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しおりを挟む「……ん…………」
目を覚ますと、棗は見知らぬ部屋で布団の中にいた。上半身を起こし、ぼんやりとした意識の中で最後の記憶を探っていると、下腹部に残る違和感に気付く。
「そうだ。私、蛇神さまと……」
ふと、昨夜の情事で自らの喉から発せられた喘ぎ声を思い出し、棗は布団に顔を埋める。少し落ち着きを取り戻した棗は、ぱたりと布団に倒れ込み天井を見上げた。
手入れの施された部屋、広い寝台に白くふわふわとした布団。棗にとって、時間を気にせず安心して眠ることができたのは久方振りであった。
「随分と長い時間寝ちゃった。……怒られないかな。」
シーツに指を滑らせながらそうぽつりと呟くと、部屋の引き戸がすっと開き、右月と左月が顔を覗かせた。
「あ、起きてる起きてる。おはよう、よく寝てたね。」
「は、はい!おはようございます!すみません、私、気付いたら眠ってしまっていたみたいで……」
棗は慌てて身を起こし、返事をする。
「そのままで結構ですよ。昨夜は我が主が貴女をここまで運んでくださったのです。」
「そうなんですね……」
「疲れていたでしょうから、無理はありません。そういえば、お腹が空いたでしょう。我々は食事を摂る習慣がありませんから、失念していました。」
一旦引っ込んだ二人は、小鍋を盆に乗せて再び部屋の中に入った。寝台に腰掛けた棗が小鍋の蓋を開けると、具沢山の雑炊がたっぷりと入っていた。湯気とともに出汁の香りが棗の鼻腔をくすぐる。丸一日何も食べていなかった棗は、喉をごくりと鳴らした。
「人間の食事を作るのは久しぶりだから、口に合うかどうか分からないけど、冷めないうちにどうぞ。」
「わぁ、美味しそうな匂い。ありがとうございます。いただきます。」
雑炊をひと匙すくい口に運ぶと、優しい味噌の風味が口に広がる。あまりの美味しさに棗は目を見開いた。
「これ、すごく美味しいです……!」
「お気に召していただけたようで良かった。料理には少し心得がありまして。」
「昨日食べられなかった分まで、どんどん食べなよ。」
棗は顔を緩め、手を止めることなく雑炊を口に運んだ。
そろそろ食べ終わりに近づいたという頃、部屋の引き戸が再び開く。棗が顔を上げると、そこに立つ蛇神と視線が合い、彼女は動揺でむせ返った。
「……?……疲れはどうだ。苦痛に感じるところは無いか。」
棗は昨夜の情事のことを思い出してしまい、まともに蛇神の顔を見ることができない。挙動不審になり伏し目がちに返答する。
「えっと、大丈夫です…………それより、昨夜は私勝手に寝てしまいまして……」
「構わない。娘一人運ぶなど造作も無いことだ。…………おい、棗、なぜ目を合わせようとしない。」
蛇神は低い声でそう呟くと、頑なに目を合わせそうとしない棗の顎を掴み、上を向かせる。蛇神と目が合うと、棗の脳裏にはより詳細な昨夜の記憶が蘇り、とうとう彼女は感情を処理し切れず真っ赤な顔で硬直してしまった。
「……一体どうした。」
「おそらくですが、昨夜の情事を思い出してしまったのかと。」
蛇神に問われた右月は 恭しく答える。余談として、棗には砕けた口調で話す右月であるが、蛇神に対しては、左月と同様に礼儀を重んじた話し方をするようである。
「ああ、なるほど。そうなのか?……答えなさい。」
蛇神は、棗と目を合わせたまま彼女の頰をするりと撫でる。彼女はびくりと身を震わせ、蚊の鳴くような声で肯定した。
「…………えっと、はい……そうです。」
「そうか、この指や……この舌で其方にしたことが、その身に刻み込まれているという訳だな。」
にやりと笑みを浮かべ舌舐めずりをする蛇神に、棗の腰にぞくりとした感覚が走る。彼女は昨夜受けた責めの感覚を思い出し、すり、と無意識に脚を擦り合わせる。蛇神はこれを見逃さず、意地悪く彼女を辱めた。
「何だ、欲情しているのか?……すまない、また何か思い出させてしまったようだな。」
「ち、ちが……!」
「今夜は私の好きにさせてもらうから、長くなるぞ。だからそれまでは我慢しなさい。」
「からかわないでください……!」
「……後悔しているか?」
「え……?」
突然の予想外の問いに棗は面食らう。
「自らを邪険に扱った村人のために毎夜私に抱かれる選択をしたことを、後悔していないのかと聞いている。」
「…………自分で決めたことなので。」
「そうか。では、また今夜。
昼のうちは、社の中を自由に見て回って構わない。何か不自由があれば右月と左月に言いなさい。」
そう言い終わると蛇神は棗の部屋を後にし、気づくと従者二人も姿を消していた。
一旦寝台に横たわり心を落ち着かせたあと、先ほどの意味深な質問の意味に思いを巡らせたりただぼんやりと天井の模様を眺めたりしていたが退屈になり、棗は社の中を散策しようと思い立った。
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