ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第104話 “洋上の死闘”その2…偽りのダークヒーロー編

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 果たして兄は、地面に打ち据えられたミトラの回復を待つほどお人好しでは無かった。
 地面ミトラに向かって紅乙女の切っ先を突き立てる。何度も何度も。

 ミトラは転がりながらその切っ先を躱そうとする。だが、ご丁寧にも兄はミトラの動きを読んで、動いた先に合わせて置いておくように切っ先を突き刺してくる。
 一方、相変わらず闇のオーラで桁外けたはずれの防御力を見せる弟のガードを、兄は貫く事は出来ない。

 だが闇のオーラも無限の量が有るわけではない。兄の猛攻にオーラの防御が弱まってきた。
 ミトラの身体に、その切っ先が徐々に近付いているのが感じられる。
 一度か二度、ミトラは兄の突き刺すその切っ先を掴み取ろうとした。
 しかしその行動を読んでいる兄は、その時だけ刀を振り下ろさずに止める。
 空振り。
 そして空振りの隙を更に突く。文字通り、刀で突きまくる。
 徐々にオーラのガードを突き破る攻撃が出始めた。ミトラの身体に、また傷が付き始める。

──くそがッ! 何でこんな兄貴無能に良いようにやられる!? 糞が糞が糞が! 糞糞糞糞糞糞糞糞ッ!!

 心の中で悪態をつき続けるミトラ。
 そんなミトラに、魔剣から再び思考が流れ込む。呆れと失望が、ない混ぜになったような感情と共に。

“この程度の逆境ピンチを乗り越える事が出来ぬとは、我の見込み違いであったか。本当に情けない奴だな、貴様”

──うるせえ! 偉そうに能書きばっか垂れやがって! テメーなら何とか出来るのかよ!!

 ミトラがそう魔剣に毒突どくづいた瞬間、手足のプロテクターが消失した。そしてそれは一点に集まり、一瞬で元の魔剣の姿になる。
 魔剣はミトラが握ってもいないのに勝手に動き、激しい金属音と共に刺突しかけていた兄の刀を弾いた。
 突然の事に、兄も体勢が大きく崩れる。
 その隙にミトラは魔剣をひっ掴み、大きく跳ねて距離を取った。

“何か言ったか、貴様?”

──うるせえ、黙って見てろ。ここからの俺の逆転劇をな!

“せいぜい我を楽しませて、我の見込み違いでない事を証明せよ”

──偉そうにしてんじゃねえ! 俺が上でオメーは下だ!

“その威勢が偽りイミテーションでないか、イミテーションブリンガーたる我が見ておいてやろう”

 その魔剣の言葉に、心の中で舌打ちしつつ足を踏ん張り両手を広げてミトラは顔を上げた。
 そして雄叫び。

「おおおおおおおおおお!!」

 みるみるうちにミトラの身体が、鎧のような物質に覆われていく。一回りも二回りも大きくなるミトラの身体。
 それは、この魔剣を手にしてミトラがあの街で初めて行った変異。
 外見は騎士の鎧そのものだが、その本質は強化外骨格パワードスーツ
 ミトラ自身の身体能力を何倍にも高め、尚且つ防御力も見た目通りに跳ね上がる。そのスピードは、先程までの手足にプロテクターを付けただけの格闘モードの比では無い。
 ただ……。

“ふん、この状態になるのは良いが、我に残っている魂の蓄えは残り少ないぞ?”

──うるせえ、すぐにケリは着く。
 
 そう心の中でミトラは魔剣に毒突き、《スキル》を少林寺拳法マスターからソードマスターに付け替える。
 その後、無造作に魔剣を兄に振るった。
 ブォッ! という音と共に射出される衝撃波。
 ミトラの動作から射線を読んで、早くも回避していた兄だったが、ミトラの斬風は放射状に広がる。
 完全に避けきれなかった兄のコートの端が巻き込まれて、ズタズタに引き裂かれた。

 すぐに兄から、お返しとばかりに青白い気刃が飛んでくる。
 ミトラは何も防御動作を行う事なく、気刃をまともに受ける。
 ガツッという音とともに気刃がミトラの外骨格に当たると、兄の気刃がパァンと弾けて消え去る。ミトラが当たった部位を見ると、表面に浅く傷が入っただけだった。
 思わずミトラは兄に向かって哄笑した。

「はははははは! 無駄無駄無駄無駄ァ! 貧弱貧弱ゥ!! ってヤツだぜ兄貴!!」

 ミトラの馬鹿笑いの隙に、兄が更に気刃を三連発。
 先程と同じように無造作に気刃を受けるミトラ。

 ガガガッ! バキッ!!

──バキ?

