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第三章 現代編
第48話 ─ ダーティーホワイトエルフボーイ ─その1…ある男の独白
しおりを挟むエヴァンとの会話に、俺はあの頃の事を思い出す。
責任感は持ってるが、他人を信頼する事がなかなか出来なかった俺を。
仮初めの形とはいえ、リーダーに任命されてその立場に振り回されていた頃の事を。
「そうだなあ、あの時ベイゼルに呼び出されたのが発端だったよなぁ」
「前もそんな事言ってたよな、リーダー」
*****
「汚れ仕事……ですか」
ある時ベイゼルに一人呼び出された俺に、提案されたことだ。
「そうだ。あまり褒められたことではないが、表には出せない事柄の始末を君に頼みたい」
「えらく直接的な言い方をするんですね」
俺はかなり不機嫌な顔でそう答える。
それはそうだろう。お前を便利に使い潰すと言われたも同然なのだから。
だが当然ながらベイゼルは、俺の反応を予期していたかのように付け加えた。
「君の性格を考えるに、下手に遠回しな表現をするよりも印象はマシだと判断した。それに英語にも完全に慣れていないから、余計な言い回しで誤解を与えたくもなかったのもある」
そう言われて俺は、婉曲的表現で言われた場合を想像した。
──君はこの組織に好意を持っているな。
──組織は綺麗事だけでは回らん。
──どういう事か、意味は分かるな?
うわ、ウゼェ。激しくウゼェ。
俺は憮然とした顔をしたまま答える。
「了解です、ベイゼル本部長。確かに間接的にチクチク言われるよりもマシでしょうね。……マシなだけであって、印象が良い訳ではありませんが」
表情も変えず感情も込めずに、かつたっぷりと嫌味を込めて言った。
ベイゼルもポーカーフェイスを崩さず、俺に向き合い答える。
「正直な意見をありがとう。君はこの組織のことを、現在どこまで把握している?」
「う~ん、派閥がいくつかあるんだな~程度ですかね」
本当は大まかに三つに分かれている所まで把握しているが、それは伏せて答える。
悲しい事だが、どの世界でも『能ある鷹は爪を隠す』で様子を見ていくしかない。
ベイゼルは俺が知っている事を伏せているのに、気付いているのかいないのか、ポーカーフェイスのまま口を開く。
「組織も長く続くと、制度疲労を起こす。大きくなれば、好むと好まざるとに関わらず利権が発生する。利害が対立すると、それによって派閥ができる」
無感情に彼は話すが、言葉の端々から疲労感が感じられる。
「異なる意見のぶつかり合い、大いに結構。だがそれは、組織が一つにまとまっている場合の話だ。意見をぶつけるからには落とし所を考えねばならん」
「まぁ古今東西そして俺が元居た世界でも、権力を持ったヤツは、自分の意見の修正を嫌いますよね。そこまで行くと、意見ではなく単なる我儘だと思いますが」
「何のためにディベートというものがあると思っているのか。……話が少し逸れたな。
よくある話だが、この組織は現体制を良しとする勢力と新しく時代に合わせた体制にすべしとする勢力の二つに、大きく分かれている」
ため息をついてベイゼルは続ける。
「時代に合わせて微調整しなければ、存在意義が危ぶまれていく。また、体制変革も良いが、組織がバラバラになっては何にもならん。そう言って組織の崩壊を防ぎたいが、結局『力』がないと誰も耳を傾けてはくれん」
「その為の『力』となれ……と?」
「組織が大きくなると、様々な圧力がかけられる。また組織からも圧力をかけていく事も多い。そういう世界に住んでいる人種の耳に話を聞かせようとするとなると、な」
「……ベイゼル本部長の人となりは理解しているつもりですが、貴方の目指す先が分からないと俺は返事が出来ません」
「組織の融和……は大前提として、組織内での立場の向上。あまり権力を握る事に血道をあげる事はしたくないが、組織内での自由度をあげるというのは、結局は権力を握る事と等しくなるのが悲しいな。
そして最後に、これは本当に個人的な望みだが──弱者救済」
そして目を閉じ口をつぐむベイゼル。
俺は返事をする前に追加で質問してみた。
「もしかしてヘンドリックス本部長も?」
俺がこの世界に来た時に面談を行なった、強面の男の名前をあげる。
予想通り、ベイゼルは否定しなかった。
「その通り、アイツも融和派だ。アイツは守旧派だがな。俺は改革派だ。まぁその中の穏健派とでも言った方が近いか」
俺は黙って考える振りをした。
だけどもう結論は決まってしまっている。
ここまで話を聞いた以上は……いや、そもそも呼び出された時点で、もう結論は決定されていたも同然だ。
「ここまで話を聞いておいて、断るという選択肢はもう俺には無いも同然なのでしょうね。……最後に、なぜ新参者の俺を?」
「新参者だからだ。まだ誰とも敵対していない。誰の味方にもなっていない。そして何より、君は“騎士団”にもこの世界にも……とても好意的だ。だから相手も、君が敵か味方かを考えずに……むしろ味方に引き込むべきかと考える」
──こちらに敵対する意思は見られないが、それなりの警戒心も持ち合わせている。我々のメンバーとしてやっていけそうだな
ベイゼルとヘンドリックスが当時話していた会話を思い出した。
もしかしたら、“騎士団”に連れてこられた時からの決定だったかも知れないな。
「なるほど、了解です。チームの二人にも話を通しておきます」
「いや、これは君の所で話を止めてくれ」
俺は訝しげな目で彼を睨んで言った。
「隠し事をしてチームの信頼が構築出来るとは思えないですが」
それを受けて、ベイゼルは何かを思い出すように、遠くを見つめるように目を細めた。
「今までの私が経験した上での話だ。
仲間が皆、『裏』に関わると、仲間意識は確かに高くなる。だが、一度仲間の誰かが精神を病むと、歯止めが効かなくなる。皆が引きずられて壊れてしまうんだ」
彼は深い深いため息をついた。
「おかげで、今まで優秀な人材を切り捨てざるをえなかった場面が、何度かあった。『裏』から『表』の日常に戻る、というのが無いと精神が壊れやすくなるようでな」
「成る程。了解です。何とかやるしかないようですね。まぁ、やれるだけやりますよ。ちなみに、具体的にはどういった連中を?」
「今すぐに、という人間はまだ居ない。だが、明らかに邪魔になる者をお願いする事になるだろうな。見せしめの形もありえる。命じる方も嫌になるような……まさに汚れた仕事さ。但し、誰かがやらなければならない、な」
そうして俺の二重生活が始まった。
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