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第四章 雨に濡れて…
第9話 前編2
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手に持ったタオルを椅子の背に掛けて、晶は直人の横に座った。まだ仄かに残る入浴後独特のお湯の匂いに混じって、何かしら甘い香りが晶の鼻をくすぐる。チラリと横に目を遣ると、瞬きもせずそれに見入った。
――半乾きの髪を右手で掻き上げ、膝の上の雑誌に目を落とす直人の横顔。人形のように長い睫毛、白い肌、そして入浴で上気した紅い唇――それに、先刻脱衣室で見た磨りガラス越しの影が重なる。
(結構、キテんなー。我慢もここらが限界かも)
普段の直人は、見ている晶が清しくなるほどに清廉だ。卑しいことなど考えたことも無いだろうと思えるほどの無邪気な顔を見せる。晶がキスを仕掛けたり言葉でからかったりすれば、真っ赤になってそれなりの反応が返ってくるが、それから先のことは恐らく彼の思考の範疇には無い筈だ。知識として持ってはいても。真剣な付き合いでないから頭から除外していると思えなくも無いが、彼の場合、それが素であると考える方が自然だろう。
それ故に、晶も自己の制止を余儀無くされていたのだが――。
「直人」
名を呼ぶ声に、直人は雑誌から目を離し声の主を見る。
「ん?」
「お前さぁ、俺のこと好き?」
唐突に投げられた問いに首を傾げる。
「? …どうしたの? 突然」
「いいじゃん、答えろよ。好き?」
直人はちょっと困ったような顔をしたが、笑みながらすぐに答えた。
「――うん、好きだよ」
『我が意を得たり』。晶の目が、いつもと違う色を宿した。
「ってことはぁ、お前は俺が好きで、俺もお前が好き。つまりは相思相愛なわけだ。んでもって、今現在俺とお前は付き合ってる。キスまで済ませといてもう『お友達』ってのも変だし――それって、『恋人』って呼べる関係だよな?」
「…恋人…? …ってことに…なるのかなぁ」
「なるなる! 絶対なる!」
いつも以上に饒舌で勢いのある晶に気圧されて、直人は肯定の言葉を呟く。
「晶がそう言うんなら…そうなんだろうけど…」
それを聴いて、晶はズイッと前へ――というか、横へずれる。いよいよ本題だ。
「…だからさ、ヤんねぇ?」
「? …何を?」
直人はキョトンとしている。どうやら本当に分からないらしい。晶は直人のそんな無垢なところが可愛いと思う。
「にっぶいなー、ホントに分かんねぇの?」
「…? …?」
「だーかーらー」
考え込んでいる直人の肩に素早く手を回して引き寄せると、彼の耳朶をペロリと舐める。
「ひゃっ」
思考外の行為に首を竦める直人。
「あ、晶?! な…な…何するんだよっっ」
「部屋ん中に二人っきりでさぁ、しかもベッドの上。やるコトっつったら決まってんじゃん」
呆然とする直人を、そのまま伸し掛かるようにしてベッドに押し倒す。
「俺達、恋人同士だろ? なら、ヤって当たり前だよなぁ?」
直人が穿いている紺色のハーフパンツ。それは雨に濡れた服の代わりに晶が貸した物。その下から、据え膳さながらに直人の白い脚がすらりと伸びている。晶はその爪先に触れ、なめらかな肌の感触を味わうように脹脛へと手を滑らせた。
「…っい…やだ…っ、晶っ」
晶の上半身が腹の上に載っていて、直人は身動きが取れない。なんとか押し退けようとする両腕が晶の左手に捕らえられ、頭上のシーツに押し付けられる。
「心配すんなって。俺、普段はふざけてばっかだけど、セックスの最中だけは真剣なんだぜ」
