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ep.3
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6月11日。
ついにやって来た28歳の誕生日。
そして今日は、見事な快晴!
梅雨の晴れ間は1番紫外線が強いと言ったもので、事務室に入ると顔がじわじわ火照ってきた。
「あ、来た来た。貴和子ちゃん、待ってたよ……え?ちょっと顔、赤いんじゃない?熱?体調悪い?」
早速やってきた桂木さんは、私の顔を見るなり目を見開いてそう言いながら、頬を両手で包んできた。
ーーやだ、ちょっと冷んやりして心地いい。
「な、何も言わない……。しかも、僕を拒んでいない。これは……、うん、貴和子ちゃん、ちょっと医務室に行こう。熱があるかもしれないから。」
火照った肌に桂木さんの冷たい手の平が気持ちよくて、迂闊に目を閉じてしまった。そして、それは、桂木さんを激しく勘違いさせてしまった。
連日の雨にスキンケアを手抜きしていた罰である。こうなったら、
「い、いえいえ、大丈夫です。すみませんっ、日焼けしちゃったんです。それだけですからっ。」
って否定しても、
「ええ?炎天下にやられたのか?それは大変だ。熱中症かもしれない。ほら、一秒でも早く対処しなきゃ。」
と、何か私の世話しなきゃ気が済まないモードに突入して厄介だ。
「桂木!いい加減にしなさいよっ。ほら、仕事仕事!今日は残業したくないんでしょ?」
ーーあ、ありがとうございます!
このグッドタイミングに現れたのは丸川本部長。本部長の存知上げないこととはいえ、昨日もその名に救われました!
「本部長、見てくださいよ。貴和子ちゃん熱っぽいでしょ?だから、医務室に連れて行きたかったんです。」
なかなか引き下がらない桂木さん。
だけど、
「今日の紫外線にやられたのは安田ちゃんだけじゃないのよ。ほら、私だってみんなだってそうなのよ。ったく、ここで時間使っていいの?今日は大事な日なんでしょ?」
「勿論、誕生日デートの日ですから。」
「ね、だったら早く資料作って!いってらっしゃい!!」
「はーい。」
と、このやり取りで急ぎ足になり、桂木さんは自分のデスクがある3階に小走りで向かったのだ。
だが、ホッとするわけがない。『誕生日デート』など、承諾した覚えはないし、まして本部長も加担しているなど、膝がガクってなりそうだ。
ちなみに桂木さんは、学校事務の仕事の中で、【広報課】の課長をしている。広報課では、学校案内のパンフレットや企業媒体に載せる広告などの作成、体験学習の開催などを行なっている。私は今のところ、一般事務課に属しているが、秋からは広報課に異動する予定である。今、広報課にいる塩原さんが産休に入るからだ。
新しく入った事務員の中で、唯一私だけがMacを使えることで、白羽の矢が立ったのだ。
言わなきゃよかった……。
それにしても今日は本当に暑い。そのせいか、
(気持ちよかったな……。男の人の手ってやっぱり大きいのね。)
なんて、不意に思い出してしまい、頭をブンブン振った。
今日が私の誕生日であることは、ここの事務員の皆様が周知のことであるらしく、またアフター6は、桂木さんとデートだということになっている。はっきり言って超がつく恋愛音痴の私には、苦痛以外の何ものでもない。
今日を含め、過去28年間男性とお付き合いをしたことがない。
何故か経験3人ほどあるのだが、それはまた別の話で……。はい、私、酔っ払うんです。お酒に弱いんです。記憶飛んじゃうんです。お持ち帰りされちゃったんです。でも続かないんです。続き、ないんです。
とにかく恋愛下手のトップを行く私に、一体何を求めて攻めてくるのかわかりません、桂木さん。
「プレゼント、何もらったか教えてね。」
午後のデスクワークがひと段落つく頃、真子ちゃんが通りがけに耳打ちしてきた。
「ないから。あっても言わないから。」
「またまたぁ。さっき見ちゃったんだから。桂木さん、何やら大きな紙袋、持ってたよぉ。」
「な、何か備品でも入ってるんじゃない?幾ら何でも職場に持ってこないでしょ。」
「ううん、それが、何にも入ってないの。折りたたんだままだから。でも、広報課らしくデコってた。オリジナル?みたいな。」
そんな、桂木ブランドみたいな紙袋、持ち歩けるわけがない。ますます不安になってきた私に、さらなる追い討ちをかけるのが桂木流のやり方だ。18時の定時近くの時間に起きた事態は想像を超えていた。
夕方の生徒が行き交う時間帯も終わる頃、『ポン』というエレベーター到着の音がして受付カウンターに向かうと、ピンクの花束がやって来た。
実際には、いつもの配達員の岡本さんが運んでいるのだが、その量と大きさは、岡本さんの顔を見事に隠し、錯覚を起こしていた。
「お世話になりまーす。えーと、安田貴和子さんっていますか?」
そして岡本さんの口から出た宛名に開いた口が塞がらなかった。
「あ、安田ちゃん宛か。なんか凄いっすね。パーティかなんか行事があるんですか?」
「い、いえ、いや、はい。明日、学校で使うんです。で、デッサンに。」
「なるほどなるほど。いや、個人名できたから何なのか気になってたんですよ。あ、すみません。じゃ、ここにハンコお願いします。」
「は、はい……。」
『◯◯美術デザイン学校 安田貴和子様宛』
確かに私宛だった。そして、送り主は、
『桂木嘉人』
「………………!!!」
「あ、もう来た?チックショー、僕が手渡ししたかったなあ。」
その声に、私は恐る恐る黒目を動かした。
やっぱりっ……。桂木さんっ!
