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第2部
第八章 怪物たちは躍る⑦
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……はあ、はあ、はあ。
その時、天堂院七奈は、息を切らせていた。
場所は氷壁の頂上。百メートルにも届く氷壁をようやく登り切ったのだ。
吐く息が白い。《餓者》の肩を掴む手もかじかんで、すでに感触が薄かった。身体能力や代謝機能は魂力で強化しているが、それでも寒さは防げなかった。
だが、ようやくここまで来た。
ここからなら、戦場のすべてが見渡せるはずだ。
七奈は、強化した視力で眼下に目をやった。
必死に少年の姿を探すと、
「――ッ!」
息を呑む。
恐らく二キロほど先か。そこに、巨大すぎる氷の怪猫の姿を見つけたのだ。
(《雹魔ノ猫》ッ!)
八夜の象徴。独界を最大顕現した時の姿だ。
やはり、彼は全力を出している。
だが、その相手とは――。
「……あれは、何?」
思わず、そう呟いた。
《雹魔ノ猫》と対峙するのは、二足歩行の巨大な灼岩の巨獣だった。
しかも、怪猫よりも巨大な怪物である。そしてあの怪物の影響なのか、二体がいる周辺は、氷河と溶岩が混じり合ったような、奇妙な世界と化していた。
「あれは、一体何なの?」
象徴化身なのは分かる。
しかし、あんな怪物は見たことがない。
自分の兄弟たちは、七奈以外、全員が象徴を発現させることが出来る。けれど、兄たちの中にもあんな象徴を持つ者はいなかった。
――果たして何者なのか……。
と、そうこうしている内に、八夜――《雹魔ノ猫》が、巨獣に跳びかかった。
巨大で鋭利な爪で引き裂こうとするが、全身を黒い鎖で縛られた灼岩の怪物は、襲い掛かってきた怪猫の喉を捕えると、そのまま頭上へと抱えあげて放り投げた。
氷に溶岩、周囲の木々も吹き飛んで、巨大な猫がバウンドする。
ここからでは分からないが、恐らく地響きさえも起こしているはずだ。
「――八夜くん!」
顔色を変えて、七奈は少年の名前を呼んだ。
すると、聞こえている訳ではないだろうが、怪猫はすぐさま立ち上がった。
背中の蛇腹剣を逆立てる。無数の氷刃が、まるで大蛇のように鎌首をもたげた。
そして次の瞬間、灼岩の巨獣に襲い掛かる!
――が、
――ゴウンッッ!
巨獣が右腕を薙いだ途端、爆炎の華が咲いた。
劫火の壁が、巨獣の前に展開される。
氷の蛇腹剣は、次々と爆炎の渦に呑み込まれていった。
次いで、巨獣はアギトを大きく開いた。
七奈は目を瞠った。
――ゴウッッ!
怪物のアギトから、灼熱の光が放出されたのだ!
爆炎さえも貫いて、赫い閃光が《雹魔ノ猫》へと迫る!
だが、それに対して、怪猫の動きは迅速であった。
怪猫が、ズズンッ、と巨大な右手を地面に叩きつける。
途端、怪猫の前に、山のような氷柱が立ち上がった。
それも、襲い来る赫光の射線上に連なる山脈だ。
巨獣が放った赫光は、氷の山脈を次々と溶解させていった。
だが、それでも停滞はさせている。
氷の怪猫は、その場から巨体を跳躍させた。
赫光が山脈を貫いた時には、怪猫は別の場所へと移動していた。
七奈は、ホッとしつつも、冷たい汗を流した。
「……あの八夜くんが、押されているの?」
信じがたい光景だった。
八夜は、間違いなく全力を出している。
だというのに、あの灼岩の巨獣は、八夜の象徴を圧倒しているのだ。
――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!
怪猫が、アギトから吹雪を吐き出した。
雹も混じった死の息吹だ。
それは、巨獣の胸部に直撃するが、灼岩の怪物はわずかな停滞もなく、ズズン、ズズンッと前へと進み、大きく拳を振りかぶった。
隕石を思わせるような巨大な拳が、《雹魔ノ猫》の頭部を殴打する!
