骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第2部

第八章 怪物たちは躍る⑦

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 ……はあ、はあ、はあ。
 その時、天堂院七奈は、息を切らせていた。
 場所は氷壁の頂上。百メートルにも届く氷壁をようやく登り切ったのだ。
 吐く息が白い。《餓者》の肩を掴む手もかじかんで、すでに感触が薄かった。身体能力や代謝機能は魂力で強化しているが、それでも寒さは防げなかった。

 だが、ようやくここまで来た。
 ここからなら、戦場のすべてが見渡せるはずだ。

 七奈は、強化した視力で眼下に目をやった。
 必死に少年の姿を探すと、

「――ッ!」

 息を呑む。
 恐らく二キロほど先か。そこに、巨大すぎる氷の怪猫の姿を見つけたのだ。

(《雹魔ノ猫》ッ!)

 八夜の象徴シンボル独界オリジンを最大顕現した時の姿だ。
 やはり、彼は全力を出している。
 だが、その相手とは――。

「……あれは、何?」

 思わず、そう呟いた。
 《雹魔ノ猫》と対峙するのは、二足歩行の巨大な灼岩の巨獣だった。
 しかも、怪猫よりも巨大な怪物である。そしてあの怪物の影響なのか、二体がいる周辺は、氷河と溶岩が混じり合ったような、奇妙な世界と化していた。

「あれは、一体何なの?」

 象徴化身シンボリック・ビーストなのは分かる。
 しかし、あんな怪物は見たことがない。
 自分の兄弟たちは、七奈以外、全員が象徴シンボルを発現させることが出来る。けれど、兄たちの中にもあんな象徴を持つ者はいなかった。

 ――果たして何者なのか……。

 と、そうこうしている内に、八夜――《雹魔ノ猫》が、巨獣に跳びかかった。
 巨大で鋭利な爪で引き裂こうとするが、全身を黒い鎖で縛られた灼岩の怪物は、襲い掛かってきた怪猫の喉を捕えると、そのまま頭上へと抱えあげて放り投げた。
 氷に溶岩、周囲の木々も吹き飛んで、巨大な猫がバウンドする。
 ここからでは分からないが、恐らく地響きさえも起こしているはずだ。

「――八夜くん!」

 顔色を変えて、七奈は少年の名前を呼んだ。
 すると、聞こえている訳ではないだろうが、怪猫はすぐさま立ち上がった。
 背中の蛇腹剣を逆立てる。無数の氷刃が、まるで大蛇のように鎌首をもたげた。
 そして次の瞬間、灼岩の巨獣に襲い掛かる!
 ――が、

 ――ゴウンッッ!
 巨獣が右腕を薙いだ途端、爆炎の華が咲いた。
 劫火の壁が、巨獣の前に展開される。
 氷の蛇腹剣は、次々と爆炎の渦に呑み込まれていった。

 次いで、巨獣はアギトを大きく開いた。
 七奈は目を瞠った。

 ――ゴウッッ!
 怪物のアギトから、灼熱の光が放出されたのだ!
 爆炎さえも貫いて、赫い閃光が《雹魔ノ猫》へと迫る!
 だが、それに対して、怪猫の動きは迅速であった。

 怪猫が、ズズンッ、と巨大な右手を地面に叩きつける。
 途端、怪猫の前に、山のような氷柱が立ち上がった。
 それも、襲い来る赫光の射線上に連なる山脈だ。
 巨獣が放った赫光は、氷の山脈を次々と溶解させていった。
 だが、それでも停滞はさせている。
 氷の怪猫は、その場から巨体を跳躍させた。
 赫光が山脈を貫いた時には、怪猫は別の場所へと移動していた。
 七奈は、ホッとしつつも、冷たい汗を流した。

「……あの八夜くんが、押されているの?」

 信じがたい光景だった。
 八夜は、間違いなく全力を出している。
 だというのに、あの灼岩の巨獣は、八夜の象徴を圧倒しているのだ。

 ――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!

 怪猫が、アギトから吹雪を吐き出した。
 雹も混じった死の息吹だ。
 それは、巨獣の胸部に直撃するが、灼岩の怪物はわずかな停滞もなく、ズズン、ズズンッと前へと進み、大きく拳を振りかぶった。
 隕石を思わせるような巨大な拳が、《雹魔ノ猫》の頭部を殴打する!

 アギトは閉じられ、怪猫は大きく吹き飛んだ。
 怪猫は、巨体とは思えない身軽さで回転。四肢で地面に着地すると、再び跳躍。前転の要領で三本の尾を巨獣に叩きつけた!
 流石にこれは効いたのか、巨獣は大きく重心を崩した。
 しかし、灼岩の巨獣はまさしく怪物だった。すぐさま右手で怪猫の尾の一つを掴むと、片腕だけで《雹魔ノ猫》の巨体を振りかぶり、大地へと叩きつけたのである。

「――八夜くんっ!」

 七奈は口元を両手で押さえて、目を剥いた。
 大地が大きく陥没し、大量の土砂と氷片が噴き上がった。
 大地の鳴動が、自分がいる氷壁にまで伝わってきた。
 立ち昇る土砂と氷片のせいで《雹魔ノ猫》の姿も、灼岩の巨獣の姿も見えなくなった。
 七奈は青ざめた。

「――《餓者》! 急いで!」

 自分の封宮の住人に命ずる。
 鎧武者は、七奈を肩に乗せたまま、氷壁を降りていく。
 八夜の元へと向かうためだ。

(八夜くん! 八夜くんっ!)

 七奈は、泣き出しそうな顔で《餓者》の肩に掴まっていた。
 八夜が、何と戦っているのかは分からない。
 だが、これだけは、はっきりと分かる。
 あれは、絶対に手を出してはいけない相手なのだと。
 いかに八夜であっても、あのままでは――。

「《餓者》! 《餓者》! お願い! もっと急いで!」

 七奈は必死に叫ぶ。
 このままでは、彼を失ってしまう。
 そのことに、どうしようもない焦燥感と恐怖があった。
 物言わぬ《餓者》は、ただ動きだけを早くした。
 だが、それでも氷壁の下まではまだ百メートル近くもある。
 戦場までは、さらに二キロだ。
 遠い。あまりにも遠すぎた。

 ――ズズゥンッッ!
 再び、激しい衝撃音が耳を突いた。
 またしても、大量の土砂が噴き上がる光景が目に焼き付いた。

「八夜くんっ!」

 七奈は叫んだ。

「嫌だよっ! 死なないでッ! 八夜くんッ!」
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