 思わず馬鹿笑いを止めて、受けた箇所を確認。
 最初に受けたのと同じ箇所に、気刃を寸分違わず当てたのだろう。
 ミトラの鎧状の外骨格に、くっきりと滑らかな亀裂が入っていた。

“……ふん”

 魔剣からの明確な失望と見下した感情が伝わってくる。
 自分の油断を棚に上げ、ミトラはその魔剣の見下しの感情に激昂した。そしてその激昂を、俺に油断をさせた兄が悪い、と責任転嫁。
 そして激昂のままに兄を睨みつけた。

──いない!?

 ミトラが睨みつけた先には、だだっ広い甲板が広がるばかり。
 と、右手が肘の辺りからグイと右に強く引っ張られたかと思うと、そのすぐ後に左手が思い切り引き込まれた。
 僅かに重心が移動してブレる。
 そのまま重心の移動が加速され、左手から投げ飛ばされた。

 左手を掴まれたまま、更に手を引き込まれたのでミトラは背中から甲板に思い切り叩きつけられた。
 衝撃を緩和する機能が無かったのか、外骨格は叩きつけられた衝撃を吸収せず、そのほとんどが中身のミトラ本体に伝わる。
 がはッと息が一瞬詰まるミトラ。

──コイツが一本背負い!? 何故だ!!

 ミトラは兄が奈良県吉野の山中で、日本刀の修行をした事は知らない。
 その修行の一環で、柔道の技術も教わっていた事も。
 ミトラを甲板に投げて叩きつけたと同時に、振りかぶった手の中に紅乙女を呼び戻し、すぐにミトラへ紅乙女を叩きつける兄。
 間一髪、かろうじて甲板に手を突いて跳ね飛び、距離を作り出すことに成功。

 ……したかに思えたが、どうやったのか既にミトラの眼の前まで迫ってきている兄。
 その兄の姿が、ふいっと掻き消えた。正確にはミトラが見失った。
 直後にミトラの右胴に衝撃。兄が横薙ぎの一閃を当てたらしい。
 すぐに今度は左の胴に衝撃。
 自分の周囲を移動しているはずなのに、兄の姿が捉えられない!

 密着する事で、しかもフェイントを巧みに行う事で、そしてそれをミトラが一番引っ掛かるタイミングで行う事で、ミトラの視界からスルスルと逃げてゆく兄。
 加えて、ミトラの行動の頭を攻撃することで潰して身動きさせず、ミトラ自慢の機動力を活かすことが出来ないように立ち回る。

 糞が!
 もう何度目か分からない罵倒を脳裏に浮かべながら、ミトラは《スキル》を空手マスターに付け替える。
 見透かされたかのように、ミトラの攻撃範囲のギリギリ外から攻撃を始める兄。
 ソードマスターに付け替える。密着されて思うように魔剣を振るえない。

 ミトラは格闘系マスターに付け替える。兄はリーチ外から攻撃。
 ミトラはソードマスターに付け替える。兄は密着して攻撃。

 ミトラは気付く。

──《スキル》を付け替えする一瞬の硬直を見抜かれている!

“ようやく気付きおったか。本当に見込みの無い男だな、貴様”

 魔剣の罵倒を必死で堪え、どうするべきか考える。
 付け替えをバレなくする為には、ポイントを更に使って使える《スキル》を増やすべきだが……。
 そう考えた時、ミトラの脳裏に例の「声」が聞こえた。

【ソードマスターを含めた近接戦闘の《スキル》を統合する事が出来ます。行いますか?】

 しめた! と、ミトラは喜ぶ。
 これでポイントの付け替えを狙われる事は無くなる、と。
 そうだ、ピンチの中でパワーアップするのは“主人公”の定番だ、と。
 迷わずミトラは、その「声」に返答した。“イエス”と。

【《スキル》を統合します。統合後、《スキル》は近接戦総合マスターとなります。これは、あらゆる近接戦闘の技術が使えるようになる《スキル》です】

 ミトラは兄の攻撃を必死に防ぎながら「声」に脳内で叫ぶ。
 ゴタクはいいから、さっさとやってくれ、と。
 そのミトラの叫びに「声」は答えた。

【了解しました。500ポイントを使用してスキルを統合します】

──なんだと?

 思わず「声」へ、そう聞き返す。
 そんなミトラの疑問をよそに、無情にも「声」は彼へ告げた。

【“主人公属性”に割り振られていたポイントのうち490ポイント、空手マスターに割り振られていたポイント10ポイントを使用して《スキル》を統合しました。以後、近接戦総合マスターはパッシブスキルとして常駐します】

──なんだとおおおお!?



 もうミトラの脳裏に「声」が答えることはなかった。
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