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確信と裏切り

私、何かおかしいのです

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 「行っておいで。ずっと屋敷に籠っていたんだ。丁度良い気分転換になるだろう」
 「良いの?でも……先週物騒な事件が起きた場所よ?」
 
 本来ならばマックスは反対したと思う。でも反対どころか行って来いと勧めると言うことは、やっぱりマリー君が絡んでいるわよね。幼馴染みならではの幼少の砌の黒歴史を盾に脅された……ってところかな?

 「マチネなら夕方には終わる。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 ほらね、わたくしマチネだなんて一言だって言っていないのにちゃーんとご存知だもの。絶対にマリー君と何らかの裏取引が成立しているんだわ。

 「じゃあ行ってみようかしら?」
 「あぁ」

 マックスはそれだけ言うと読んでいた本に視線を戻した。どうやらあんまりこの話題には触れたくないようだ。よっぽど恥ずかしい過去の失敗でも握られているのかな?

 私はマリー君宛にご一緒しますという旨の手紙をしたためマイヤに預けた。

 
 **********


 「ね、やっぱり来て良かったでしょう?これを逃していたら一生テレーゼ・パジールの歌声を聴けなかったのよ!あの突き抜けるような高音。なんて素晴らしいのかしら」

 幕間の休憩時間、マリー君は大興奮で感想を述べつつクイクイとスパークリングワインを喉に流し込む。だってマリー君が手配したのはなんとボックス席だったのだ。マリー君、本当に頑張ったのよね。大興奮して大満足して、フリードリンクとおつまみを堪能しなきゃやっていられないわよね。

 私がお酒が飲めないのがちょっぴり残念そうだったけれど、あれだけ飲んでようやくほろ酔いになったマリー君は楽し気だ。少しくらい飲みすぎたってボックス席なんだもの、何はともあれマリー君の心の傷が癒されるのは良いことよね?

 マリー君は傾けても中身が出てこないワインの瓶を見て眉間を寄せてすくっと立ち上がった。

 「新しいワインを頂いてくるわ」
 「え?自分で取りに行くの?」

 そこまでかとぎょっとする私にマリー君はぱちりと色っぽくウインクをした。

 「化粧室に行って帰りに寄るだけよ。ついでにフローレンス様のお飲み物も頼んでおくわ」

 一緒に行こうと言う私を振り払ってマリー君は出ていってしまった。多分マリー君は鉢合わせないか心配しているのだと思う。ロビーで母とヘンリエッタの姿を見掛けたから。

 確かにあれは凄かった。怪しいと言われるのも頷ける。長い長い鳥の羽がわさわさと付いた帽子を被り派手な化粧を施し、肩まで大きくあいた昼間には相応しくない露出の高いドレスを身に付け、マリー君の言う通りジャラジャラと宝石が巻き付けられた首は肩がこらないか案じてしまうくらい。しかもまだデビュー前のヘンリエッタまで同じような装いをさせているなんて!!恥ずかしさで思わず柱に隠れた私を見て、マリー君はちょっと違った誤解をし気を遣ってくれているのよね。

 外に人の気配を感じて振り向くとドアがコンコンとノックされた。マリー君、随分早いけれどどうかしたのかしら?私は急いでドアを開けた。

 「お飲み物をお持ちしました」

 そこに居たのはマリー君ではなくボーイだった。手にしたトレイにはクランベリージュースらしき飲み物が乗っており、彼はそれをワインテーブルに置くと一礼して出ていった。

 私がアルコールを飲めないのを知らなかったマリー君はスパークリングワインしか頼んでいなかったので丁度喉がカラカラだ。それに場内は人々の熱気で暑いくらいなのだ。私が早速クランベリージュースに口を付け、半分ほど飲んでからグラスを戻したところでまたドアがノックされた。

 「奥様、よろしいでしょうか?」

 ドアの向こうから聞こえたのはさっきのボーイの声だ。

 「どうかしましたか?」

 ドアを開けてそう尋ねるとボーイは声を潜めて話し出した。

 「お連れ様が体調を崩されまして休憩室におられます。場合によっては医師の手配をいたしますので様子を見て頂いても?」

 マリー君、ちょっと飲み過ぎちゃったのかしら?いくら酒豪でもかなりの飲みっぷりだったものね。
 
 私は案内を頼みボーイの後に続いた。マリー君が運ばれたのは一番奥の休憩室らしい。長い廊下を歩きながら私はなんとなく足がもつれるのを感じていた。病み上がりだから筋力が落ちてしまっているのかしら?ボーイは特に早足と言う訳ではないのだけれど、何だかジェレミアを追い掛けた時よりも辛い気すらする。ボーイも私の異変に気がついたのか立ち止まって振り向くと私の足取りをじっと目で追っている。ほんの三メートル、それがどうしてこんなに長く感じるのか?身体が重くて堪らないし何だか指先に痺れも感じる。

 何かおかしい……。

 「さぁ、こちらです」

 ドアを開けたボーイがツカツカと私に近寄り黙って抱え上げた。抵抗したくても身体が言うことをきかず声すら出ない。ほんの少し足をぶらつかせるのが精一杯だ。そんな気休めにもならない悪足掻きをする私を見て鼻で笑ったボーイは悠々と休憩室に入って行った。



 



 

 

 
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