ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第99話 ─ 馬鹿にしないでよアンタのせいよ ─…ある男の独白

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 カリラが呆然と立っていた。

 彼女の目の前には、倒壊した建物の群れ。
 そしてカリラが見ている場所は、彼女とその弟が暮らしていた場所。

 病弱だった弟は見当たらない。
 彼が自力で動けたとは思えない。
……そういう事だ。

 そしてそれを行った犯人である、巨大な魔物の死骸。そしてミトラとシャーロット。
 俺様は、カリラにかけるべき言葉が見つからずに現場に立っている。

 原因はシャーロット主導で、ミトラと下町で行っていた魔法陣の暴走らしい。
 はっきりとは分からないが、「戦力の補充」がどうとか言っていたようだ。
 周囲の避難出来た人々から聞いた断片情報を総合すると、そういう事みたいだな。
 何しろ話を聞きつけて、俺様がここへ来た時には既にこの状態だったからだ。

“戦力の補充……。“騎士団”がこないだ実質壊滅したからな。あの時失った、こいつ等の手足となる戦力を何とかしたかったのか。シャーロットの浅知恵で”

 ミトラはシャーロットの後ろで、偉そうに腕組みをして控えている。
 シャーロットは保安官シェリフに事情を説明している。自分達に都合の良い事情を。

 保安官シェリフもこの街のボス子飼だ。
 一応、ボスの女の一人であるシャーロットの言い分。下町に住んでる連中よりも、シャーロットの話が聞き入れられる事になるのだろう。
 この街に一人しかいない保安官シェリフは、面倒臭そうな顔で事情聴取をしている。あの顔ではシャーロットからだけ聞いて終わりだな。

 住処を追われた人々も呆然としている。
 俺様は彼等にも、カリラにもかけるべき言葉が見つからないまま、その場を離れた。


*****


 アパートの自室で横になり、うとうととしていた俺様の耳に声が聞こえた。
 相棒のものとは違う聞こえかた。人間が発するものとは思えない、複数の人間がコーラスしているかのような響き。

“私の声が聞こえまするか。聞こえているなら、返事をお願いしまする”

 俺様は夢うつつながらその声に答える。
 相棒はまだ目を覚ましていないようだ。

──誰だ。俺様を呼ぶのは。

“私はコリーヴレッカンと申す者。主殿あるじどのに付き従う下僕のひとつ”

──あの「ベニオトメ」って剣以外にも隠し球があったのか、相棒の奴。

 俺様はぼんやりとした頭でそう考える。
 コリーヴレッカンと名乗ったその声は、俺様に訴えるような声音で語りかけてくる。

“少し前まで我等の声は、主殿にすぐに届いておりました。しかし貴方様をその身に受け入れてから、我等の声が届きにくくなりました”

──ふん、悪かったな。俺様みたいな生まれの悪い奴が間に入っちまってよ。

“貴方様の責任ではございませぬ。本来我等は、現界せぬ時は主殿としか意思疎通できぬようになっております故”

──まあ良い。それでなんだ用件は。

“主殿をお願いしたいのです”

 おそらく声の主は、相棒の行動を懸念しているのだろう。
 もっと言えば、あの漆黒の狂気を。
 俺様は声の主に返す。

──復讐は何も生まないなんて寝言は受け付けねぇぜ。相棒の場合は、

“ロングモーン殿も紅乙女殿も、似た事を言っておりまするな。私も、そこはもう諦めておりまする”

──じゃあ何だよ。

“主殿の復讐行が、なるべく人の道に外れたものにならぬようお願い出来ませぬか”

──弟殺しの時点で大罪だ。

“貴方様の目から見て、越えてはいけない一線というものが、必ず来るはずでする。その時はどうか、どうか……”


*****


 部屋をノックする音で俺様は目を覚ました。

 何かとても重要な事柄が夢に出ていた気がするが、思い出せない。
 だがそれも、ノックの音に対応しなくてはいけない、という意識にすぐに忘れ去った。


 ドアの向こうに居たのはカリラだった。
 泣きそうな顔をしていたが、顔を上げたその目の奥には、怖いモノが宿っている。



「ペットボトルのコーヒーしか無ェけど、構わねえよな?」

 カリラを部屋に招き入れ、椅子に座らせると、俺様は彼女にそう言う。
 カリラはそれに答えず、ただポツリと独り言ちた。

「シャーロットお嬢様に解雇されたわ。弟が居なくなったのなら、もう私が雇う意味も無いわねって」

 俺様は思わず動きを止めた。
 しかしすぐに、ペットボトルからコーヒーをグラスに移し、彼女の前に置く。
 カリラはグラスに手をつける事なく、虚ろにそれを見つめる。
 何故かその姿に、相棒の狂気と重なるものを感じた。

「何か言うヒマさえ無かったわ。ミトラも居たから、アイツに力尽くであの家から追い出された。私が、あの家以外に働ける場所なんて無い事を知っているくせに……!」

 そう言って唇を噛むカリラの、膝に置かれた手が握り締められる。
 カリラは悔しそうに口を歪めたまま、歯を剥き出した。俺様が一瞬ギョッとするほど大きく開けられた口。獣のような印象を与える、食いしばられた歯。

