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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編
第75話 ─ハイエルフさんが通る ─…ある男の独白
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第69話に続いて、凄惨な場面が前半出てきます。
苦手な方はスルー推奨。
*****
薄暗く広い部屋は豪華に飾り立てられている。
この部屋で行われている行為を考えると、華美な装飾がとても皮肉に思える。部屋の中央に集められた少女たちは怯えた目、死んだ魚の目を宿しながら絶望に身をゆだねてしまっている。
だけれども彼女達は、その自分達の予想する絶望がいかに軽いものなのかを知らない。
このまま何事もなく過ぎていけば、彼女達がそれを思い知るのも、もう間もなくだろう。
だが、俺は……いや、俺がこの場にいるのは……。
やがて部屋に、人間の皮を被った浅ましい獣が何人も入ってくる。目元を仮面で隠し、それ以外は何一つ身に着けない見苦しい姿。
皆、男ばかりだと思うだろう? 最近は女も増えてるらしいんだ。女といっても中年の太ったオバハンだがな。
男も女も、金と権力を持つと似たような行為に手を染め始めるのは何なんだろうか。
まったく、ヒトの業の深さには、ほとほと重い気分にさせられる。……俺も同じ境遇になれば、こいつ等と同じ事をしてしまうんだろうか……?
そしていつか見た、動画の中で繰り広げられた光景が、俺の目の前で再現されていく。
少女達の中から犠牲者が一人、無作為に選ばれる。少女はこの世の終わりのような顔をして、引き摺られていく。だが、まだ己の絶望の浅はかさに気付いてはいまい。
引っ張り出された少女は、部屋にいつの間にか用意されていた椅子に座らされた。足が椅子の足に固定・拘束。手も後ろ手に縛られて、身動きが出来なくなる。
この時点で、座らされた少女と集められた少女の何人かは、何か自分の予想とは雰囲気が違っていることに気付き始める。
感づき始めた少女達は、先程までとはうって変わって、言いようの無い不安に満ちた表情で周囲を見渡し始める。
椅子に座らされた少女が、一番キョロキョロと怯えて見渡しているな、無理もない。
そしてついに部屋に運び込まれる悍ましい道具の数々。
それを見た椅子に座らされた少女の顔から、一気に血の気が失せた。
ご丁寧に、道具には血糊がベッタリと付けられており、いやが上にも道具の使い道と己のこの先の運命を予想させる。
少女は真っ青な顔どころかそれを通り越して真っ白な顔になり、目には涙が浮かぶ。狂ったように首をブンブンと振るが、周囲の獣共はそれを見て、一層ニヤニヤと嗜虐の笑みを強めるばかり。
さて、ここからだ。
簡単なようでいて、意外とタイミングが難しい。
座らされた少女を助けてやりたいが、早すぎるとこいつ等に言い訳の余地を与えてしまう。
現行犯として摘発するのが理想とはいえ、だからといって死なせてしまったり、廃人状態になられても困る。
主に人道的見地から、後にこいつらの逆襲のネタにされるからだ。それ以上に俺自身が、そんなことを見過ごせそうにない。
だがそれでも可哀そうだが、犠牲者に選ばれた少女には、ある程度の犠牲になってもらわねばなるまい。
身体に一生消えない傷ができるかもしれないが、死ぬよりかはマシだと思ってもらうしかないな。
自分でも嫌な理解の仕方だとは思うが、こいつ等クソ共は、他人の命を弄ぶ事に興奮を感じる変態共は、最初から手足や指をちょん切ったり目をくり抜いたりはしないはずだ。
じわじわと時間をかけて、嬲って苦しめていくのが、こいつ等のやり方なのだから。
……深淵を覗くものは、深淵にも覗かれている。俺も彼等の思考に近づき過ぎないように気をつけねば。
そう考えているうちに奴らの一人が、ハサミを手に持ち少女に近寄る。ご丁寧に右手のハサミをチョキチョキと動かして、少女に見せつける。
少女は激しく首を振り、少しでも悍しい凶器から逃れようと椅子をガタつかせる。が、後ろから嗜虐に狂った奴等に、肩をガッチリと掴まれて押さえつけられた。
ハサミ野郎は少女の胸を左手で掴む。
それは決して、性愛を楽しむ為の触りかたではない。完全に物としての掴みかた、扱いかただった。
そして胸の頂点をつまんで引っ張ると、そこにハサミをあてがう。少女は涙と鼻水だらけの顔でハサミを凝視。恐怖と諦めに満ちた目を大きく見開いて。
ハサミ野郎の右手が僅かに動いた。少女は激痛に大きく口を開けて叫ぶ。
音が届かぬはずのモニター越しに、ハサミが肉を切断する音と少女の絶叫が聞こえてくるようだった。
……もういいだろう。俺は、隣で一緒にモニターを凝視していた男に声をかけた。
「……ベイゼル」
ベイゼルは俺が声を掛けた瞬間に、マイクに向かって叫んでいた。
「ああ──突入だ!」
*****
俺は屋敷内の隠し部屋から飛び出すと、一直線に証拠となる資料が保管されている部屋に急いだ。
