君がいるならヴィランでいい。

スイ

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 私、××××はクローネ・アントネというお嬢様として転生した。

 クローネ。
 私が生前プレイしていたゲーム【××××××××】のキャラ。
 異世界の領家の元に生まれた主人公が、やたらと顔がいい男達と駆け落ちしたり、求婚されたりする、いわゆる王道の乙女ゲーム


の、悪役。


 わかりやすく言えばシンデレラの姉ポジ。
 男達との恋路を邪魔してくる姉のクローネ。そして愛される主人公。
 だから主人公が幸せになればなるほど、クローネは悲惨な運命を辿っていた。


 ここまで全て分かっている。その上で。



私はクローネに転生できたことに、膝を着いて神に感謝しよう。


 一言、神に言えるとしたら。
「【推し】が真横で生きてる世界線、幸せすぎて心臓に悪いです」と言わせて欲しい。





「クローネ!!クローネはどこだ!!」

 ああ、またですの。
 何度目かも分からないお父様の怒号が、お屋敷に響いた。
 これだからお酒は嫌い。人をこうも狂わせるから。

 私は窓の縁に手をかけると、体を乗り出して中庭に降りた。
 令嬢、とはいえ悪役だ。好感度が下がりきっているので誰かにはしたなく飛び降りる姿を見られても、幻滅も何もないだろう。

 近くのバラ園から良い香りが漂っている。
 いつもならこっそり匂いを嗅いで通り過ぎるけれど、今日はそんな暇もなかった。

 お父様が疲れて眠ってしまえば、忘れてしまうでしょう。それまで隠れてやり過ごしましょう。
 どうせ妹君のせいでしょうし。

 いつもの隠れ場所へ向かおうとした矢先、廊下の奥からドタドタと馬車のような音がした。
 私は咄嗟に薔薇の生垣の裏で身を屈めた。

「クローネ様!クローネ様!」

 ああ、この声はメイドさんか。
 
 息を潜めていると、どうやらメイドさんや執事さんが総出で私を探しているようだった。

「クッソ、あいつどこいった」
「ホントに。妹君はあんなにお淑やかで麗しいのに。まるで醜いネズミね」
「ハッハッハ、コラコラ。誰かに聞かれたら困るだろ」
「いいのよ。どうせお屋敷のみんながそう思ってるから」

 みんな、みんな。変わっちゃった。

 ゲームの時はあんなに優しかったのに。


 腹を括っているけれど、陰口は心に刺さる。
 まして、良くしていてくれた人からならなおさら。
 下唇を噛んで、目に熱いものが込み上げてくるのを押し殺した。


「クローネ様。そのようなお顔をなさらないで下さい」

「え」

 横をむくと、目線を同じ高さまで揃えた黒い服の男がいた。

 執事長のジュドーーこの屋敷唯一の私の味方だ。

 ゲームの中では本来は主人公のサポートキャラだ。そして何周目かで攻略ルートが出現する。

 そして顔がいい。大事な事だからもう1回言うが顔がいい。早口で最後にもう一度、顔がいい。

 私がこの屋敷に転生したと自覚してから、真っ先にしたことは、彼の好感度を下げないようにする努力だ。

 彼の攻略は非常に難易度が高い。当然この世界線で攻略する気は無い。心臓が持たない。

 しかしーー余りにも主人公が彼に激務を与えて乱雑に扱うと、ゲームの設定上、彼は死ぬ。【最大の敵である姉を道連れにして、密かに心惹かれる主人公のために死ぬ】。

 そんな細かいところまで作り込まなくていい。ふざけるな製作者。何度私が泣かされたことか。

 ああ、私が1番恐れているのは、自分の死なんかじゃ無い。
 推しの死だ。(彼が助かるためなら喜んで、火の海でも氷の剣にでも飛び込む。)

 身だしなみを整え、なるべくにこやかに、表には顔を出さず、問題を起こさないよう細心の注意を払う。

 全てはジュドの負担を減らして、彼のバッドエンドを回避するために。





 なのに何故、こういう強制イベントは避けられないのだろうか。

 まだジュドの仕事を増やしてしまった。罪悪感が肺に籠る。
 すぐ近くに彼の死が見えている私は、息を吸うのも苦しかった。

「ジュドぉぉぉごめ」

  白い手袋が私の口を塞いだ。

「しー。とりあえず時計台まで逃げましょうか。立てますか、お嬢様?」

 黒い髪からのぞく赤い目が、いたずらっぽく笑った。

「え、ええ。平気よ。」

「お手を」

そう言うと、片手で私の手を取って、もう片手で腰を抱き上げ立たせてくれた。 

 何この執事、イケメンか……?イケメンだった。


 私、悪役令嬢。推しがいるから頑張れる。
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