私と離婚してください。

koyumi

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第3章

依子

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「日本に戻ろうかと思ってるんだ。」

 それは、突然だった。

 お義母さんのレストランで夜食を頂いて、後片付けをしていた時だった。

「せっかくアメリカの生活に慣れた頃だと思うんだけど。」

「……う、うん。ようやく空気が肌に合ってきたかなって思ってた。」

 ただでさえ(割ってはいけない、割ってはいけない)と、緊張しながら皿洗いをしていたのに、余計手が固まってしまう。

「うーん、アメリカでなくとも上手くいくように思うんだ。いや、逆に日本にいた方がいいかもしれない。実は既にプランはあって、あとは依子ちゃんの返事次第かなぁって。」

「かなぁって、って、私?私が最終判断下すの?そんな責任……」

「でも、やっぱり日本がいいでしょ?住むには。」

「まぁ、うん、そりゃ祖国の方が……」

 慣れない英語の日常も刺激的で、自分の成長も楽しくはあったが、やっぱり日本語を話したくなるし。
 大きなハンバーガーや、テイクアウトできる中華なんかも美味しくて、流行りのデザートを堪能できる休日も魅力的ではあったけど、やっぱりたまにはどら焼や大福を日本茶と共に味わいたくもなる。
 土足での生活も慣れてきたし、少々二の腕ぷよぷよだって、気にせずノースリーブで歩けるようにもなった。
 ホームパーティが重なった週末は、ゆっくりしていたかったなとも思う。

「純、あなたあまり振り回しちゃダメよ。依子ちゃん、逃げちゃうじゃない。」

 離れた場所で売上を記帳していたお義母さんが、口を出した。

「あは、そうだね。ほんと、俺は依子ちゃんを振り回しっぱなしだな。ごめん。」

 軽く笑いながら反応する純君。

「嫌じゃないけど、全然大丈夫だけど……本当にいいの?日本に戻っちゃって。」

「あぁ。実は今回の目的はそこにある。手始めに、先日のパーティーでルートをいろいろと作っておいたから、軌道に乗るのは早いと思う。それに……」

「それに?他の理由もあるんじゃないの?」

「ん……そうだな……、そろそろ……欲しいかなって……」

 途端に赤くなる純君の頬。

「何か欲しいものあったの?今まで我慢してたの?」

「うーん、まあ、こればっかりはね……とにかく、部屋を探そう。明日は不動産屋に行くからね。」

「何なの?秘密なわけね、純君にも秘密にしたいことができたってことね……」

 なかなか話してくれない理由に、私は次第に気分が悪くなってきた。
 秘密を持たれる事に、やけに恐れを感じてしまう。瞬間、別れた男をうっすらと思い出す。
 浮気は堂々とされた。だけど、一度は持ち直して、やっぱり離れられないと強く願った。だけどその時、パリンと壊れてしまった。
 あの離婚が残したもの。
 不信はいつでも起こりうるということ。

 純君は、誠実だ。
 アメリカに行ってからも、いつも私を優先し、気遣ってくれた。時にはやり過ぎなくらい、優しくて、それがたまに怖くなることもあった。
ーーこんなに優しくされたら、裏切られた後が怖い。
 どうしても、そんな風に思ってしまう。

 今のところ、裏切りの気配もないし、2人の仲はすこぶる良い。
 だから私は頑張れた。異国の地で知らない人に囲まれ、1日を緊張しながら過ごしても、夜、彼に抱かれて眠れるならと。

「……依子ちゃん、変な勘違いはしないでほしい。俺はただ……」

「ただ?何?遠慮されると、余計勘繰りたくなる。」

 私がそう言うと、純君は表情を引き締めた。
 きっと彼も、彼なりに私のバツの原因について考えて行動してくれているのだ。
 それに気づいた時、私は、胸に釘を打たれたようになる。
 彼の自由な気持ちを奪っているのだと思ってしまう。いらない我慢を強いているのではないかと思ってしまう。
 私なんかと関係を持ったばかりに……

「こらっ」
「いたっ!」
 軽くおでこをデコピンされる。

「依子ちゃんはまた……変なこと考えていただろ?ったく、何も気にしなくていいのに……秘密にしたいわけじゃない。ただ、こういうのは、お互いの気持ちが一致しないといけないし、まあ、神様次第でもあるし……」

「神様……宗教か何か?」

「ん?いや、違うよっ……つまり、その、子供が欲しいかなって。俺と、依子ちゃんの子供、絶対可愛いだろうなって。だから、もし、妊娠したら、やっぱり実家が近いのが一番だろうなと思って。」

「……子供……子供って、あの、赤ちゃんってことよね?純君と、私の……え?い、いいの?」

「勿論だよっ!いいに決まってる!依子ちゃんも、欲しいと思ってたのか!?」

「う、ん。そりゃいつかは……でも、やっぱり不安はあって……」

 そう言うと、純君は私をギュッと抱きしめた。ギュッとギュッと、それはもう苦しいくらいに。

「ぐ、ぐるし、純、君!ぐるしぃ!」

「あわわわ、ごめん!でも、あまりにも嬉しくて……」

「まだお腹の中にはいませんよ。」 

「わかってるよ。だけど、そう思ってるんだくれていたことが、俺にとっては最高に嬉しいことなんだ。依子ちゃんと、同じ気持ちでいるってことが。」

「純君…………ごめんね、変に”秘密”とか言っちゃって……」

「……うん。そうだね。今のは依子ちゃんが先走ったから」

 純君がそう言うと、

「ッハッハッハッハッハッ、純、依子ちゃん、そう言う話は2階でやってちょうだい。いつまでも聞いていたいくらい面白いけど、際どい話になったらさすがに親だからねぇ、私も。聞き流せなくなっちゃうわよ。」

と、存在を忘れていたお義母さんの声が聞こえた。割と近くで。

「ひゃ、す、すみません!」

「母さんっ!聞いてたのか?」

 どうやら純君も忘れていたようだ。

「ったく親の店でそんな話しないでよ。さあさあ、私もそろそろ仕込みするから、上がって上がって。」

 レジカウンター内にいたお義母さんのことを、すっかり忘れ、もう少しでヒートアップするところだった。
 まして内容が内容だし、気まずさ全開だ。

「まあ、私は孫がいてもいなくても、2人が仲良くやってりゃ安心ってもんかな。とにかく日本に帰って来るんなら、もちろん大歓迎だからね。楽しみにしてるから決まったら教えなさいよ。」

 お義母さんはそう言いながら手をひらひらさせて、奥の厨房に入っていった。
 
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