私と離婚してください。

koyumi

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誕生日

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俺は帰宅すると、冷蔵庫の中を整理した。途中、買ってきた、依子のバースデーケーキを冷やすためだ。

誕生日だけは欠かさず祝ってきた。
2人しかいないのに、15センチのワンホールを買う。
さすがにイチゴと生クリームの組み合わせは、胸が支える大きさだが〈ベリーチーズプディング〉というネーミングの、フワフワしたチーズ味のプディングにブルーベリーが入ったものは、2日あれば完食できた。
だから、今年も同じものを1ヶ月も前から予約していた。

温暖化のせいか、まだ2月だというのに昼間の陽気は桜の頃だ。だが、夕方からガクンと気温は下がり、薄着で外出したことを悔やんだ。

そういえば、依子は朝、髪が乾ききらないのに出勤した。
頭から冷えて、風邪をひいていないだろうか?
もしそうだとしたら、それもまた自分が触れたせいである。

俺は依子が好きだ。

おそらく、幼稚園の頃から。

高校受験も、依子と同じところに行きたくて必死にこなし、見事合格した。
大学も、学部は違えど依子と同じキャンパスで学ぶことができた。
依子に彼氏ができても、自分に彼女ができても、何をしていても依子の存在が頭の片隅にあった。
だから、依子が中学の時に初めて彼氏ができたと聞いた時、俺も見せつけるように無理矢理彼女を作った。
だが、依子は俺の彼女と仲良くなり、「2人はお似合いだね」とか言っていた。
そのうち彼女に遠慮して俺を避けるようになり、幼馴染だとかクラスメイトだとか、そんなレベルにもなれないくらい疎遠な時期もあった。

中3になってすぐ、依子は彼氏と別れた。身を引いたと聞いた。
彼氏の事を好きな後輩がいたらしい。
自分と彼氏が2人きりでいる姿を目撃して、泣きながら引き返したその子の姿を見たら悲しくなったのだという。
そんな理由でフラれるなど、彼氏の方はたまったもんじゃなかっただろうに。

ただ、依子がフリーになってから、俺はまた幼馴染のランクに駆け上がった。
そこからは、彼女も作らず依子だけを見てきた。

ずっとずっと好きだった。
今や、愛しているレベルだ。

それなのに、依子以外の女と、何度も肌を重ねてきた。
もし依子の立場だったら…とか、考えたことも勿論あった。
多分、依子が浮気したら、俺は生きていけないかもしれない。牢獄で一生を終えるかもしれない。
隔たった愛だと思う。
俺はいいけど依子はダメだなんて。
ただ、実際そうなったら、きっと臆病者の俺は何もできないだろう。



午後7時。
依子が帰宅した。

「依子、誕生日おめでとう。」

ドアが開いて、すぐに玄関に向かった。
冷えた依子の体を温めるべく、正面から抱きしめ、祝いの言葉を告げる。
そして……キスだ。

……………………


不自然なキスだっだ。
お互い目を閉じず、かといって、依子は俺を見ていない。

ズキっ

と、肋骨にヒビが入る感触がした。

『離婚したい』とは何度も言われた。
最近はあまり言われていないが、依子の引き出しには、ここで役所ができるんじゃないかというくらい、『離婚届』がたんまりとあることを俺は知っている。

今朝、テーブルに置かれたものは、すでにビリビリにしてゴミ箱にある。
俺は絶対に離婚に応じないからだ。

不貞の為、裁判をすれば俺が負けることは誰が見ても聞いてもわかる。
それなのに、依子は裁判までしない。
そこの意味はイマイチわからないが、追求するのは恐ろしい。
依子は口が立つ。
中学生の弁論大会で、県内2位だった。
本番前、1位の男が母親に怒鳴られながら指導されている姿を見て、優勝したい欲が消え失せたのだという。

依子は誰かが怒られている場面を見ると、怒っている相手を言い負かしたくなる、そんな性だ。


「で、どうするの?承諾してくれるの?月10万円の生活費。」

玄関前で呆然としていた俺に、ミドルテイストの声が届く。

「渡すよ。10万円。それで依子が離婚しないでくれるなら。」

「…そう。わかったわ…口出し無用でね。」

「あ…うん。勿論、依子の使いたいようにしてくれたらいい。」

依子は俺の返事を聞くと、ビリビリになったゴミ箱の中の離婚届にチラッと目をやり、「ちょっと出てくるから」と言って、また寒空の下へと出ていった。


2日後、冷蔵庫の中のケーキは依子の胃袋に入ることなく、全て諭の中に収まった。
「…来年からは…焼き菓子にするかな……探しとかないと、依子の好きそうなもの…」


依子は出ていった。
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