私と離婚してください。

koyumi

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第2章

忘れていた顔

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*依子視点

 
 ーーー諭?
 
 だと思う。
 正直、今では思い出せなくなっていた。多分、こんな感じの顔、身長、その程度。
 アメリカでの日々は本当に慌ただしくて、純君のサポートをするのは並みの努力じゃ務まらない。まず、言葉。通じないと何も始まらない。電話対応があるからジェスチャーなんて意味がない。
 それにプラスして求められるのは賢さ。世の中の情勢のみならず、歴史や文学についての知識も幅広く持ち合わせたい。
 というのも、純君の仕事がうまくいけばいくほど、ホームパーティに呼ばれることも増え、そのどれもがレベルの高い話題で盛り上がっているからだ。
 私なんかのちっぽけな世界観など、彼らにとっては虫の世界と同じものだろう。純君は気にするなと言ってくれるけれど、あまりにもハードルは高い。ハードル?いや、棒高跳びに挑むようなもんだ。
 そんな毎日を過ごす中、日本である会社の親睦会があり、大事な取引先の方が純君に会わせたい人がいるからぜひ来て欲しいと招待があった。
 アメリカでの仕事も調整がきく頃だったから、迷わずYESと返事をした。
 久しぶりの日本だ。
 しかも、とんぼ返りじゃない。
 半月程滞在できるのだ。
 まるでバカンスのような気分で、私は機内でテンションが上がり、思わず飲み過ぎてしまった。だって本当に久しぶりの日本。自分の生まれた国だもの。嬉しいに決まっている。あの日写真を撮って以来だ。

 飛行機が到着し、タクシーで半月滞在する場所まで向かう。住んでいたマンションは引き払っていたから、どうしようかと思ったが、純君のお母さんが営んでいるレストランの上階フロアが空いていて、そこに泊まることになった。
 もともとお義母さんが寝泊まりしていたが、今は別にマンションを借りていて、そこで暮らしている。だから、身の回りの必要な家具は揃ってあるし、時々風も通してあるから半月くらいなら十分住めるという。実は今、お義母さんとお義父さんは一緒に暮らしているのだ。子供が成人してから、ずっと通い婚のような関係だった2人。だから常時喧嘩はしているが、まあまあ仲良くやっているという。家族が一緒に暮らせることは、とても幸せなことだ。

 時差ボケに加え、飲み過ぎたのもあり、初日はゆっくり休みたかったが、親睦会はその日の夜だった。しかも、親睦会と聞いていたが、どうやらパーティーだったらしく、会場はホテルだったのだ。
 ある程度服装も考えなくてはならないのに、全く頭が働かない。
 私の状態を理解した純君のコーディネートで、どうにか見た目は大丈夫になった。だが、移動中も目を閉じて少しでも休憩を取っていたが、やはり体のおもさはキツい。
 しかも会場に到着すると、立食パーティーではないか……!
 開始早々、退場するわけにはいかない。しんどくても、私は純君の妻である。今や高原依子なのだ。だから、笑顔を崩すことなど以ての外で、疲労感をさらけ出してはならないのだ。
 ……だが、やはり体調は悪くなる一方で、それに気づいた純君は、先方に断りを入れてくれた。
「申し訳ありません、実は先ほど到着したばかりで、妻は時差に少々参っております。少しばかり休ませていただいても……」
「いやいや、それは大層なこと。遠慮なさらずゆっくりしてください。長時間のフライトだけでも辛いのに、時差もあれば仕方ないですよ。それが当たり前ですから。」
「すみません。本当に。ご配慮いただいて光栄です。では、少しだけあの辺りで休憩させていただきます。」
 取引先の寺内さんにも背中を押され、恥ずかしながらも私は少しだけ輪を外れた。
 
 私は壁の花、いや、壁と同化するべく、気配を消してもたれかかっていた。
 ますます気分は悪くなり、ついに立っているのもしんどくなってきた。壁だけじゃ支えにならない。
 純君の方を見ると、まだまだ時間がかかりそうだ。しかも、この状態で話の間に入ることなど宜しくない。
 ちょうど、近くにホテルのスタッフの女性がいる。仕方ない、ここで倒れたらそれこそ大ごと。

「すみませんーーー」

 私は女性に伝言を頼むと、会場を出た。
 出てすぐに見えたベンチに腰掛け、ようやくホッとした。しばらくして、忽ちお手洗いに行こうと立ち上がった、ら、久々にきた……そこから先の記憶があまりない。

 私は高校生の時から立ちくらみをよくするようになった。貧血というわけではない。社会人になってすぐ、看護師になった友人から立ち上がった瞬間、一気に血圧が下がる人がいると聞いた。多分、その類だ。
 それにしても、あの日はひどかった。まさか諭に見られてしまうなんて……。
 ホテルのベッドで目覚めた時、心配そうな純君を見ていると、私はなぜかあの日のことを思い出してしまった。浴室で倒れた日のことを。
 だけど、諭の顔がうまく思い出せずにいた。もうすでに私の中では過去のものとなっている一度目の結婚。最初の旦那の顔。仮にも幼馴染だったのに、嫌っていうほど見てきた顔なのに、ぼんやりとしか思い出せずにいた。

 そして今、つい、さっきのこと。
 夕食をお義母さんのレストランでいただき、上の階に戻るために一度外を出たら、急にけたたましいクラクションの音が聞こえ、(何事!?)と音がする方を見た。

 するとそこには、忘れていたはずの顔があった。しかも、目があってしまった……と思う。
「信号変わったの、気がつかなかったんだね。」
 すぐ後ろで純君が話す。純君も見えたのかな?諭、だと思うけど、違ったかもしれないし。
「ーー行こう。」
 純君は私の両肩に手を添えた。
「うん。そうだね。それにしても美味しかったー。食べ過ぎちゃった。」
 うん、どうだっていい。
 もう、どうだっていい。
 さっきの人が諭だろうが誰だろうが、私には純君がいるのだ。
 この人に愛されたくて仕方ないのだ。
 そして私も愛し続けたい……。
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