骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第四章 百年目の出会い②

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 その時、御影刀歌は鞄を手に一人、歩道を歩いていた。
 時刻は夕方。日が沈みかけている。
 彼女の影が、長くのびていた。
 エルナとかなたと別れた後、彼女は剣道道場で少し修練を積んでから帰路についたのだ。

 歩道には、ほとんど人がいない。
 先を進む人間が、遠くに見えるぐらいだ。

 彼女の実家は、電車で何回か乗り継ぎが必要な結構辺鄙な場所にあるので、実家に近づくほど人通りは少なくなっていく。
 車道にも、自動車の姿をほとんど見かけなくなってきた。
 徐々に周辺は、山林や田園が多い景色へと移り変わっていく。
 彼女にとっては見慣れた景色だが、この通学時間は、少し無駄なような気がする。
 両親との折り合いも悪いので、いっそ学校の寮か、もっと学校に近い場所で一人暮らしでもする方がいいかもしれない。
 ただ、その時は、弟が泣き出しそうだった。

 刀歌は、微笑を零す。
 だが、いつかは、あの家を出ようとは思っている。

 あの家は、息が詰まりそうだからだ。
 古い悪習に囚われたままの家。
 幸いにも刀歌には許婚などいないが、いつか政略結婚を言い渡されそうである。

(……政略結婚か)

 刀歌は足を止めて、風景に目をやった。
 今日、初めて会話を交わした新しい友人たち。
 エルナと、かなた。
 彼女たちには、すでに愛する男性がいるとのことだ。
 馴れ初めこそ聞けなかったが、二人はフォスター家に連なる者だ。やはり、相手はフォスター家の人間なのだろうか?

(あの二人も、一種の政略結婚なのか?)

 そう思うと、少し複雑だ。
 しかし、二人とも、とても幸せそうだった。
 相手の男性を本当に想っていることがよく分かる。エルナたちに、あそこまで慕われている以上、相手の男性の方も、エルナたちを大切にしているのだろう。
 愛し合った結果での《魂結び》に関してだけは、刀歌も何も言わない。
 愛する人の生存率を上げるために、自分の魂力を捧げるのは当然の想いだ。
 本来ならば、《魂結び》はこういう風に扱うべきだと思う。
 これだけならば、素晴らしいというのに。

(まあ、それでも二人の隷主が同じ男ということだけは気に入らんが)

 刀歌は、ムッとした表情を見せた。
 ――愛する人は一人でいい。
 それが刀歌の想いだ。
 生涯、愛するのはただ一人。年齢相応の潔癖さと《魂結び》への反感もあって刀歌はそう考えていた。その点においてだけは、エルナたちとも意見が合わない。
 刀歌は再び歩き出した。
 そして、歩きながら考える。

(私の愛する男か……)

 正直に言って、今日、エルナたちと話すまで考えたこともなかった。
 いずれは、自分も誰かと結ばれることになるのだろうか?
 それは、どんな人物なのだろうか?
 考える。
 まず強いことは絶対だ。
 顔の造りは特に好みはない。ただ、身長は自分よりもあって、体型は引き締まった方がいい。自分に厳しく、鍛え上げているような人物がいい。
 そして、優しい人であって欲しい。
 彼女のすべてを受け入れてくれるような――そう。彼女の中の『獣』さえも含めて、包み込んでくれるような人が良かった。
 そんな人物を思い浮かべていると、どうしてか自室の絵を思い出してきた。
 聞いた話によると、あの絵には、モデルがいるらしい。

 わざわざ、曽祖父が絵に残した人物。
 あの絵のモデルは、一体どんな人だったのだろうか?

(……ああ、そうか)

 そこで、刀歌は少し頬を染めて嘆息した。
 どうやら自分はあの絵の人物に、自分の理想の男性を重ねていたらしい。
 道理で、真っ先にあの絵を思い出すはずだ。

(……むむ)

 何というか、とても虚しい話だ。
 だが、それも、現実世界にまともな男がいないのが悪い。
 自分が惚れるような相手がいないのが悪いのだ。

(それにまだ私は十四だ。エルナたちが早すぎるのであって至って普通なのだ)

 と、自分自身を納得させる。
 少しだけ歩く速度が早足になった、その時だった。
 ――ブロロロ……。
 不意に後方から、エンジン音がした。
 それは徐々に近づいてくる。徐行しているようだ。
 そして刀歌の隣にまで来て、その姿を見せた。

 ――黒いワゴン車だ。
 刀歌は何気なく車道に顔を向けて、その車に目をやった。
 そして、

「……え?」

 目を丸くする。
 何故なら、走っているのにも関わらず、ワゴンのスライドドアは開かれていたからだ。
 車内では、まるで天使のような笑顔の少年が手を振っていた。

「ヤハハ、うん。お姉さん。少し、ボクらとドライブに行こうか」

 言って、金髪の少年は、パチンと指を鳴らした。
 その直後のことだった。

(―――え?)

 刀歌の思考が一気に鈍くなった。
 爪先から感覚を失っていく。トスンと鞄を落としたことも気付かない。
 全身が、硬直していく。
 耐えきれず重心を崩した。そのまま地面に倒れそうになる――が、
 ――ガシィ、と。
 右腕を強く掴まれる。
 刀歌は虚ろになりつつある視線で、自分を掴む手の主を見つめた。
 それは、二十代ほどの男性だった。
 よく見れば、他にも男はいる。数人ほどの男だ。
 彼らは刀歌の腰、足を掴んでいた。
 ぞわり、と背中に悪寒が奔る。
 だが、刀歌の思考は、まるで凍り付いたように動かない。
 ガッ、と。
 男の一人が、刀歌の口元を手で抑え込んだ。
 そうして――。

「うん、じゃあ行こうか。お姉さん」

 天使のような、無邪気な声に誘われて。
 彼女は、黒いワゴンの闇の中へと、呑み込まれていった。
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