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危険過ぎるリコチャン

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 アレンの好みはふわふわっとした妖精ちゃんタイプ。伯母と元お洒落番長の従姉は次の二着もその路線を厳守してドレスを仕立てた。そしてそろそろ違う路線でも良いのではないかと考えて、ブリジットおねえたまに声を掛けたのだ。

 ブリジットおねえたまは大喜びの二つ返事で快諾。だが私は意義を唱えた。ブリジットプロデュースのドレスなんて着こなせるわけがないじゃないかと。

 パッとしない私に艶やかさなど求めてはいけない。無いものは無いのだ。しかしブリジットおねえたまは突然私の両脇に手を差し込み、それをムギュと寄せて囁いた。

 「リコタン?谷間はね、存在するものじゃない、創り出すものなのよ」

 と。こうしてブリジットおねえたまのプロデュースによる三着目のドレスプロジェクトが始動したのである。

 当日、伯母の屋敷にやって来たおねえたまの寄せて上げてテクは凄かった。どこに散らかっていたのか、集合した脂肪達は見事な山と谷を創り出し、常に甘やかして自然任せにしていたウエストは、くっきりしたくびれとなって我々の目を瞠らせる。伯母と元お洒落番長の従姉、そしてメイド諸君が大興奮でメモを取るのに必死だ。

 ブリジットおねえたまが選んだスモーキーブルーのドレスは、胸元の切り替えから上はハイネックの総レース仕立て。一瞬清楚かと思わせて、透けて見える素肌が逆にセクシーなのだそうだ。おまけに背中はウエスト近くまで大きなあきがある。スカートはいつものプリンセスラインではなくローウエストでくびれを強調。そこからシルクのスカートが美しいドレープを作り出している。

 よくもまあ、私という土台にここまでの凹凸を爆誕させたものだ。ブリジットおねえたまは創造主なのであろうか?

 そして今夜はふわふわくるくるも封印し髪はアップに。メイクは眉をくっきりと描き、でも真っ赤ではなくローズピンクのルージュを引いた。ブリジットおねえたま曰く、やりすぎずちょっと外すのがポイント。コッテコテのセクシーではなく少し幼さを残すことで怪しい色気が醸し出されるのだそうだ。

 そんな色気、醸して良いのだろうか?

 大いに疑問ではあるが、確かに今夜の私には、普段はどこを探しても見当たらないお色気がバッチリあって、自分でもたじろいでしまうくらいだ。

 「本当に綺麗。アレン様が誰にも見られないように閉じ込めてしまいたい……なーんて仰らなければいいけれど」

 伯母の要らぬ心配がちょっとバージョンアップしている。案ずるな、アレンのそれは違う意味だからっ!

 曖昧に微笑んだ私は家令にアレンの到着を告げられエントランスに向かった。

 ブリジットおねえたまに指定され、クリーム色に艶消しの銀で装飾されている夜会服を身に着けたアレン。この世にこれ程渋くクリーム色を着こなす人間がいるだなんてと、思わず見惚れてしまう。特殊任務じゃなければこんな美形の隣に立つ機会なんて無かっただろう。これぞ役得というヤツだ。

 そんな私を一目見るなり目を細めたアレンは、慌てた様子で片手でガシッと口を覆った。

 そうですか。やっぱり文句のひとつも言いたくなりますよね?それを口に出さぬように必死に堪えていらっしゃるのね。

 それでも今夜は好みのタイプじゃない私で我慢して頂くしかない。繰り返すが出不精の私を囮に選んだのはアレンなのだ。今までの鬱憤を弾けさせ張り切る伯母達を止めることなど私には無理だ。

 「…………無理だ」
 
 いくらタイプじゃないからって、無理だは酷いと思う。しかしアレンの文句はこれで終了ではなかった。

 「今のリコを連れて夜会に行くなんて正気の沙汰じゃない!どんな目を向けられるか、わかり切っているじゃないか!」

 アレンはとことん気に入らないらしくやけに機嫌が悪い。だからってそこまで言われるほど酷くないと思うけれど?

 「白い目で見られるようなマナー違反はどこにもないわよ!むしろ露出なんて背中だけなんだし」

 ほらっ!と振り向いて見せるとアレンがバタバタと数歩後退った。何その反応?私の背中はそんなショッキングな代物でしょうかしらね?失礼しちゃう!

 「そ、それを人目に晒すのか?」
 「だって夜会ですもの。何の問題もないでしょう?」
 「リコの背中だぞ?」
 
 何その言い方。私の背中を見たら目が潰れるとでも?

