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イニシャルAの下衆やろう
しおりを挟む轟音と絶叫に飛び上がらんばかりに驚いた私とジョルジュは、多分実際に飛び上がったんだと思う。そして大混乱に陥り上下左右もわからなくなり、もつれてひっくり返って気が付けばソファに転がっていた。しかも私がジョルジュの下敷きだ。圧迫されて声もでない。重い苦しい早くどけ!と念じるが、大パニックのジョルジュはバタバタともがくだけで私は余計に苦しい。
これはもう遠慮なんかしている場合ではない。全力で撥ね飛ばしてやるのもやむ無し……と決意したが、不意にふっと身体が軽くなった。
助かった……と安堵しながらよろよろと身体を起こしたら、何かにガバッっと捕獲され、ジョルジュの下敷きの数倍苦しい。脚をバタバタしたけれど捕獲の手はびくともせず。あぁ、生まれ変わって19年。前世だって随分早世だったのにこんな早死にをするなんて、転生した意義ってナニ?と悲壮感に溢れていたら、今度は急に放り出された。
再び転がったソファから起き上がると、顔面蒼白で喚き散らしているアレンをアーネスト以下二名の第三近衛騎士が羽交い締めにしている。
「な、何しているのよ?」
唖然としつつ視線を巡らせたら、恐らく始めに投げ飛ばされたと見られるジョルジュが床に転がり呻いていた。
「リコっ、もう大丈夫だ!」
屈強な騎士三人に羽交い締めにされていて大丈夫だなんてよく言うなぁ。それに大丈夫もなにも何の事だか意味わからんし、アレンのせいで生死をさ迷う恐怖を味わったばかりの私にそれ言うか?
ここはどストレートにぶちギレでやっても良いのでは?と思ったが、どんな事情か知らないがどうやら結構な人数がいる。というか、多分第三近衛騎士団の皆様がほぼほぼ揃っているみたいだ。わたくしも一応伯爵令嬢であるからして、人前で感情剥き出しに怒るなんて淑女としてやっちゃダメって教育は受けている。だから仏頂面で睨むだけに留めたけれど、アレンは気付いてもいないのかアーネスト以下二名の同僚を振り払ったかと思うとまた私を捕獲した。
「もう大丈夫だ……」
そう繰り返しながら私の後頭部を抱え込んだアレンが、身体を震わせているのが伝わってくる。アレンの方がよっぽど大丈夫じゃないと思うんだけれど?
「リコ…………」
やっと離れたと思ったら両肩を掴んだアレンに潤んだ瞳で見つめられ、おまけに繰り返し何度も髪を撫で付けられた。
「怖かっただろう……遅くなってすまない……」
今度は私の膝の上で包み込んだ両手に額を押し付けている。すまないとか言ってるし、赦しを請う的な行為なのだろうか?
謎だ。この人、何してるんだ?
私の頭はハテナで一杯だが、アレンは酷く取り乱していてそんなことにはまるで気が付いていないらしい。今度はどこでスイッチが切り替わったのかわからないが、とにかくターゲットは私ではなくジョルジュにチェンジされた模様だ。
アレンは飛びつくように転がっているジョルジュの胸ぐらを掴み、ぐっと締め上げた。
「ジョルジュ!リコに何をした?!」
「リ、リコ?」
「俺の婚約者に何をしたかと聞いているっ!」
ジョルジュは苦しそうに目を見開いたが、アレンがグイグイ締めるので声なんか出せたもんじゃない。どうにか緩めようと腕を攫んでジタバタしているけれど、相手は研鑽を積んだ近衛騎士。もやしっ子ジョルジュの敵う相手ではない。
言いたいことは色々あるだろうに、気の毒だ。
「ぼ……僕は……な……にも……していな」「嘘をつくなッ!」
ジョルジュがやっとこさ声を振り絞ったのに、アレンときたら怒鳴り付けるだけじゃなく更に力を込めて締め上げるとは酷い。大体あなた、何をしたかと聞いているんじゃないの?ジョルジュ、今にも魂が抜けちゃいそうで答えるどころじゃないけれど?
「リコを、俺の大切なリコを押し倒しておきながらしらを切るのかっ!」
「違……う……」
「何が違うんだ!言えるものなら言ってみろ!!」
ジョルジュだって言えるものなら言いたいだろう。ジョルジュが気の毒だというのもあるが、私だってこの手の誤解は解いておきたい。
「誤解です!押し倒された訳じゃありません!」
「ま、まさか合意の上で」
「違うってば!!」
伯爵令嬢リゼット・コンスタンス・ルイゾン。我慢の限界につきぶちギレさせて頂きます!
「いきなりドアバーンでなだれ込んできてギャーギャー叫ばれたからびっくりしたんでしょうが!そしたらもつれちゃって一緒にひっくり返っただけっ!変な誤解しないでっ!」
ギャースギャースと喚き散らす私をそれでもアレンは悲しい目で見ている。しつこい。色々としつこい。私は囮捜査から降りたんだからもうそういうのはいらないじゃないか。
「リコタン、ちょっと落ち着きましょうね」
アンニュイな声に振り向けば、現れたのはブリジットおねえたまだ。まるで地獄で仏、なんかこの意味不明な状況をどうにかしてくれそうな信頼感の塊ではないか!
