骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第4部

第七章 王と戦士とおしゃべりな猫⑥

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【さて。最初に一つ条件を提示しよう】

 おしゃべりな猫は、おもむろにそう切り出した。

【久遠君。流石に君の参戦だけは認められんよ】

「……どういうことだ?」

 真刃が眉をしかめて問う。
 猫は、くあっと欠伸をした。

【君が参戦すれば、すべてがご破算になってしまう。そして君が参戦した場合、吾輩自らが迎え撃たねばならない。吾輩と君だけが残る戦場など、互いに望んではいないだろう?】

「……………」

 真刃は、何も答えず猫を見据える。

【君は参戦しない。代わりに吾輩もまた不参加だ。これが絶対の条件だ】

 真刃は一度瞳を閉じ、桜華の方に目をやった。
 相棒である同僚は、静かに頷いた。
 真刃は、再び猫の方を見やる。

「いいだろう。話を続けろ」

【ふむ。では、久遠君。状況はすでに黒田君たちから聞き及んでいるかね?】

「粗方はな。随分と悪趣味な真似をする」

 真刃は、不快そうに吐き捨てた。

【フハハ! 手厳しい!】

 猫は笑った。

【ともあれ、話を聞いているのならば話は早い。本来ならば、残り三夜あるところなのだが、君たちが現れたおかげで状況も大きく変わってしまった】

 猫は、尾を揺らして双眸を細めた。

【このまま七夜まで続けても、君の奥方に吾輩の手駒ぽーんたちは殲滅されるだけだろう。そこで方針を変えようと思う】

 猫は言う。

【今宵を最後の夜とする】

「「「―――ッ!」」」

 信二たちは息を呑んだ。
 真刃と桜華は、静かに猫を見据えている。
 猫は言葉を続ける。

【条件は簡単だ。ここより南西の山の中腹にある御堂。そこに君たちの伴侶がいる。今宵、十二時から夜明けまでの間に、その御堂へと戦士の誰か一人でも辿り着けばよい。それが君たちの勝利条件だ】

 信二たちは、無言で猫を睨みつける。

【敗北条件は、君たちが夜明けまでに到着できない。または全滅すること。その際は心苦しくはあるが、君たちの伴侶の命はないと考えてくれたまえ】

「ふざけんな! てめえ――」

 男の一人が立ち上がって叫ぼうとするが、それを信二が片手で制する。

「僕たちが勝てば、彼女たちは解放するということか?」

もちろんおふこーす

 猫が、にゃあと鳴いて言う。

【彼女たちだけではない。君たちも解放することを約束しよう。そして】

 猫は、桜華の方に目をやった。

【今宵は、久遠君の奥方の参戦も認めよう。ただし、その対抗かうんたーとして、吾輩の愛しいエリーも参戦させるが……】

 猫は、耳の後ろを掻いた。

【妻が戦う相手は、久遠君の奥方だけに限定する。戦士たちには手出しはさせない。そして前夜の謝罪の意も込めて、屍鬼たちはもう参戦させない】

 その言葉に、多くの男たちが安堵の息を零した。
 それほどまでに、昨夜の腐乱した屍鬼は恐ろしい相手だった。

【ふむ。吾輩側から参戦させる手駒ぽーんたちは……】

 猫は、提示を続ける。

【四等級が十二体。三等級が三体だ。計十五体が君たちを迎え撃つ】

「……あの化け物が十五体もかよ」

 岳士が吐き捨てる。
 これまでにおける最大の数だ。

【等級の詳細に関しては久遠君たちに聞きたまえ。彼らの方が専門だ。さて】

 猫は真刃を見やる。

【吾輩からの提示は以上だが、君からは何かあるかね?】

「…………」

 真刃は沈黙する。
 そして、

オレからはない。どうせ拒否すれば人質を殺すとでも言うつもりなのだろう?」

【まあ、それは優雅えれがんとではないから、言いたくはないがね】

 苦笑じみた声が、猫から零れる。

「……ふん。桜華。お前はどうだ?」

 真刃は同僚を見やる。
 彼女は「そうだな」と呟き、

「自分が参戦してもいいということは、自分が我霊を倒すことは承諾するのだな?」

 猫に憑依した化け物に尋ねる。

【ああ。構わないよ】猫は頷く。【とはいえ、君に戦士たちを付きっきりで護衛されるのも興覚めだ。興行しょうを始めると同時に、君らには山の麓のいずこかに散開してもらうよ】