 思わずむすくれていると、ブリジットおねえたまがによによ笑いながらやって来た。

 「驚いた?良く似合っているでしょう!」
 「ブリジット、お前の仕業か!」

 態とらしく溜息を吐いたアレンが忌々しそうにブリジットおねえたまを睨んだ。

 「いつもの可憐な妖精ちゃんも良いけれど、今夜のリコタンは大人っぽくて素敵だと思わない?」
 「…………す、凄くいい……」

 強引に言わされているのが不服なのか、アレンは横を向いて答えた。そんなに気に入らないなら黙っていれば良いのにねぇ。

 「だが……こんなリコを夜会に連れて行ったら……無理だな。やはり危険過ぎる!」
 
 危険って……私の背中は凶器だとでも仰るのですかねぇ?

 ブリジットおねえたまは一歩下がって私をじっくりと眺め、満足そうに頷いた。

 「そんなに心配なら片時も離さずにずっと側にいることね。安心なさい。見られたからって減るもんじゃないわ」
 「……そういう問題じゃないだろう!駄目だ、誰の眼にも触れさせるわけにはいかない。どこかに閉じ込めておかなければ!」

 隔離が必要なレベルの危険度ですか?それは相当ですね。

 ブリジットおねえたまとメイド諸君が何時間かけて施した加工だと思ってるんだ、と叱り飛ばしてやりたいのをグッと堪え、私は勝手にアレンの腕に手を絡めた。

 「アレン、行きましょう!遅れてしまうわ」

 皆さんの努力を無駄にしてはならない。これでも19歳のピチピチボディだ!アレン的には低評価みたいだけど、色白で吸い付くようなしっとり素肌の生背中は、メイド諸君にも絶賛されたのだ。何も恥じることなんかない。何が何でも夜会に行ってやる。
 
 アレンは例によってビクッと身体を強張らせた。それこそそういうとこだぞ?パッとしない女に触られて虫酸が走るのかも知れないが、一々固まっていたら怪しまれてもおかしくないではないか。

 それに……自分がパッとしないのは十分自覚していたけれど、触れられたくないくらい嫌悪感を持たれるほどなんて正直気分が良くはない。任務の為に頻繁に顔を合わせるようになり、小さなテリトリーで暮らしていた私は新しい友達ができたような気にすらなっていたのに。けれどもそれは私の勘違いで、アレンは我慢に我慢を重ねているんだろう。だからちょこちょこ挙動不審になるのだ。

 何だか胸がキュッとなって視界が滲み、アレンと共に歩き出した足がピタリと止まった。

 「リコ?どうした?」

 心配そうに覗き込むアレンを見上げ、それから俯いて首を振る。どうしてなのか自分でもわからないが、何だか無性に悲しかった。行きたくない。アレンに不愉快な思いなんかさせたくない。そしてこれ以上私への嫌悪感が膨らむのは嫌だ。

 「どこかに閉じ込めてくれたら良いのに……」

 そうしたら幸せ一杯の婚約者の振りなんかしないですむから……

 なんてセンチメンタルな事が一瞬頭を過ったが、そして小声ながらも口に出しちゃったが、ダメだぞ、私。囮捜査はどうなる?皆さんの努力は?そして特別ボーナスは?

 シャキンと頭を上げ背筋を伸ばす。しっかりしなきゃ。アレンだって時々こんな風に本音が出ちゃうけれど、概ね婚約者ラブ!というスタンスで頑張っているじゃないか。我々は同志だ。私も同じ方向を向いて頑張らなくちゃ!

 「行きましょう!」

 気合いを入れて颯爽と歩きだそうとした……のだけれど。

 「アレン?どうしたの?」

 強張るどころじゃなく全身ガッチガチに固まったアレンが、限界まで見開いた目のさらに瞳孔までフルオープンになった瞳で私を見つめている。ちょっとしたホラーだ。

 「閉じ込めて……良いのか?」
 「……は?」
 「リコを閉じ込めて……そ、そして…………」
 「え?拘束して監禁でもするつもり?」

 そこまで危険じゃないってばと慌てたが、アレンはこのプランに乗り気らしく喉をこくんと動かした。

 いえいえいえいえ、ご心配なく。私なんて会場に入ったら背景に溶け込んで隣にいても見失うような、存在感のその字もないような人間ですって!

 このままでは特別ボーナスが危ない。私はアレンの腕にしがみついて全力で引っ張った。アレンはまだ呆然としているので引きずるように馬車まで移動し、ハイハイハイと急かして馬車に押し込む。そして間髪入れずにアレンの向かい側に飛び乗って急いでドアを閉めた。

 

 

 
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