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上手いことを言うジョルジュ
しおりを挟む「あの……私って、そんなに利用価値を感じますか?」
今までとは一転しおずおずと切り出した私の様子が意外だったのか、ジョルジュはぎょっとして一歩後退さった。
「ア?何言ってるんだよ?」
「あなたもそうだったでしょう?私が妃殿下に目を掛けられた女官だって理由で誘ってきたじゃありませんか。しかも私、後見人はベーゼン侯爵夫妻で、妃殿下のご両親のボードリエ公爵夫妻にも可愛がって頂いているし、王太子殿下も懐いてくるし、それにこれでも一応伯爵家の一人娘で……となると本体のパッとしない私を差し置いても結婚したいと思うだけの付加価値があるんですかね?」
「……そりゃあパッとしないだけの娘よりも付加価値が付いていた方が良いだろうが。それを聞くからには、婚約は取り消しになるのに婚約者は結婚したがっているのか?」
「そうらしいです。惰性で結婚すれば良いみたいなことを言っていましたから」
「こりゃまたややこしいな」
ジョルジュは面倒くさそうに顔をしかめた。
「どうも婚約者として過ごしているうちに思った以上に利益がありそうだって気が付いて、それで結婚したくなったらしいですよ」
「ふーん」
ジョルジュは不愉快そうに唇を尖らせながら、ドスンと無遠慮に私の隣に腰を下ろした。
「逆にお前はどうだったんだ?」
「はい?」
「傷付いたってことはだ、側にいるうちに好きになっていたんじゃないのか?」
「止めてくださいよ。私との婚約を仕方がないがやるしかない!って決死の覚悟で挑んだのが、ちょいちょい滲み出てくる相手ですよ?」
「ないか」
「ないです。それはないんですけど……」
不意に胸がキュッと締め付けられたように苦しくなった。
「共に同じ目的を達成するために頑張っている仲間、私はそんな風に感じるようになっていたんですよね。引くくらいストイックで呆れるほど真面目で、初めは何だかなぁって思っていたんですけれど。それでも何となく理解できちゃったりしてきて、ちょっと尊敬もしてみたり?人となりが解るにつれて、価値観が一致するなぁなんて感じてもいて、良い人だなとも思うようになっていたんですけれど。それなのに……利益が見込めそうだからって結婚するなんて、裏切られた気持ちになって当然だと思いません?」
ジョルジュは黙ってフルーツケーキを頬張り、ゆっくりと咀嚼した。自慢の義妹手作りのケーキなのに、まるで砂を噛むような苦々しい表情を浮かべている。そしてごくんと飲み込むとわざとらしくそっぽを向いて、私の頭をワシワシと撫でた。
「随分下衆な野郎だ。ま、いくらお前でも泣くのは無理ない話だな。遠慮なく泣け」
「乙女に向かって失礼ですね!」
「どこが乙女だ?」
ジョルジュはワシワシする手を止めた。だけど間髪入れずに情け容赦なくデコピンをお見舞いされて、悶絶した私は大泣きに泣いた。どうしてだ?私が何をしたって言うのだ?
「態と泣かすことないじゃありませんか!」
「余計な文句ばかりたれて素直に泣かないお前が悪い。泣いてどうなるものでも無いだろうが、泣けば多少気も晴れただろ?だから僕に感謝しろ!」
ジョルジュは悪態をつきながらもポケットから出したハンカチを差し出してくる。受け取るや否や『汚すなよ!』とか言うから突き返してやったけど。
「だけどお前、随分自己評価が低いようだが、要素としちゃそんなに悪くはないぞ?」
自分のハンカチで当てつけがましく涙を拭っている私を物珍しそうに眺めていたジョルジュが、取ってつけたようにそんなことを言う。
「良くもないですけれどね。この通り黒髪の地味な容姿ですし」
口答えをしながらジト目で睨むが、ジョルジュは何とも感じていないらしく物色するように私をジロジロと見回した。
「それでもかなりの色白だぞ?逆に黒髪の方が映えると思うがなぁ?肌も綺麗だし睫毛も長い。それぞれのパーツは過不足なく整っていて配置も適正だ」
気の毒がって慰めてくれているのかと思ったが、どうもジョルジュは本気らしく、人差し指でおでこの真ん中をトントンと叩きながら真剣な顔で考え込んでいた。
「僕が思うにお前に足りないのは向上心と努力だな。早起きしてお洒落しようなんて考えが一切ないのが滲み出ている。なまじそこそこ整った顔なんかしているから手抜きを覚えたクチだろ?自分に何が似合うのか、どうしたらより綺麗になれるのか、そんなことを何も考えずに生きているから野暮ったいんだ」
「…………」
私は膨れっ面で押し黙った。『無駄に名前が派手』の時もそうだったが、ジョルジュはアホの子の割に結構核心を突いた上手いことを言う。認めたくはないが、はっきり言ってそのものズバリだ。
「まぁアレだ。お前ならどうにかなるだろうからもう少し自分を大切にするんだな。白馬に乗って迎えに来る王子様を待ってるだけじゃ駄目だ。目に留めて貰えるように少しは気を使え。それでもどうにもならなかったら、その時はアレだ……」
また何故かそっぽを向いたジョルジュの横顔がポワっと赤くなっている。私は手元に残っているフルーツケーキを見下ろして首を傾げた。これ、しっかりブランデーに漬け込んだドライフルーツを使ってあるけれど、酔っ払うほどアルコールは強くないと思うんだけど?ジョルジュって相当お酒が弱いのかしらね?なんて思っている時に、徐ろにこちらに視線を戻したジョルジュの表情にはものっすごい既視感がある。遡ること三年、齢十六のわたくしを相手にあれこれ手を尽くし撃沈した、あの時のジョルジュそのものでは?
