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最終章 汚くも真っ当な異世界人ども
第115話 “一進一退”…偽りのダークヒーロー編
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遠ざかるトンネルの入り口を注視しながら、兄は、マロニーは己の装備を確認する。
軽トラックの助手席に、荷造り用のロープが積まれていたのは幸運だった。
それまで左腕に巻き付けていたモノより太目で取り回しにくいが、贅沢は言っていられない。
なんとか新たなロープを左腕に巻き付ける。
トンネルの奥に入るにつれ、常夜灯のオレンジの明かりが照らし始める。
“来るかな?”
そう疑問を兄に投げかける相棒。
兄の返答は早かった。
──当然来るだろうな。アイツは頭に血が昇ったら、相手にやり返さないと気が済まないから。
“ガキだな”
──あのチートでガキのままいられて、大人にならずに済んだって事だ。
兄が、マロニーが飛び乗ったトラックは、二車線ある高速道路の車道の左を走る。
トラックのコンテナの上で腰を落とし、不測の事態に出来るだけ即応できるように身構える。
右手に紅乙女を呼び出し、切り株状の左手を床……コンテナの天板に置く。
それで揺れるコンテナの上にも関わらず、兄の身体はピタリと静止した。
──紅乙女、あの黒剣と打ち合っていて大丈夫か?
“大丈夫です、ご主人様。どうも私とあの剣の性質は正反対なようですから、そのせいかもしれません”
このトンネルは随分と長いようだ。
いくら夜目の効くエルフだとて見落としがありうる。そう考えて警戒を怠らない兄。
トンネルの入り口に向かって、進行方向とは逆に身体を向けて身構える。
紅乙女に神気を込めながら神経を尖らせる。
そして──。
「シッ!!」
呼気と共に兄は切っ先を左へ走らせ気刃を飛ばす。
そこには、コンテナの右側面に取り付いてよじ登ってきていたミトラの姿。
その手足には、形をプロテクターに変えて鉤爪を生やした魔剣。
フリーにした右手の手甲で気刃を受けるミトラ。
それを予想していたかのように、続けて刺突を仕掛ける兄。
しかしミトラは壁面に掴まった状態から、垂直にジャンプしてその攻撃を避ける。
空中で宙返りをしながらコンテナの天板に着地。
ジャンプ中に戻したのか、その右手には唸る魔剣。
兄は足を踏みしめ、急反転してミトラへ斬りかかる。
金属音が響いてミトラの魔剣と紅乙女が噛み合う。
鍔迫り合いになる前に、絶妙に身体を躱して兄は右横に飛ぶ。ミトラからは見て左に。
コンテナのギリギリ端まで下がると、更に縁に沿って跳ねて移動。
兄を追撃しようと向きを変えたミトラは、兄の跳ねた先に向かって鋭くジャンプ。
その時、またも以前と同じ轍を踏んだことを理解する。
何故今まで、ヤツの左脇のホルスターに気が付かなかったのか。
そこには片膝をつき、右手にリボルバー拳銃を握る兄。
左前腕で右手首を下から支えて固定。
空中のミトラを狙い撃ちにした。
ガン! ガン! ガン!
