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ep.2
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羨ましいくらいの脚長スタイルの桂木さんは、意外と力が強い。
だから、一度抱きしめられると、なかなか離れられない。
「桂木さんっ、やめて下さいっ!ほんとにセクハラで訴えますからっ。」
「はぁー、早く貴和子ちゃんを抱き枕にしたいな。わかったよ。じゃ、手を出して。」
「いいえ、出しません。それよりも、桂木さん、本部長が探してましたよ?いいんですか?」
「え、それはマズイな……。さすが貴和子ちゃん、僕のピンチを救ってくれるんだね。ありがとう!」
所謂、嘘も方便だけど、時に必要。
とびきりの笑顔で手を振る桂木さんに、ちょっとだけ罪悪感を感じながら、いそいそと駅に向かった。
今の職場に転職してまだ2ヶ月。転職と同時に引っ越して、人生初の一人暮らし。そして、人生初のモテ期到来。いや、モテ期なのか?は各々の価値観の相違ってことで、少なくとも私本人としてはモテ期到来!
こっぱずかしいなと思いながら新入社員と同じように自己紹介し、最後にお辞儀をして顔を上げるや否や、
〈ドッターンッ〉
と大きな音を立てて倒れたのが桂木さん。
周りの事務員さんに支えられ、立ち上がったはいいが、
「やっと見つけた……!ありがとう!安田さん!いや、貴和子ちゃん!」
と、いきなりハグされた初日。
そこから怒涛の如く、口説かれ、誘われ、冷やかされ、ある意味例えにならぬやり方で職場に慣れてしまった私。
「あ、えーと、安田ちゃん、この資料打ち込んどいて。」
「安田ちゃんお昼先発ねー。」
「安田ちゃん在庫確認しといてー。」
と、早速二日目から“安田ちゃん”呼ばわり。はじめは“貴和子ちゃん”と誰かが呼んでいたけれど、桂木さんの鋭い睨みを受け、“安田ちゃん”と言い直し定着。
同じ日に入った新入社員の真子ちゃんは、なかなか名前を覚えてもらえず、私に愚痴をこぼしていた。
「安田ちゃんはいいなぁ。私なんて、未だに、“君”だよ。しかも桂木さんはベタ惚れだからミスしても守ってくれそうだし。」
いや、ミスしたら怒られなきゃ次進めないでしょ?と、軽く『フレッシャーズ』と『転職組』の意識の違いを感じる。
というのも、私の前職はゼネコン大手の事務職で、怖い先輩方に何度も怒鳴られ意識改革を余儀なくされてきた。だから、『お給料さえもらえたら薔薇色アフター5』の当初の思考は、今や『お給料アップの為なら何なりと残業受け付けます。』状態へと変貌を遂げたのだ。
結局大手とは言われても、長年赤字に踏み込んでいては、経営者の刷新や人件費削減に方向が向くわけで。となれば早期退職やら時間短縮のパート転換など、社中が渦巻く中、会社のひとコマに過ぎない私に力はなく。いっその事、転職しちゃえと、早期退職して求職活動に励んでいたら、事務職でも割と給料のよいこの美術専門学校に就職することができたのだ。
昨今の不況ぶりを考えると、運に恵まれていたと入社前はウキウキしていた。
だがやはり、『人生はわからない』とはよく言ったもので、まさか転職先でこんなに好き好き攻撃を受けるとは思っていなかった。
とりあえず圧倒されて拒んでいる。
最初の桂木さんの目標は、私に名前で呼ばれることだった。
「ねえ、“かつらぎ”って言い難いでしょ?だから、“よしと”って呼んでいいよ。」
4月半ば、何を血迷ったかそんな発言をエレベーターの中でされた。
「いいえ、私は言い易いので“かつらぎ”さんのまま呼ばさせていただきます。」
「えーー、じゃあ、僕のことが好きになったら嘉人って呼んでよ、ね。」
あまりにも軽々しいアプローチは、揶揄われてるだけと捉えて正解だと思う。
こういう時、どんな返し方をすべきなのか、戸惑っていたら扉がちょうど開いた。ホッとして、愛想笑いだけ浮かべ、出ようとした。
けれど、彼は予想外の行動に出る。サッと私の手を引っ張ると、自身の胸の中にスッポリと私を収め、
「約束だよ。待ってるからね。」
と、つむじに呟いたのだ。
それから1ヶ月経っても相変わらず桂木さんと呼ぶ私に、真子ちゃんの
「やだー、じゃあ、来月11日で安田ちゃん28歳なのぉ!?」
と言う、お叱りレベルの絶叫が事務室にこだまし、それからは専ら誕生日デートに的を絞られていたのだ。
だから、一度抱きしめられると、なかなか離れられない。
「桂木さんっ、やめて下さいっ!ほんとにセクハラで訴えますからっ。」
「はぁー、早く貴和子ちゃんを抱き枕にしたいな。わかったよ。じゃ、手を出して。」
「いいえ、出しません。それよりも、桂木さん、本部長が探してましたよ?いいんですか?」
「え、それはマズイな……。さすが貴和子ちゃん、僕のピンチを救ってくれるんだね。ありがとう!」
所謂、嘘も方便だけど、時に必要。
とびきりの笑顔で手を振る桂木さんに、ちょっとだけ罪悪感を感じながら、いそいそと駅に向かった。
今の職場に転職してまだ2ヶ月。転職と同時に引っ越して、人生初の一人暮らし。そして、人生初のモテ期到来。いや、モテ期なのか?は各々の価値観の相違ってことで、少なくとも私本人としてはモテ期到来!
