骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第5部

第八章 王の審判⑧

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 その存在には、誰もが驚愕していた。
 総毛立てて、ドーンワールド内にいる我霊エゴスたちが一斉に顔を上げる。
 淀んだ瞳に映るのは、海原を縦断する巨躯だ。

 赫光を纏う圧倒的なまでの暴威の化身。
 まさしく、災厄の王である。
 我霊たちは、恐怖の悲鳴を上げた。
 そして蜘蛛の子を散らすかのように、我霊エゴスたちは走り出した。
 海に飛び込んで人工島から脱出する者、少しでも遠くへと駆け出す者と様々だ。
 ひたすら闇雲に、脱兎のごとく敗走する。

「――ぎゃァん!?」

 獲物を前にした我霊エゴスさえも、悲鳴を上げて逃走を優先させた。
 訳も分からないまま、化け物に襲撃され、まさに今、死の目前であった一般人の男女は遥か遠方を見上げた。
 二人は、呆然と、海を闊歩する灼岩の巨獣を見やる。

「……神さま?」

 傷ついた肩を押さえて、女性が呟いた――。



「………え?」

 違うエリア。愕然としていたのはエルナも同様だった。
 真刃たちと要救助者を探してエリア内を進んでいたところに、突如、あれ・・が現れたのだ。動揺しないはずがない。
 ――まさか、あれ・・我霊エゴスなのか?
 あまりの巨大さに眩暈を覚えつつも、最大の警戒をする。
 が、同行する燦の方は呑気だった。

「あっ! おじさんだ!」

 巨獣に向かって、大きく手を振っている。

「おじさぁん! ここだよォ!」

 そんなことまで言い出した。
 エルナは一瞬キョトンとしていたが、すぐに燦の言葉の意味を理解した。

「えええッ!? ちょっと待って!?」

 燦の両肩を掴む。

「あれが真刃さんってこと!? あれって従霊なの!?」

「うん。そうだよ」

 燦は、当然のように頷いた。
 それから、少し悪戯っぽく微笑んで。

「へえ~。エルナってば知らなかったんだ」

 壱妃なのに。
 そう続けたところで、燦は頬を左右に引っ張られた。

「調子に乗るな。真刃さんは結構秘密主義なのよ」

 言って、今度は頬を押し潰す。
 燦は「うむゥ」と唸った。

「とにかく、あれは真刃さんなのね?」

 少し手を緩めて尋ねるエルナに、燦は「うん」と頷いた。

「従霊の集合体なんだって。おじさんの切り札だって金羊が言ってた」

「……そう」

 そう言えば、以前、刀歌が言葉を濁していたことがあった。
 確かにあの規模サイズの従霊では、説明するのに困惑するのも無理はない。

(いずれにせよ、あれが出て来たということは……)

 エルナは、巨獣の進む先に目をやった。
 エルナたちがいる太陽の国サンシャインではない。目的地は夜の国ミッドナイトだ。

(そこに今回の敵がいるのね)

 ここからでは支援も間に合わない。

(私には何もできない。気をつけて。真刃さん)

 紫色の瞳を細める。

「ひゃめろ! ヒェルナ! あたしのひょっぺであひょぶな!」

 燦がエルナの腕を掴もうとする。
 餅のように柔らかい燦の頬を弄りながら、愛する人の身を案じるエルナだった。



 一方、その頃。
 遊具が動き続ける夜の国ミッドナイトの一角にて。
 かなた、月子、刀真の三人は足を止めていた。

「か、か、か……」

 刀真が瞳を輝かせた。

「怪獣だあッ! 怪獣が出て来たあッ!」

 少年らしい興奮を見せている。
 このエリアに徐々に近づいてくる巨獣に見入っている。
 その傍らで、月子も表情を明るくさせていた。

「おじさま!」

 胸元に片手を当て、ホッとした顔を見せる。

「良かった。無事だったんだ」

 その呟きに、驚きの表情を見せたのはかなただった。

(……え?)

 月子に目をやってから、海を渡る巨獣に視線を向ける。

「月子さん? あれは真刃さまなのですか?」

「あ、はい」

 月子が頷く。

「おじさまの従霊です。全従霊を集合させた姿というお話でした」

「……集合、体……」

 呆然と反芻する。
 そして改めて、巨獣の姿を見つめた。
 かなたの驚きは、エルナとはまた違っていた。
 彼女には、あの姿に見覚えがあったのだ。

(……骸鬼王の館……)

 自分が、あの人の妃となったあの館。
 そこで見た夢の中に、あの巨獣は出て来た。
 その時の巨獣はさらに倍以上は巨大だったが、姿自体は完全に一致する。

(けど、あれは骸鬼王の眷属が見せた記憶のはず。百年以上も前の……)

 それが、何故――。
 表情には出さず、かなたは困惑した。
 すると、

『……お嬢』

 不意に、首のチョーカーが小さな声で語りかけてきた。
 かなたにしか届かないほどの小さな声。赤蛇の声だ。

「……赤蛇」

『混乱しているか?』

 そう尋ねてくる専属従霊に、かなたは頷く。

「あれは何なの? どういうことなの?」

 赤蛇が小さな声だったので、かなたも小声で尋ねる。

「私はあれを知っている。けど、それは――」

『お嬢』かなたの声を赤蛇が遮った。

『まず前提から話すぞ。オレはお嬢を誰よりも推している』

 赤蛇は言う。

『お嬢の性格からして壱妃の座は銀髪嬢ちゃんに譲るかも知んねえ。だが、それでもご主人に一番愛されて欲しいのはお嬢なんだ。それこそご主人が今も大切に想う二人――まあ、あえてっちゃんも入れたら三人か。あの三人よりもだ』

「…………」

 かなたは無言だ。

『そんで本題だ。今、オレがお嬢に伝えられる情報は一つだけだ。ご主人のあの姿が、どう呼ばれているかだけだ』

「……なんて呼ばれているの?」

 瞳を輝かせる刀真と、巨獣を見つめる月子に会話を気付かれていないか一瞥しつつ、かなたはそう尋ねた。

『昔の二つ名には一つルールがあってな』

 と、前置きしてから、赤蛇は語る。

『流行ったのは百年ほど前のことだ。千年我霊エゴス=ミレニアどもへの対抗と討伐の宿願を込めて、老害ジジイがあの二つ名を名付けたのが切っ掛けだった。完全な怪物である奴らに対し、半分は「人」であるという意味で、二つ名の間に「ノ」を入れたんだ』

 一拍おいて、

『豆知識程度で憶えとくといいぜ。古い時代から存在する「ノ」の入った二つ名を持つ奴は、怪物のような力を持っているが、半分は人なんだってな』

「……半分は、人……」

 かなたは、巨獣を凝視した。

『知っておきな。弐妃・杜ノ宮かなた』

 赤蛇は告げる。

『あれの名は《千怪万妖骸鬼ノ王》。ご主人の象徴シンボルたる獣の名だ』

「…………」

 その名を聞いても、かなたはもう動揺しない。
 ただ、静かに。
 かなたは、愛する人の姿を見つめていた。



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