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第11部

第一章 交流会、来たる③

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 森の国・エリーズ国。
 王都パブロの一角にあるアシュレイ邸。
 そのさらに奥にある森に覆われた不気味な館。
 通称、魔窟館の前に、コウタはいた。
 何人も通さないとアピールしているような扉に鍵を差し込み、両手で扉を開く。
 館内に入る。
 そこは、二つの階段がある大きなホールだ。

「さて」

 コウタは、ふうっと息を吐いた。

「今日は、メルはどこにいるのかな?」

 この館はメルティアの城だ。
 この広大な館のどこかに、彼女は引き籠っているはずだった。
 コウタは、知り尽くした足取りで廊下を歩き出す。

「一番いそうなのは寝室か、工房かな?」

 メルティアは、入浴時以外は寝室で図面を書いていたり、睡眠を取るか、または工房に籠って開発に明け暮れていたりすることが多い。
 ここ数日は、その二部屋を行ったり来たりしているようだ。

「まずは工房に行ってみようかな」

 時刻は、すでに午後四時を過ぎている。
 流石にこの時間に寝ているとは考えられないし、この時間帯は、工房で作業していることの方が多い。コウタは廊下を進みながら、地下へと続く階段の方へ向かった。
 と、その途中だった。

「……あ、コウタ」

 一人の少女と出会った。
 九歳ほどの幼い少女だ。
 綺麗な顔立ちと、薄い緑色の瞳。腰まで伸ばした同色の髪が印象的な彼女は、銀色の小さな王冠付きカチューシャを付けたメイド服を着ていた。
 アイリ=ラストン。
 この館にて唯一人、住み込みで働くメイド少女である。

「あ、アイリ」

 コウタは、ニコッと笑った。

「こんばんは」

「……うん。こんばんは」

 アイリは少し不愛想に答えた。
 彼女は、あまり感情を面に出さない少女だった。
 とは言え、コウタのことを嫌っている訳ではない。
 いや、それどころか、

「………」

 アイリは、キョロキョロと周囲を見渡した。
 魔窟館には、百機以上の自律型鎧機兵――ゴーレムが滞在している。
 しかし、この廊下には今、偶然だが一機もいない。

「……うん」

 アイリは小さく頷くと、タタタとコウタに向かって駆け寄ってきた。
 そして、ポフンっとコウタの腰に抱き着いた。

「……ん。いらっしゃい。コウタ」

 顔を上げてアイリが言う。
 彼女は無表情で、じっとコウタの顔を見つめている。
 これは、彼女からの催促だった。
 コウタは、微苦笑を浮かべつつ、アイリの頭をポンポンと叩いた。
 普段ならこれで離れてくれる。しかし、今日は表情を変えてくれない。

(……今日は、少し甘えん坊だ)

 コウタは、眼差しを優し気に細める。
 そして彼女の頬に片手をやった。
 それから、子猫にするように優しく撫でる。
 彼女の顔を少し上げて、頬や横髪に、優しく触れる。

「……ん」

 アイリは瞳を閉じてくすぐった後、微かに笑みを見せてくれた。
 そうして、コウタの元から離れた。
 アイリは大人びたしっかりした子なのだが、コウタと二人だけの時は、こうして甘えてくるのだ。コウタはそれを喜ばしく思っていた。
 アイリは、決して恵まれた人生を送っていない。
 幼くして人買いに遭遇するなど、とても不遇の人生を送ってきたのだ。

 だが、それはすでに過去のことだ。
 アイリは、もっと子供らしく甘えてもいい。

 コウタは常々そう思っていた。

(うん。周囲に対する緊張も大分解けているみたいだしね)

 優しい気持ちでそう思う。
 ただ、実際のアイリの方は子供どころか、むしろ大人だ。
 精神的には、コウタよりもずっと大人で狡猾なのだ。
 今の二人の時だけのスキンシップも、『今』のみで終わらせるつもりはない。
 これからも、ずっとしていくつもりだった。

 ――幼女から少女へ。
 少女から女へとなってもだ。
 いつか、コウタが、アシュレイ家に婿入りして公爵さまになって、自分をお手つきする時まで行うつもりなのである。

 ただ、注意事項としては、お手つきしてもらうのは、あくまで、メルティアがコウタの妻になった後にしなければならないが。

(……私はメイドさんだから。二号さんだから気をつけないと)

 正妻メルティアを立ててこその二号さんなのだ。
 ましてや、メルティアは自分を救ってくれた恩人である。裏切る訳にはいかない。
 自分が愛されるのは、メルティアの後でなければならないのである。
 そもそも、愛人は裏切りにならないのかといった考えは横に置いといて。
 幼い少女の、そんなとんでもない思惑など、コウタには気付きようもなかった。

「アイリ」

 いつものように、妹分に語りかけてくる。

「ところで、メルが今、どこにいるか知らない?」

「……メルティア?」

 アイリは、髪を揺らして小首を傾げた。

「……寝室にはいないよ」

「なら、工房かな?」

 コウタがそう呟くと、アイリはかぶりを振った。

「……工房にもいないよ」

「え?」

 コウタは目を丸くした。
 寝室にも、工房にもいない。かなり珍しいケースだ。

「え、じゃあ、メルはどこにいるの?」

 コウタのその問いかけに、

「……メルティアなら」

 アイリは、コウタの手を掴んで告げた。

「……多分、厨房にいるよ」
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