ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

文字の大きさ
95 / 128
第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第94話 ─ 悪魔が憐む歌 ─…ある男の独白

しおりを挟む
 酒場を出ると、アマローネに貰った楊枝を鼻に突っ込み、折れた鼻の骨を直す。
 その後に、ポケットティッシュを丸めて両鼻に詰めた。
 息がしにくくて気持ち悪いが仕方が無い。
 
──くそっ。アマローネの酒場も安心出来る場所じゃなくなったか。

 またミトラに、いいようにこき使われる日々が始まるかと思うと、どす黒い感情が胸に沸いて渦巻く。

 二、三年前に何処からともなく現れると、突然悪魔退治屋を始めたアイツ。
 噂では、この街の例のボスの関係者らしいと聞く。さすがの俺様も、その真偽は未だ掴めないままだ。
 街の人間も、誰もが当たり前のようにミトラを受け入れた。俺様も、変だなと思いながらも、何故か流してしまっていた。
 いつの間にか姿を消していたので、安堵していたんだが……。


 自分の住むアパートの近くまで来ると、建物の間の影に隠れるように座っている、物乞いが目に入った。
 今日も俺様は、物乞いの前に置かれている空き缶にコインを入れてやる。
 こうする事で、無くした良心が満足するような気がするのだ。

 そういえば、コイツも最近いつの間にかここに住み着いているな。
 こんな隠れるように座って、本気で物乞いする気があるのだろうか?

 フードをいつも深く被って、まともに顔も見せない男。
 だが今日は、その物乞いがコインをつまみあげ、俺に声を掛けてきた。

「旦那、今日は遠慮しときまさぁ」

「何だ? どうした」

 そう俺は物乞いに聞き返す。
 そういえば、コイツの声を今日初めて聞いたな、と思いながら。
 物乞いの男は、粗野ながらも不思議な気品を感じさせる喋り方で、俺様に答えた。

「旦那の治療費の足しにしてくだせぇ」

 そう鼻を押さえながら、答える男。
 俺様は苦笑しながら、物乞いにコインを押し返す。

「こんなの怪我の内にも入らねえよ。良いから取っとけ」

 物乞いの返事も聞かずに、アパートの自分の部屋に入る。
 靴だけようやく脱ぐと、俺様はそのまま泥のようにベッドで眠った。


*****


 さっきから物音がする。
 俺様は動かない思考のケツを叩いて、頭を音のする方へ動かした。
 誰かが部屋の中に居る!

 一瞬で目が覚めた。
 俺様はベッドから跳ね起きると、その見知らぬ人影に身構える。
 人影は、そんな俺様の態度を気にした風も無く、テーブルの上にグラスを置いてバーボンを注いでいた。
 椅子に腰掛け、まるで我が家のようにくつろぎながら。

「よう。悪いが、勝手に飲まやらせて貰っているぜ。なかなか良いバーボンだな、コレ。『おじいちゃんオールドグランダッド』の酒、か」

「誰だテメエ?」

 そいつは……見知らぬ男は、黙ってコインをテーブルに置いた。
 さっき俺様が物乞いにやったコインを。
 その時初めてハンガーに掛けられた、薄汚れたボロボロの、フードの付いたハーフコートに気がついた。

「テメエは……」

「多分、アンタの力になれるんじゃないかと思ってね。失礼させて貰った」


 薄汚れてはいるが、奇妙にも髭ひとつ生えてない整った顔の、物乞いの男はそう言った。


*****


「……つまりはこの俺様に死ね、と?」

 テーブルを挟んで、男と対峙する俺様。
 あまりにも突拍子もない話に、そう返すのが精一杯だった。
 だが男は反論する。

「新しい人生が手に入るかもしれない、だ」

「死ななきゃならんのは否定しないのか。話にならねえ」

 そう切って捨てた俺様の言葉に、男は低い声で返してきた。
 まるで地獄の底から漂ってきたかのような声だった。

「……生きていると言えるのか?」

「あ?」

「他人にさげすまれ、見下みくだされ、あなどられる。そんなのが生きていると言えるのか?」

「何を……」

「少しあんたの過去を調べさせて貰ったよ。
 ……父親を知らず、母親にも愛されず、他人から踏み付けにされる。それを、もう少しマシな人生としてやり直せるかもしれない。
 ……背がもっと高ければ。顔がもう少し人並みならば。そう考えた事は無かったのかい、あんた?」

