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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編
第100話 ─ ホワット・ア・ワンダフル・ワールド ─…ある男の独白
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「話は聞かせて貰ったわ。その話、私達も乗らせてもらう」
声のした方へ顔を向けると、部屋の玄関にマルゴとアマローネの二人が立っていた。
二人は狭い俺様の部屋に、無遠慮にズカズカ入って来る。
「SNSで下町の騒ぎを知ったんだけど、あそこ、スマホ持ってる人が少ないでしょ? 貴方なら何か知ってるかもと二人で来たら、貴方達の話が聞こえたの。立ち聞きさせて貰ったわ」
そう言いながら部屋の隅に移動して、当たり前のように立つアマローネとマルゴ。
アマローネは腰に手を当て、こちらをジロジロ見ながら独り言ちる。
「ふーん。マルゴをお持ち帰りした時、別人みたいだと思ったけど、本当に別人だったとはね」
「別人でもあり、本人でもあるのが、我ながらちょっとややこしい状況でね。……おい、マロニー!」
そう言って強引に代わる相棒。
表に出た俺様は、バツの悪い思いでとりあえず皆に挨拶した。
「あー……。皆さんコンニチワ、はじめましてマロニーです……」
「何を馬鹿な事言ってんのよ、マロニー! 凄いわね、見た目は全然変わってないのに、マロニーにしか思えない」
「えーと、一応本人なので……」
「ふーん、まぁ良いわ。私達もその生贄ってやつになってあげる。……いえ、ならせて」
それを聞いて俺様も相棒のように慌てる。
アマローネに焦って叫んだ。
「いや! いやいや! そこのマルゴって女の事情は聞いたから、まだ分からなくもねぇけど、オメエが生贄とか訳わかんねえよアマローネ!?」
だがアマローネは、静かに俺様に告げた。
「義姉のアマレットの仇を討ちたいの」
「な……オメエ、知っちまったのか!?」
「マルゴから聞いたわ」
アマローネは、カリラと同じ昏い目の輝きを宿して俺様に言う。
腕組みをして、他人の意見を断固拒絶する態度で。
「義姉がどんな殺され方をしたのかも、ね。裏稼業の連中がそういう殺され方をする事もあるかもしれないけれど、アマレットがそんな殺され方をされる謂れは無い」
そしてアマローネもまた、さっきのカリラと同じように、大きく口を開けて歯を剥き出して食いしばる。
「私をあんなに苦労して育ててくれたアマレット義姉さんを、むごい殺し方で死なせて……。あのカス男のミトラに報いを受けさせてやりたい。シャーロットも破滅させてやりたい!」
俺様は無駄だと知りつつも、アマローネを諫める。
「アマレットは、オメエが死んでまで仇を取ってもらう事を望んじゃ……」
「あの二人が、のうのうと生きているのを見ながら生きていくのが、幸せとは思わないわ、私」
「アマレットの仇を取って、高笑いしながら生きて行くってのも……」
「私は、それなりに生きたいように生きてきた。死ぬ時も、死にたいように死ぬわ」
それを聞いて、俺様の奥で相棒は考え込む。
俺様も天井を振り仰いだ後、三人の女達にこう言った。
「すまねえ。ちょっと外をぶらついて、考えをまとめてくる」
*****
日が陰り、街は黄昏に染まって夜の準備を始めている。
俺様は、破壊された下町に来ていた。
人気の無い、瓦礫ばかりが転がる下町。
その瓦礫の影で、行く当ての無い人々が蹲ったり寝転がったりしている。
俺様はその中の薄汚れた若い男が、ぼんやりと街の上流層向けの繁華街を見ている事に気がついた。
煌めくネオン。微かに聞こえる、雑踏のざわめき。
同じ街なのに、あまりにも遠いその光景。
だがコイツ等に何もできない俺様は、踵を返して繁華街に足を向けた。
騒々しい人混み。明るい足元。灯り一つ無い下町とは別世界だ。
身なりの良いスーツに身を包んだ、金の匂いを撒き散らす男。それに群がる女達。
その女の中には、昼間のガールズトークと称した井戸端会議で、男なんて、如何わしい繁華街なんて、と罵詈雑言の限りを尽くしていた者が何人も居た。
と、通りすがりの誰かに肩をぶつけられて、思わずよろめく。
見ると高そうな毛皮に身を包んだ女が、汚物を見る目で俺様を睨みつける。
コイツは以前、動物愛護で毛皮のコートを着ることに反対していた女ではなかったか?