兄の右手に伝わる発射の衝撃。
トンネル内部だからか、射撃の轟音は周囲の騒音に掻き消されて聞こえない。
さすがのミトラも空中では躱すこと叶わず、銃弾の運動エネルギーを全て受け止めることとなった。
コンテナの右後ろから落下するミトラ。
だが、前方右車線から高速バスがやってきて、トラックと並走する。
バスが減速したのかトラックが速度を上げたのか。
落下したと思ったミトラが、そのバスの壁面にさっきと同じように貼りついてた。
手足には再びプロテクター化して、鉤爪を生やした魔剣。
それを確認した兄は、トラックコンテナの上を走り出す。
その走りは、激しく揺れるコンテナの上なのを全く感じさせない。
高速バスに向かってジャンプ。
バスの天板に着地した。ほぼ同時にミトラも天板によじ登りきる。
今度はミトラの行動が僅かに早い。
足の鉤爪を天板に食い込ませて兄へと突撃。右の拳を振りかぶる。
兄はその右腕を掻いくぐりながら懐に潜り込み、さらにその右腕を掴むと投げ飛ばす。
一本背負いの投げで天板にミトラを叩きつける。
天板がベコリとへこむ。
それにバスの運転手が驚いたのか、ブレるバスの車線。
まだ表で降られた雨の残滓で濡れる天板。
その上でバランスを保つのは難しい。
急に車体がブレたのなら尚更だ。
兄は振り落とされないようにするので精一杯で、追い討ちを掛けられなかった。
ミトラも身体を起こす。
だが彼もまた迂闊に動けなかった。
滑り止めの為に天板に食い込ませた鉤爪が、予想以上に食い込み過ぎて、攻撃がワンテンポ遅れるのだ。
戦闘に意識が集中してしまい、鉤爪をスパイク状に変えた方が良い、という事に気がつく余裕が無い。
兄が刺突を仕掛ける。
片手だけで振るう以上、威力のこもった攻撃が出来る形は限られてくる。
だがやはり兄も、雨で滑る天板では踏ん張りがききにくいようだ。
ミトラの手甲に簡単に弾かれる。
突きを弾いたミトラは、右足で蹴りを兄に繰り出す。
足の鉤爪を食い込ませているので、踏ん張りは充分。
だが食い込ませた足を外す際に、やはり攻撃の出だしが一瞬遅れる。
蹴り出した足を兄に掴まれて投げられ、叩きつけられる。
兄は素早く身体を移動させ、ミトラの右腕を捉えて関節を極めた。
足でミトラの背中を押さえる。
右車線を走っているので、バスのすぐ右にトンネルの壁がある。
──このまま壁にミトラの顔をぶつけて摺り下ろしてやる!
そう兄が考え、足でミトラを押し出そうと力を込めた瞬間、バスは左車線に進路を変えた。
兄は胸中で舌打ち。
──チ、“主人公属性”か!!
ミトラは闇のオーラの力を借りて筋力を強化。無理矢理兄の関節技を解く。
具体的には、兄を身体ごと持ち上げて振り回し、投げ飛ばしたのだ。
空中で体勢を変えて着地する兄。
腰を落とし、切断された左手首の切り口を床に置く。
その姿勢のまま天板の雨で後ろに少し滑るが、すぐに止まる。
ミトラは両手の手甲からの鉤爪を限界まで伸ばした。
そしてそのまま、だらりと無造作に身体の両脇に垂らす。
両脚は肩幅に広げて、右足に体重を乗せる。傍目にはリラックスしたように見える立ち姿。
だが、相対する兄には痛いほど判る。それは何時でも襲いかかれる為の脱力の姿勢なのだと。
一方、兄は腰を下げて左手首を天板に置いた、低い姿勢を保つ。
右手を後ろに回し、紅乙女の刀身を横に伸ばして持ちながら。
その目の闘志はいささかも衰えず、ミトラを食い殺さんばかりに睨みつけている。
