私と離婚してください。

koyumi

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 時計の音と、冷蔵庫の音しかしないこの空間に、「グッ」という小さな嗚咽が響いた。
 それに共鳴するように、私も似たような音を立てた。

「……もう、乾いたかな。」
 諭の低い声が背骨を伝って全身を緊張させる。
「……多分、ね……。」
 くぐもった声で応える。

 時間にして、何分か何秒かの抱擁に、一体諭はどんな思いを込めたのだろう。
きっとまた、明日からも諭はわたしの前に現れる。
 それを良しとするための“離婚”なのだから。
 わかっているのに、やっぱりこれは、本当に重たい。

 諭が押した印が乾いたことがわかり、私はそれをまた茶封筒に入れた。
 ゆっくりとしたつもりだったが、
「あっさりしてるな。」
と諭に言われた。
 そんなわけないこと、知っているくせに。

 それから2人で役所に行って、提出した。
 ついに、離婚したのだ。

 ただ、そこで思わぬことが起きた。

「婚姻届を下さい。」
と、諭が口にしたのだ。
 受付の女性の唖然とした顔に同情する。
 私も同じ立場なら、公人としての立場など忘れ、昼休みの話題にしたいくらいだ。まあきっと彼女達はそんなことはしないのだが。

 役所を出ると、諭は当然の如くわたしの腰に腕を回し、フフンと鼻を鳴らした。
「ちょ、ちょっと、やめてよ。いくらなんでもーー」
 抗議する私の口は一瞬で封じられてしまった。
「ん、ん、ん、っや!!」
 諭の胸を叩きまくって、ようやく息をつく。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、あ、あんたって…あんたって…」
「いいだろ?キスくらい。依子は今フリーなわけだし、俺もフリーだ。ただ、好きな子はいるけどな。」
 してやったりな顔で私を見下すように眺める諭の余裕ぶり、なんてやつ、なんてやつ!!
「顔、赤いよ。そんな顔誰にも見せられない。ほら、隠せっ。」
と、今度は私に覆いかぶさるように抱擁してくる始末。
 何なの?
 ある程度の予想はしていたけど、手は早いし押しは強いし隙を見せられない。
そりゃ確かに『口出ししたら即離婚』なんて行ってたけど、『口出しするなら愛して』なんて言っていない。
 離婚届を提出するまでの、切なく苦しい雰囲気はどこへ行った?

「もう我慢しない。依子は誰にも渡さない。覚悟しろよ。全力で愛してやる。」
「ひ、ひぃ~~。」
 蚊の鳴くような声しか出ない私に何を思ったのか、諭はまた私の顔を覗き込み、フレンチ・キスをした。
「とりあえず、引っ越して、ね。」


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