今度は後ろから蹴り付けられた。
振り返ると、これまた女を引き連れた男が、蔑んだ目で俺様を見下げる。
「邪魔だ。どけ」
そう言ってから俺様に唾を吐き捨てる男。
侍る女は誰一人俺様を見ない。
俺様は唾を拭うと立ち上がり、埃を払って歩き出す。
払った埃に顔をしかめる周囲の人々。
シャーロットの家がある、高級住宅街まで来た。
さすがに表は街灯以外に灯りは無いが、あちこちの家の窓から明るい光が漏れている。
シャーロットの家の前まで来ると、彼女の声が聞こえてきた。このエルフの身体でなければ聞こえなかった声。
ふと気配を消すと、何となく家の敷地に侵入する。簡易な警報しか取り付けていないから、回避も大したことは無い。
明かりの漏れる窓のそばに近寄り、聞き耳を立てる。
「……そうなのよ、ミトラったらすっかり鼻の下を伸ばしてさ。『俺の身体が忘れられなかったんだな』って。バカよねー!」
どうやら電話で会話しているらしい。
シャーロットは、メールやチャットよりも電話派か。
「……うん。……うん。そうそう、あの炎の女。そそ、アイラ。それをこれ見よがしに出してよ。『こうすると男を寝取った感じがして燃えるだろ』って」
相棒が俺様の奥で、ざわりと怒りを起き上がらせる。
俺様は胸の内で相棒をなだめながら聞き続ける。
「そうなのよ。あの人の……ボスの子供が出来たと分かった時は、どうしよかと思ったけど。これでミトラに……うんそう。明日辺りに、アンタの子供よって言ってやるつもり」
俺様は聞きながら目を閉じた。
こんな浅ましい人間が、平然と笑って暮らしている現実に目眩がしそうだ。
「……そうね。これを機会にミトラに養ってもらって、気楽に生きるのもありかもね。まぁ悪魔退治の報酬を上げてもらうように、ミトラに交渉させたら何とかなるんじゃない? それでさ、聞いてよ……」
話にウンザリした俺様はその場を離れた。
ぼんやりとしていた自分の気持ちが、今はハッキリしているのを感じる。
俺様は自分のアパートに戻ることにした。
帰宅途中に、ミトラの事務所の前を通りがかる。
入り口に炎でできた人型が立っていた。
ミトラは女を抱く時だけ、この炎の人型を出すのを俺様は知っている。
そしてそれが、外敵から身を守るための警報だという事も。
敵意を持つ者がやって来たら、この人型が自動で敵を迎撃するのだ。
“ミトラの奴、また事務所に女を連れ込んでいるのか”
相棒が人型に意識を向けながら、そう思考する。
近寄ると案の定、中からミトラの声と女の声が聞こえてきた。
この街には水商売女は居ない。
つまり、どこぞの女が不貞を働いているという事だ。
浮気をする男は最低だが、女はどうなのだろう。最近は特に騒がれない気がするな。
女の多いこの街に身体を売る女は居ない。
だが男に貢いだり等で、金で身を持ち崩す人間がいるのは女も共通だ。
だが男なら肉体労働の道があるが、身体を売る事が出来なくなった落ちぶれ女が、この街でどう借金返済するのか。
シャーロットの団体とフェミニスト系を標榜している団体が掬い取るのだ。
己に絶対服従の兵隊にする為に。
そんな彼女達は、生贄に捧げられると知っても動く事はできまい。
しかし、事務所の中からの声に構わず俺様は、炎の人型に近づき目の前で立ち止まる。
そして相棒に主導権を明け渡した。
「アイラ……」
相棒が炎の人型に呼びかける。
人型が揺らめき、こちらを向いたように見えたのは、俺様は錯覚だと思う。
だけど、それを伝えるヤボはしない。
相棒は人型に手を伸ばす。
手のひらにジリジリとした熱さが伝わる。
やがて相棒は手を引っ込めると、その手を握り締めた。
そして決意を込めて歩き出す。
一度だけ、炎の人型を振り返った。
そうだな、もう悩むべき時も迷うべき時もすでに俺様達には過ぎ去っていた。
あとは腹を決めるだけだ。
声のした方へ顔を向けると、部屋の玄関にマルゴとアマローネの二人が立っていた。