こっぱずかしいなと思いながら新入社員と同じように自己紹介し、最後にお辞儀をして顔を上げるや否や、
〈ドッターンッ〉
と大きな音を立てて倒れたのが桂木さん。
周りの事務員さんに支えられ、立ち上がったはいいが、
「やっと見つけた……!ありがとう!安田さん!いや、貴和子ちゃん!」
と、いきなりハグされた初日。
そこから怒涛の如く、口説かれ、誘われ、冷やかされ、ある意味例えにならぬやり方で職場に慣れてしまった私。
「あ、えーと、安田ちゃん、この資料打ち込んどいて。」
「安田ちゃんお昼先発ねー。」
「安田ちゃん在庫確認しといてー。」
と、早速二日目から“安田ちゃん”呼ばわり。はじめは“貴和子ちゃん”と誰かが呼んでいたけれど、桂木さんの鋭い睨みを受け、“安田ちゃん”と言い直し定着。
同じ日に入った新入社員の真子ちゃんは、なかなか名前を覚えてもらえず、私に愚痴をこぼしていた。
「安田ちゃんはいいなぁ。私なんて、未だに、“君”だよ。しかも桂木さんはベタ惚れだからミスしても守ってくれそうだし。」
いや、ミスしたら怒られなきゃ次進めないでしょ?と、軽く『フレッシャーズ』と『転職組』の意識の違いを感じる。
というのも、私の前職はゼネコン大手の事務職で、怖い先輩方に何度も怒鳴られ意識改革を余儀なくされてきた。だから、『お給料さえもらえたら薔薇色アフター5』の当初の思考は、今や『お給料アップの為なら何なりと残業受け付けます。』状態へと変貌を遂げたのだ。
結局大手とは言われても、長年赤字に踏み込んでいては、経営者の刷新や人件費削減に方向が向くわけで。となれば早期退職やら時間短縮のパート転換など、社中が渦巻く中、会社のひとコマに過ぎない私に力はなく。いっその事、転職しちゃえと、早期退職して求職活動に励んでいたら、事務職でも割と給料のよいこの美術専門学校に就職することができたのだ。
昨今の不況ぶりを考えると、運に恵まれていたと入社前はウキウキしていた。
だがやはり、『人生はわからない』とはよく言ったもので、まさか転職先でこんなに好き好き攻撃を受けるとは思っていなかった。
とりあえず圧倒されて拒んでいる。
最初の桂木さんの目標は、私に名前で呼ばれることだった。
「ねえ、“かつらぎ”って言い難いでしょ?だから、“よしと”って呼んでいいよ。」
4月半ば、何を血迷ったかそんな発言をエレベーターの中でされた。
「いいえ、私は言い易いので“かつらぎ”さんのまま呼ばさせていただきます。」
「えーー、じゃあ、僕のことが好きになったら嘉人って呼んでよ、ね。」
あまりにも軽々しいアプローチは、揶揄われてるだけと捉えて正解だと思う。
こういう時、どんな返し方をすべきなのか、戸惑っていたら扉がちょうど開いた。ホッとして、愛想笑いだけ浮かべ、出ようとした。
けれど、彼は予想外の行動に出る。サッと私の手を引っ張ると、自身の胸の中にスッポリと私を収め、
「約束だよ。待ってるからね。」
と、つむじに呟いたのだ。
それから1ヶ月経っても相変わらず桂木さんと呼ぶ私に、真子ちゃんの
「やだー、じゃあ、来月11日で安田ちゃん28歳なのぉ!?」
と言う、お叱りレベルの絶叫が事務室にこだまし、それからは専ら誕生日デートに的を絞られていたのだ。
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