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愛して欲しいとは思いません
私、喜んでお迎えします
しおりを挟む体調は日に日に回復し痩けてしまった頬も随分膨らんできた。医師からは体力を付けるためにも少しずつ元の生活に戻すようにと言われている。問題は私と周囲の間の少しずつの程度に相当の乖離がある事なんだけれど。皆がやいやい煩くて、なかなか仕事をさせてもらえないのだ。
冬の終わりに死ぬ私には残された時間がもう僅かしかない。思い起こせばこれまで病気で死んだことは一度もなくて、かなりの頻度で殺されてきた。事故死も何度かあったし初期の二度は流産が原因だ。多分今度も私の死は突然振り掛ってくるのだろう。だからこそ少しでも良い、皆が背負わされるであろう負担を少なくしておきたい。今出来る事をやってしまいたい。そんな焦りがあるのになかなか動かせて貰えない。「私もうすぐ死ぬから」なんて誰にも言うわけにいかないし、こんなに何度も巻き戻りを繰り返しているのにちっとも思い通りにならないなんて、人生ってもどかしいなってつくづく思うのだ。
マックスはかなり反省しているようであれ以来『お飾りの妻への適切な距離』を厳守している。朝のぐずぐずもなくなり行ってきますはでこチュー一択になった。それも一瞬触れるだけだ。
うん、よろしい。今後も続けて行きましょう!
今朝もまた軽~くでこチューをしたマックスはあっさりと出て行った。けれども病み上がりの私は冷たい北風が吹くようになった外には出して貰えなくて玄関でのお見送りだ。
バタンと閉じられたドアに向かって振っていた手を降ろし、密かにチラチラと様子を伺う。良し、マイヤは完全に油断しているしコーリンは馬車の見送りから戻っていない。今がチャンス!
今日こそマイヤを播いて執務室に行き鍵を掛けて仕事をしまくるのだ!!
私はこそこそと後退り階段の下まで移動した。そして振り向いて初めの一歩を踏み出そうとしたまま、彫像のように動きを封じられた。
閉まったはずのドアが開くと同時に聞こえてきた『ご機嫌いかが~?』というハイテンションな声。ギコギコと音を立てるように振り返ると声の主の瞳が獲物を捉えたかの
ようにキラリと光った。
「オ……フィーリア……様……」
「会いたかったわーっ、わたくしのカワイイお友達っ!」
突進して来たオフィーリア様はガバッと私に抱きついた。せ、背骨が折れる……いつもよりちょっと早いけど…下手すりゃ殺される……かも……。
「あぁ、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
魂が抜けかけた私に気が付きオフィーリア様は慌てて渾身の抱擁を解き、今度は両手で私のほっぺを挟んでムニムニしながら『満たされるわ~』とニンマリした。
「突然ごめんなさいね。でも余計な気遣いをさせたくなかったの。少しお話をさせてもらいたくて訪ねて来たんだけれど、良いかしら?」
そりゃオフィーリア様がいらっしゃるとなったら屋敷は大騒ぎだっただろうけど、多分奇襲を喰らった今、一同真っ白になってるのよね。あと30秒もすればスイッチが押されたみたいに大パニックになると思うわ。
『良いかしら?』の返事を待つことなくオフィーリア様は振り返り、付き添ってきた二名の侍女さん……リーリアさんとエルザさんに目配せをした。すると綺麗な刺繍のクロスが掛けられた大きなバスケットを持ったリーリアさんがすすっと一歩前に出た。
「メゾンドアイラのバタークリームサンドでございます」
メゾンドアイラのバタークリームサンド?!あの行列が出来る大人気のバタークリームサンド!!マックスが撃沈して代わりにカップケーキを買ってきた、あのメゾンドアイラのバタークリームサンドなのっ!
いや、待って。このバスケット、随分大きくない?リーリアさん、両手で抱えているけれど?
「上げ底なんて野暮なことはしていないわよ。この中ぜーんぶバタークリームサンド」
艶かしく微笑むオフィーリア様の言葉に『はうっ!!』と私の喉が変な音を立てた。
『それにね』とオフィーリア様が言うと今度はエルザさんが前に出る。エルザさんが持っているのは小さな箱だけど……。
「こっちはね、ハンプトン&ノルンのキャラメルティの茶葉。セティルストリアでは手に入らないからドレッセンから取り寄せたのよ。わたくしのカワイイお友達が随分回復して退屈しているって聞いて、一緒にお茶を頂こうかしらと思ってお持ちしたんだけれど……いきなりお仕掛けてご迷惑だったかしらね?」
私は高速で左右に首を振った。オフィーリア様がお越し下さったのですもの。たとえ突然のアポ無し訪問だったとしても、女主人たるもの狼狽えずに心から喜んでお迎えするのは当然ですわ。おまけに入手困難なバタークリームサンドと貴重なキャラメルティまでお連れになっていらしたのですし。いえ、思っていませんよ。そちらがメインゲストだなんて、誰が思うものですか!気になってたまらないのは否定しないけれど。
私はいそいそとオフィーリア様をサロンにお通しし、頂いた茶葉でキャラメルティを淹れるようにマイヤに頼んだ。
応援ありがとうございます!
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