二人は狭い俺様の部屋に、無遠慮にズカズカ入って来る。
「SNSで下町の騒ぎを知ったんだけど、あそこ、スマホ持ってる人が少ないでしょ? 貴方なら何か知ってるかもと二人で来たら、貴方達の話が聞こえたの。立ち聞きさせて貰ったわ」
そう言いながら部屋の隅に移動して、当たり前のように立つアマローネとマルゴ。
アマローネは腰に手を当て、こちらをジロジロ見ながら独り言ちる。
「ふーん。マルゴをお持ち帰りした時、別人みたいだと思ったけど、本当に別人だったとはね」
「別人でもあり、本人でもあるのが、我ながらちょっとややこしい状況でね。……おい、マロニー!」
そう言って強引に代わる相棒。
表に出た俺様は、バツの悪い思いでとりあえず皆に挨拶した。
「あー……。皆さんコンニチワ、はじめましてマロニーです……」
「何を馬鹿な事言ってんのよ、マロニー! 凄いわね、見た目は全然変わってないのに、マロニーにしか思えない」
「えーと、一応本人なので……」
「ふーん、まぁ良いわ。私達もその生贄ってやつになってあげる。……いえ、ならせて」
それを聞いて俺様も相棒のように慌てる。
アマローネに焦って叫んだ。
「いや! いやいや! そこのマルゴって女の事情は聞いたから、まだ分からなくもねぇけど、オメエが生贄とか訳わかんねえよアマローネ!?」
だがアマローネは、静かに俺様に告げた。
「義姉のアマレットの仇を討ちたいの」
「な……オメエ、知っちまったのか!?」
「マルゴから聞いたわ」
アマローネは、カリラと同じ昏い目の輝きを宿して俺様に言う。
腕組みをして、他人の意見を断固拒絶する態度で。
「義姉がどんな殺され方をしたのかも、ね。裏稼業の連中がそういう殺され方をする事もあるかもしれないけれど、アマレットがそんな殺され方をされる謂れは無い」
そしてアマローネもまた、さっきのカリラと同じように、大きく口を開けて歯を剥き出して食いしばる。
「私をあんなに苦労して育ててくれたアマレット義姉さんを、むごい殺し方で死なせて……。あのカス男のミトラに報いを受けさせてやりたい。シャーロットも破滅させてやりたい!」
俺様は無駄だと知りつつも、アマローネを諫める。
「アマレットは、オメエが死んでまで仇を取ってもらう事を望んじゃ……」
「あの二人が、のうのうと生きているのを見ながら生きていくのが、幸せとは思わないわ、私」
「アマレットの仇を取って、高笑いしながら生きて行くってのも……」
「私は、それなりに生きたいように生きてきた。死ぬ時も、死にたいように死ぬわ」
それを聞いて、俺様の奥で相棒は考え込む。
俺様も天井を振り仰いだ後、三人の女達にこう言った。
「すまねえ。ちょっと外をぶらついて、考えをまとめてくる」
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日が陰り、街は黄昏に染まって夜の準備を始めている。
俺様は、破壊された下町に来ていた。
人気の無い、瓦礫ばかりが転がる下町。
その瓦礫の影で、行く当ての無い人々が蹲ったり寝転がったりしている。
俺様はその中の薄汚れた若い男が、ぼんやりと街の上流層向けの繁華街を見ている事に気がついた。
煌めくネオン。微かに聞こえる、雑踏のざわめき。
同じ街なのに、あまりにも遠いその光景。
だがコイツ等に何もできない俺様は、踵を返して繁華街に足を向けた。
騒々しい人混み。明るい足元。灯り一つ無い下町とは別世界だ。
身なりの良いスーツに身を包んだ、金の匂いを撒き散らす男。それに群がる女達。
その女の中には、昼間のガールズトークと称した井戸端会議で、男なんて、如何わしい繁華街なんて、と罵詈雑言の限りを尽くしていた者が何人も居た。
と、通りすがりの誰かに肩をぶつけられて、思わずよろめく。
見ると高そうな毛皮に身を包んだ女が、汚物を見る目で俺様を睨みつける。
コイツは以前、動物愛護で毛皮のコートを着ることに反対していた女ではなかったか?
