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お友達認定されました

私、嵌められました

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 結婚式の為の休暇が終わりマックスは職場に復帰した。前述の通り過去のマックスの行ってきますはでこちゅー一択だったのだが、今回のマックスはでこちゅーと左ほっぺ右ほっぺの日替わりローテーションらしい。ただし私はお飾り妻なので唇はばちっと、しかも相当冷ややかにお断りした。それなのにマックスったらまるで毛を逆立てる仔猫を見るかのように和んだ目で見下ろして来るし、マイヤ達はこんなにもあからさまなお飾り妻なのに私が照れているだけと決めつけ生暖かく眺めているだけだ。

 と云うのもとても難しいのだ。何がって『お飾りの妻の夫への許容範囲』の線引が、だ。

 フーシャーハーと猫のように唸りながら口付けを断固拒否する私だが、じゃあギュッと抱き締められるのはどうかというと黙認だ。ハグならば親子や友達同士でもするのだから騒ぎ立てるのは自意識過剰の勘違いオンナって思われかねないではないですか!そこで黙認しているんだけれどマックスのはどうも違和感が強いのだ。

 片手が私の背中に回されているのは良い。じゃあもう片手はというと後頭部を抱え込むように添えおまけにマックスは自分のほっぺを私の頭に押し当てる。これってお飾りの妻への抱擁として適当なやり方なのでしょうか?
 
 加えてもう一つ発生している問題がある。永い永いながーい抱擁からやっと解放されたと安心した途端、マックスは両手を包むように握ってくる。通い馴れた職場に出勤するだけ、それだけなのにどうして毎朝マックスは離ればなれになるのが苦しくて切なくて胸が張り裂けそうだと言わんばかりの瞳で私を見つめるのか?

 実際結構な頻度で『苦しくて切なくて胸が張り裂けそうだ』って口に出しちゃうのだ。こ、声が大きい、声が!!

 朝からそんなのを目にしたマイヤ、リジー、メアリは三人揃って頬に手を当てもじもじと身体を揺らしているし、御者台のバートン爺は視線を空の彼方に飛ばしている。執事のコーリンは必死で笑いを堪えているせいで顔が歪んで歪もいいところ。マックスさん、これからお出掛けになる貴方は良いでしょうが、ここに残る私の所在無さを少しは考えてくれないかしら?

 そして一日の勤務が終わるとマックスは帰宅するし私はお出迎えをする。朝の行ってきますがあの騒ぎなら帰りのただいまはそれ以上の騒ぎだ。昼間仔猫達と一緒にいた私のワンピースは猫の毛だらけなのに、猫の毛だらけだからって言っている……というかほぼ絶叫で訴えているにも関わらず、朝と同じ違和感しかない抱擁に続きましての抱き上げられての移動。どうして出迎えた私が毎日抱き上げられるのか本当に謎が深い。それによりマックスのスーツは毎日毎日猫の毛だらけで皺だらけだ。スーツを手入れするメイド長のトレイシーに申し訳なくて謝ると『仲良くなさっているお姿を拝見するのがわたくし共の何よりの幸福でございますからどうかお気になさらず』などと涙ぐまれてしまいそれは気不味かった。

 屋敷ではお飾りである事を隠す気もなく開けっ広げにしているのに、誰にも理解して貰えないというもやもやとしたお飾り妻の毎日は平和に過ぎていく。クッション16個によるベッドの境界線に関しては三日目からはマックスが並べるのを手伝ってくれるようになり益々安泰だ。お飾りの妻を客間に追いやるなんて虐待じみたことをしなくても解決策はあるものだと感心したのでは無いだろうか。虐げる夫だった頃のマックスは何を言われることはなくても使用人の顰蹙を買いまくっていたけれど、今では『あのくっそ真面目なマクシミリアン様が……』と誰も彼もが微笑ましく見守っている。マックスの評判は急上昇だ。成る程、マックスの狙いはそこにあるのかも知れない。

 それなら二人きりの時にムードを出そうとするのは不要なので即刻止めて頂きたい。北の辺境には壁に耳あり障子に目ありって言葉があるそうで、どんなシチュエーションでも誰かに見聞きされている可能性があるから注意しなさい、という戒めらしいがマックスはそういうことを警戒しているのだろうか?何でもメアリという名の女性がいると『壁に耳あり障子にメアリ』って言われるのがお約束らしいのだけれど、我が家なら強引ではあるが『壁にリジーあり障子にメアリ』もアリかと思う。

 それはそうと、今私はそれどころではない。オフィーリア様から茶会にご招待されたのだ。いや、それは覚悟していたことだけれどオフィーリア様は迎えの馬車を出すと申し出て下さったのだ。いやいや、これもオフィーリア様はそうされるだろうとマックスに言われていたのでその通りでしたと思っただけなのだが、やってきた馬車の様子がおかしい。白塗りに金のゴージャスな装飾を施し白馬に引かれたその馬車には見慣れた紋章が光輝いている。ここセティルストリアの貴族ならば誰もが知っている紋章……そう、セティルストリア王家の紋章が眩いばかりにキラッキラと。

 先に馬車に乗っておられたオフィーリア様が上機嫌で早く乗れと急かしているが、混乱して動揺して脚が動かない私は壊れたからくり人形みたいに首をプルプルと横に振った。そんな私に痺れを切らしたのか……といっても私がブルブルし始めてからまだ三十秒位しか経っていないのに、オフィーリア様は騎乗で警備に就いていた近衛騎士に言った。

 「ロメオ、面倒だからこの娘を馬車に放り込んで頂戴」

 しかしロメオという大変麗しい容姿をした騎士は私を放り込むという暴挙には出なかった。私は荷物のように担がれて放り込まれた方が有り難かったのだ。

 だってロメオは私の耳元で『失礼』という色っぽい声で囁くと恭しく私を抱き上げで馬車に乗り、そりゃもうご丁寧に座席に座らせて下さったのだから。

 恥ずかしさで真っ赤になっている私をオフィーリア様は完璧に見世物を見る目で面白そうに眺めた。

 「マクシミリアンに知られたら面倒なことになるでしょうねぇ。黙っていて欲しいのなら覚悟を決めて大人しくついて来なさい」

 ーーついて来なさいって一体何処にーっ!?

 私のお友達は物凄く質が悪い方なのではないか?私は背筋がぞわんとして気がつけば全身に鳥肌が立っていた。

 

 

 

 
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