インターネットが発達したこの世界とはいえ、いやむしろ発達しているからこそ、だ。こういった資料は、アナログな紙によって記録され保管されて機密を保持される。
ネットにアップロードされてなければ存在しないも同然。良くも悪くも、この世界の感覚ではそうなのだ。
だからこそ、未だに非効率的な紙による記録が廃れずに、大きな顔をしているのだろう。
屋敷内に警報が鳴り響く。
だが気にする事は無い。半分これの為に警察と組んで、あの殺戮部屋に警官を突入させたのだから。
警官の突入によってあちこちから警報が鳴り響き、既にどの警報が鳴っているのか判別がつかなくなっている。
目的の部屋が見えた。
サングラスをかけた見張りが二人、入り口に立っている。
そいつら二人が俺の姿を認めた時には、既に俺は投擲用のナイフ二本を飛ばし終えた後だった。
ナイフは一人の顔面サングラスを割って、その下の目に突き立ち脳髄まで到達。だがもう一人は咄嗟に腕でナイフを受けたようだった。だがその隙に俺は、接近して足払いをかける。
見張りは転倒。すかさず俺は身体を起こし、見張りの喉笛に膝を落とす。
グシャ。
嫌な感覚が膝に伝わり、相手の咽頭骨と頚椎が砕かれた。
だが相手もこれを含めての仕事だ。それ以上は何も感じる事は無い。
そうして俺は扉に近づく。扉のセキュリティは、既に依頼していたハッカー……正確にはクラッカーというのか? によって無効化されていた。
以前に一度だけ侵入できた時に、大まかに目星をつけていた部分を中心に書類を漁り、部屋にある段ボール箱に詰めていく。
「リーダー! 手伝いに来たぜ!」
「リーダーはやめろって言ってんだろ。もう俺達は“騎士団”じゃないんだ」
「俺ッチだって何度も言ってんだろ。リーダーで呼び慣れてるんだからさ」
「はいはい、面倒臭いヤツだ。んじゃそっちの棚の上から二段目右から三番めと四番目、後ろの棚の下段左から五番目六番目の箱を出しといてくれ。あと俺の足元の箱をテープで密封頼む」
「了解!」
めぼしい書類を三箱程詰め込んだ俺達が部屋を出ると、廊下の向こうから黒い僧服を着た男が一人やって来た。
“騎士団”の僧服! となると、ガタイの良いコイツの正体は……。
俺とエヴァンは立ち止まると、足元に段ボール箱を置いた。
「エヴァン、箱を頼むぞ」
「あいよ」
そして俺は右手に集中して呟く。
「出番だ。来い、紅乙女」
「はい! ご主人様!!」
右手に退魔刀・紅乙女が現れた。主従の契約が成立しているので、普段はロングモーン達がいる空間に居座れるらしい。
ロングモーン達と違い、この世界の僅かな魔素でどこでも呼び寄せられるので、俺のかなり大事な戦力になってくれている。
そして向こうは見る間に体格がひと回りもふた回りも大きくなり、体表が獣毛に覆われる。コイツは人狼だ。
“騎士団”はこういう魔物を狩る組織だったはずだが、もうめちゃくちゃだな。悪魔憑きや魔物を武力として取り込んでいるとは。
「お前がミトラ様の咬ませ犬である、例のあの兄貴とやら……か…………!?」
狼への変身が終わったヤツが俺にそう叫んだ時には、もう既に俺は紅乙女の神気を撃ち終わっていた。
ここは一直線の廊下だ。人狼自慢の機動力もほぼ無意味。
ヤツの叫び声が聞こえる。
「ひっ……! うわあああああ!!」
廊下いっぱいに広がって迫りくる神気を避けられる訳も無い。恐怖に目を見開いたまま、紅乙女の神気を食らってヤツは蒸発した。
「今度から無駄口は、相手を倒してから叩く事だな。もう聞こえないだろうが」
紅乙女をロングモーン達の元へ戻して、段ボール箱を再び抱えた俺はそう言い捨てる。
だがしばし考え、もう少し言い足す。
「“主人公”のミトラに敵対する俺は、悪党という事になるのかな。だけど、もうアイツは俺の弟でも何でもねえよ」
そして俺は、あの髭面ヤクザのバローロに言われた渾名を思い出す。
最後にボソリと独り言ちた。
「そうだな、俺は……通りすがりのダーティーエルフさ」
苦手な方はスルー推奨。
*****
薄暗く広い部屋は豪華に飾り立てられている。
この部屋で行われている行為を考えると、華美な装飾がとても皮肉に思える。部屋の中央に集められた少女たちは怯えた目、死んだ魚の目を宿しながら絶望に身をゆだねてしまっている。
だけれども彼女達は、その自分達の予想する絶望がいかに軽いものなのかを知らない。
このまま何事もなく過ぎていけば、彼女達がそれを思い知るのも、もう間もなくだろう。
だが、俺は……いや、俺がこの場にいるのは……。
やがて部屋に、人間の皮を被った浅ましい獣が何人も入ってくる。目元を仮面で隠し、それ以外は何一つ身に着けない見苦しい姿。
皆、男ばかりだと思うだろう? 最近は女も増えてるらしいんだ。女といっても中年の太ったオバハンだがな。
男も女も、金と権力を持つと似たような行為に手を染め始めるのは何なんだろうか。
まったく、ヒトの業の深さには、ほとほと重い気分にさせられる。……俺も同じ境遇になれば、こいつ等と同じ事をしてしまうんだろうか……?