アギトは閉じられ、怪猫は大きく吹き飛んだ。
怪猫は、巨体とは思えない身軽さで回転。四肢で地面に着地すると、再び跳躍。前転の要領で三本の尾を巨獣に叩きつけた!
流石にこれは効いたのか、巨獣は大きく重心を崩した。
しかし、灼岩の巨獣はまさしく怪物だった。すぐさま右手で怪猫の尾の一つを掴むと、片腕だけで《雹魔ノ猫》の巨体を振りかぶり、大地へと叩きつけたのである。
「――八夜くんっ!」
七奈は口元を両手で押さえて、目を剥いた。
大地が大きく陥没し、大量の土砂と氷片が噴き上がった。
大地の鳴動が、自分がいる氷壁にまで伝わってきた。
立ち昇る土砂と氷片のせいで《雹魔ノ猫》の姿も、灼岩の巨獣の姿も見えなくなった。
七奈は青ざめた。
「――《餓者》! 急いで!」
自分の封宮の住人に命ずる。
鎧武者は、七奈を肩に乗せたまま、氷壁を降りていく。
八夜の元へと向かうためだ。
(八夜くん! 八夜くんっ!)
七奈は、泣き出しそうな顔で《餓者》の肩に掴まっていた。
八夜が、何と戦っているのかは分からない。
だが、これだけは、はっきりと分かる。
あれは、絶対に手を出してはいけない相手なのだと。
いかに八夜であっても、あのままでは――。
「《餓者》! 《餓者》! お願い! もっと急いで!」
七奈は必死に叫ぶ。
このままでは、彼を失ってしまう。
そのことに、どうしようもない焦燥感と恐怖があった。
物言わぬ《餓者》は、ただ動きだけを早くした。
だが、それでも氷壁の下まではまだ百メートル近くもある。
戦場までは、さらに二キロだ。
遠い。あまりにも遠すぎた。
――ズズゥンッッ!
再び、激しい衝撃音が耳を突いた。
またしても、大量の土砂が噴き上がる光景が目に焼き付いた。
「八夜くんっ!」
七奈は叫んだ。
「嫌だよっ! 死なないでッ! 八夜くんッ!」
その時、天堂院七奈は、息を切らせていた。
場所は氷壁の頂上。百メートルにも届く氷壁をようやく登り切ったのだ。
吐く息が白い。《餓者》の肩を掴む手もかじかんで、すでに感触が薄かった。身体能力や代謝機能は魂力で強化しているが、それでも寒さは防げなかった。
だが、ようやくここまで来た。
ここからなら、戦場のすべてが見渡せるはずだ。
七奈は、強化した視力で眼下に目をやった。
必死に少年の姿を探すと、
「――ッ!」
息を呑む。
恐らく二キロほど先か。そこに、巨大すぎる氷の怪猫の姿を見つけたのだ。
(《雹魔ノ猫》ッ!)
八夜の象徴。独界を最大顕現した時の姿だ。
やはり、彼は全力を出している。
だが、その相手とは――。
「……あれは、何?」
思わず、そう呟いた。
《雹魔ノ猫》と対峙するのは、二足歩行の巨大な灼岩の巨獣だった。
しかも、怪猫よりも巨大な怪物である。そしてあの怪物の影響なのか、二体がいる周辺は、氷河と溶岩が混じり合ったような、奇妙な世界と化していた。
「あれは、一体何なの?」
象徴化身なのは分かる。
しかし、あんな怪物は見たことがない。
自分の兄弟たちは、七奈以外、全員が象徴を発現させることが出来る。けれど、兄たちの中にもあんな象徴を持つ者はいなかった。
――果たして何者なのか……。
と、そうこうしている内に、八夜――《雹魔ノ猫》が、巨獣に跳びかかった。
巨大で鋭利な爪で引き裂こうとするが、全身を黒い鎖で縛られた灼岩の怪物は、襲い掛かってきた怪猫の喉を捕えると、そのまま頭上へと抱えあげて放り投げた。
氷に溶岩、周囲の木々も吹き飛んで、巨大な猫がバウンドする。
ここからでは分からないが、恐らく地響きさえも起こしているはずだ。
「――八夜くん!」
顔色を変えて、七奈は少年の名前を呼んだ。
すると、聞こえている訳ではないだろうが、怪猫はすぐさま立ち上がった。
背中の蛇腹剣を逆立てる。無数の氷刃が、まるで大蛇のように鎌首をもたげた。
そして次の瞬間、灼岩の巨獣に襲い掛かる!