「悔しい……。何をされても私たち底辺はやり返せない。どんな酷い事をしたって、シャーロットやミトラが天罰を受ける気配も無い。……ううん、あの二人だけじゃない。この街に住んでる連中、みんなみんな……」

「落ち着け。仕返しするにしたって、頭に血が上ってたら失敗しかしねェぞ」

 俺様がそう言うと口をつぐむカリラ。
 しばらく身じろぎ一つしなかったが、やがておずおずとコーヒーに手を出して、一気に飲み干した。

 苦難は人を育てる。あの言葉は正確ではないな。
 成功した者の過去の苦闘が、結果的に認められているだけだ。
 でなければ、俺様やカリラの……少なくとも、病弱な弟を仕事しながら世話していた彼女の苦労が、何故むくわれないのか。

「そういえば荷物は?」

 黙って首を横に振るカリラ。

「家……は無くなったんだったか。寝ぐらのあては?」

 黙って首を横に振るカリラ。

「はぁ、とりあえず今日はここに泊まったら良いから、明日またゆっくり考えようぜ」

「ありがとうマロニー……」

 そう言うと、ようやく気持ちが少し落ち着いたのか、机の上に置いてあった本に気がつくカリラ。
 相棒が時間を見つけて、ちょこちょこ読んでたが、俺様にはさっぱり分からない。

「これは……」

 だがカリラはそう言って、そのうちの一冊を手に取り、熱心に読み始めた。
 俺様は訝しげにカリラに尋ねる。

「お前、文字が読めねぇはずだろ? なんでそれが読めてるんだよ」

「私の母親が黒魔術の本を持ってたの。英語は駄目だけど、これだけは読めるわ」

 そうか。カリラの義母はヴードゥーの巫女シャーマンだったか。
 だが黒魔術まで勉強しているとは思わなかった。

「これ……この図形。シャーロットの家で見たわ。確かシャーロットの組織の拠点の配置地図だった」

「何だって!?」


*****


「……つまりは、ボスはこの街を丸ごと召喚の魔法陣にしているって事か!?」

「恐らく」

「で、この街の人間全てを生贄にして、ボスは何か強大な力を手に入れようとしている、と」

「でしょうね」

 カリラの説明を聞いた俺様は、途方に暮れた。
 阻止するか、この街のボスを? このチンケなマロニーが?
 だが流石は相棒だった。
 すぐに俺様と入れ替わると、カリラにこの企みを潰すための説明を始めた。

「魔法陣を乱してやれば、効果は無くなる筈だ。この本に書いてある通りなら、まずは……」

「待って」

 カリラは話を断ち切って相棒に言った。

「貴方マロニーじゃあないわね。誰なの?」

 相棒は慌てた様子も無くカリラに返した。

「マロニーの魂を喰らってマロニーに成り代わらせて貰っている。マロニーは俺の中で生きてるけどな」

 そして本に再び目を落とすと、付け加えてカリラに言う。

「俺は……通りすがりのダーティーエルフさ。また今度、機会が有ればそっちの名前も教えるよ」

「この街の誰かを狙ってるの?」

 相棒は驚いて目を見張り、カリラを見た。
 俺様も驚いた。

「ねえ。だったらこの生贄にソイツを捧げちゃったら? 魔法陣の召喚主を貴方に書き換えるの」

「それは良いアイデアだ……と、いま一瞬思ったが、駄目だな。ミトラの悪運の強さは異常だ。きっとすり抜けて生き残る」

 相棒は肩を竦めて続ける。

「それにミトラは『転生者』らしい。単に殺しただけなら、転生して追いかけて来る可能性が高い」

 カリラも少し驚いたが、すぐに納得した表情になる。

「貴方、ミトラを狙っていたの、ふぅん。つまり、転生を阻止した上で殺したい……という事か。魂を消しちゃえば良いのかしらね」

 そこまで言うと、カリラは目にドス黒い輝きを宿らせながら、本の記述のとある箇所を指し示した。
 そしてこちらを睨み殺すように見つめて続ける。

「この召喚した物でミトラを殺しちゃえば? ほら、ここに『魂を喰らう原初の混沌』って書いてる」

「……!! いや、だが中心部でさらに六人……いや七人生贄を……召喚主が喪失感を感じるような人を生贄に捧げないといけないと……」

「私がなるわ。生贄」

「はぁ!?」

「もう私は明日から生きるアテが無いもの。それにもう弟も居ない。そんな私の命で、この街の人間にひと泡吹かせられるんなら、本望だわ」

「いや、しかし……」

 さすがに迷いを見せる相棒。
 俺様も、ここまで狼狽うろたえる相棒を見たのは初めてだ。付き合いはまだ短いけれどもな。
 だけれども、ここで駄目押しの言葉が部屋に飛び込んできた。

「話は聞かせて貰ったわ。その話、私達も乗らせてもらう」


 声のした方へ顔を向けると、部屋の玄関にマルゴとアマローネの二人が立っていた。
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