私と離婚してください。

koyumi

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第2章

誘い

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 厳しい顔つきは、制服の下のスタイルの良さを見逃させる。
 三条さんはそんなタイプだ。
 今日はまた一層鋭い目をしてコツコツとヒールを鳴らしている。

 俺の前に来て足を止めたが、
「お疲れ様、冨樫さん。」
とだけ言い、通り過ぎて行った。
 なんだってんだ?めちゃくちゃ怖い。
 俺に気がある素振りをしていた割には強い態度なんだな……。
 すると、通り過ぎたはずなのに、またこちらへ歩んできた。

「……今日終わってから空いてる?」
 少しだけ語気を緩めて俺を誘った。
「……あ、いてますけど……」
 自分より上の立場の女性から誘われても、都合が悪ければ断ることだってできる。何にもなくたって用事などいくらでも嘘はつける。それなのに乗ってしまった。
「じゃあ、ドライブしない?出たら連絡して。私は先に上がるから。」
「ドライブ?」
「車は私が運転するから。じゃ、待ってるわね。」
 俺の疑問は解決されていないが、終業後に三条さんとドライブをすることが決まった。

 普通は飲みに行ったり、ご飯食べに行ったり、そういうもんだと思っていた。
 だが、待ち合わせ場所に現れた三条さんの車内にはコンビニ袋があり、おにぎりやらサンドイッチやら、軽食と呼ばれる類のものばかりが入っていた。
「こんな時間だと食べすぎるともたれるから。」
 確かに俺が1人で帰宅して食べるものも似たようなものだが、これでも体を壊したことがあるし、惣菜には気を遣っている。それよりも、気になることが……。
「……あの、意外な車ですね?」
 黒いミニバンはファミリー層が喜ぶ車種だが、三条さんは独身でバツもない。
「私、キャンプとか好きだから荷物が入る車がいいのよ。」
 親指で後ろを見てと指され、リアシートに目を向けると、3列目はたたまれてあり、そこにはキャンプ用品らしきものが積まれてあった。
「まさか、今から?」
 冗談だろうと聞くとまんざらでもない笑みをしたが、
「今からでもいいけど、私は明日昼から出勤だからね。また今度行きましょう。」
と、今日は否定された。

 キャンプか……。
 修也と行けたら良かったな……、いつか、一緒に行けるかな……。

 仕事中は考えないようにしているが、帰宅するといろんなものを見ては修也を思い出す。チラチラ目に浮かんでくるのだ。同時に、依子の顔も。

「……どうかした?」
 黙り込んでいた俺は、信号待ちの三条さんに顔を覗き込まれた。
 依子のことがよぎり、思わず引いてしまった。
「フッ、そんなあからさまに引かないでよ。女性に対してそれは失礼よ。」
 三条さんは笑いながら言ったが、ちょうどその時通りの向こう側のイタリアンレストランから出てきた女性の姿に、俺は目が釘付けになった。

「……依、子……」

 思わず呟いた名前。

 信号が青になったことに気づかず、後ろからクラクションを鳴らされた。
 そのせいで、近くにいた依子はこちらを向いた。多分、一緒にいた高原も。

ーー目が……合った……

「え?あっ!」と言いながら三条さんが慌ててアクセルを踏んだので、それはほんの一瞬だった。
 だが、間違いなく俺たちは視線を交わしたのだ。
 依子の口が開いたまま止まっていたから。

 どうしてこんなにも偶然が重なるのか。
 どうして俺たちは会ってしまうのか。
 俺は、どんな目で依子を見ていたのだろう。

 ここが三条さんの車の中だということを忘れ、ゴクリと喉を鳴らし、拳を膝に押し付けていた。

ーー依子に会えた。依子に気づいてもらえた。けれど、依子の隣にはいつも高原がいる。いつも……

 俺の様子を気にしてか知らずか、三条さんも長い時間、無言だった。

「……ねえ、お腹がすいたわ。おにぎり開けてくれない?」

 静寂を割く言葉は、あまりにも突飛だった。

 
 
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