「あー、綺麗だね。良かった良かった。花束の配達ってどんな状態で来るのか心配だったんだ。ね、貴和子ちゃん、綺麗でしょ。貴和子ちゃんにピッタリだよ。」
ニコニコ顔でそんなこと言われても、これをここで受け取るだなんて、拷問だ。
配達員に手渡されたまま両手で花束を抱えている私。
今、めちゃくちゃ注目されていますよ。桂木さん!!なんてことを!!
「はい、これ。さすがに、そのまま持って帰るの大変だから、袋も用意したんだ。見てこれ、100均のデコ素材使ったんだけど、結構いい感じじゃない?」
桂木さんが手にしていた紙袋を広げながら見せる。
これが例の真子ちゃんが言ってたもの…………デザインは悪くない。悪くないけどでも、この花束用に準備しただなんてっ。
「はい、お誕生日おめでとう貴和子ちゃん。」
今言うんかーい!?普通はひとつ手前で話題になった花束見た時言うよね?
「よし、じゃあ花束はここに入れて、行こっか。デート。」
真っ直ぐな目で私を見てきた桂木さん。
「ま、マジなの……ね。」
もう、嘘でしょとか思えない。
本気で、私を好きなんだ、ね。
ついにやって来た28歳の誕生日。
そして今日は、見事な快晴!
梅雨の晴れ間は1番紫外線が強いと言ったもので、事務室に入ると顔がじわじわ火照ってきた。
「あ、来た来た。貴和子ちゃん、待ってたよ……え?ちょっと顔、赤いんじゃない?熱?体調悪い?」
早速やってきた桂木さんは、私の顔を見るなり目を見開いてそう言いながら、頬を両手で包んできた。
ーーやだ、ちょっと冷んやりして心地いい。
「な、何も言わない……。しかも、僕を拒んでいない。これは……、うん、貴和子ちゃん、ちょっと医務室に行こう。熱があるかもしれないから。」
火照った肌に桂木さんの冷たい手の平が気持ちよくて、迂闊に目を閉じてしまった。そして、それは、桂木さんを激しく勘違いさせてしまった。
連日の雨にスキンケアを手抜きしていた罰である。こうなったら、
「い、いえいえ、大丈夫です。すみませんっ、日焼けしちゃったんです。それだけですからっ。」
って否定しても、
「ええ?炎天下にやられたのか?それは大変だ。熱中症かもしれない。ほら、一秒でも早く対処しなきゃ。」
と、何か私の世話しなきゃ気が済まないモードに突入して厄介だ。
「桂木!いい加減にしなさいよっ。ほら、仕事仕事!今日は残業したくないんでしょ?」
ーーあ、ありがとうございます!
このグッドタイミングに現れたのは丸川本部長。本部長の存知上げないこととはいえ、昨日もその名に救われました!
