ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第94話 ─ 悪魔が憐む歌 ─…ある男の独白

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 酒場を出ると、アマローネに貰った楊枝を鼻に突っ込み、折れた鼻の骨を直す。
 その後に、ポケットティッシュを丸めて両鼻に詰めた。
 息がしにくくて気持ち悪いが仕方が無い。
 
──くそっ。アマローネの酒場も安心出来る場所じゃなくなったか。

 またミトラに、いいようにこき使われる日々が始まるかと思うと、どす黒い感情が胸に沸いて渦巻く。

 二、三年前に何処からともなく現れると、突然悪魔退治屋を始めたアイツ。
 噂では、この街の例のボスの関係者らしいと聞く。さすがの俺様も、その真偽は未だ掴めないままだ。
 街の人間も、誰もが当たり前のようにミトラを受け入れた。俺様も、変だなと思いながらも、何故か流してしまっていた。
 いつの間にか姿を消していたので、安堵していたんだが……。


 自分の住むアパートの近くまで来ると、建物の間の影に隠れるように座っている、物乞いが目に入った。
 今日も俺様は、物乞いの前に置かれている空き缶にコインを入れてやる。
 こうする事で、無くした良心が満足するような気がするのだ。

 そういえば、コイツも最近いつの間にかここに住み着いているな。
 こんな隠れるように座って、本気で物乞いする気があるのだろうか?

 フードをいつも深く被って、まともに顔も見せない男。
 だが今日は、その物乞いがコインをつまみあげ、俺に声を掛けてきた。

「旦那、今日は遠慮しときまさぁ」

「何だ? どうした」

 そう俺は物乞いに聞き返す。
 そういえば、コイツの声を今日初めて聞いたな、と思いながら。
 物乞いの男は、粗野ながらも不思議な気品を感じさせる喋り方で、俺様に答えた。

「旦那の治療費の足しにしてくだせぇ」

 そう鼻を押さえながら、答える男。
 俺様は苦笑しながら、物乞いにコインを押し返す。

「こんなの怪我の内にも入らねえよ。良いから取っとけ」

 物乞いの返事も聞かずに、アパートの自分の部屋に入る。
 靴だけようやく脱ぐと、俺様はそのまま泥のようにベッドで眠った。


*****


 さっきから物音がする。
 俺様は動かない思考のケツを叩いて、頭を音のする方へ動かした。
 誰かが部屋の中に居る!

 一瞬で目が覚めた。
 俺様はベッドから跳ね起きると、その見知らぬ人影に身構える。
 人影は、そんな俺様の態度を気にした風も無く、テーブルの上にグラスを置いてバーボンを注いでいた。
 椅子に腰掛け、まるで我が家のようにくつろぎながら。

「よう。悪いが、勝手に飲まやらせて貰っているぜ。なかなか良いバーボンだな、コレ。『おじいちゃんオールドグランダッド』の酒、か」

「誰だテメエ?」

 そいつは……見知らぬ男は、黙ってコインをテーブルに置いた。
 さっき俺様が物乞いにやったコインを。
 その時初めてハンガーに掛けられた、薄汚れたボロボロの、フードの付いたハーフコートに気がついた。

「テメエは……」

「多分、アンタの力になれるんじゃないかと思ってね。失礼させて貰った」


 薄汚れてはいるが、奇妙にも髭ひとつ生えてない整った顔の、物乞いの男はそう言った。


*****


「……つまりはこの俺様に死ね、と?」

 テーブルを挟んで、男と対峙する俺様。
 あまりにも突拍子もない話に、そう返すのが精一杯だった。
 だが男は反論する。

「新しい人生が手に入るかもしれない、だ」

「死ななきゃならんのは否定しないのか。話にならねえ」

 そう切って捨てた俺様の言葉に、男は低い声で返してきた。
 まるで地獄の底から漂ってきたかのような声だった。

「……生きていると言えるのか?」

「あ?」

「他人にさげすまれ、見下みくだされ、あなどられる。そんなのが生きていると言えるのか?」

「何を……」

「少しあんたの過去を調べさせて貰ったよ。
 ……父親を知らず、母親にも愛されず、他人から踏み付けにされる。それを、もう少しマシな人生としてやり直せるかもしれない。
 ……背がもっと高ければ。顔がもう少し人並みならば。そう考えた事は無かったのかい、あんた?」

