ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第95話 ─ ハウスウィズノーネイム ─…ある男の独白

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 つまりこの男が行った事は、俺様の魂をこの肉体に移し替えた、という事だ。
 ヒトは(この肉体は、厳密には人間でないらしい)初対面以外では、魂の波動でその人物を識別するらしい。
 つまり、俺様が今みたいに表に出ている時は、俺様の魂の波動で、この肉体をマロニーだと皆が認識するという事だ。
 深層心理から影響するので、背格好も関係ないらしい。
 早い話が、糞ほど複雑だが超高性能な変装という事だな。

“元々、悪魔との魂の取引から逃れる為に、別人に成り済ます為の呪式らしいぜ。何ちゃらエンゼルだかフェイバリットだかいう名前の奴が、考案したらしい”

 なんともはや。

──そういえば、テメエ……いや、あんたは、やたら目立つ耳なのに最初は全然気がつかなかったぜ。

“ああ、耳隠しの魔法をかけてるからな。この魔術と競合しなくてラッキーだった”

──おい! いい加減だなテメエ!!

“すまん。言い訳だが、事情があって準備の時間が取れなかった。こんな綱渡りするのは久し振りだ”

──ったく。

“お詫びって訳でもないが、困った時以外は基本あんたの好きにしてくれ。俺がやりたい事が有っても、あんたにお願いする形にするから”


*****


 契約する時にこの男が言った通り、確かに俺様の人生は変わった。
 一番最初こそ、今まで通りの冷たい対応なのだが、だんだんと相手の対応が柔らかく変わってくるのだ。相手も自分の変化に気がついてはいないだろうがな。
 一週間もすれば、街の皆の態度はすっかり軟化していた。

──生まれつきの見た目で、こんだけ生き易さが変わるんだな。

 ある日、俺様は街中をブラつきながらそう考えた。
 それなりの大きさの街とはいっても、ステイツ南部の田舎。強い日差しと乾いたほこりが道路に薄っすらとかぶさる。
 以前は、その何かの拍子に舞う埃に、大いに悩まされたものだ。
 しかし今のこの身体の大きさだと、そこまで埃は影響しない。

“環境次第だな。俺も人里に降りてきた時は、扱いの違いに最初ビックリしたけど”

──ああ、周りが美男美女ばかりだと見た目の良さなんて関係なくなるのか。

“それどころか、理想のタイプが太ってる人って奴も多かったな。ああそういえば俺も、最初の彼女はどちらかというと、ふくよかな体型の女性だった”

 俺様の脳裏に、小太りな女性のイメージが伝わってくる。

──これはまた、マニアックな……。

“人間の基準だとそうなるのか。フェットチーネなんかは、俺的には充分射程範囲だがエルフ全体だとアウトな奴も多かったろうな”

 何だそのパスタの麺みたいな名前。
 どうせさっきの女みたくデブな……。

 伝わってきたイメージは、スーパーモデル体型な黒髪ショート超絶美人。
 思わずむせて、変なせきが出た。
 周りの歩行者が怪訝な目でこちらを見る。
 慌てて何事も無かったように歩く俺様。

──何だそのさっきの女との落差は!?

“ん? こっちの基準では微妙なラインなのか? 向こうの世界の人間基準だと美人らしかったが……”

──こっちの基準でもトップクラスに良い女だよ!!

“そりゃ良かった”

──反応がえらい淡白だな。

“見た目に惚れた訳じゃないからなぁ。さっきの彼女をミトラに寝取られて、んでミトラはその後飽きたらDVして追い込んで自殺させて。それが何故か俺のせいにされて、ドン底のときに俺の味方になってくれたひとなんだよ”

──あんたもミトラ、か。

“ああ。奴が産まれた時からずっと、な。アイツの兄貴……という事に一応俺はなっている”

──ほう、そりゃまた大変な人生だったな。

“あんたの反応も大概淡白だぜ。まぁ分からんでもないが”

──お?

“ついこの前ミトラに殺された俺の家族……相棒が、南米の貧民街ファベーラ出身だったんだよ。だからあんたが何を見て育ったか、多少は知ってる”

──殺された、ね。なるほどミトラをつけ狙うのは、それが理由か。

“……ああ”

 返事は短かったが、様々な人物のイメージが現れた。
 思ったよりもずっと多い。

“今まで。何度も何度も。必死で築きあげたものを。友を仲間を。パンチェッタを。アイラを。エヴァンを。壊され奪われ殺された”

 コイツの思考がゾッとするほど冷たくなった。
 あの夜、地獄の底から漂ってくる声だと思ったものよりも凄まじい……漆黒の闇。
 それが、狂気をまとった激しさで俺様の魂を打つ。

“アイラを生きたまま切り刻みやがって! フェットを! フェットチーネを殺しやがって!! 奴を殺してやる……ミトラを絶対にこの世から消し去ってやる!!”