――が、
――ゴウンッッ!
巨獣が右腕を薙いだ途端、爆炎の華が咲いた。
劫火の壁が、巨獣の前に展開される。
氷の蛇腹剣は、次々と爆炎の渦に呑み込まれていった。
次いで、巨獣はアギトを大きく開いた。
七奈は目を瞠った。
――ゴウッッ!
怪物のアギトから、灼熱の光が放出されたのだ!
爆炎さえも貫いて、赫い閃光が《雹魔ノ猫》へと迫る!
だが、それに対して、怪猫の動きは迅速であった。
怪猫が、ズズンッ、と巨大な右手を地面に叩きつける。
途端、怪猫の前に、山のような氷柱が立ち上がった。
それも、襲い来る赫光の射線上に連なる山脈だ。
巨獣が放った赫光は、氷の山脈を次々と溶解させていった。
だが、それでも停滞はさせている。
氷の怪猫は、その場から巨体を跳躍させた。
赫光が山脈を貫いた時には、怪猫は別の場所へと移動していた。
七奈は、ホッとしつつも、冷たい汗を流した。
「……あの八夜くんが、押されているの?」
信じがたい光景だった。
八夜は、間違いなく全力を出している。
だというのに、あの灼岩の巨獣は、八夜の象徴を圧倒しているのだ。
――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!
怪猫が、アギトから吹雪を吐き出した。
雹も混じった死の息吹だ。
それは、巨獣の胸部に直撃するが、灼岩の怪物はわずかな停滞もなく、ズズン、ズズンッと前へと進み、大きく拳を振りかぶった。
隕石を思わせるような巨大な拳が、《雹魔ノ猫》の頭部を殴打する!
アギトは閉じられ、怪猫は大きく吹き飛んだ。
怪猫は、巨体とは思えない身軽さで回転。四肢で地面に着地すると、再び跳躍。前転の要領で三本の尾を巨獣に叩きつけた!
流石にこれは効いたのか、巨獣は大きく重心を崩した。
しかし、灼岩の巨獣はまさしく怪物だった。すぐさま右手で怪猫の尾の一つを掴むと、片腕だけで《雹魔ノ猫》の巨体を振りかぶり、大地へと叩きつけたのである。
「――八夜くんっ!」
七奈は口元を両手で押さえて、目を剥いた。
大地が大きく陥没し、大量の土砂と氷片が噴き上がった。
大地の鳴動が、自分がいる氷壁にまで伝わってきた。
立ち昇る土砂と氷片のせいで《雹魔ノ猫》の姿も、灼岩の巨獣の姿も見えなくなった。
七奈は青ざめた。
「――《餓者》! 急いで!」
自分の封宮の住人に命ずる。
鎧武者は、七奈を肩に乗せたまま、氷壁を降りていく。
八夜の元へと向かうためだ。
(八夜くん! 八夜くんっ!)
七奈は、泣き出しそうな顔で《餓者》の肩に掴まっていた。
八夜が、何と戦っているのかは分からない。
だが、これだけは、はっきりと分かる。
あれは、絶対に手を出してはいけない相手なのだと。
いかに八夜であっても、あのままでは――。
「《餓者》! 《餓者》! お願い! もっと急いで!」
七奈は必死に叫ぶ。
このままでは、彼を失ってしまう。
そのことに、どうしようもない焦燥感と恐怖があった。
物言わぬ《餓者》は、ただ動きだけを早くした。
だが、それでも氷壁の下まではまだ百メートル近くもある。
戦場までは、さらに二キロだ。
遠い。あまりにも遠すぎた。
――ズズゥンッッ!
再び、激しい衝撃音が耳を突いた。
またしても、大量の土砂が噴き上がる光景が目に焼き付いた。
「八夜くんっ!」
七奈は叫んだ。
「嫌だよっ! 死なないでッ! 八夜くんッ!」
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