骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第四章 百年目の出会い③

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「……やれやれだな」

 木々が視界を遮る森の中。
 久遠真刃は一人、疾走していた。
 目的は一つ。
 前方を走るB級我霊の討伐である。
 人面虎とでも呼ぶべき我霊は、必死の形相で真刃から逃げていた。
 涎を垂れ流して、形振り構わない逃走である。

「……これだから、B級は厄介だ」

 人間とは思えない速さで走りつつ、真刃は眉をしかめた。
 真刃にとって、B級は一番面倒くさい相手だった。
 B級は、獣の直感と人の知性を中途半端に持ち合わせた段階の我霊だ。
 今のエルナやかなたではまだ手強いレベルだが、真刃にとっては脅威でもない。
 ただ、B級はすこぶる面倒だった。
 このレベルの連中は、真刃と出くわすなり、すぐさま逃走するのだ。
 絶対に勝てない相手だと瞬時に悟るのである。
 そうして始まるのが、今回のような追いかけっこだ。
 仕事用に仕立てた紳士服も、木々の枝に引っかかって一部ほつれてくる。
 決して安価な服ではないというのに。
 真刃は、うんざりしていた。

『だから、受けない方が良いと言ったではないか』

 と、真刃の隣を走る黒鉄の虎が告げた。
 大型バイクに憑依した猿忌である。

『どうして面倒なB級を受けるのだ。こうなることは分かっていただろう』

「……仕方あるまい」

 人外の速度で疾走しても息も乱さない真刃が、嘆息した。

「近場の依頼ではこれしかなかったのだ。エルナとかなたの指導にも時間を割かねばならない以上、遠出も出来ん。己には選択肢がなかった」

『いやいやご主人。もう無理して受けなくてもいいと思うっスよ』

 と、告げるのは、真刃のズボンのスマホに宿る金羊だった。

『ご主人には、もう二人も嫁確定っ娘がいるんスよ。ご主人の言う「自立するための資金」集めも意味がなくないっスか?』

「だから、勝手にエルナたちを己の嫁にするな」

 真刃は、額に青筋を浮かべる。

「自立するための資金は必要なのだ。何度も言わせるな。それよりもここは人里も近い。いい加減、奴を片づけるぞ。猿忌」

 言って、真刃は強く地面を蹴りつけた。
 加速されていた上に、さらに砲弾のような速度が加わる。
 真刃は跳躍して、一気に我霊に迫った。

「――猿忌」

『――御意』

 猿忌はそう応えて、主を追って跳躍した。
 そして瞬時に黒鉄の巨体を分解して、振り上げた真刃の腕へと欠片を収束させる。
 真刃の右腕が二回りほど大きくなった。火を噴く黒鉄の巨腕だ。
 眼下には、人面虎の背中がある。

「とっとと眠れ」

 そう告げて、真刃は巨腕を振り下ろした!
 ――ズドンッッ!

「――ッ!?」

 人面虎は仰け反り、血反吐を噴き上げた。
 直撃を受けた背骨は粉砕――本当に肉片レベルにまで粉砕された。
 さらに鋼の巨腕は大地を穿ち、巨大な振動と共に大きく陥没させた。
 もはや局所的な地震だ。
 周囲の木々が、大きく揺さぶられる。
 その揺れが収まってから、真刃はゆっくりと立ち上がった。
 傍らには、息絶えた人面虎の姿がある。

「……ようやく片がついたか」

『随分と手こずってしまったな』

 と、黒鉄の巨腕が告げる。
 真刃としては、溜息しかない。

「今後は、気付かれる前に遠距離から片づけるべきだな」

 と、反省しつつ、巨腕のまま森の中を進む。

『……? 元の道に戻らないのか、主よ?』

「随分と走らされたからな。ここからなら、下に向かった方が車道に近いだろう。そこでお前を二輪自動車バイクに戻す」

『ふむ。そうか』

 猿忌も納得する。
 真刃は、歩き続けた。
 そうして数分後、森を抜けて視界が開けた。
 幾つか鋭利なコーナ―を繰り返す、山道に設けられた車道だ。
 背の高い森の中で分かりにくかったが、すでに日が暮れているのを確認する。

「ようやく出たか」

 真刃は、車道のガードレールの傍まで近づいた。
 そして、

「おっと、いかんな」

 ここは、人通りや車通りがかなり少ない場所なのだが、運悪くというべきか、眼下には一台だけ車が走っている。距離的には一キロ先ぐらいか。ワゴンという種類の自動車だ。

「猿忌よ」

『うむ。了解した』

 この姿を見られては面倒だった。
 猿忌が憑依を解いて、大型バイクの姿に変わろうとした、その時だった。
 ――ガガッッ!

「は……?」『……なに?』『な、何スか?』

 真刃も、猿忌も、金羊も。
 思わず唖然とした声を上げた。
 そして、ギョッとした様子で再び眼下を見やる。
 すると、そこには――。

「な、に……?」

 眼下を走っていた黒いワゴン車。
 そのルーフから、刃のような熱閃が噴き出していたのだ。

『事故っスか? いや、少し確認するっス!』

 スマホに憑依した金羊が言う。
 数瞬の沈黙。

『ご主人!』

 そして、すぐに調査結果が出た。

『あの熱閃から魂力を確認したっス! あれは引導師の術っス!』

「……引導師だと?」

 真刃は、眉根を寄せた。

「一体どういうことだ?」

 と、真刃が、さらに尋ねようとした時だった。
 ――ガガガガガッ!
 熱閃が孤を描き、ルーフを切り裂いたのだ。その上、そのルーフを突き破って一人の少女が飛び出してくれではないか。長い黒髪を持つ少女だ。
 彼女は、車外へと飛び出すと、地面に着地。しかし、負傷でもしているのか、その場で、ガクンと片膝を突いた。よく見ると、見覚えのある白い制服を着ていた。
 車は急停止。スライドドアが勢いよく開かれて、数人の男が飛び出してきた。
 そして少女の元へと近づいていく。
 真刃は、その一部始終を上の車道から見ていた。

「……これは」

 渋面を浮かべる。
 近づく男たちを前にして、少女の顔が強張るのが見えた。

「……どう見ても、只事ではないな」

 一人の少女に、数人の男。
 とても穏やかな状況とは思えない。

『……は?』『え? どうしてあの子が?』

 ただ、猿忌と金羊は別のことで驚いていたが。
 しかし、真刃は、いちいち従者たちが動揺する理由を尋ねない。
 それを尋ねる時間も惜しいからだ。
 真刃は鋼の巨腕のまま、右足をガードレールにかけた。

『……主?』

 まだ少し動揺している猿忌が、真刃に問う。

『どうするつもりだ?』

「状況は分からん。だが、出くわした以上、放置も出来ん」

 真刃は、眼下の少女を見て告げる。

「まず、あの娘を助ける。事情はその後にでも聞けばよかろう」

 ………………………………。
 ………………………。
 数瞬の間が空いた。
 そして、

『無論だ! さあ、行くぞ! 主よ!』

『颯爽っス! 颯爽にカッコよく助けるっス!』

 二体の従霊たちは、それはもう嬉しそうに応えるのであった。
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