24 / 53
リコチャン オン ザ アレンのお膝
しおりを挟む近衛騎士のガンガン走りったら尋常ではない速さだ。田舎育ちで鍛えた健脚も引きこもりで衰えている今日この頃。瞬発力だけは残っているから一瞬はついていったけれど持久力はてんでない。あっという間にヘロヘロになった私に気が付いたアレンは、ひょいっと抱えあげてまたガンガン走った。
私、小柄でも華奢でもないのですが、凄いですねぇ近衛騎士って。レンジャー部隊みたいに重りを付けて走る訓練でもしているのかしら?逆に手を引かれた私が足手まといだったみたいで、抱えている方がスピードが出ているもの。
窓からそれを見ていたらしいロバートがドアを開けて出迎えてくれた。屋敷の中には甘酸っぱくて香ばしい香りが漂っている。仰る通り、アップルパイを焼いているらしい。
キッチンから顔を出したコニーが目尻を下げて『まあまあ!』と笑い、今の状況のこっ恥ずかしさに気付いた私は一気に赤くなった。
「アップルパイの香りがして慌てて走ったんだが、リコが足を挫いてはいけないからね」
足を挫いてはいけないと思うのならガンガン走らなきゃ良いだろう。アップルパイは逃げも隠れもしないし、ロバートとコニーでワンホール食べ切ってしまうとは考えられない。
「アップルパイは逃げませんし、わたくし達だけじゃとても食べきれませんよ?」
ほらね、コニーも同感だそうですよ?
「良いじゃないか。男ってものは愛しい女性のこととなるとちょいとおかしな行動をしてしまうものだよ」
ダンディに断言するロバートさん?アレンがちょいとおかしくなった理由は焼き立てアップルパイで私じゃありませんから。
っていうか、アレンはいつまで私を抱えているつもりだろう?鍛えられた近衛騎士ともなると、成人女性くらいの負荷は気にならないのかな?
「そろそろ降ろしてくれない?」
私は違う意味で気になる。そう、思いっきり恥ずかしいじゃないのよ!
しかしアレンは何も感じていないのかいたって普通に聞き返してきた。
「なぜ?」
「もう抱えている必要はないでしょう?」
心配せずとも君の分の焼き立てアップルパイは確保されるだろう、アレンくんよ。
だがアレンは膨れっ面で拗ねたように『嫌だ』と言った。降ろしたくない?つまりたまたまいい感じのヴァンプアップになっているのに、ウエイトを降ろしては台無しになる……とかそんな理由なのだろうか?
「私も嫌なんだけど」
「気のせいだ」
アレンはクッと口を引き締めた。よっぽどウエイトを手放したくないようだが、実際私は非常に気不味い。何よりもコニーとロバートの生暖かい視線であちこちムズムズする。
それでも私は単なるウエイトに過ぎずアレンは何とも感じちゃいないのだろう。何食わぬ顔でそのまま歩き出しリビングのソファに腰をおろした。
リコチャン オン ザ アレンのお膝
私は首を撚るしかない。座った状態で膝の上にウエイト。これでどんな筋肉が鍛えられるというのだろう?
「まあまあ、仲がよろしいのは結構ですが、それじゃアップルパイが召し上がれませんわよ?」
ワゴンを押してきたコニーに声を掛けられて身の置き所がない私は、一刻も早く安心して身が置けるところに移動しようと身体を捩った。けれどもアレンの腕は緩むことなくしっかりと腰に巻き付き、下ろすつもりはなさそうだ。
何だろう?ただ座っているようでありながら実はバランスを取るだとか、ひそかに腹筋背筋に力を入れるだとか、そんなトレーニングは続いているのだろうか?でもこのままでは困るだろう。私はここでも食べられるがアレンはかなり厳しい体勢になる。それじゃあ食べた気にもなれないってものだ。
「ほら、アレン坊っちゃん。お嬢様がお困りですわよ」
コニーに窘められたアレンはだがしかし
「ここで食べたら良いじゃないか!」
と抵抗を止めない。どれだけ強情だ?私を抱えてガンガン走るほど食べたかったコニーの手作りアップルパイ。そのアップルパイよりも筋肉を選ぶと、アレンはそう言うのか。
「リコが…………く、く、口に入れてくれれば……いい……の……では……ない……か?」
アレンは自分で言っておきながら顔を赤くして横を向いた。なるほど、そうか。筋トレばかりではなく、コニーとロバートへの仲良しアピールのチャンスとしても活用しようってことね。それなら仕方がない。このポジションでの滞在も甘んじて受け入れなければ。
何しろこの特殊任務には特別ボーナスがかかっているのだ。
私はワゴンから皿を取り上げてアップルパイをフォークで切り取った。焼き立てのアップルパイはホカホカと湯気を立てている。このままじゃ火傷をしてしまうだろうと、ふうふうしてからアレンの口元に差し出した。
ゴクリ……アレンの喉が大きく動く。そんなに食べたいのならここは潔く諦めて普通に食べたら良いのにややこしい人だ。
あーんと開いた口にアップルパイを入れる。アレンはもぐもぐと味わうように咀嚼してからゆっくり飲み込んだ。何だか涙目になっているのは、懐かしい味に感極まったからだろうか?