「本部長、見てくださいよ。貴和子ちゃん熱っぽいでしょ?だから、医務室に連れて行きたかったんです。」
なかなか引き下がらない桂木さん。
だけど、
「今日の紫外線にやられたのは安田ちゃんだけじゃないのよ。ほら、私だってみんなだってそうなのよ。ったく、ここで時間使っていいの?今日は大事な日なんでしょ?」
「勿論、誕生日デートの日ですから。」
「ね、だったら早く資料作って!いってらっしゃい!!」
「はーい。」
と、このやり取りで急ぎ足になり、桂木さんは自分のデスクがある3階に小走りで向かったのだ。
だが、ホッとするわけがない。『誕生日デート』など、承諾した覚えはないし、まして本部長も加担しているなど、膝がガクってなりそうだ。
ちなみに桂木さんは、学校事務の仕事の中で、【広報課】の課長をしている。広報課では、学校案内のパンフレットや企業媒体に載せる広告などの作成、体験学習の開催などを行なっている。私は今のところ、一般事務課に属しているが、秋からは広報課に異動する予定である。今、広報課にいる塩原さんが産休に入るからだ。
新しく入った事務員の中で、唯一私だけがMacを使えることで、白羽の矢が立ったのだ。
言わなきゃよかった……。
それにしても今日は本当に暑い。そのせいか、
(気持ちよかったな……。男の人の手ってやっぱり大きいのね。)
なんて、不意に思い出してしまい、頭をブンブン振った。
今日が私の誕生日であることは、ここの事務員の皆様が周知のことであるらしく、またアフター6は、桂木さんとデートだということになっている。はっきり言って超がつく恋愛音痴の私には、苦痛以外の何ものでもない。
今日を含め、過去28年間男性とお付き合いをしたことがない。
何故か経験3人ほどあるのだが、それはまた別の話で……。はい、私、酔っ払うんです。お酒に弱いんです。記憶飛んじゃうんです。お持ち帰りされちゃったんです。でも続かないんです。続き、ないんです。
とにかく恋愛下手のトップを行く私に、一体何を求めて攻めてくるのかわかりません、桂木さん。
「プレゼント、何もらったか教えてね。」
午後のデスクワークがひと段落つく頃、真子ちゃんが通りがけに耳打ちしてきた。
「ないから。あっても言わないから。」
「またまたぁ。さっき見ちゃったんだから。桂木さん、何やら大きな紙袋、持ってたよぉ。」
「な、何か備品でも入ってるんじゃない?幾ら何でも職場に持ってこないでしょ。」
「ううん、それが、何にも入ってないの。折りたたんだままだから。でも、広報課らしくデコってた。オリジナル?みたいな。」
そんな、桂木ブランドみたいな紙袋、持ち歩けるわけがない。ますます不安になってきた私に、さらなる追い討ちをかけるのが桂木流のやり方だ。18時の定時近くの時間に起きた事態は想像を超えていた。
夕方の生徒が行き交う時間帯も終わる頃、『ポン』というエレベーター到着の音がして受付カウンターに向かうと、ピンクの花束がやって来た。
実際には、いつもの配達員の岡本さんが運んでいるのだが、その量と大きさは、岡本さんの顔を見事に隠し、錯覚を起こしていた。
「お世話になりまーす。えーと、安田貴和子さんっていますか?」
そして岡本さんの口から出た宛名に開いた口が塞がらなかった。
「あ、安田ちゃん宛か。なんか凄いっすね。パーティかなんか行事があるんですか?」
「い、いえ、いや、はい。明日、学校で使うんです。で、デッサンに。」
「なるほどなるほど。いや、個人名できたから何なのか気になってたんですよ。あ、すみません。じゃ、ここにハンコお願いします。」
「は、はい……。」
『◯◯美術デザイン学校 安田貴和子様宛』
確かに私宛だった。そして、送り主は、
『桂木嘉人』
「………………!!!」
「あ、もう来た?チックショー、僕が手渡ししたかったなあ。」
その声に、私は恐る恐る黒目を動かした。
やっぱりっ……。桂木さんっ!
「あー、綺麗だね。良かった良かった。花束の配達ってどんな状態で来るのか心配だったんだ。ね、貴和子ちゃん、綺麗でしょ。貴和子ちゃんにピッタリだよ。」
ニコニコ顔でそんなこと言われても、これをここで受け取るだなんて、拷問だ。
配達員に手渡されたまま両手で花束を抱えている私。
今、めちゃくちゃ注目されていますよ。桂木さん!!なんてことを!!
「はい、これ。さすがに、そのまま持って帰るの大変だから、袋も用意したんだ。見てこれ、100均のデコ素材使ったんだけど、結構いい感じじゃない?」
桂木さんが手にしていた紙袋を広げながら見せる。
これが例の真子ちゃんが言ってたもの…………デザインは悪くない。悪くないけどでも、この花束用に準備しただなんてっ。
「はい、お誕生日おめでとう貴和子ちゃん。」
今言うんかーい!?普通はひとつ手前で話題になった花束見た時言うよね?
「よし、じゃあ花束はここに入れて、行こっか。デート。」
真っ直ぐな目で私を見てきた桂木さん。
「ま、マジなの……ね。」
もう、嘘でしょとか思えない。
本気で、私を好きなんだ、ね。
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