「…………」

 いつの間にか男は立ち上がり、こちらへ顔を寄せてきていた。
 話し方も、ささやくようなものに変わっている。
 男は続ける。

「本当に欲しくは無いのか? 俺の顔。俺の身体。WASPの連中ほど恵まれる訳じゃないが、今よりよほど良い人生を過ごせるぜ?」

 ここで一旦言葉を切り、少し迷った様子を見せる男。
 だがすぐに続けて言った。

「……本当の自尊心が手に入るかも」

 俺様の口の中は、いつの間にかカラカラになっていた。
 もつれる舌を必死で動かして言う。

「テメエにメリットが無さ過ぎる」

「あるさ」

 男は即座に答えた。

「あんたはこの街の何処にでも現れる。そして街の皆は、その事に疑問も感じない。存在すら認識してないんじゃないか?
 俺は、あんたの

「その為に俺様の……」

「ああそうさ。あんたの魂が欲しい」

 そう言って、テーブルの上に何処から取り出したのか、一冊の古い本をドサリと置く。
 しおりを挟んだ箇所を開くと、俺様に続けて話す。

「この本に書いてある方法が正しければ……儀式が正しければ。

「……間違っていたら?」

「あんたはこのクソッタレな人生からおさらばするだけさ。俺に殺される形になるんだ。自殺を許さない神様も許してくれるさ」

「……そっちは?」

「目的を果たせず、ジ・エンド」

 その時、初めて俺様は男の耳に気がついた。こんなに目立つのに何故分からなかったのだろう。
 まるで悪魔のように長く尖った耳に。
 あのミトラの物とそっくりな耳に。

 俺様は乾いた笑いを浮かべた。

「色々とゴタクを並べていたが、結局は俺の魂か。まるで悪魔との取引きだな」

 男は、椅子にドサリと座ると自嘲気味に呟いた。

「悪魔みたいな立派なモンじゃねえよ」

 そして少し考え込む。

「そうだな、俺は……通りすがりのダーティーエルフさ」

「テメエの……アンタの名前を……いや、別にいいか。俺様が、俺がアンタになるんだったらな」

「その言葉は、契約成立と受け取って良いのかな?」

「ああ」

 男は俺様に手を差し出した。
 少し寂しげな笑みを浮かべて。

「では……よろしくな、


*****


 そこで目が覚めた。
 気が付けばすっかり夜が明けて、朝の明るさが外に立ち込めていた。

 酷い悪夢を見たものだ。
 他人の身体に成り代わる、か。無意識にそんな欲望が育っていたとはな。
 ミトラに無理矢理に何杯も飲まされたビールで、悪酔いしたのかもしれない。
 そう思って、なぜか今朝に限って妙に狭く感じるベッドから起き上がる。

 そして苦笑いしながら洗面所に行き、顔を洗おうとする。
 鏡を覗き込む。
 そこには見慣れた自分の顔と……。


 口元から胸元にかけて、ベッタリとくっついている、ドス黒い血糊ちのり


 慌てて俺様はテーブルの上を確認する。
 何故起きた時に気がつかなかったのか!?
 そこには、昨夜の悪夢の中の光景そのままに、無造作に置かれているグラスと、秘蔵のバーボンの瓶。
 そして、部屋に漂うバーボンの甘いバニラの香り。

 そうだ! この部屋はこんなにも狭かっただろうか!?
 天井だってこんなに近くなかった筈だ!!
 それに顔だ!
 見慣れてると感じたけど、全然違う顔じゃないか、なぜ自分の顔だと思ったんだ!?

 そんな風にパニックを起こしている俺様の耳に、例の男の声が聞こえてきた。

“よう、おはようさん。どうやら上手くいったみたいだな”

「お、おいこりゃ一体全体どうなってやがんだよ!? 俺様の身体はどうなった!」

“何だよ、忘れたのか? あのビルの地下に転がっているだろうが。説明もしたろ? 儀式の生贄も兼ねさせて貰うって”

「だ、だけどこんなの変わり過ぎだろ!」

 その時、隣の部屋の住人がドンドンと壁を叩いて抗議してしてきた。
 しまった、大声で叫び過ぎたか。謝罪に行かないと。
 そう焦る俺様の耳元……いや、これは脳内か? 俺様の内側からだ……に、再び声が聞こえてくる。

“大丈夫だよ、多分。あんたの魂が表に出ている限り、皆この身体をマロニーだと認識する。そういう魔術なのさ、あの本の通りならな“

「そんな無責任な……」

“そんな事より、さっさと顔を洗ってその血を落とせよ。んで、隣に謝罪に行くんだろ?”

「くそっ、気楽に言ってくれるぜ!」

 ヤケになって俺様は、顔と胸元を必死に洗う。その後にようやく気付く。

「あっ……服はこれ一着だけじゃねえか!」

“あー……本当だ。悪い悪い”

「ちっくしょ。覚えてろよ、テメエ」

“もうアンタでもある”

 仕方が無いので、上半身裸で行く事にした。
 別人だとバレたらどうしよう。
 くそくそくそくそっ!


 隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。
 死刑を待つ死刑囚のように、ドキドキしながら待つ。
 やがてガチャリと開けられるドア。
 ドアチェーンはかかったまま。
 訝しげな表情で俺様を見る隣人の中年女性。上から下まで舐めるように俺様を見渡す。

 ああ、やっぱり違うよなぁ。
 どうしよう、すぐにこの街から逃げ出さないと。

「……マロニーさん? 上半身裸でどうしたんですか?」

「へ?」

「前々からおかしな人だとは思ってましたが、あまりこちらに迷惑をかけないで下さいね!」

 そう言って、ガチャンと乱暴にドアを閉める隣人の中年女性。
 俺様は呆然とその場に立ったまま。
 そしてあの男の声が聞こえてくる。


“ふむ。やはり問題無かったようだな。それでは改めて、これからよろしく、相棒”


*****


※WASP……White Anglo‐Saxon Protestant(アングロサクソンの白人でプロテスタント)の略。アメリカの上層階級と目される人々を揶揄する言葉。
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