鬼の顔面が粉砕され、その場に崩れ落ちる。

「ダリアは、あれはあれで美しいじゃないか」

 ダリアとは、ゴーシュにとって従兄弟になる女性だ。
 ゴーシュ同様に身体強化重視の戦法を得意とする、フォスター家直系の引導師。
 エルナにも劣らない美しい顔立ちをしているのだが、その佇まいは女戦士アマゾネスのごとし。当然と言うべきか、六つに割れた腹筋を持つ筋肉質な女性である。
 ちなみに、ゴーシュの八人目の愛人でもある。

「確かに綺麗な人ですよ。けど、あのタイプはお師さまの好みじゃないんです」

「そうか。まあ、お前やかなたを気に入るようだしな」

 そこで、ゴーシュは妹の容姿を凝視した。
 躍動する妹の、さらに、ぶるんっと躍動する首筋から腰までにかけてのラインを。

「存外育ったな。お前を見る限り、未成熟な少女の愛好家という訳でもないようだ。かなたもまだ幼くはあるが将来性は抜群。現時点でも中々なものだからな。さてはあの男も、俺と同じおっぱい星人と見た」

「――おっぱい星人!?」

「お前とかなたは、ロリ巨乳という奴だな」

「どこで憶えてきたんですか!? そんな日本語!? と言うより、妹の体を凝視しながらそんな変態的な台詞を吐くなっ!」

 と、叫びつつ、エルナは羽衣を長く細く、棍のように収束した。同時に先端部のみ、大きく膨れあがり、巨大な龍頭が形作られる。少し可愛らしくデフォルメ化された紫色の龍だ。

龍頭ド・ラ・ゴ・ン……」

 そしてエルナは一歩踏み込むと、龍頭を大きく突き出して叫ぶ!

絶倒ハンマ―――ッ!」

 ――ズドンッ!
 紫龍の頭突きは、前方にいた屍鬼を直撃。さらに、砲弾のごとくその一体を弾くと、屍鬼の群れを次々と薙ぎ飛ばした。

「……おお」と、ゴーシュが目を瞠って異母妹に拍手を贈る。「今のは特によかったぞ。我が妹ながら中々の揺れっぷりだった」

「まだ言うか! この変態お兄さまは!」

 いい加減、青筋を額に浮かべるエルナ。そんな異母兄妹の様子に、

『……意外だな』

 同行する黒鉄の虎――猿忌が、呆れるように呟いた。

『お主らは思いの外、仲が良いと見える』

 エルナを守れと主に厳命されている猿忌だが、下級我霊程度なら、彼女が遅れを取ることはない。今はあえて彼女に実戦を経験させていた。

「そう見えるか?」

 一方、猿忌の台詞に、ゴーシュは皮肉気な笑みを見せた。
 ゴーシュが手を出さないのは、戦力温存のためだ。別に異母妹の成長を促すためではない。
 雑魚の露払いなど、彼にとっては時間と体力の無駄に過ぎなかった。

『少なくとも、エルナが死んでもいいとは思っていないだろう?』

「まあ、流石に助けられる状況で見捨てる気はないが……」

 ゴーシュは、「ふむ」と呟き、両腕を組んだ。

「屍鬼程度なら、すでに何の問題もないようだな。実力的には危険度Dの上位と互角ほどか。存外成長している。師であるあの男の指導が良いんだろうな。ところでエルナよ」

「……何ですか?」

 異母兄を睨み付けるエルナ。ゴーシュは、真剣な顔つきで異母妹に問うた。

「お前、あの男にはかれこれ何回ほど抱かれたんだ? そっちの開発具合も気になる」

「それが妹に聞く台詞なの!?」

 エルナは、羞恥と情けなさで顔を真っ赤にした。
 しかし、ゴーシュはどこか淡々とした声で。

「いや、存外重要な話だぞ。お前は、いずれ俺が決めた然るべき相手に嫁ぐ身だからな。あの男に変な癖でも仕込まれていても困るんだよ」

「ッ! お兄さま……」

 当然とばかりに告げる異母兄に、エルナは表情を険しくした。

『……ふん』

 猿忌が鼻を鳴らす。

『何を言い出すのやら。エルナはすでに主の女であるぞ よもや本気で主に勝つつもりだったのか? それはまた随分と剛毅なことだな』

「それは俺の台詞だぞ。在野の引導師が、俺に勝てると思っているのか?」

 ゴーシュは、黒鉄の虎を一瞥した。

「系統としては式神か? 特殊な依代を必要としない万能型とは大したものだな。だが所詮、式神遣いは他力本願。術者を狙われれば脆いものだ」

『……くくく』黒鉄の虎は笑った。『主が脆い? 面白いことを言う』

「……なに?」

 ゴーシュが眉根を寄せる。

『人とは時代と共に進化するもの。技術は常に古きモノよりも新しきモノの方が優れておる。それは当然の理であり、引導師の術法や技量も同じことだろう。だがな』

 黒鉄の虎は、牙を鳴らして告げる。

『人の技術が最も進化するのは良識を失った時だ。狂気から生まれた業は禁忌となり、正道から外れ、歴史の中に埋もれていく。そう。古の時代の中にな』

「……何が言いたい? 式神」

『貴様が持つ常識だけが、すべてではないということだ』

「……ふん。式神風情が知ったふうな口を」

 と、ゴーシュが不愉快そうに鼻を鳴らした時だった。

「……っ! お兄さま!」

 異母兄たちの会話を静かに聞いていたエルナが、前方を指差した。
 廊下の遙か先、そこには一体の怪物がいた。
 もはや、人からかけ離れてしまった姿の怪物だ。
 五つの顔が張り付いた巨大な頭部に、飾りのようになった短い両腕。その代わりなのか、下半身には無数の手が伸びている。ただし、下半身自体は蜘蛛を思わせるものだったが。

「……集合体」

 エルナが、ポツリと呟いた。
 ただの我霊ではない。複数の我霊が一つの肉体に憑依した姿だった。

「……危険度Cの上位といったところか」

 ゴーシュが、興味深げに双眸を細めた。
 そして右腕のみをレザースーツ状に変化させる。

「下がっていろ。お前の手にはまだ負えん相手だ」

 異母妹を下がらせて、自ら前に進み出る。同時に、ゴキンッと首を鳴らす。

「……ふむ。それにしても」

 王者のごとく歩みながら、ゴーシュは、不敵に笑った。
 それはもう、とても楽しげに。

「存外面白い館だな。まるで遊園地のようだぞ」
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