骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
53 / 205
第2部

第五章 参妃、推参!①

しおりを挟む
 その時、かなたは、入浴から出たばかりだった。
 ポカポカとした様子で、寝間着代わりのジャージを着込んでいる。
 少し濡れた髪を指で梳いて、彼女は自室にてベッドに腰を下ろしていた。
 肩には、いつもの赤蛇を乗せている。

『今日も長湯だったな。お嬢』

「……うるさい」

 と、赤蛇の台詞に、ぶっきらぼうに応えるかなた。
 その頬が微かに赤らんでいるのは、湯上りのせいばかりではない。
 以前のかなたは、カラスの行水だった。
 入浴中は隙に繋がる。そのため、シャワーだけで済ますことも多かった。
 しかし、このフォスター邸に来てからは、しっかり入浴するようになっていた。
 正確に言えば入浴時間は短い。しっかりと体を洗うようになったのだ。

 ――そう。いつあの人に命じられても応じられるように。

 かなたは、やや赤い顔のまま、自分の胸元に片手を置いた。

(とりあえず、私は大切には思われている)

 そのことにホッとする。
 こないだは、久しぶりにあの人に我儘を言ってしまった。
 膝の上抱っこを、ねだってしまった。
 あの人は困った顔をしつつも応じてくれた。
 不機嫌なかなたの頭を、何度も何度も撫でてくれたのだ。

 本当にホッとした。
 ただ、今朝の件を経て、少し考える。

 ――エルナ=フォスター。
 妃の長である壱妃。

 何とも凄い寝間着ネグリジェだった。
 それに比べて、今の自分の姿は何だ?

「…………」

 無言のまま、眉をひそめる。
 色気の欠片もないジャージ姿。
 この姿を見て、あの人はどう思うだろうか……。

(……うん。明日にでも)

 かなたは、静かに頷いた。

(買いに行こう。決戦用寝間着ネグリジェを)

 強く決意する。と、その時だった。
 不意に机の上が震動した。
 マナーモードにしてあるスマホの振動だ。
 かなたが手に取ると、真刃からの通話だった。

「……もしもし」

 かなたは即座に出る。
 すると、スマホから愛しい人の声が聞こえてきた。

『かなたか?』

 真刃の声だ。かなたは「はい」と答えた。

「どうかされましたか? 真刃さま」

 そう尋ねるかなたに、

『緊急事態だ』

 真刃は率直に答えた。

『エルナにもかけたのだが繋がらん。エルナはどうしている?』

「エルナさまは、今は入浴中のはずです」

 フォスター邸では決まった入浴順はない。手が空いたものから入浴するのだ。
 真刃は『そうか』と呟いた。

『体格的にはエルナの方が近いと思ったが、まあ、かなたでも問題ないだろう』

 と、前置きしてから真刃は告げる。

『己は今、秘匿拠点――セーフハウスだったか? その一つにいる』

「……セーフハウスですか?」

 かなたがそう尋ねると、真刃は『そうだ』と答えて、そのセーフハウスの場所を告げた。

『そこにお前の予備の服を持ってきて欲しい。己の服も適当に持ってきてくれ。それと食料もだ。特に鉄分を補うものがいい』

「鉄分? 真刃さま。まさかどこかお怪我を?」

 かなたが不安そうに尋ねる。
 すると彼女の不安を察したか、真刃は優しい声で答えた。

『大丈夫だ。己は負傷していない。だが、負傷した者はいる』

「……そうですか」

 少しホッとしつつ、かなたは即座に応じる。

「承知いたしました。エルナさまにもお伝えしましょうか?」

『いや、エルナには己から連絡しておこう。お前は急いでくれ。どうにか持ち直しはしたが、血が足りていないのは確実だ。早く食事をさせてやりたい』

「承知いたしました」

 かなたがそう答えると、『では頼んだぞ』と告げて真刃は通話を切った。

『お嬢? ご主人からか?』

「うん。任務」

 かなたはそう告げると、ジャージの上を脱いだ。それを赤蛇の上に被せる。
 いかにあの人の従霊であっても、ここから先を見ていいのは、あの人だけなのだ。
 かなたは、すぐさま制服に着替え直した。
 現状、これがかなたの戦闘服だ。この服が最も動きやすいのである。
 エルナが、弐妃に相応しい戦闘服を用意中らしいのだが、それはまだ手元にない。

『お嬢。オレも行くぜ』

 言って、赤蛇が、かなたの体を登ってくる。
 そして赤いチョーカーをなって、彼女の首に巻きついた。
 続けて、かなたは、クローゼットから大きなリュックを引っ張り出すと、自分のジャージを一着見繕って詰め込んだ。それから肩に背負って真刃の部屋に向かう。不敬ながらも入室。少し緊張しながら、彼の服を手に取って、それもリュックに詰め込んだ。
 次に向かったのバスルームだ。曇りガラスのドアの前で「エルナさま。緊急事態です。出かけてきます」とだけ告げて駆け出した。

「え? かなた?」

 エルナの声が浴場の奥から聞こえるが、彼女への説明は真刃がしてくれるだろう。
 風呂から上がれば、着信履歴でも分かるはずだ。
 かなたは先を急いだ。
 まず向かうは、近くのスーパーだ。そこで食材を購入する。
 レバー、マグロ、ホウレン草。
 鉄分を補うとなると、そんなところだろうか。
 かなたは、ありったけの食材を入手すると、それもリュックに詰め込んで、タクシーを捕まえる。ここまでで二十分も経っていない。

「お客さん? どこへ?」

 大きなリュックに、セーラー服。
 まるっきり家出少女のような姿のかなたに、運転手は目を丸くしつつもそう尋ねた。
 かなたは、セーフハウスのある街の住所を告げた。

「急いでください」

 そう頼んで、先に一万円札を渡した。
 セーフハウスまで行くには、充分すぎる額だ。

「あ、はい。分かりました」

 先に金銭を払われたら、文句の言いようもない。
 タクシーは発進した。
 かなたは走るタクシーの中から、外の様子を一瞥した。
 そして、

「真刃さま」

 愛しい人の名を囁く。

「どこであっても、すぐに参ります」

 リュックを大切そうに両手で抱えて、かなたはそう呟くのであった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...