「…………」

 いつの間にか男は立ち上がり、こちらへ顔を寄せてきていた。
 話し方も、ささやくようなものに変わっている。
 男は続ける。

「本当に欲しくは無いのか? 俺の顔。俺の身体。WASPの連中ほど恵まれる訳じゃないが、今よりよほど良い人生を過ごせるぜ?」

 ここで一旦言葉を切り、少し迷った様子を見せる男。
 だがすぐに続けて言った。

「……本当の自尊心が手に入るかも」

 俺様の口の中は、いつの間にかカラカラになっていた。
 もつれる舌を必死で動かして言う。

「テメエにメリットが無さ過ぎる」

「あるさ」

 男は即座に答えた。

「あんたはこの街の何処にでも現れる。そして街の皆は、その事に疑問も感じない。存在すら認識してないんじゃないか?
 俺は、あんたの

「その為に俺様の……」

「ああそうさ。あんたの魂が欲しい」

 そう言って、テーブルの上に何処から取り出したのか、一冊の古い本をドサリと置く。
 しおりを挟んだ箇所を開くと、俺様に続けて話す。

「この本に書いてある方法が正しければ……儀式が正しければ。

「……間違っていたら?」

「あんたはこのクソッタレな人生からおさらばするだけさ。俺に殺される形になるんだ。自殺を許さない神様も許してくれるさ」

「……そっちは?」

「目的を果たせず、ジ・エンド」

 その時、初めて俺様は男の耳に気がついた。こんなに目立つのに何故分からなかったのだろう。
 まるで悪魔のように長く尖った耳に。
 あのミトラの物とそっくりな耳に。

 俺様は乾いた笑いを浮かべた。

「色々とゴタクを並べていたが、結局は俺の魂か。まるで悪魔との取引きだな」

 男は、椅子にドサリと座ると自嘲気味に呟いた。

「悪魔みたいな立派なモンじゃねえよ」

 そして少し考え込む。

「そうだな、俺は……通りすがりのダーティーエルフさ」

「テメエの……アンタの名前を……いや、別にいいか。俺様が、俺がアンタになるんだったらな」

「その言葉は、契約成立と受け取って良いのかな?」

「ああ」

 男は俺様に手を差し出した。
 少し寂しげな笑みを浮かべて。

「では……よろしくな、


*****


 そこで目が覚めた。
 気が付けばすっかり夜が明けて、朝の明るさが外に立ち込めていた。

 酷い悪夢を見たものだ。
 他人の身体に成り代わる、か。無意識にそんな欲望が育っていたとはな。
 ミトラに無理矢理に何杯も飲まされたビールで、悪酔いしたのかもしれない。
 そう思って、なぜか今朝に限って妙に狭く感じるベッドから起き上がる。

 そして苦笑いしながら洗面所に行き、顔を洗おうとする。
 鏡を覗き込む。
 そこには見慣れた自分の顔と……。


 口元から胸元にかけて、ベッタリとくっついている、ドス黒い血糊ちのり


 慌てて俺様はテーブルの上を確認する。
 何故起きた時に気がつかなかったのか!?
 そこには、昨夜の悪夢の中の光景そのままに、無造作に置かれているグラスと、秘蔵のバーボンの瓶。
 そして、部屋に漂うバーボンの甘いバニラの香り。

 そうだ! この部屋はこんなにも狭かっただろうか!?
 天井だってこんなに近くなかった筈だ!!
 それに顔だ!
 見慣れてると感じたけど、全然違う顔じゃないか、なぜ自分の顔だと思ったんだ!?

 そんな風にパニックを起こしている俺様の耳に、例の男の声が聞こえてきた。

“よう、おはようさん。どうやら上手くいったみたいだな”

「お、おいこりゃ一体全体どうなってやがんだよ!? 俺様の身体はどうなった!」

“何だよ、忘れたのか? あのビルの地下に転がっているだろうが。説明もしたろ? 儀式の生贄も兼ねさせて貰うって”

「だ、だけどこんなの変わり過ぎだろ!」

 その時、隣の部屋の住人がドンドンと壁を叩いて抗議してしてきた。
 しまった、大声で叫び過ぎたか。謝罪に行かないと。
 そう焦る俺様の耳元……いや、これは脳内か? 俺様の内側からだ……に、再び声が聞こえてくる。

“大丈夫だよ、多分。あんたの魂が表に出ている限り、皆この身体をマロニーだと認識する。そういう魔術なのさ、あの本の通りならな“

「そんな無責任な……」

“そんな事より、さっさと顔を洗ってその血を落とせよ。んで、隣に謝罪に行くんだろ?”

「くそっ、気楽に言ってくれるぜ!」

 ヤケになって俺様は、顔と胸元を必死に洗う。その後にようやく気付く。

「あっ……服はこれ一着だけじゃねえか!」

“あー……本当だ。悪い悪い”

「ちっくしょ。覚えてろよ、テメエ」

“もうアンタでもある”

 仕方が無いので、上半身裸で行く事にした。
 別人だとバレたらどうしよう。
 くそくそくそくそっ!


 隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。
 死刑を待つ死刑囚のように、ドキドキしながら待つ。
 やがてガチャリと開けられるドア。
 ドアチェーンはかかったまま。
 訝しげな表情で俺様を見る隣人の中年女性。上から下まで舐めるように俺様を見渡す。

 ああ、やっぱり違うよなぁ。
 どうしよう、すぐにこの街から逃げ出さないと。

「……マロニーさん? 上半身裸でどうしたんですか?」

「へ?」

「前々からおかしな人だとは思ってましたが、あまりこちらに迷惑をかけないで下さいね!」

 そう言って、ガチャンと乱暴にドアを閉める隣人の中年女性。
 俺様は呆然とその場に立ったまま。
 そしてあの男の声が聞こえてくる。


“ふむ。やはり問題無かったようだな。それでは改めて、これからよろしく、相棒”


*****


※WASP……White Anglo‐Saxon Protestant(アングロサクソンの白人でプロテスタント)の略。アメリカの上層階級と目される人々を揶揄する言葉。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...