君がいるならヴィランでいい。

スイ

文字の大きさ
2 / 2

2話目

しおりを挟む
「クローネ様、こちらに」

 時計台ーー薔薇園の奥にある塔ーーに着くとジュドは慣れた手つきで、腰にぶら下げた鍵でドアを開けた。

 彼がいなければいつもみたいに、窓から入ることになっていた。たまたまフリルの多い服だったので助かる。

「ジュド、ありがとう」

「いえ。お嬢様が他の方々に見つかる前で良かった」

 ジュドはそう言うと、私の頬を拭うように撫でた。
 ウッ、君顔がいいのを自覚してくれ。心臓に悪いから。 

「ところで、何があったのですか?」

「心当たりがないの。ともかく、悪い予感がしたので逃げましたわ」

 ジュドは口元に指を当てた。

「……皆様何故クローネ様の話を聞かないのでしょうか……私がいくら彼らに弁解してもいつも同じことを言い返されるのですよ…」

 ジュドの話に私は曖昧な笑顔を浮かべた。


 まさかゲームの仕様上です、なんて言うことできないし。


「妹がとても素敵な子だからよ。みんなの気持ちが偏るのは当然じゃないかしら」

 まあ、嘘はついてない。彼女は、主人公補正でなんでもできるし、認めたくはないが可愛らしいし。

 私の曖昧な答えに、そういうものですかねとジュドは首を傾げた。
 笑いで誤魔化そうとしたが、変な声が出た。

「お、おほほ。私のことよりも、貴方のお仕事は大丈夫なのかしら……助けてくれたのは本当に嬉しかったけれど、貴方の負担が心配ですわ」

 ジュドは一瞬目をまあるくしてから、眉を八の字にして、白い歯を見せた。

「あはは、あ、失礼しました。大丈夫ですよ。何年ここの執事やってるとお思いですか。クローネ様のお転婆には慣れっこです」

 こういう謙虚で、少しおちゃめな性格が人気キャラの所以だろうなあ。
 推しとして尊い以前に、私はジュドを人として尊敬している。

「うう、お淑やかって難しいですわ……」

「……随分とお変わりになられましたね。少し前までは私も手を拗らせるほど元気でしたのに」

 中身が悪役令嬢から、この世界線のガチゲーマー(エンド分岐全て暗記済み)に変わったから、そりゃね。
 なんと言おうか少し悩んでから、ソウダネと棒読みの苦笑いを返した。

 唐突にドタドタと足音が響く。

「居たか!?」
「いやいない!絶対、あいつが妹君のネックレスを盗んだ犯人だ!」

 しばらく息を殺していると、足音が止んだ。

「お嬢様、心当たりは?」

「無いわ……どこにいったのでしょう。誰かが私の部屋に隠していたら怖いですわね」

「そんなことが過去にあったのですか?」






 やっっっばいやらかした。


「あ……えっと、ここの人達は優しいからそんなこと無い、ですわよね?あはは」


 この世界線的には私がヴィランが正解なんだった。
 本当は今すぐにでも妹を直訴したいくらいだけれど、当然ゲームにそんなルートは無い。
 私の目的は、推し達のハッピーエンド。
 下手にオリジナルストーリーを始めて、彼らに悪影響を出すなんてこと、望んでいない。



 慌てる私を前に、ジュドはため息をついた。

「クローネ様。お優しいのは素敵なことだと思いますが、以前のように、私にくらいわがままになっていいのですよ」

 ジュドは、鍵を私の手に握らせるとそっと頭を撫でた。

「お渡ししておきますね。誰も入りませんし。何かあればいつでも私を頼ってくださいね」

 では、ネックレスを探して汚名を晴らしておきますので。
 ジュドはそう言い残して時計台の外へ消えていった。


 ジュドの優しさが染みる……嬉しい……だけどそれ以上に……



 何かあればいつでもだって!?
 あれ、スタート画面起動時のセリフじゃん!?は!?生で聞いちゃった!!

 今日が命日かもしれない、と、時計台の窓から見える昼間の月に呟いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

私の夫は妹の元婚約者

彼方
恋愛
私の夫ミラーは、かつて妹マリッサの婚約者だった。 そんなミラーとの日々は穏やかで、幸せなもののはずだった。 けれどマリッサは、どこか意味ありげな態度で私に言葉を投げかけてくる。 「ミラーさんには、もっと活発な女性の方が合うんじゃない?」 挑発ともとれるその言動に、心がざわつく。けれど私も負けていられない。 最近、彼女が婚約者以外の男性と一緒にいたことをそっと伝えると、マリッサは少しだけ表情を揺らした。 それでもお互い、最後には笑顔を見せ合った。 まるで何もなかったかのように。

番を辞めますさようなら

京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら… 愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。 ※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡

別れ話をしましょうか。

ふまさ
恋愛
 大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。  お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。  ──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。  でも。その優しさが、いまは辛い。  だからいっそ、わたしから告げてしまおう。 「お別れしましょう、アール様」  デージーの声は、少しだけ、震えていた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

処理中です...