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光道真術学院【マラナカン】編

三十六

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 学院長室では組合長が落ち着きなくフラフラと歩きまわっていた。

「少しは落ち着きなさいよ、あなたがそんなだとこっちの気分もまいっちゃうわよ」

 学院長に窘められ、ドカッとソファーに腰を下ろす組合長。その顔からは尋常じゃない汗、隠すかのようにハンカチで顔を拭い、誤魔化す様に「この部屋は暑いですな」と付け加える。
 その様子に学院長は今日一番の深いため息を吐いた。まるで自身の至らなさを反省するかのように。
「駄目ね、私も。このところ平和続きだったから気を抜き過ぎたかしら……」
 突如、突拍子もない事を語りだす学院長に怪訝な表情を浮べる組合長。
「しょうがないですな、平和が一番ですな」
 とってつけた台詞は学院長には響かない、お茶を一口啜り組合長を睨みつけた。
「で?」 
 怒気のこもる一言が組合長を絡めとる「で?とは、何ですな?」という反論の言葉が口から出ない。
 体は震えだす、息は苦しい、寒気が全身を包み悪寒、なのに体中の穴という穴から汗が噴き出る。
「早く言いなさい、私もそうそう気の長い方じゃないのよ」
 彼も組合長という立場上、それなりの修羅場は経験している。それこそ命をかけた時すらあった――だが今彼を包む空気はそんな生易しいものではなかった、言うなれば生き死に、つまり生殺与奪の権利を握られている感覚、相手の気分次第で如何様なやり方で殺される、それはもしかして死ぬより辛いのかもしれない。
 膝から崩れ落ちた組合長は、残された力で必死に地面に額をこすり付ける。
「すいませんですな、申し訳ないですな」
 懇願、悲愴、繰り返される謝罪の言葉。
「そんな事を聞きたいわけじゃないわ。あなたが隠していることを早く言いなさい!」
 観念した組合長が自身が知る全てを吐き出し始めた。
「脅されていたですな――」
 経緯を。
「ロニー・ポルトグレイロを学院から出す――」
 目的を。
「その金でもっと手広く――」
 利益を。

「で、あなたは、あなたの欲望のために彼を差し出したということでいいのかしら?」
「申し訳ないですな、マクシミリアン様が同行してしまったのは手違いですな、何卒ですな」
「彼ならば良いと?」
「あの男は仕方ないですな、あんな奴なら私の心も痛まないですな、この都の者ならだれでも同じですな!」
「……」
「……学院長?ですな」
「あなたにそれを指示した人は誰なの?」
「そ、それは……」
「死にたくなければ言いなさい」
「――ですな、うっ」
 組合長は事の発端たる人物の名前を言い終えた後、崩れ落ちる。

 学院長は受話器を取りホールに居る教師を一人呼ぶ、その教師はすぐに学院長室に駆けつけてきた。
「及びでしょうか学院長?」
「忙しいところすいませんね、そこに転がってる男の手当てをした後逃げられないように捕縛と監視をお願いできるかしら?」
 怪訝な顔で転がっている男を見つける教師。
「この男は……工業区の組合長ですか?」
「そうよ、今回の救済害発生に、どうも一枚噛んでるっぽいのよね」
「え?この男がですか?」
「そうよ、申し訳ないけど事情は後で話すわ、とにかく事が終わるまで逃げられたり殺されたりしないようにして頂戴ね」
 ことのほか重大な任務だと理解したのか教師は厳しい顔つきに変わり、了解しましたと返事、組合長を真術で捕縛し学院長室を後にした。
「さて、次はリンギオ君に連絡しなきゃね……」
 学院長は受話器を再度持ち上げた。
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