目の端で笑って、晶は右手で直人の頬を撫でる。顔の輪郭をゆっくりと下り顎を掴むと、そこに息衝く可憐な唇に自分のそれを重ねた。
「んぅ…っ」
付き合い始めてから今までに、幾度となく交わしたキス(いずれも晶の我が儘による一方的なものだが)。しかしそれは、本当に唇を触れ合わせるだけの軽い口付けであり、決して深いものでは無かった。なのに、今日は違う。
晶の唇は優しく直人のそれを啄み、挿し入れられた熱い舌が口唇の裏を舐める。思わず閉じることを忘れた歯列の隙間からこれ幸いに滑り込むと、最後の抵抗とばかりに押し返そうとする直人の舌を素早く絡め取った。思うままに口腔を犯す。二人の唇の間から、濡れた水音が零れた。
「…ん…んんっっ」
強く舌を吸われ、直人が苦しげに眉を寄せて声を漏らす。押さえ付けられていた両腕は、既に力を失っていた。
ゆっくりと離れる晶。目を閉じ、荒い息をつく直人の顔が紅に染まっている。それよりももっと強く赤みを帯びた唇は、晶の唾液に濡れ艶やかに光っていた。
晶は手の拘束を解き、両手で直人の頬を包む。その感触にピクッと身を震わせた直人が、瞼を開いて晶を見た。その眦に涙が滲んでいる。
「…な…んで…?」
震える声で問うてきた。
涙で潤んだ瞳で見詰めながら、色っぽ過ぎる唇で『なんで』なんて訊かれても――。
直人の目尻に口付け涙を舐め取りながら、晶は答える。
「好きな人を抱きたいって思うのは、当然のことだろ?」
晶の口元の眸子が、少し大きく開かれる。
「…本当に…俺のこと好きなのか…?」
「ああ」
「…ふざけ半分じゃなくて…?」
「ふざけてない」
晶の断言口調に、直人はふうっと息を吐いて何事か思案する。そんな彼の額と頬に、晶は再び口付けを落とす――。
★★★次回予告★★★
晶の過去の回想を本人の語りで。どうしてこんな生き方をするようになったのかが明らかになります。そして梶原家に同居している本当の理由とは――。
知らされる衝撃の事実!!
――半乾きの髪を右手で掻き上げ、膝の上の雑誌に目を落とす直人の横顔。人形のように長い睫毛、白い肌、そして入浴で上気した紅い唇――それに、先刻脱衣室で見た磨りガラス越しの影が重なる。
(結構、キテんなー。我慢もここらが限界かも)
普段の直人は、見ている晶が清しくなるほどに清廉だ。卑しいことなど考えたことも無いだろうと思えるほどの無邪気な顔を見せる。晶がキスを仕掛けたり言葉でからかったりすれば、真っ赤になってそれなりの反応が返ってくるが、それから先のことは恐らく彼の思考の範疇には無い筈だ。知識として持ってはいても。真剣な付き合いでないから頭から除外していると思えなくも無いが、彼の場合、それが素であると考える方が自然だろう。
それ故に、晶も自己の制止を余儀無くされていたのだが――。
「直人」
名を呼ぶ声に、直人は雑誌から目を離し声の主を見る。
「ん?」
「お前さぁ、俺のこと好き?」
唐突に投げられた問いに首を傾げる。
「? …どうしたの? 突然」
「いいじゃん、答えろよ。好き?」
直人はちょっと困ったような顔をしたが、笑みながらすぐに答えた。
「――うん、好きだよ」
『我が意を得たり』。晶の目が、いつもと違う色を宿した。
「ってことはぁ、お前は俺が好きで、俺もお前が好き。つまりは相思相愛なわけだ。んでもって、今現在俺とお前は付き合ってる。キスまで済ませといてもう『お友達』ってのも変だし――それって、『恋人』って呼べる関係だよな?」
「…恋人…? …ってことに…なるのかなぁ」
「なるなる! 絶対なる!」
