私と離婚してください。

koyumi

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朝が来た。
眠れた?いや、眠れるわけがない。
何度も起きた。夢ばかり見た。
諭がいない夢ばかり。

会社は休んだ。
体調不良……と言い訳した。
実際、体調不良ではあるけれど。

迷わないように、無心で準備をして、茶封筒をカバンに入れて、口紅塗って、ハイヒールを履いて、玄関の鍵をした。
マンションのエントランスを出る。

「うそ……」

両手をズボンに突っ込んで、少し首を傾げ私を見る諭がいた。

「……行こう。」
当たり前のように手を出し、私のカバンを持つ諭。
1歩後ろをついて行く。
気持ち、スピードがいつもより遅い。
そばを走る車の音と、ハイヒールの音が響く。
ふと、諭の足元に目がいく。
(あのスニーカー……)
私が、大学生の時にプレゼントしたもの。「大切にするから」って、一度も履いたところを見たことがなかった。
趣味じゃなかったのかなって、当時は凹んでいたのに。本当に、大切にしてくれていたんだね。

胸の中がざわつき始める。
迷わないように、止まらないように、思い出してはいけないのに。
瞬きをするたび、諭の指先や背中が目に入るたびに、私と諭の2人だけの記憶がよみがえる。

「依子……手を、繋ごう。」
ハッと息をのんだ。
諭に、吸い込まれそうになった。

「……それは、やめとく。」
断った。

諭は何も言わず、フッと口角をあげて前を向いた。


久しぶりに諭と住んでいた部屋に入る。
「よく母さんが勝手に入って片付けてるんだ。」と言うように、いかにもお義母さんが出入りしている雰囲気が残る。
整理整頓されているが、増えているものもあるから。 
冷蔵庫のメモや、三角コーナー、それに、布巾を乾かすスタンド。
部屋の隅には丁寧に畳まれた洗濯物もある。
「せっかく畳んでもらったんだから、崩れないうちに引き出し入れなさいよ。」
思わずつっこみたくなる量だ。
笑ってしまう。
すると、諭は冷蔵庫を開け、
「すげーだろ、このタッパーの数。」
と、お義母さんによる作り置きを見せてくれた。
「早く食べなきゃ、もったいないよ。」
「ほら、ここも。」
と、戸棚の中も見せてくれる。
スカスカだったのに、いつの間にやら満杯になっている。
「これ、スゲーうちの母さんって感じだろ。」
諭が指差すのは、『カタクリコ』とマジックで大きく書かれたタッパー。
「ハハハハハ、ほんとだっ。」
思わず吹き出してしまった。
「油性マジックで片仮名でデッカく書くのって、多分母さんくらいだよって言ってやった。」
「アハハハハッ。ほんとだ、お義母さんらしいっ。大好きっ。」
本当にお義母さんは素敵。楽しくて、豪快で、でも几帳面で。
思わず涙が出てしまった。

「……それでも、家族じゃなくなるんだよな。」
そんな非情なセリフにしないでほしい。
最後は笑って終わりにしてくれるんだって、変な期待しちゃったのに。
そんな悲しい現実を、思い出ささないでほしい。

笑いを止めて、唇をギュッとした。

諭はそんな私をじっと見て、私のカバンから茶封筒を取り出した。
「ここに入っているんだろ?」
「……うん。」
「……待ってろ。すぐに済ます。」

あらかじめテーブルに用意されていた箱を開け、ペンと印鑑を取り出す諭。
その動きは、まるで事務作業のようにテキパキとしていた。
整った字で署名し、かすれのないきれいな印をつけた。

私にしたら何枚目の離婚届だろうか。
もうそれはわからないけれど、完成形を初めて見た。

「このハンコが乾くまで、抱きしめてていい?」
返事をするまでもなく、諭は私を抱きしめた。
きっと、泣いてる。
諭、泣いているんだ。
わかる、わかるよ……。
だって、私も泣いてるから。
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