「リコタン。あなたどうしてここにいるの?」
ブリジットおねえたま、顎を人差指で持ち上げたまま真っ直ぐに見つめるなんて、私死にそうです。
落ち着くどころじゃない、大暴れの心臓を宥めながら私は答えた。
「荷物が間違えてこっちの倉庫に届いてしまって取りにきたんですけれど、そしたらあの人にばったり会って」
「それでどうしたの?」
「ここの作業が終わらないから手伝って欲しいと言われたんですが、それが何か?」
ブリジットおねえたまは首を横に振り、それから念押しするように言った。
「強引に連れてこられたんじゃないのね?」
「はい、手伝う気満々でついてきたんですけど?」
定時は過ぎていたし、手の空いた女官が文官の残業を手伝っても特に問題があるとは思えない。それならどうしてこんな大騒ぎになったんだろう?
「念のためにもう一度確認するけれど、本当に驚いてひっくり返っただけなのね?」
大きく頷いた私の目をじっと覗き込んだブリジットおねえたまも指を離して納得したように頷いた。
「だそうよアレン?少なくとも怖い思いをした様子はないわね」
「怖い思い?どして?大体皆さんお揃いで何故ここに?」
ポカン顔の私を見たアレンは今にも泣き出しそうに顔を歪めた。益々意味がわからない。けれども締め付ける手は緩んだらしく、ジョルジュはもがきながらどうにか腕を振りほどき、止せば良いのにアレンの胸ぐらを掴み返した。
いきなり締められたジョルジュのお怒りは尤もだ。文句の一つも言わずにはいられないだろう。ジョルジュは男性にしてはやや小柄で、アレンは騎士の中でも背が高い。怒り心頭なのは無理もないと思うが、まるでぶら下がっているみたいなこの絵面は中々情けない。でもまあ君も男だ。言いたいことは言ってやった方が良いだろう。
私はそう思って黙って眺めていたのだ。ジョルジュがアホの子なのをすっかり失念して。
「イニシャルAの婚約者……アレン、お前だったのか……」
ジョルジュの奥歯がギリギリと音を立てている。そう言えば私、つい先程まで婚約者について散々愚痴を溢していたような?
「イニシャルAの下衆野郎め……」
うん、その下衆野郎が同じ穴の狢だって罵られた下衆野郎はあなたですけどね……
何だか面倒なことになりそうだ。ジョルジュよ、黙れ!と目で訴えたが、この子はアホの子だ。言われても理解できないものを圧だけで読み取れる筈がない。
ジョルジュはアレンにブラブラぶら下がりながら……もとい、アレンの胸ぐらを締め上げながら睨み付けている。
「僕は悔しい。友だと信じていた男が最低のクズだったなんて……」
「……」
アレンが微妙な顔で沈黙したのは、『最低のクズ』にじゃなくて『友だと信じていた』ってところに引っ掛かったせいなんだろう。『うだつの上がらない文官のお友達』って言った時、完全否定だったもんね。だけどアホの子ジョルジュはそんなこと小指の爪の先程も思っちゃいない。詰られて言い返せないと信じて更にぶらんとぶら下がる手に……もとい、胸ぐらを掴む手に力を込めた。
「権力に目が眩んで愛の無い結婚を目論むとは……恥を知れ!」
ここにいる中で、三年前、当のジョルジュが仰る通りのことをやろうとした事実を知らぬものは一人もいないと思う。案の定満場一致のジト目を喰らいながらもジョルジュは一切気づいてはいない。この飛び抜けた鈍感力、羨ましさすら感じる。
「……愛の無い……結婚だと?」
聞き返したアレンの目が据わっている。ジョルジュよ、人の振り見て我が振り直せだ!と指摘したいのは山々で、アレンに言えた義理か?とは思うが、珍しく的を射た指摘ではある。だからって同僚の皆さんの前で罵られてはアレンの立場がない。そりゃあ目も据わるよなぁとちょっと気の毒に思えた。
けれども勿論気遣いなとするジョルジュではない。グイグイ行く気満々である。
「あぁそうだ。貴様が欲しいのは彼女の八割だろう。だが僕は違う。たった二割の本体だ!」
「…………は?」
据わっていたはずの目が、可愛らしくパチパチと瞬きを繰り返した。これで言わんとすることが伝わるわけがないのだ。ただしジョルジュはわかっておらず『だーかーらぁ』などと苛立っているんだけど。
「いいかアレン、よく聞け!リゼット・コンスタン…………あれ、どっちだったっけ?」
「コンスタン……ス、ですけど?」
振られた私が答えると、ジョルジュは承知したとばかりに深く頷いた。微塵も悪びれていない堂々たる態度なのは良いけれど、あれだけ教えたのにもう忘れるかなぁと呆れる私は厳しすぎるだろうか?それにさっきまでちゃんと言えてたし、元々わからなかったのはルイゾンの方じゃないか!
「ス……は僕が妻にする!」
「はぁ?」
「はぁ?」
「「「「はぁあぁぁ?」」」」
私とアレンだけじゃない。一同が口をポカンと開けている。
と言っても私だけはポカンの意味合いが違ったのだけれど。言ったよね?無理だって言ったよね?さてはアホの子ジョルジュ、真正のアホなのか?
「はぁ?じゃない!そこはおめでとう!だろう!」
おめでとうなのか?いや違う。断じて違う。
「何を言う!リコは俺の婚約者だ。来週の日曜日には何がなんでも式を挙げるんだ!」
「「はぁ?」」
同時に声を上げたジョルジュと私だが、またしても私のは意味合いが違う。とにかく今、聞き捨てならないとんでもないことを聞いた気がする。至急確認しなければ!
「式ってナニ?私もう知らないって言ったよね?待てど暮らせど婚約取り消しのお知らせがないなとは思っていたけど、とうしてキャンセルしていないのよ!」
「取り消すなんて誰が言った?俺はリコと結婚する。どうしてもリコが必要なんだ!」
まだ言ってるよ!ナニナニこの人?がりがり亡者?未だに私の付加価値が諦められないなんてどんだけ野心家だ?
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