骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第1部

第七章 幸せは巡る④

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 三十分前。
 ベッドの上に正座する、かなたは真っ赤になっていた。
 思い出すのは、寝落ちする前までの自分の醜態だ。

(わ、私は……)

 ヒック、と。
 引きつったしゃっくりをする。何というか、つい甘えてしまった。
 それも凄まじく。

(な、なんという真似を……)

『ジャハハ! お目覚めか? お嬢!』

 不意に声をかけられ、かなたは肩を震わせた。
 強張った顔で振り向くと、ベッドの上に赤い蛇がいた。
 蛇――赤蛇は、しゅるしゅるとかなたの肩の上に乗った。
 赤蛇は『ジャハハ』と笑って言う。

『昨晩はお楽しみのようで』

「――――っっ!」

 かなたは言葉もなく、さらに赤くなった。

『まあ、まだ同じ夜なんだけどな。けど、慣れてないからってそんなに赤くなるなよ』

 赤蛇は、コソコソと囁くように告げる。

『こんなの序の口なんだぜ。今日からお嬢は今までの不幸が馬鹿らしく感じるぐらい、ご主人に徹底的に愛されるんだ。今から甘え方を考えておいた方がいいぜ』

 かなたは何も言わない。顔を両手で押さえて隠す。はみ出た耳だけは真っ赤だ。
 一方、赤蛇は絶好調だった。

『ジャハハ! これからは毎日幸せを注入されるぞ。きっと』

「~~~~~っっ!」

 ビクッと、かなたは肩を震わせた。

『ジャハハハ! いずれは物理的にも注入、もとい挿入を――ヒグッ!?』

 かなたは、無言のまま、赤蛇の首を押さえて雑巾のように捻り切ろうとする。
 彼女は真っ赤な顔の上に、憤懣の表情を浮かべていた。
 赤蛇は『待てお嬢!? 悪かった! オレが悪かった!』と叫ぶ。と、

『あら。大分回復したようですわね』

 刃鳥が、かなたたちの様子に気付いた。

『真刃さま。準備が整ったようです』

「うむ、そうか」

 そう答える真刃は、上着を着て、ネクタイを締め直しているところだった。
 かなたは呆然と青年を見つめていた。すると、

「かなた。こちらに来い」

 真刃が呼ぶ。
 かなたは一瞬自分が硬直するかと思ったが、唇からは「はい」と自然な返事が出て、まだ少し重い体を立ち上がらせた。ベッドから降りると、かなたは真刃の傍に寄った。

「少しは休めたか?」

「はい」かなたは頷く。真刃は彼女の頭を撫でた。かなたの頬が微かに赤らむ。

「では、そろそろ行くぞ。敵の首魁を潰さねばならんからな」

「……はい。承知しました。真刃さま」

「いや、それは刃鳥の真似か? 別に呼び捨てで構わんぞ」

「それは……」

 かなたは言い淀んだ。真刃は少し困った表情を浮かべたが、

「まぁよい。お前の呼びたいように呼べ」

 くしゃり、と愛情を込めて、彼女の頭を再び撫でた。
 それだけで、かなたはまた少し幸せを感じた。
 自分でも気付かない内に、真刃のスーツの裾を掴んでいた。

『あらら。やっぱり完全に落ちちゃいましたか。ふふっ、ですが、これで予定通り弐妃もGETしましたわね。猿忌さまもお喜びになられることでしょう』

『おう。ただ、お嬢推しのオレとしては、弐妃じゃあ納得いかねえんだけどな』

 そんな従霊たちのやり取りは無視して、真刃とかなたは部屋を出た。
 そうして渡り廊下を進んで行く。
 途中、屍鬼の群れと遭遇したが、真刃はかなたには戦わせず、刃鳥に始末させた。
 一方的なその光景には、明らかな格の違いがあった。
 少なくとも屍鬼の群れなど、真刃の手を煩わせるような敵ではない。
 だが、自分には、そんな露払い程度のことさえも出来ないのだ。

「……申し訳ありません。真刃さま」

 やはり、自分は引導師として欠陥品だと思った。
 無表情の中に失意を宿すかなたを、真刃は傍にそっと寄せた。

「気にするな。心の復調には時間が掛かるものだ」

「……はい、真刃さま」

 かなたは、トスンと、青年の体に額を預けた。
 不甲斐なさは拭えないが、ここでも幸せを感じた。
 さらに真刃たちは廊下を進む。我霊の数も飛躍的に多くなっていく。中にはかなたが初めて遭遇する危険度Bクラスの我霊もいたが、刃鳥の刃の陣の前には無力だった。
 そうして我霊を駆逐しながら進むと、真刃たちは大きな扉の前に辿り着いた。

「どうやら、ここが終着点のようだ」

 真刃が言う。続けて、彼は扉をノックした。
 当然ながら返答はない。真刃は苦笑しつつ扉を開いた。

「……ここはコレクションルームでしょうか?」

 室内に入り、周囲を一瞥して、かなたが呟く。
 円筒型の吹き抜けの部屋。壁には、無数の絵画が無数に設置されている。

「ふむ、そのようだな」

 真刃は進む。そして巨大な絵画に目をやった。
 かなたも真刃の傍らで絵を見やる。黒い長髪が印象的な女性の肖像画だ。表情のない美女。少しだけかなたの母に似ている気がした。生前の母が長い髪をしていたせいだろうか。

「黒髪ロングは、己の好みではあるが……」

 ポツリと、真刃が呟くのを聞く。
 かなたは青年の横顔を一瞥しつつ、こっそりと心のメモ帳に記した。
 ――と、その時だった。
 轟音と共に、背後の扉が粉砕されたのは。
 かなたは、目を見開いて背後に目をやった。
 すると、そこには、

「ふん、どうやら先手は奪われたようだな」

 皮肉気に笑う彼女の主人がいた。

(……ご当主さま)

 当然と言うべきか、やはり主人も無事だった。
 その傍らには、やたらと艶めかしい姿のエルナお嬢さまと、黒鉄の虎の姿もある。
 どうやら彼らも合流して行動を共にしていたようだ。

「随分と派手なノックをする」

 真刃は、呆れたように笑う。

「――お師さまっ!」

 エルナの嬉しさを隠せない声が響いた。そこには強い好意を感じ取れた。

(………)

 少しだけ。
 かなたの心は、ムッとした。
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