『はぁぁぁぁ……』と長い溜息を吐いたアレンが
「可愛い……」
と呟いた。何言ってるんだ、このオトコは?
「いや、美味しい!でしょ?」
「そ、そうだ!美味しいだ!ちょっと間違えただけだ!」
間違いを指摘されてきまりが悪いのかアレンは拗ねたように顔を逸らした。それならそうしていて下さい、私もアップルパイをご馳走になりますからね!
サクリと音を立てたアップルパイからトロンとフィリングが溢れる。私の好きなレーズンが入ったフィリングだ。おまけにシナモンは控え目。ヒャー、これ、今迄食べた中で、ベスト・オブ・アップルパイかも!
余計な言葉は要らない。このアップルパイに感じた率直な一言だけで良い。好き好き大好き、コニーのアップルパイが大好き!
「大好き!」
「ギョッフェ……どぅっほ……ヒッふぅ……」
あらあら、まただ。アレンが苦しそうにむせている。この体勢は辛いだろうと降りようとしたのだが、苦しさで何かに縋りたいのかアレンが私の背中に腕を回し、ぎゅうぎゅうと締め付けている。そこまでとはよっぽどだ。
多少なりとも苦しさが和らげば、とよいしょと手を伸ばしてアレンの背中を撫でてみる。だがアレンはピキンと身体を硬直させ、それから大慌てで私を下ろすと『水を飲んでくる』と言ってよろよろと立ち上がった。そうだった。私はアレンの懐抱が壊滅的に下手なんだった。
「お水ならこちらにありますよ?」
とグラスを差し出したコニーに首を振りふらふら歩いて行っちゃったけれど、放っておいて大丈夫だろうか?しかしコニーとロバートは顔を見合わせて笑いを堪えているだけで、別に心配はしていないようだ。
「アレン坊っちゃんたら、本当にお嬢様に夢中ですことね」
コニーに囁きかけられて思わず返事に詰まってしまう。アレンを目で追うコニーとロバートの眼差しは慈しむような優しさに溢れている。けれども二人は私が恥じらって何も言えないのだと思ったらしく、また顔を見合わせて微笑んだ。
「天真爛漫なユベール坊っちゃんとは違って、アレン坊っちゃんは大人びたお子さまでしてね。いつも周りを気遣って我慢して、子どもらしい我が儘もほとんど聞いた記憶がないくらいなのです」
甘え上手なユベールと真面目で苦労を背負いがちなアレン、何だか子ども時代の二人が目に浮かぶようだ。それは今でも変わらなくて、ユベールはあの通りマイペースの自由人でアレンは真面目過ぎて妥協できない人で。だから今も自分が犠牲になれば良いと我慢して婚約者の振りをしている。
「ですからねぇ、旦那様方はアレン坊っちゃんから藪から棒にお嬢様との結婚を許して欲しいと言われて、驚きのあまり腰を抜かすかと思われたそうなのですが、初めての我が儘を聞いてやらぬわけにはいかなかったそうです」
そう言えば顔合わせの時、最愛の人を見つけたと言われては窘められなくてとか何とか言ってましたっけ。あのドタバタ婚約の言い訳をこの二人にもしっかり浸透させていたとは。アレン両親は実に抜け目ない人達だ。『あぁ……まぁ……そうですか……ねぇ?』なんて口ごもる私とは雲泥の差である。
「アレン坊っちゃんたら随分と強引に話を進められたそうで、さぞかし戸惑われたでしょうに……アレン坊っちゃんの気持ちを受け止めて下さって、本当にありがとうございます」
「あぁ……まぁ……ねぇ?」
お礼を言われるのは凄く心苦しい。コニーとロバートはアレンが心から愛した人を人生のパートナーに迎えるのだと信じ、我が事のように喜んでいるのだ。任務を受けた以上仕方がないのだけれど、遠からず真実を知ることになる二人をどんなに落胆させてしまうだろう。
二人の気持ちを思うと自然と涙が滲む。私は霞む視界で一人無心にアップルパイを味わった。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる