私と離婚してください。

koyumi

文字の大きさ
15 / 89

諭の母

しおりを挟む
『ピンポーン』
「……」
『ピンポーン』
「……」

「……はい。」
『あら?いるんじゃないの、やっぱり。開けて開けて。』
「……はぁー」


土曜日の朝、諭の母親は、諭と依子のマンションにやって来た。
正確には、もう諭のマンションになるが。

〈ガチャ〉
と、いう音とともに
「こんにちわー」
と、通常の何オクターブか高い声を出しながらドタドタと上り込む姿は、今は死語かもしれないオバタリアンそのものだ。

「あら、諭、依子ちゃんは?まだ寝てるの?」
「いない……。」
「はぁ?ああ、もう出かけてるの?買い物?」
「……あ、ああ。まあ。」
「……いや、そんなわけないわね。この部屋汚すぎるし、あんたの顔、ゲンナリしてるし。」

諭の母は口を動かしながら、その辺に散らかったカップ麺の残骸や靴下、タオルを拾い、長年の主婦としての勘を働かせた。
ーー依子ちゃんは、出て行った?
その結論はすぐに出た。
そして、ゴミ箱にお菓子の殻を入れる時、ビラビリになった紙グズをみつけた。
《離婚》の文字が見え、すぐに何個かクズを探り、依子の字が書かれてあるのもわかった。
まただ。
最近は治まっていたと思っていたのに、この息子夫婦はもう、破壊寸前のカタチで過ごしていたのだ。

「見たならわかるだろ?依子がいない理由」

淡々とそう言う息子、諭は、今までとはまた違う悲壮感を漂わせていた。
大体諭に否があることはわかる。
だから、いつも拳を振り上げながら怒鳴りつけていた。
だが、今日に限っては、それをしてもどうにもならないと冷静でいられた。

「愛想を尽かされちゃったのね。あんたもついに。」

愛想、なんてベタな言い回しではあるが、それがピッタリくる状況であることはわかる。

「依子ちゃん誕生日だったから、お祝い持って来たんだけど……。いないなら仕方ないわね。」

「……ごめん。」

諭が親に謝るなど、皆無の出来事だ。

「はぁ、どうするの?この状況だと、あんたが行っても依子ちゃんは戻らないでしょうし。かといって、親が口を挟む段階でもなさそうね。」
「いや……はぁー、何でだろ?俺、何でこんななんだろ?」

膝を抱えて顔を隠す諭の姿を見るのは、諭が中学生のとき以来だ。
ーー確か、依子ちゃんに彼氏がいると知ったあの日。

諭が依子を好きなことは、母親にとって、息子の一部分として受け入れていたくらい丸わかりだった。
学校から帰ると、「依子が先生に褒められてた」「今日は依子はよく笑ってた」「依子って字がきれいなんだ」と、
依子の名前が出ない日はなかったからだ。
依子からもらった義理チョコを、父親が一口つまんだだけで、1ヶ月も父子は会話をしなかった。
ホワイトデーに、依子にお返しをしたのが自分だけだとわかり、一気に機嫌が良くなってから、ようやく父子の掛け合いを聞くことができた。
執着にも近い感情で依子に接していたが、結婚するや否や、諭は種馬の如く女をとっかえひっかえしていたようだ。

手にしたら飽きてしまったのだろうか?まるでオモチャのような扱いに、同じ女として許せなかった。
しかし、諭の思いはどんなに浮気をしても、所詮浮気止まり。8対2いや、9体1で依子本命なのだ。いやいや、本来なら10対0であるべきだが。

「依子は離婚しないと言ってくれた。けど、俺とは暮らさないみたいだ。」
「別居、というわけね。」
「そう、みたいだ……。」
「で、ここの家賃はどうなるの?依子ちゃんと共稼ぎだからやっていけたでしょうに。」
「……別居なのに生活費、10万くれって。せいぜい稼げって。」
「そう言われたの?っぷハハ!」
「おいっ!笑うなよって!」
「だってぇー、依子ちゃんらしいというか……ってことは、あんたはここの家賃やら光熱費やらプラス依子ちゃんに10万でしょ?無理無理。」

呆れたように笑う母に、強気で張り合いたいが、実際問題現状では無理な話だ。

「でも、諭がここで実家に帰ってくるなんてしたら、それこそ挽回のチャンスはもうないってことね。」
「だよ、な……。」

諭がこの2日ずっと思っていたことだ。
これで引越しでもしたら、益々依子は帰ってこない。
かといって、依子の寝床に押しかけることもできない。

「依子ちゃん……ご両親には言ったのかしらね……」
という母の呟きは、諭の耳には届かなかった。

諭はある決意のもとに、今からすべきことを頭の中で順序づけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...