拝啓、傷ついたあなたへ……

梅木流

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I LOVE ME!!!

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 コツコツコツ!
 高いヒールのかかとがコンクリートを叩く。まるで私はここだと言わんばかりの主張が周囲の人間を振り返らせた。いつものことだがとにかく私は目立つ。理由はわかってる。個性的なビジュアルとびっくりするほどの姿勢の良さが原因だろう。特に、本日は妹から誕生日プレゼントに貰ったパープルのアイシャドウに友人が似合うと勧めてくれたボルドーのリップでメイクしているのでとても派手だ。このコスメたちは大切な人たちが私のことを想って選んでくれたのだからいつもより120%私は可愛くなっているに決まっている。
 うきうきしながら駅チカを進んでいく、今日は久々の全休日なのでいつも頑張ってる自分に美味しいコーヒーとナポリタンをプレゼントすると今朝決めたのだ。
 コーヒー一筋40年のおじいさんとボリューミーで美味しい食事を作るパワフルなおばあさんがご夫婦で経営している昔ながらの喫茶店。普段は安物のインスタントコーヒーだが仕事でくたくたになったり、よい功績が残せたときには決まって自分へのご褒美に食事しに行く。今回は自分の管轄部署の業績が伸びたお祝いのためである。
 看板が見えてきた、もうすぐだ!!
「お姉さん! 一人ですか?」
 急に誰かに肩を掴まれて、グンッと足が止まる。振り返ると見知らぬ男が私の肩を掴んでいた。男の腕を掴んで肩から下ろすと、無視して歩みを進めようと踵を返したが今度は腕を掴まれてしまう。
「お姉さん、待ってください! めっちゃ好みなんです。彼氏とかいますか?」
「すみませんが、そういうの間に合ってます。」
 腕を振り払い、歩き始めると後ろから舌打ちが聞こえた。
「チッ、ブスのくせに。」
 おい、おまえ今「めっちゃ好み」とか言うてたやんけ。おい、掌返しクルクルかい。
 思わず心のなかでツッコミを入れたが、振り返って文句を言う気にもならずそのままレトロな木製の扉のドアノブに手をかけた。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」
 ふわっとコーヒーの香ばしい香りが私の心を落ち着かせる。おじいさんは相変わらずカウンターの中でカップを磨いていた。古今東西から集めてきたおじいさんのカップコレクション。コーヒーを注文すると好きなカップを選ばせてくれるのだ。そのため、壁の一面は大きなガラスケースになっており、おじいさんのカップコレクションを鑑賞することもできるのだ。私は一番奥の一人席に座ってメニュー表を見た。正直、コーヒーの味の違いはそんなにわからない。香りがスパイシーだとか、苦味が強いとか単純なことでしか違いを判断できないのだ。迷っているとおばあさんがお水を持ってきてくれた。
「今日は体調でもわるいの?」
「いいえ、少し不快な出来事がありまして、それだけです。」
「まぁまぁ、どうしたの、おばちゃんで良ければ聞くわよ?」
「ここに来る途中、見知らぬ男性にナンパされたので断ったらブスって言われてしまいまして……。」
「酷い捨て台詞ね。あなたへ対してとっても失礼だわ。」
 おばあさんが私の手を掴み、優しく手の甲をさすってくれた。おばあさんはいつも誰かの心にこうして寄り添ってくれるのだ。それだけで私は胸の中のもやもやが和らいだ。
「ありがとうございます。元気が出てきました。今日は、ナポリタンとおまかせコーヒーでお願いします」
「はいはい、ナポリタンね。カップは何にする?」
「じゃあ、あのガラス製の青い細かい模様のカップでお願いします。」
「あれね。わかったわ」
 おばあさんがせかせかと足早にカウンターに入っていく。いつの間にかおじいさんはサイフォンを加熱し始めていた。ふわりと一層濃いコーヒーの香りが漂い始めると一気に眠気が押し寄せてきた。程よい室温とコーヒーの香り、クラシック音楽の流れる薄暗い雰囲気が私の荒立った心を落ち着けてくれる。