いつも以上に饒舌で勢いのある晶に気圧されて、直人は肯定の言葉を呟く。
「晶がそう言うんなら…そうなんだろうけど…」
それを聴いて、晶はズイッと前へ――というか、横へずれる。いよいよ本題だ。
「…だからさ、ヤんねぇ?」
「? …何を?」
直人はキョトンとしている。どうやら本当に分からないらしい。晶は直人のそんな無垢なところが可愛いと思う。
「にっぶいなー、ホントに分かんねぇの?」
「…? …?」
「だーかーらー」
考え込んでいる直人の肩に素早く手を回して引き寄せると、彼の耳朶をペロリと舐める。
「ひゃっ」
思考外の行為に首を竦める直人。
「あ、晶?! な…な…何するんだよっっ」
「部屋ん中に二人っきりでさぁ、しかもベッドの上。やるコトっつったら決まってんじゃん」
呆然とする直人を、そのまま伸し掛かるようにしてベッドに押し倒す。
「俺達、恋人同士だろ? なら、ヤって当たり前だよなぁ?」
直人が穿いている紺色のハーフパンツ。それは雨に濡れた服の代わりに晶が貸した物。その下から、据え膳さながらに直人の白い脚がすらりと伸びている。晶はその爪先に触れ、なめらかな肌の感触を味わうように脹脛へと手を滑らせた。
「…っい…やだ…っ、晶っ」
晶の上半身が腹の上に載っていて、直人は身動きが取れない。なんとか押し退けようとする両腕が晶の左手に捕らえられ、頭上のシーツに押し付けられる。
「心配すんなって。俺、普段はふざけてばっかだけど、セックスの最中だけは真剣なんだぜ」
目の端で笑って、晶は右手で直人の頬を撫でる。顔の輪郭をゆっくりと下り顎を掴むと、そこに息衝く可憐な唇に自分のそれを重ねた。
「んぅ…っ」
付き合い始めてから今までに、幾度となく交わしたキス(いずれも晶の我が儘による一方的なものだが)。しかしそれは、本当に唇を触れ合わせるだけの軽い口付けであり、決して深いものでは無かった。なのに、今日は違う。
晶の唇は優しく直人のそれを啄み、挿し入れられた熱い舌が口唇の裏を舐める。思わず閉じることを忘れた歯列の隙間からこれ幸いに滑り込むと、最後の抵抗とばかりに押し返そうとする直人の舌を素早く絡め取った。思うままに口腔を犯す。二人の唇の間から、濡れた水音が零れた。
「…ん…んんっっ」
強く舌を吸われ、直人が苦しげに眉を寄せて声を漏らす。押さえ付けられていた両腕は、既に力を失っていた。
ゆっくりと離れる晶。目を閉じ、荒い息をつく直人の顔が紅に染まっている。それよりももっと強く赤みを帯びた唇は、晶の唾液に濡れ艶やかに光っていた。
晶は手の拘束を解き、両手で直人の頬を包む。その感触にピクッと身を震わせた直人が、瞼を開いて晶を見た。その眦に涙が滲んでいる。
「…な…んで…?」
震える声で問うてきた。
涙で潤んだ瞳で見詰めながら、色っぽ過ぎる唇で『なんで』なんて訊かれても――。
直人の目尻に口付け涙を舐め取りながら、晶は答える。
「好きな人を抱きたいって思うのは、当然のことだろ?」
晶の口元の眸子が、少し大きく開かれる。
「…本当に…俺のこと好きなのか…?」
「ああ」
「…ふざけ半分じゃなくて…?」
「ふざけてない」
晶の断言口調に、直人はふうっと息を吐いて何事か思案する。そんな彼の額と頬に、晶は再び口付けを落とす――。
★★★次回予告★★★
晶の過去の回想を本人の語りで。どうしてこんな生き方をするようになったのかが明らかになります。そして梶原家に同居している本当の理由とは――。
知らされる衝撃の事実!!
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