骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第5部

第八章 王の審判⑨

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「何なんだ! あれ・・はッ!」

 同時刻。
 ゴンドラ内で《宝石蒐集家トイコレクター》は愕然としていた。
 この異常事態に、誰よりも戦慄していたのは彼だった。
 当然だ。あれ・・はこの場所を真っ直ぐ目指して来ているのだから。

 海原を縦断する灼岩の巨躯。
 全高は、三十メートル以上あるかもしれない。
 太く長い巨腕に、ひしゃげた足。巨大な角を持つ頭部に、異様に大きい上半身と肩回り。胸部には爪状に割れた大きな空洞があり、まるで火口のようだった。背中一面と、肩から二の腕にかけては、炎を纏った赤い巨刃が乱立している。
 巨獣の全身からは黒い鎖が伸びていた。それらが、海原や虚空へと繋がれ、巨獣の動きを阻害しているようだが、それにも構わず巨獣は進む。

「……本当に、何なんだよ、あれは……」

宝石蒐集家トイコレクター》は、静かに喉を鳴らした。
 今も迫りつつある灼岩の巨獣。
 映画の中でしか見ないような怪獣が、現実に出現しているのだ。
 戦慄しないはずがない。

「――くそッ!」

 だが、いつまでも動揺はしていられなかった。
 早く決断しなければならない。
 迎撃か、撤退かを。

(あんな怪物と無理に戦う必要なんてない)

 彼は戦闘狂ではない。命を賭けてまでの戦いなど馬鹿馬鹿しい。
 あの怪物がここに到着するまで、まだ一分はかかる。
 ならば、今の間にゴンドラから降りて、夜の国ミッドナイト内に身を隠せばいい。
 そこで結界領域を解除すれば人混みに紛れ込める。
 あの怪物が本当に引導師ボーダーならば、追うことも出来ないはずだ。

(……よし)

宝石蒐集家トイコレクター》は撤退を決めた。
 そうして、急ぎゴンドラから脱出しようとした時だった。

(――――な)

 思わず硬直した。
 視線の先。巨大な怪物の姿を凝視する。
 海上の巨獣は、足を止めていた。
 だが、進撃を止めた訳ではない。
 溶岩流が這う巨躯を、強く震わせていたのだ。
 そして――。
 ガガガガッガッガッガッガッガ――ッ!
 突如、背面から、新たに刃が幾重も生えて連なり、巨大な剣となった。
 いや、幾つもの関節を持つそれは、まるで獣の尾。
 赤い巨刃で形作られた竜の尾のようだった。
 数十メートルにも至る巨刃の塊は、波打って動く。まるで蛇腹剣ガリアンソードを思わせるその滑らかな動きから、やはりあれは尾なのだと確信する。
 灼岩の巨獣は海面を荒立て、巨体を反転させた。それに合わせて巨刃の尾もしなる。
 そうして、
 ――ズゥガンッッ!
 巨刃の尾の先端が、大観覧車の中枢を射抜いた!
 ゴンドラが大きく揺らされ、《宝石蒐集家トイコレクター》が「うわあッ!?」と叫んだ。
 巨刃の尾の先端は大観覧車を縫い付け、そのまま土台ごと引き抜いた。

 ――そう。大観覧車は、海上へと吊り上げられたのである。
 その瞬間、夜の国ミッドナイトが誇る大観覧車は、『天上車輪ヘブンズホイール』の名前の通りになったのだ。

「――うわぁアアアアアッ!?」

 唯一の乗客である《宝石蒐集家トイコレクター》が悲鳴を上げる。
 大観覧車は海面へと叩きつけられ、水没した。
 ガラスが粉砕され、ゴンドラ内に流れ込んでくる海水。
 瞬く間に《宝石蒐集家トイコレクター》は海水に呑み込まれた。

 ――死ぬ。
 ――死ぬ。殺されてしまう。

 かつてないほどの恐怖と脅威を《宝石蒐集家トイコレクター》は感じた。

(嫌だ!? 嫌だ!? 死にたくない!)

 どんどん水没するゴンドラの中で、虚空の門を開く。
 宝石箱。以前サイトで購入した道具。引導師から奪った霊具。
 とにかく武器になりそうなモノを手当たり次第取り出すが、それらは使う前に海流に呑まれて、ゴンドラの外へと消えていった。
 そもそもこの程度の道具で、あんな怪物とは戦えない。

(―――嫌だ!)

 ここまで生き足掻いたというのに。

(死ぬのは怖い……。死にたくない!)

 根源たる意志に縋りついた。
 そして、
 バキバキバキバキバキ――ッ!
宝石蒐集家トイコレクター》の全身を、宝石が覆い尽くしていった。

(もっと強い力を。もっと強い姿を――)

 生き足掻く者は、自分だけの世界を広げ、おの象徴シンボルを解放した。

 ズザアアアアアアアアアアアアアアアアアア――……。
 海面が大きく膨れ上がり、巨大な何か・・が現れる。
 海水が流れ落ち、その姿が明らかになった。

 それは、巨大な騎士だった。
 全高は、三十メートルほどか。
 全身が七色に輝く宝石で造られた大騎士だった。
 肘から先が突撃槍ランスになった右腕に、楯が一体化した巨大な左腕。背中には二本の水晶柱。兜の額には一本角を持ち、下半身は甲冑を纏う馬のような形状だった。

 名前はまだない。
 追い詰められて、初めて発現した力の化身。
 ――名付きネームド我霊エゴス・《宝石蒐集家トイコレクター》の象徴化身シンボリック・ビーストである。
 さらに《宝石蒐集家トイコレクター》は、隷者ルビィに預けている魂力ストックも回収する。
 出し惜しみが出来るような相手ではないからだ。
 ルビィ自身の魂力も含めて、2700近い魂力が宝石騎士に注がれる。
 宝石騎士の全身が、眩く輝いた。
 そして、
 ズズズズズ……。
 海面を突撃槍ランスで裂いて、宝石騎士は穂先を巨獣に向けた。

『……ここまで生きてきた』

 宝石騎士は言う。

『オイラの生は終わらない。殺されてたまるか』

『……チガウナ』

 対する灼岩の巨獣も、初めて言葉を発した。
 その威容に相応しい恐ろしい声だ。

『オマエハ、サイショカラ、イキテイナイ。タダノ、モウシュウダ』

 ゆっくりと長く太い巨刃の尾で海面を薙いで、さらに告げる。

『モハヤ、ガイアク二、スギン』

 ――ズズゥン……。
 灼岩の巨獣は、一歩踏み出した。
 宝石騎士が、楯と突撃槍で身構える。
 海上にて対峙する巨獣と大騎士。
 そうして――。

『ナモシラヌ、トラワレタ、タマシイヨ』

 灼岩の巨獣は、宣告する。

『コヨイ、オマエニ、インドウヲ、クレテヤル』


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