そしていつか見た、動画の中で繰り広げられた光景が、俺の目の前で再現されていく。
少女達の中から犠牲者が一人、無作為に選ばれる。少女はこの世の終わりのような顔をして、引き摺られていく。だが、まだ己の絶望の浅はかさに気付いてはいまい。
引っ張り出された少女は、部屋にいつの間にか用意されていた椅子に座らされた。足が椅子の足に固定・拘束。手も後ろ手に縛られて、身動きが出来なくなる。
この時点で、座らされた少女と集められた少女の何人かは、何か自分の予想とは雰囲気が違っていることに気付き始める。
感づき始めた少女達は、先程までとはうって変わって、言いようの無い不安に満ちた表情で周囲を見渡し始める。
椅子に座らされた少女が、一番キョロキョロと怯えて見渡しているな、無理もない。
そしてついに部屋に運び込まれる悍ましい道具の数々。
それを見た椅子に座らされた少女の顔から、一気に血の気が失せた。
ご丁寧に、道具には血糊がベッタリと付けられており、いやが上にも道具の使い道と己のこの先の運命を予想させる。
少女は真っ青な顔どころかそれを通り越して真っ白な顔になり、目には涙が浮かぶ。狂ったように首をブンブンと振るが、周囲の獣共はそれを見て、一層ニヤニヤと嗜虐の笑みを強めるばかり。
さて、ここからだ。
簡単なようでいて、意外とタイミングが難しい。
座らされた少女を助けてやりたいが、早すぎるとこいつ等に言い訳の余地を与えてしまう。
現行犯として摘発するのが理想とはいえ、だからといって死なせてしまったり、廃人状態になられても困る。
主に人道的見地から、後にこいつらの逆襲のネタにされるからだ。それ以上に俺自身が、そんなことを見過ごせそうにない。
だがそれでも可哀そうだが、犠牲者に選ばれた少女には、ある程度の犠牲になってもらわねばなるまい。
身体に一生消えない傷ができるかもしれないが、死ぬよりかはマシだと思ってもらうしかないな。
自分でも嫌な理解の仕方だとは思うが、こいつ等クソ共は、他人の命を弄ぶ事に興奮を感じる変態共は、最初から手足や指をちょん切ったり目をくり抜いたりはしないはずだ。
じわじわと時間をかけて、嬲って苦しめていくのが、こいつ等のやり方なのだから。
……深淵を覗くものは、深淵にも覗かれている。俺も彼等の思考に近づき過ぎないように気をつけねば。
そう考えているうちに奴らの一人が、ハサミを手に持ち少女に近寄る。ご丁寧に右手のハサミをチョキチョキと動かして、少女に見せつける。
少女は激しく首を振り、少しでも悍しい凶器から逃れようと椅子をガタつかせる。が、後ろから嗜虐に狂った奴等に、肩をガッチリと掴まれて押さえつけられた。
ハサミ野郎は少女の胸を左手で掴む。
それは決して、性愛を楽しむ為の触りかたではない。完全に物としての掴みかた、扱いかただった。
そして胸の頂点をつまんで引っ張ると、そこにハサミをあてがう。少女は涙と鼻水だらけの顔でハサミを凝視。恐怖と諦めに満ちた目を大きく見開いて。
ハサミ野郎の右手が僅かに動いた。少女は激痛に大きく口を開けて叫ぶ。
音が届かぬはずのモニター越しに、ハサミが肉を切断する音と少女の絶叫が聞こえてくるようだった。
……もういいだろう。俺は、隣で一緒にモニターを凝視していた男に声をかけた。
「……ベイゼル」
ベイゼルは俺が声を掛けた瞬間に、マイクに向かって叫んでいた。
「ああ──突入だ!」
*****
俺は屋敷内の隠し部屋から飛び出すと、一直線に証拠となる資料が保管されている部屋に急いだ。
インターネットが発達したこの世界とはいえ、いやむしろ発達しているからこそ、だ。こういった資料は、アナログな紙によって記録され保管されて機密を保持される。
ネットにアップロードされてなければ存在しないも同然。良くも悪くも、この世界の感覚ではそうなのだ。