二人をトンネル内の常夜灯の薄暗いオレンジの光が照りつける。
照明が弱くなる部分が、リズミカルに幾度となく通り過ぎる。
兄が紅乙女の切っ先を大きく揺らした。
それに反応してミトラが動く。
だがそれが兄の狙い。兄のその誘いの動きに食らいついたミトラへ、兄は低い姿勢のまま突進。
ミトラが上げようとした足を掬い上げ、持ち上げた。
そのまま押し倒そうとしたが、ミトラは咄嗟に天板に片手を突くことが出来たので、そのまま踏ん張る。
持ち上げられた足を、力任せに再び振り下ろす。
兄は、倒そうとした相手に強い抵抗がかかった瞬間に足から手を放して、ミトラの右横に回り込む。
左の肩口から体当たりを仕掛ける。そのまま続けて紅乙女を振り下ろす。
ミトラは身体を翻して兄の攻撃を躱した。
そのまま兄は紅乙女を振るい続ける。
ミトラは両手の手甲で弾きながら、時折鋭い突きを繰り出す。
それを躱しながら攻撃を続ける兄。
幾度となく攻撃を打ち合わせ、また攻撃を躱す二人。
やがてバスはトンネルを抜けた。
*****
トンネルを抜けると街明かりだった。
暗闇の中、星明かりのように地上に広がる光点の群れ。
天候が穏やかなら、そしてこんな戦闘の最中でなかったなら、なかなかの美しい眺めだったろうか。
しかし台風の陰鬱な空模様が、キョウトのウジ市内に蓋をして、強風と豪雨で閉じ込めている今はそれどころでは無い。
外気の中へ飛び出したバスを、容赦なく雨と風が襲う。
それはバスの上の、二人のエルフにも分け隔てなく。
豪雨で兄の足が滑った。ミトラへ打ち込まんとしていた踏み込みの足が。
ミトラもそれを見て反射的に膝を出す。
倒れかけた兄の顔面に、その膝がぶち当たる。
兄の身体が弾かれたように後ろに飛ばされた。
バスの天板の上をゴロゴロと転がる兄。
しばらく身動きしなかったが、やがてゆっくりと身体を起こす。
やや体幹が振らついているようにも見える。
その額から血が流れていた。膝は、鼻ではなく額に当たったようだ。
兄は土砂降りの雨の中、周囲を見回すと再び腰を屈めてミトラを睨む。
低い姿勢で左手首を天板に置き、三点で姿勢を安定させる。
右手を後ろに回して紅乙女の切っ先を横に伸ばして。
その姿勢が更に低くなった。
ミトラも口角を歪めて持ち上げ、ニヤリと笑う。腰を落として拳法の構えをとる。
そして兄が動いた。
兄は、真横に走り出してバスの上からジャンプすると、高速道路のフェンスを飛び越え、その向こうに姿を消した。
軽トラックの助手席に、荷造り用のロープが積まれていたのは幸運だった。
それまで左腕に巻き付けていたモノより太目で取り回しにくいが、贅沢は言っていられない。
なんとか新たなロープを左腕に巻き付ける。
トンネルの奥に入るにつれ、常夜灯のオレンジの明かりが照らし始める。
“来るかな?”
そう疑問を兄に投げかける相棒。
兄の返答は早かった。
──当然来るだろうな。アイツは頭に血が昇ったら、相手にやり返さないと気が済まないから。
“ガキだな”
──あのチートでガキのままいられて、大人にならずに済んだって事だ。
兄が、マロニーが飛び乗ったトラックは、二車線ある高速道路の車道の左を走る。
トラックのコンテナの上で腰を落とし、不測の事態に出来るだけ即応できるように身構える。
右手に紅乙女を呼び出し、切り株状の左手を床……コンテナの天板に置く。
それで揺れるコンテナの上にも関わらず、兄の身体はピタリと静止した。
──紅乙女、あの黒剣と打ち合っていて大丈夫か?