──アンタが故郷の村で受けた扱いも含めて、俺様達は似た者同士……という事か。

 コイツの狂気に怯えそうになったが、何とかそう返した。
 自分自身にハッとした気配が伝わり、コイツの黒い狂気がおさまる。
 そして、バツが悪そうな気配で思考が返ってきた。

“俺の記憶を見たのか”

──アンタが過去を思い出す度に、俺様にまで溢れてきてたよ。アンタほどじゃないが、俺様もミトラにゃムカついて仕方がなかったんだ。せいぜい協力させて貰うよ、相棒”

“文字通りの一心同体、一人で二人ってヤツだしな”

──それを言うなら、二人で一人って感じだと思うけどな、俺様は。


*****


 その時、下町の方から何人かが血相変えて走り出てきた。
 そう思ったすぐ後に、古ぼけた建物の間から大人の男の二、三倍くらいの高さはあろうかという、うごめく何かがズルズルと這い出てきた。

 おぎゃあああああ!!

 は表通りに出てきたかと思うと、まるで赤子の泣き声のような叫びをあげた。
 醜い肉塊。
 そうとしか表現出来ない不定形の塊は、己の一部を突然伸ばして、逃げた男の一人を絡め取る。
 悲鳴をあげながら肉塊に引き寄せられる、絡め取られた男。
 肉塊は絡め取った触手の根元を花のように広げて、そこに男を運んでいく。

 ばくん。

 花が閉じて男をその中に包み込む。
 すぐにそのつぼみが収縮して小さくなった。男のくぐもった叫びと、骨が砕かれる嫌な音を周囲に撒き散らかしながら。
 一斉に周囲の人間も悲鳴をあげながら逃げ出し、この場には俺様だけが残される。
 思わず舌打ちして、口に出してボヤく。

「チッ、またか」

“また? そんなに悪魔……魔物がしょっちゅう出るのか、この街は?”

「ああ、数年前から急にな。俺様の退魔銃で処理出来る、か……?」

“退魔銃!? 何故アンタが持ってる!!”

「昔、ミトラから気紛きまぐれに渡されたんだよ。シャーロットから貰ったって言ってたっけ」

 そう相棒に伝えながら、俺様は懐から銃を取り出し発砲。
 だがやはり案の定、肉塊……魔物にはこたえた様子は無い。

“……! やはり、嬢ちゃんはここに”

「何か言ったか!?」

“何でもない。それより警察はどうした”

「この街に警察なんて無い。保安官シェリフが一人居るだけさ。この街のボス子飼のな」

“だからミトラの悪魔退治屋、か”

 今の発砲で俺様の存在を認識したのか、魔物はこちらにゆっくりと移動してきた。
 そういえば以前だったら、俺様もこんな場面だと皆と一緒に一目散に逃げていた筈だ。

 なぜ俺様は逃げなかったのだろう。
 なぜこんなに落ち着いているのだろう。

“なあ相棒、俺が表に出て良いか?”

「何とか出来るのかアンタ?」

“一応そこそこ修羅場はくぐってるんでな”

 そうコイツが伝えてきたかと思うと、俺様は奥にひっこまされた。
 だからこの後の出来事は、まるで映画の観客にでもなったかのように、俺様は見ていただけだ。



「紅乙女」

 そう相棒が呟くと、右手に長剣が現れた。
 奇妙な剣だ。
 片刃で、緩やかに湾曲している。
 昔、外国のサムライ映画にこんな剣が出ていたような気がする。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

 剣が喋った。
 相棒は当たり前のように返事をする。

「ああ。心配かけてすまないな」

「いえ! ただ今は、今だけは目の前のヤツをぶった斬って、嫌なことは忘れちゃいましょう!」

「ははは。お前はもう少しおしとやかになろうな。でも有難う、ちょっと元気が出たよ」

 そうして相棒は剣を振り上げると、魔物に向かって勢いよく振り下ろす。
 その剣の軌道をなぞるように青白い光が現れ、魔物に飛んで行く。

 ザンッ!!

 光は魔物を両断した。
 俺様の目にも、今の一撃で魔物の生命が刈り取られたのが分かる。
 縦二つに切断された魔物が、ゆっくりと両側に開くと、ズシンズシンと倒れる。その際に、ブワッと埃があがった。
 予想以上に舞い上がる埃が、この身体まで包み込む。

 乱舞する砂埃の中、右手の剣は赤毛の少女の姿に変わり、俺様に……相棒に、この身体に抱きついた。
 相棒は優しく少女の頭を撫でる。
 少女の姿は薄れて消えていった。

“あ、アンタは一体……”

「連邦政府前大統領直轄の秘密組織に所属していた、元エージェント……に、一応なるのかな?」

“え!?”

「秘密組織だから名前は無かったけど、俺たちは通称『名も無き家ハウスウィズノーネイム』って言ってたな」

 相棒がそう言った時、後ろの方から声をかけられた。
 今のタイミングでは最も聞きたくない声。
 ミトラの声が。



「そこに居るのは、兄貴……か!?」


*****


※「名も無き家(House With No Name)」は、「名も無き馬(A Horse With No Name)」の曲名から。
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