だからこそ、未だに非効率的な紙による記録が廃れずに、大きな顔をしているのだろう。
屋敷内に警報が鳴り響く。
だが気にする事は無い。半分これの為に警察と組んで、あの殺戮部屋に警官を突入させたのだから。
警官の突入によってあちこちから警報が鳴り響き、既にどの警報が鳴っているのか判別がつかなくなっている。
目的の部屋が見えた。
サングラスをかけた見張りが二人、入り口に立っている。
そいつら二人が俺の姿を認めた時には、既に俺は投擲用のナイフ二本を飛ばし終えた後だった。
ナイフは一人の顔面サングラスを割って、その下の目に突き立ち脳髄まで到達。だがもう一人は咄嗟に腕でナイフを受けたようだった。だがその隙に俺は、接近して足払いをかける。
見張りは転倒。すかさず俺は身体を起こし、見張りの喉笛に膝を落とす。
グシャ。
嫌な感覚が膝に伝わり、相手の咽頭骨と頚椎が砕かれた。
だが相手もこれを含めての仕事だ。それ以上は何も感じる事は無い。
そうして俺は扉に近づく。扉のセキュリティは、既に依頼していたハッカー……正確にはクラッカーというのか? によって無効化されていた。
以前に一度だけ侵入できた時に、大まかに目星をつけていた部分を中心に書類を漁り、部屋にある段ボール箱に詰めていく。
「リーダー! 手伝いに来たぜ!」
「リーダーはやめろって言ってんだろ。もう俺達は“騎士団”じゃないんだ」
「俺ッチだって何度も言ってんだろ。リーダーで呼び慣れてるんだからさ」
「はいはい、面倒臭いヤツだ。んじゃそっちの棚の上から二段目右から三番めと四番目、後ろの棚の下段左から五番目六番目の箱を出しといてくれ。あと俺の足元の箱をテープで密封頼む」
「了解!」
めぼしい書類を三箱程詰め込んだ俺達が部屋を出ると、廊下の向こうから黒い僧服を着た男が一人やって来た。
“騎士団”の僧服! となると、ガタイの良いコイツの正体は……。
俺とエヴァンは立ち止まると、足元に段ボール箱を置いた。
「エヴァン、箱を頼むぞ」
「あいよ」
そして俺は右手に集中して呟く。
「出番だ。来い、紅乙女」
「はい! ご主人様!!」
右手に退魔刀・紅乙女が現れた。主従の契約が成立しているので、普段はロングモーン達がいる空間に居座れるらしい。
ロングモーン達と違い、この世界の僅かな魔素でどこでも呼び寄せられるので、俺のかなり大事な戦力になってくれている。
そして向こうは見る間に体格がひと回りもふた回りも大きくなり、体表が獣毛に覆われる。コイツは人狼だ。
“騎士団”はこういう魔物を狩る組織だったはずだが、もうめちゃくちゃだな。悪魔憑きや魔物を武力として取り込んでいるとは。
「お前がミトラ様の咬ませ犬である、例のあの兄貴とやら……か…………!?」
狼への変身が終わったヤツが俺にそう叫んだ時には、もう既に俺は紅乙女の神気を撃ち終わっていた。
ここは一直線の廊下だ。人狼自慢の機動力もほぼ無意味。
ヤツの叫び声が聞こえる。
「ひっ……! うわあああああ!!」
廊下いっぱいに広がって迫りくる神気を避けられる訳も無い。恐怖に目を見開いたまま、紅乙女の神気を食らってヤツは蒸発した。
「今度から無駄口は、相手を倒してから叩く事だな。もう聞こえないだろうが」
紅乙女をロングモーン達の元へ戻して、段ボール箱を再び抱えた俺はそう言い捨てる。
だがしばし考え、もう少し言い足す。
「“主人公”のミトラに敵対する俺は、悪党という事になるのかな。だけど、もうアイツは俺の弟でも何でもねえよ」
そして俺は、あの髭面ヤクザのバローロに言われた渾名を思い出す。
最後にボソリと独り言ちた。
「そうだな、俺は……通りすがりのダーティーエルフさ」
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