いや違う。むしろあの打算的嫌らしさが抜けて純粋そのものっぽい気がしちゃうんですが。
もしかしてジョルジュったら、共に作業に没頭したせいで何かおかしなものが芽生えてやしないだろうか?孤独に挑み続けてきたけれど、乗り越えようにも乗り越えられなかった高い高い壁。今思えば思惑まみれの私の行為が、絶望していたジョルジュの目には救いの手を差し出したように映ったとしても不思議ではない。それに対する感謝感激が恋愛感情にすり替わるのもアリだろう。まさか『僕が貰ってやる!』とか言わないよね?と嫌な予感が脳裏を過ぎり、私は本能的に残りのフルーツケーキを口に押し込んだ。
「めちゃくちゃ美味しいです!おかわりください!」
口をモゴモゴしながらそう言うと、ぱちくりと瞬きを繰り返したジョルジュが『あ、あぁ……』と腑抜けた返事をしてケーキを切り分けてくれた。
「あのな……お前さえその気になれば…………何時でもいくらでも食べられるようにできるぞ?」
「…………」
い、いかん。回避したつもりが回避できていないばかりか、しっかり墓穴を掘っている。しかもジョルジュの眼差しは、三年前とは一転してやけにピュアだ。あのどうにかしてどうにかしてやると言わんばかりだった濁った瞳は何処へ行った?
「そうですね!是非義妹さんにレシピを教えて頂きたいわ。そうしたら自分で作れるもの!」
「良いな!義妹の菓子はどれも旨いぞ!他にも色々教わると良い。時間はいくらでもあるんだ。義妹も喜んで懇切丁寧に教えてくれるだろう。お前とは仲良くしたいと思うはずだから」
「…………」
私の意向とは真反対に進むジョルジュには申し訳ないけれど、見ず知らずのジョルジュの弟嫁と仲良くしたい理由は私には無い。でもジョルジュはどう見ても仲良くやって欲しいという期待に満ちている。どんな関係性においてかは考えたくもないがジョルジュはキュートにはにかんでおり、となるとやっぱりそっち方面ですよね?
大慌てでフルーツケーキを押し込んだほっぺが冬越し対策に奔走するリスみたいに膨れたが、私は構わずに立ち上がった。
「ごちそうさまでした。仕事が残っていますので、私はこれで」
「もう行くのか?」
お願いジョルジュ。そのザ・捨てられた子犬な切ない目で私を見ないで!
「はい!可及的速やかに戻ります。仕事が山程残っていますので」
「待ってくれ」
さっさとトンズラしようとした私の手首をジョルジュが掴みぐっと引いた。そして私は元通りソファに座らされてしまったのだけれど、さっきと違うのはジョルジュの立ち位置で、ジョルジュはお膝がこっつんこする至近距離で私を見下ろしている。しかも右手は私の左肩の横、左手は右肩の横でソファの背凭れに乗せられていて、おまけにおでこまでこっつんこギリギリに迫っている。膝とは違い辛うじて隙間はあるが、恐らく1cmにも満たないだろう。私の認識ではこの状況が意味するものは一つのみの限定だ。だけど私は1ミクロンも望んでいないし、願わくばそんな意味だと勘違いするなんて私ったらなんて自意識過剰なオンナなのかしら?……なーんて恥ずかしさに身悶えたい。本来ならそんな大恥をかくのは断固拒否だけど、今のこの状況なら逆に大歓迎だ。
だがしかし、私の認識は大変に的確であるらしい。
「三年前の僕にはお前の付加価値しか見えなかった。だけど、気が付いたんだ。お前はそんなものがなくたってこんなにも魅力的だってことに」
「……落ち着いて考えましょうね?私の全価値を十とすると、付加価値が八、いや九くらいですって」
「それでも良い。僕は気付いてしまった。お前の二は夜空の星だ!唯一無二の輝きなんだ」
「是非視野を広げるべきです。私の二は夜空の数多ある星の一つですよ?それもちょっとよそ見をしたらどれだったかわからなくなっちゃうような、肉眼で見えるか見えないか微妙なレベルですから」
「だが……僕にとってはたった一つの輝く星だ」
「…………」
何なのだ。我に返そうとすればするほどどんどんドツボにはまるんですけれど?遂に返す言葉を失った私にジョルジュは微笑みかけた……と思われるが至近距離過ぎて焦点が合わないから雰囲気で読み取っただけだ。
「八しか見ない男なんて忘れてしまえばいい。僕は永遠にお前の二だけを見つめ続ける」
私の反論に起因しているのではあるが、八だの二だの実に意味不明だ。それをそれなりの熱量でロマンチックに囁くジョルジュが実にイタい。明日になればやらかしたことに気が付いて七転八倒必至で、申し訳なさすら感じてしまう。
「それで?」
「それで!?」
唖然としたようにおうむ返しにそう言って距離を広げたジョルジュだが、お膝のこっつんこと背凭れの両手は健在だ。仕方がないのでよいしょと左腕を持ち上げて下を潜り抜け、一人分ずれた所に座り直してから完全無表情でジョルジュを見上げた。
「だから何でしょうか?」
「だから……だから……だから僕と結婚しよう!」
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