Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

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第四章 雨に濡れて…

第10話 中編

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 ――はっきり言って、人とあまり深く関わるのは嫌いだった――


 家族が死んで引き取られた親戚の家は、最悪だった。
 結構裕福だった俺の家。俺がまだ未成年なのをいいことに、後見人だからとか養育費に充てるからだとかぬかして、両親と妹の保険金と遺産を丸ごと掠め取った。人聞きのいい理由ばかり並べ立てていたくせに、金を受け取った五日後には嬉々として海外旅行に出掛けていった。俺を放って。
 学校から帰ると、真新しい外車の後部座席にブランド品の包みが山積みされていたこともあった。俺より2つ年下のその家の子供ガキが、買ったばかりのロレックスを腕にはめて嫌味たらしく俺に見せ付けたこともある。
 俺は、磨り減ったスニーカー一つ買い換えては貰えなかった。


 葬式の時、なんでこんなに早く逝ったんだと、従弟にあたる俺の父親の棺に取り縋って泣き喚いた姿と、左団扇でニタニタと笑うどっかの成金オヤジのような姿がダブって、俺は気分が悪くなった。
 目の前の親戚達はどう見ても、俺の目には金に涎を垂らすケダモノにしか見えなかった――。


 俺がその家に居たのは三ヶ月。
 あまりの居心地の悪さに、学校の道具だけ抱えてそこを出た。行く当てなど無かったのに、今考えると随分無茶をしたもんだと思う。
 親戚の手で既に売り払われていた自宅の傍で、ボーっとしていた俺に声を掛けてくれたのは、隣に住んでた秀兄ぃだった。


 ――秀兄ぃとは、俺が小さい頃からよく家族ぐるみで付き合っていた。12コ上の秀兄ぃは頭が良く頼りになる人で、年の離れた兄貴みたいに思っていたものだ。
 再会した秀兄ぃは国立総合病院の医者になっていた。医大の研究室に居ることは知っていたが、国立病院から声が掛かった頃、ちょうど俺は葬式や何やらで放心状態で他のことを気にする余裕など無かった。参列してくれた秀兄ぃも、俺の心中を察してのことだったのだろう。悲しそうな顔をして俺の頭を撫でただけで、その後も自分の近況など、余談は一切口にしなかった。
 納骨が終わり、引き摺られるようにして親戚に連れて行かれた俺は秀兄ぃに別れの挨拶すら出来ず、結局、再会するまでそのことを知らずにいたのだ。


 事情を聞いた秀兄ぃは、俺が耳を疑うようなことを言った。

「私が足長おじさんになろうか?」

 秀兄ぃの家は母親と二人暮らし。父親は早くに他界している。母親と自分の生活費を差し引いても収入にまだ少し余裕があるし、何より君は弟みたいなもんだから――と言うのだ。『遠くのナントカより近くの他人』とはよく言ったものだと、後になって感じたことを憶えている。穏やかに笑いながらさらりと言う秀兄ぃに、俺は涙が溢れて止まらなかった。


 中学卒業まで秀兄ぃの家に同居させて貰い、離れた高校に通うようになると学校の近くにアパートを借りてくれた。勿論学費も秀兄ぃ持ち。俺は頭の良い方ではなかったから成績選抜の奨学金を当てにするわけにもいかず、交通遺児奨学金も、法律上『親戚』という保護者と高額の遺産が存在する俺には適用されなかった。あまりに申し訳なくて「バイトして自分で払う」と言うと、「そんなことをしていたら、学生時代なんてあっと言う間に過ぎてしまうよ。今の時間を大切にしなさい。お金は、大人になってから返してくれればいいから」と笑顔で言っていた。
 保護者の筈の親戚の家に居ない俺に、世間体重視の学校やPTAは冷たかったが、秀兄ぃの言葉と笑顔が俺を支えてくれた。彼の励ましで、苦手な人付き合いにも積極的に取り組んだ。
 それは、家族を亡くして以来の幸せな時間だった。


 ――でも、幸せは長くは続かない。どうやらそれは俺の宿命らしかった。
 高一の冬、体育の時間に俺は倒れた。総合病院に運ばれ検査を受けて、沈痛な面持ちの秀兄ぃ本人から聞かされた言葉は――

「――晶君。君の心臓は…使用期限付きだったよ……」

 何がなんだか分からなかった。心臓病…? 俺が?
 混乱してる俺に、秀兄ぃは酷くつらそうに、苦しそうに言うんだ。

「残念だが…治療法はない…。私が専門とする分野なのに……。何も出来ない自分が凄く情けなくて、悔しいよ……」

 このままいけば20歳過ぎくらいが限度だろうということ。助かる道は心臓を取り替える以外に無いこと。それらを話す秀兄ぃは今にも泣き出しそうで、俺の方が励ましてやらなきゃならないほど落ち込んでいた。


 そのまま一ヶ月の入院を余儀無くされた。
 塞ぎ込み食事も碌に喉を通らず、「なんで俺ばっかり」という言葉だけが毎日毎日頭の中を巡っていた。自分を取り巻く空気の重苦しさに耐え兼ね廃人のように呆け掛かった頭が、その時ふとあることを思い出す。


「秀兄ぃは、確か……」


 ――そうなんだ。研究室に居た頃から、その深い学識で注目されていた秀兄ぃ。外科技術から診断力に至るまで卓越した確かなものを持っていた彼は、この時既に心臓病ケアの第一人者として、治療の最前線を任される立場だったのだ。父親がやはり心臓の病でこの世を去ったことが、秀兄ぃにその道を選ばせる要因となったことは間違いなく、拍車の掛かった向学心が今の地位を引き寄せていた。

 だが、それでも俺の病気は治せない。この人に治せなきゃ、他の誰に診せたって無駄だろう。そう考えると、俺は何となく気が楽になった。

 ――いいさ、治らないものは治らない。心臓移植だって、血液型がマイナス因子の俺には無縁のことだ。どんなに運命を呪ったって、悲惨な人生を嘆いたって、結果は変わりゃしない。
 それなら残りの人生を、少しでも幸せだと感じられる時間にすればいい。元々希薄だった幸運度だ。長く生きたって大した幸福は訪れないだろう。
 悩まず、重くならず。残りの時間を軽く、楽しんで生きられればいい。

 病室のベッドの上で漸く俺が導き出した答えに、秀兄ぃは涙を流しながらも頷いてくれた――。



 退院した俺はすぐに学校へ退学届を出した。
 落ち着きを見せた体調は、差し当たり日常生活になんら支障は無い。ただ、必携になった何錠もの薬が煩わしかった。
 二週に一度病院へ通い、経過を見る。秀兄ぃはもし何かあった時の為にと、また俺を同居させてくれた。



 もう真剣になるのはやめよう。本気になるのはやめよう。
 そうすればいつでも笑っていられる。幸せでいられる。
 手放さなければならなくなると分かっているものに執着してどうする。
 残り少ない俺の時間。
 自分が傷付く暇も、誰かを傷付ける余裕も、
 もう俺には無いのだから。



 ★★★次回予告★★★

お待たせしました! 後編は初Hを含む三部構成。
「好きだから抱く」と言った晶に、直人は何と答えるんでしょう…?
また語りが一部入ります。
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