今度は後ろから蹴り付けられた。
振り返ると、これまた女を引き連れた男が、蔑んだ目で俺様を見下げる。
「邪魔だ。どけ」
そう言ってから俺様に唾を吐き捨てる男。
侍る女は誰一人俺様を見ない。
俺様は唾を拭うと立ち上がり、埃を払って歩き出す。
払った埃に顔をしかめる周囲の人々。
シャーロットの家がある、高級住宅街まで来た。
さすがに表は街灯以外に灯りは無いが、あちこちの家の窓から明るい光が漏れている。
シャーロットの家の前まで来ると、彼女の声が聞こえてきた。このエルフの身体でなければ聞こえなかった声。
ふと気配を消すと、何となく家の敷地に侵入する。簡易な警報しか取り付けていないから、回避も大したことは無い。
明かりの漏れる窓のそばに近寄り、聞き耳を立てる。
「……そうなのよ、ミトラったらすっかり鼻の下を伸ばしてさ。『俺の身体が忘れられなかったんだな』って。バカよねー!」
どうやら電話で会話しているらしい。
シャーロットは、メールやチャットよりも電話派か。
「……うん。……うん。そうそう、あの炎の女。そそ、アイラ。それをこれ見よがしに出してよ。『こうすると男を寝取った感じがして燃えるだろ』って」
相棒が俺様の奥で、ざわりと怒りを起き上がらせる。
俺様は胸の内で相棒をなだめながら聞き続ける。
「そうなのよ。あの人の……ボスの子供が出来たと分かった時は、どうしよかと思ったけど。これでミトラに……うんそう。明日辺りに、アンタの子供よって言ってやるつもり」
俺様は聞きながら目を閉じた。
こんな浅ましい人間が、平然と笑って暮らしている現実に目眩がしそうだ。
「……そうね。これを機会にミトラに養ってもらって、気楽に生きるのもありかもね。まぁ悪魔退治の報酬を上げてもらうように、ミトラに交渉させたら何とかなるんじゃない? それでさ、聞いてよ……」
話にウンザリした俺様はその場を離れた。
ぼんやりとしていた自分の気持ちが、今はハッキリしているのを感じる。
俺様は自分のアパートに戻ることにした。
帰宅途中に、ミトラの事務所の前を通りがかる。
入り口に炎でできた人型が立っていた。
ミトラは女を抱く時だけ、この炎の人型を出すのを俺様は知っている。
そしてそれが、外敵から身を守るための警報だという事も。
敵意を持つ者がやって来たら、この人型が自動で敵を迎撃するのだ。
“ミトラの奴、また事務所に女を連れ込んでいるのか”
相棒が人型に意識を向けながら、そう思考する。
近寄ると案の定、中からミトラの声と女の声が聞こえてきた。
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女の多いこの街に身体を売る女は居ない。
だが男に貢いだり等で、金で身を持ち崩す人間がいるのは女も共通だ。
だが男なら肉体労働の道があるが、身体を売る事が出来なくなった落ちぶれ女が、この街でどう借金返済するのか。
シャーロットの団体とフェミニスト系を標榜している団体が掬い取るのだ。
己に絶対服従の兵隊にする為に。
そんな彼女達は、生贄に捧げられると知っても動く事はできまい。
しかし、事務所の中からの声に構わず俺様は、炎の人型に近づき目の前で立ち止まる。
そして相棒に主導権を明け渡した。
「アイラ……」
相棒が炎の人型に呼びかける。
人型が揺らめき、こちらを向いたように見えたのは、俺様は錯覚だと思う。
だけど、それを伝えるヤボはしない。
相棒は人型に手を伸ばす。
手のひらにジリジリとした熱さが伝わる。
やがて相棒は手を引っ込めると、その手を握り締めた。
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