“大丈夫です、ご主人様。どうも私とあの剣の性質は正反対なようですから、そのせいかもしれません”
このトンネルは随分と長いようだ。
いくら夜目の効くエルフだとて見落としがありうる。そう考えて警戒を怠らない兄。
トンネルの入り口に向かって、進行方向とは逆に身体を向けて身構える。
紅乙女に神気を込めながら神経を尖らせる。
そして──。
「シッ!!」
呼気と共に兄は切っ先を左へ走らせ気刃を飛ばす。
そこには、コンテナの右側面に取り付いてよじ登ってきていたミトラの姿。
その手足には、形をプロテクターに変えて鉤爪を生やした魔剣。
フリーにした右手の手甲で気刃を受けるミトラ。
それを予想していたかのように、続けて刺突を仕掛ける兄。
しかしミトラは壁面に掴まった状態から、垂直にジャンプしてその攻撃を避ける。
空中で宙返りをしながらコンテナの天板に着地。
ジャンプ中に戻したのか、その右手には唸る魔剣。
兄は足を踏みしめ、急反転してミトラへ斬りかかる。
金属音が響いてミトラの魔剣と紅乙女が噛み合う。
鍔迫り合いになる前に、絶妙に身体を躱して兄は右横に飛ぶ。ミトラからは見て左に。
コンテナのギリギリ端まで下がると、更に縁に沿って跳ねて移動。
兄を追撃しようと向きを変えたミトラは、兄の跳ねた先に向かって鋭くジャンプ。
その時、またも以前と同じ轍を踏んだことを理解する。
何故今まで、ヤツの左脇のホルスターに気が付かなかったのか。
そこには片膝をつき、右手にリボルバー拳銃を握る兄。
左前腕で右手首を下から支えて固定。
空中のミトラを狙い撃ちにした。
ガン! ガン! ガン!
兄の右手に伝わる発射の衝撃。
トンネル内部だからか、射撃の轟音は周囲の騒音に掻き消されて聞こえない。
さすがのミトラも空中では躱すこと叶わず、銃弾の運動エネルギーを全て受け止めることとなった。
コンテナの右後ろから落下するミトラ。
だが、前方右車線から高速バスがやってきて、トラックと並走する。
バスが減速したのかトラックが速度を上げたのか。
落下したと思ったミトラが、そのバスの壁面にさっきと同じように貼りついてた。
手足には再びプロテクター化して、鉤爪を生やした魔剣。
それを確認した兄は、トラックコンテナの上を走り出す。
その走りは、激しく揺れるコンテナの上なのを全く感じさせない。
高速バスに向かってジャンプ。
バスの天板に着地した。ほぼ同時にミトラも天板によじ登りきる。
今度はミトラの行動が僅かに早い。
足の鉤爪を天板に食い込ませて兄へと突撃。右の拳を振りかぶる。
兄はその右腕を掻いくぐりながら懐に潜り込み、さらにその右腕を掴むと投げ飛ばす。
一本背負いの投げで天板にミトラを叩きつける。
天板がベコリとへこむ。
それにバスの運転手が驚いたのか、ブレるバスの車線。
まだ表で降られた雨の残滓で濡れる天板。
その上でバランスを保つのは難しい。
急に車体がブレたのなら尚更だ。
兄は振り落とされないようにするので精一杯で、追い討ちを掛けられなかった。
ミトラも身体を起こす。
だが彼もまた迂闊に動けなかった。
滑り止めの為に天板に食い込ませた鉤爪が、予想以上に食い込み過ぎて、攻撃がワンテンポ遅れるのだ。
戦闘に意識が集中してしまい、鉤爪をスパイク状に変えた方が良い、という事に気がつく余裕が無い。
兄が刺突を仕掛ける。
片手だけで振るう以上、威力のこもった攻撃が出来る形は限られてくる。
だがやはり兄も、雨で滑る天板では踏ん張りがききにくいようだ。
ミトラの手甲に簡単に弾かれる。
突きを弾いたミトラは、右足で蹴りを兄に繰り出す。
足の鉤爪を食い込ませているので、踏ん張りは充分。
だが食い込ませた足を外す際に、やはり攻撃の出だしが一瞬遅れる。
蹴り出した足を兄に掴まれて投げられ、叩きつけられる。
兄は素早く身体を移動させ、ミトラの右腕を捉えて関節を極めた。
足でミトラの背中を押さえる。
右車線を走っているので、バスのすぐ右にトンネルの壁がある。
──このまま壁にミトラの顔をぶつけて摺り下ろしてやる!
そう兄が考え、足でミトラを押し出そうと力を込めた瞬間、バスは左車線に進路を変えた。
兄は胸中で舌打ち。
──チ、“主人公属性”か!!