 ソワソワしているとおじいさんがコーヒーを運んできて静かにテーブルに置いた。ガラスカップの縁は金の装飾が施されており、直線的なフォルムに青色の異国情緒あふれる模様でが描かれており、まるで神聖な壁画のようにも思えた。
「ありがとうございます。」
「今日はエチオピアの豆だよ。酸味と甘さがあって、苦味は少なめ。ちょっとレモンティーっぽいって感じる人もいる。」
 おじいさんはいつもコーヒーの特徴をわかりやすく教えてくれる。私が違いの分からない鈍感な味覚をもっていてもだ。おじいさんのこだわりのカップに口紅を付けてしまうのが忍びなかったので、唇をポケットティッシュで拭ってから「いただきます」と何も入れずに口に運ぶと少しフルーティーな香りが鼻孔をくすぐった。コーヒーじゃないみたいだ。
「フシギですね、なんだかコーヒーじゃないみたい。お砂糖を入れなくても甘い。」
 おじいさんは満足したようにコクリと頷くとカウンターに戻って言って何やらノートにペンを走らせていた。不躾にも眺めていると、おばあさんが大きな皿を両手で運んできてニコニコとおじいさんを見ながら口を開く。
「あれはいつも来てくださってるお客様の好みとか反応とかをメモしてるの、おじいさんにとってはコーヒーが言葉のかわりみたいなものだからね」
「私フシギとしか言ってませんが、大丈夫なんでしょうか?」
「フシギも立派な感情だし、肩の力、抜けたでしょ。」
 おばあさんは大盛りのナポリタンとフォークを置くとカウンターへ入っていき、おじいさんの隣でノートを覗き込んで茶々を入れていた。
 濃くて少し焦げたソースとしなしなのピーマン、玉ねぎが麺にしっかりと絡みついていて美味しい。心なしかいつもよりも味が濃い気がする。おいしい。疲れた体に染み渡るし、普段使わない脳をフル回転させる日々が続いていたためか、甘いものに飢えていた私はあっという間に大盛りのナポリタンを食べきった。
「相変わらず、いい食べっぷりね」
「おばあさんのお料理が美味しいからですよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわ」
 お皿を片付けると、おばあさんは私のすぐ近くのカウンター席に腰を落ち着けた。最近、足腰が動かしにくくなってきたのだ。おじいさんは何も言わずにマグカップに温かいミルクを入れておばあさんの前に置いた。
「ねぇ、最近どう?」
 元気いっぱいのおばあさんの珍しく静かな声だった。最近どう? とはおそらく私の気持ちの話だろう。
 初めてこの店に来たのは病院の帰りだった。仕事中のミスが増えたこと、怒りの感情がコントロールできなくなったこと、職場で意味もなく涙がでること、急に激しい動悸がして息苦しくなること、うまく入眠できない上に朝起きるのが辛く、休日はベッドから一歩も動けないこと。なんだかおかしいと思い、ネットで調べたらうつ病の症状に似ていたので心療内科を受診することにしたのだ。結果は躁鬱とそれに伴う睡眠障害で1ヶ月の休職を勧められたが職務上の立場から長期の休暇は不可能だった。結局、薬を複数飲むことを条件に週に2日以上休日を取ることで話がまとまったのだ。
「最近は順調ですよ。出勤時の路端に咲く花に朝露がのっているのを見て美しさに感動したり電気の消えた部屋で目を閉じて外の雨音を聴いてみたりと随分と心に余裕が戻ってきたように感じています」
「そう、随分と回復したのね」
「はい、おかげさまで。今じゃ自分のことを世界で一番愛してます!!」
「あらあら、自身を持つのはいいことね。前よりずっと明るくなってべっぴんさんに磨きがかかったわ。」
 おばあさんの発言に奥で静かに話を聞いていたおじいさんがウンウンと頷いていた。

 容姿、能力、仕事、人間関係、すべてをごちゃ混ぜにしたような真っ黒なコーヒーをグッと飲み干す。
 やっぱりフシギな味がした。
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