「……そうか」

 桜華は表情を険しくする。
 それから、「黒田さま」と信二の方を見やり、

「申し訳ありません。不本意ではありますが、ここは、この化け物に合わせるしかないかと思われます」

「……はい」

 信二は頷いた。

「元より人質を取られている以上、選択肢はありません。覚悟はしています」

 男たちもまた、強い眼差しで首肯する。

【ふふ。流石はここまで生き残った戦士たちだ。それでは話は纏まったようだね】

 猫は尾を揺らした。

【では、吾輩はそろそろお暇しよう。戦士諸君! 奥方殿!】

 にゃあ、と猫は鳴いた。

【今宵、最後の夜を心待ちにしているよ!】

 言って、男の声は消えた。
 注目される猫は、キョトンとしている。
 完全に憑依が解けたようだ。

「やれやれだな」

 真刃は立ち上がると、猫の首根っこを掴んで持ち上げ、自分の肩に乗せた。

「この猫を逃がしてくる。しばし休憩にしよう」

 言って、部屋を出た。

「待て。真刃」

 桜華もその後を追う。残された信二たちは大きく息を吐き出した。

「気を遣わせてしまったかな?」

 信二がそう呟くと、

「まあ、あの兄ちゃん、雰囲気はおっかねえが、意外と気遣いの人みてえだしな」

 と、岳士が言う。信二は「金堂さん……」と眉尻を落とした。

「……奥方のことは……」

「……そこは気にすんな」

 岳士はグッと右の拳を左手で覆った。

「多江は強い女だ。簡単に死にはしねえよ」

「……金堂さん」

「……生き延びるぞ。坊ちゃん。お前ら」

 岳士は、告げる。

「もう誰一人死ぬんじゃねえぞ。俺たちは女房と一緒に明日の朝を迎えるんだ」

 彼の強い言葉に、信二も男たちも静かに頷いた。
 一方、寄合場の外。
 真刃は肩に乗った猫を降ろし、逃がしていた。

「……真刃」

 その背中に、桜華が声を掛ける。

「……なんとも忌まわしいことだな」

 真刃は、淡々と呟く。

「完全に、あの男に出し抜かれた形だ」

「……ああ。そうだな」

 桜華も、渋面を浮かべる。

「結局、彼らを巻き込むことになってしまった」

「しかも、オレに至っては傍観者を強要だぞ」

 憤慨した様子でそう吐き捨てる。
 自分が居ながら、みすみす彼らを戦場に立たせてしまうことが、腹立たしいのだろう。
 ひねくれているように見えても――事実、いささか以上にひねくれてはいるが、その心根はやはり優しい真刃に、桜華は微かに口元を綻ばせつつ、

「だが、自分の方は参戦できる」

 そう告げる。

「ある意味、お前はあの餓者髑髏を封じているのだ。そこはよしと考えるべきだ」

「物は言いようだな」真刃は嘆息する。

「だが、それは、お前一人に負担をかけるということだ。お前は《屍山喰らい》に加え、十五体の我霊。それらを相手しなければならん」

「……ああ。分かっている」

 桜華は頷いた。

「特に《屍山喰らい》に遭遇する前が重要だ。あの女と相対する前に可能な限り、我霊の数を減らす。それが勝敗を分けることになるだろうな」

 いざ《屍山喰らい》に出くわせば、桜華も全力で臨まなければならない。
 どうしても、あの女に専念せずにはいられないだろう。

「果たして、どこまで数を減らせるか……」

 それが、信二たちの生存にも繋がる。

「それには、白冴も役に立つだろう」

 真刃は、桜華に目をやって告げる。

「白冴には、空間把握の異能があるからな」

「空間、把握?」

 桜華が眉根を寄せた。

『些細な異能でございます』

 その時、桜華の胸元の中にしまわれた白冴自身が答えた。

『一里ほどですが、私は視点を上空に移し、地形や、そこに居る者の位置をおおよそ把握できます。今宵は桜華さまのお役に立てるかと存じあげます』

「いや。些細どころか、凄い異能だな……」

 そこで、桜華は困った表情を見せた。

「しかし、白冴は自分が持っていていいのか? これはお前の参戦にならないのか?」

「……ふん」

 それに対し、真刃は鼻を鳴らす。

「白冴だけならば直接戦闘にでも加わらない限りあの男も気付かんだろう。それに」

 そこで皮肉気に口元を崩した。

「あの男は随分と愛妻家のようだ。ならばオレが妻に贈った従霊にまで文句は言わせん」

「……つ、妻……」

 桜華は、茫然と反芻した。
 が、すぐに耳まで火照ってくるのを感じて、慌てて背を向けた。

「じ、自分は、黒田さまたちと打ち合わせをしてくる。うん。彼らも、そろそろ落ち着いた頃合いだろうしな」

 言葉早にそう告げて、寄合場の中に戻っていく。

『……桜華さま。すでにお覚悟は決められたのでは?』

「う、五月蠅い! この状況なんだぞ!」

 そんな声が聞こえてくる。
 意外と、白冴との関係は良好のようだ。
 真刃は少しだけ笑みを見せつつ、

「……しかし、あの男は不愉快だな」

 双眸を細める。
 今回の一件は、明らかに後手に回っている。
 このまま、あの男の掌の上で遊ばれるのも不甲斐ないことだ。
 数瞬の沈黙。
 そして、

「……いいだろう」

 真刃は、ふっと笑った。

「傍観者ならば傍観者なりに、オレにしか出来ないことをしてやろうではないか」



 そうして日は沈む。
 いよいよ、最後の夜が近づこうとしていた。
 星が輝き、街の灯火は消えていく。
 人々は眠りにつき、獣の声だけが響く頃。

「さてさて」

 月光の下。深夜の街並み。
 黄金の髪を持つ妻を連れ立って、悠々と歩く道化紳士が告げる。

「それでは諸君。最後の夜らすと・ないとを始めようではないか」
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