ミトラは闇のオーラの力を借りて筋力を強化。無理矢理兄の関節技を解く。
具体的には、兄を身体ごと持ち上げて振り回し、投げ飛ばしたのだ。
空中で体勢を変えて着地する兄。
腰を落とし、切断された左手首の切り口を床に置く。
その姿勢のまま天板の雨で後ろに少し滑るが、すぐに止まる。
ミトラは両手の手甲からの鉤爪を限界まで伸ばした。
そしてそのまま、だらりと無造作に身体の両脇に垂らす。
両脚は肩幅に広げて、右足に体重を乗せる。傍目にはリラックスしたように見える立ち姿。
だが、相対する兄には痛いほど判る。それは何時でも襲いかかれる為の脱力の姿勢なのだと。
一方、兄は腰を下げて左手首を天板に置いた、低い姿勢を保つ。
右手を後ろに回し、紅乙女の刀身を横に伸ばして持ちながら。
その目の闘志はいささかも衰えず、ミトラを食い殺さんばかりに睨みつけている。
二人をトンネル内の常夜灯の薄暗いオレンジの光が照りつける。
照明が弱くなる部分が、リズミカルに幾度となく通り過ぎる。
兄が紅乙女の切っ先を大きく揺らした。
それに反応してミトラが動く。
だがそれが兄の狙い。兄のその誘いの動きに食らいついたミトラへ、兄は低い姿勢のまま突進。
ミトラが上げようとした足を掬い上げ、持ち上げた。
そのまま押し倒そうとしたが、ミトラは咄嗟に天板に片手を突くことが出来たので、そのまま踏ん張る。
持ち上げられた足を、力任せに再び振り下ろす。
兄は、倒そうとした相手に強い抵抗がかかった瞬間に足から手を放して、ミトラの右横に回り込む。
左の肩口から体当たりを仕掛ける。そのまま続けて紅乙女を振り下ろす。
ミトラは身体を翻して兄の攻撃を躱した。
そのまま兄は紅乙女を振るい続ける。
ミトラは両手の手甲で弾きながら、時折鋭い突きを繰り出す。
それを躱しながら攻撃を続ける兄。
幾度となく攻撃を打ち合わせ、また攻撃を躱す二人。
やがてバスはトンネルを抜けた。
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トンネルを抜けると街明かりだった。
暗闇の中、星明かりのように地上に広がる光点の群れ。
天候が穏やかなら、そしてこんな戦闘の最中でなかったなら、なかなかの美しい眺めだったろうか。
しかし台風の陰鬱な空模様が、キョウトのウジ市内に蓋をして、強風と豪雨で閉じ込めている今はそれどころでは無い。
外気の中へ飛び出したバスを、容赦なく雨と風が襲う。
それはバスの上の、二人のエルフにも分け隔てなく。
豪雨で兄の足が滑った。ミトラへ打ち込まんとしていた踏み込みの足が。
ミトラもそれを見て反射的に膝を出す。
倒れかけた兄の顔面に、その膝がぶち当たる。
兄の身体が弾かれたように後ろに飛ばされた。
バスの天板の上をゴロゴロと転がる兄。
しばらく身動きしなかったが、やがてゆっくりと身体を起こす。
やや体幹が振らついているようにも見える。
その額から血が流れていた。膝は、鼻ではなく額に当たったようだ。
兄は土砂降りの雨の中、周囲を見回すと再び腰を屈めてミトラを睨む。
低い姿勢で左手首を天板に置き、三点で姿勢を安定させる。
右手を後ろに回して紅乙女の切っ先を横に伸ばして。
その姿勢が更に低くなった。
ミトラも口角を歪めて持ち上げ、ニヤリと笑う。腰を落として拳法の構えをとる。
そして兄が動いた。
兄は、真横に走り出してバスの上からジャンプすると、高速道路のフェンスを飛び越え、その向こうに姿を消した。
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