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おやゆび姫

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 「…………」

 あまりの幼さに私は言葉を失った。

 14歳……どんな思惑だか知らないけどあのまだまだあどけなくて子どもっぽさがあったアンネリーゼがたった一年でそんなに成長したとは思えない。それにリードだって青年というには幼かった。名前のことで臆病になっていたアンネリーゼは歳を尋ねたりはしなかったけれど、多分一つか二つしか離れていない筈だ。

 そんな二人が結婚した?他国のお姫様との政略結婚ならいざ知らず、一体どんな必要があって事業にしか興味のない社交界での後ろ楯なんてほとんどないギリギリ許されている身分だっていうだけの伯爵令嬢なんかと、そんなに年若く結婚させたというのだ?

 「やはり封印したのはそこからか……」

 兄さまは長い脚を組んでどさりと背もたれに寄りかかった。やはりって……兄さまには思い当たる事が有るのだわね?

 「打診を受けた時に期間を置いて成長を待っては貰えまいかと申し入れはしたんだが、慣例に従って欲しいと押し切られた。相手は王太子だからね、それを言われては反論などできなかった」

 それでもあの両親が王室相手に物申すとは、よっぽど狼狽えたんだろう。

 「私がお城に通っていたのは……あれは、王妃様が私のあしらう花を気に入って下さったからじゃなかったのね……」

 まるで前世で培ってきたことまでもを全否定されたようで私の声は息苦しさで震えていた。それに私の魂に引きずられるように花に触れていたアンネリーゼを変わり者令嬢と揶揄する声もあったのだ。私はアンネリーゼの運命を狂わせてしまったんじゃないか?けれども兄さまは静かに首を振った。

 「いや、王妃様は本当にリセの花を気に入られていた。その上でお前自身にも興味を持たれたんだ。控えめなリセは快活で溌剌とした女の子じゃ無かったけれども、その代わりに思慮深く丁寧で、どうしたら王妃様に楽しい時間を過ごして頂けるかと一生懸命考えている誠実さが痛々しいほど感じられたそうでね。その健気ないじらしさに好感を持たれたのだと、そう仰っていたよ」
 「それだけで王太子妃だなんて…………」
 「結局のところ決め手になったのは王妃様のリセならやれるという直感だったようだ。だから婚約が発表された当時は粗方の人間がお前に務まるかと冷たい目を向けていたし、大体引っ込み思案で控え目なお前に耐えられるだろうかと一番案じていたのが家族の俺達だったんだから。すげ替えを狙う奴らの売り込みは遠慮がなくあからさまで、リセの結婚は初めから厳しいものになるだろうと不安でたまらなかった」
 「私はどう受け止めたの?」
 「リセは部屋に閉じこもって泣いていた」

 アンネリーゼは内向的でおとなしい女の子だ。華やかで綺羅びやかな世界に憧れたりなんかしないし、注目を浴びることも苦手で常に誰かの影に隠れて気配を消そうとするような性格で。それでも否応なしに人目を引くこの容姿にうんざりすらしていた。父さまのような黒髪や兄さまのような直毛なら誰も私に目を留めたりしないだろうに、なんて思い悩んですらいたくらいなんだから。

 「私は……王太子妃になんてなりたくなかったのね?」
 「そうだね、何よりもリセは自分の気性を良く理解していたから選ばれたことに納得ができなかったようだ」

 アンネリーゼは聡明だったが故に、特別に優秀でもなければ社交性もない自分が王太子妃には不相応だと自覚していたんだもの。何故自分なのか?いくら考えてみても納得のいく理由が見つけられなくて、唯一思い当たるのは珍しい花束を作り王妃様の興味を引き気に入られたこと。それだけの価値しか持たない自分が王太子妃に相応しいとは到底考えられなかった。アンネリーゼにはひと欠片の自信すらもなかったのだ。

 「それでも泣いたのは一晩だけ。14歳の誕生日に行われた結婚証明書の署名式まで、一度たりとも不満を聞いたことも無ければ嫌がる素振りすらも見なかった」

 パチン!!

 頭の中で電線がショートするような大きな音が鳴り、眩しい光で視界が眩む。私の額を照らしたその光は掌に落ちた粉雪みたいに一瞬で溶け吸い込まれていく。それはアンネリーゼの記憶だ。封印を解かれた記憶の一部が戻ってきたのだ。

 署名式を終え城のバルコニーに出たアンネリーゼを呑み込んだ人々の歓声。舞い散る紙吹雪の中でアンネリーゼは微笑みながら右手を振っていた。

 けれども小さな左手は縋り付けるあてもなく、白いワンピースのスカートを皺になるほど握りしめていた。

 

 

 


 

 
 
 

 

 
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